私、かならずどこかに(3)
私は朝食を終えるとネットカフェの看板を探した。最初に目についた店に入り、そこで母の携帯宛にメールをした。〈ナオコに会いにいくことにしたの、大丈夫だから心配しないで〉とだけ簡単に伝えた。ナオコの携帯にもメールできたらよい、残念ながら彼女のアドレスを空では覚えていなかった。
特に何もすることがないので、設定時間の3時間がくるまで漫画を読んで過ごした。ちょうど子供の頃に読んだ覚えのある懐かしい漫画が棚にならんでいるのが見えたからだ。
時間がくると退出して、あてもなく大宮駅周辺を散策した。お腹が空いた頃に時計を見てみると時刻は午後1時半を少し回ったところだった。私はおしゃれそうな看板を出していたイタリアンレストランに入りゆっくりと昼食をとった。その間、不思議と言葉が話せないことが不自由でないことを考えていた。昨日の駅にしても、今日の朝のスターバックスも、そしてネットカフェでも、私は一言も話していない。ディスプレーを指差したり、カウンターの上の料金表を指差すだけで、全ては円滑に進んでいった。問題なく、ホットサンドを注文できたし、3時間パックも注文できた。対応したレジの人々は私が話せないこさえ気づいていないようだった。そう考えるとなんだかおかしくなった。人々は話を聞いているようで、何も聞いていないのだ。
その時私は気づいた。
どうしてナオコは私にこんなに長い間連絡をしてこないんだろう?
母の癌の知らせ以来、私は自分のことばかりに気を取られていた。私が必要としている時に、ナオコの返信がないことに腹だってたてたこともあった。でもよく考えてみれば、私はナオコが連絡してこないことをただ不満に思っていただけで、それが何か異変の現れであるとは考えてこなかった。彼女に何かが起こって、それが理由でしばらくの間連絡がない可能性だってある。いやその可能性は高い。考えれば考えるほどに、そうとしか思えなくなってきた。コウが私の前に現れた昨晩の出来事にしたって、私をここに導くためのメッセージだったのではないだろうか?すこし飛びはねてしまっている話のようにも聞こえるが、私の中にはすでに確信のようなものが芽生えてきていた。そうだ、声をなくしたことにしても、私にそのことを気づかせるためだったのではないだろうか。そう考えるとつじつまが会う気がした。私の無意識だか何かが私にメッセージを送っていたのかもしれない。
そう考えるといても立ってもいられなくなった。どうして今まできづかなかったのだろうか?胸の中で不安が膨れ上がり、心臓を圧迫していた。それと同時に自分に対する怒りが頭を支配した。
すぐにナオコのマンションに向かうことにした。デザートなんて食べている場合じゃない。行かなきゃいけない。
大宮駅からナオコの家までは一度だけ電車を乗り換えて20分程度の道のりだ。でもその20分は永遠に終わらないかと思うほどに長く感じられた。扁平に引き延ばされた時間の上を進んでいるようにいつまでたっても時計の針は進まなかった。