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僕と私。  作者: なつめ
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僕とナオコ、生と死は対極であるけれど不平等な存在である

個人的な理由で時間があいてしまいましたが、少しずつアップし始めます。

「コウは自殺してしまいました」とナオコは言った。

 僕は黙っていた。どんな言葉が適切で、どんな言葉が不適切になるのか見当もつかない。

「私と別れてから借りたマンションで首を吊ったんです。彼の同僚が第一発見者でした。何日か無断欠勤が続いていたらしくて心配してやってきたみたいです。それで管理人に連絡して鍵をあけて中に入って彼が首を吊っているのを見つけたんです。机の上にはメモが残されていました。彼の両親と、そして私あてに。

 私に知らせてくれたのは彼の両親でした。もちろん面識はありました。彼の実家にも行ったことがあったから」

 僕は黙っていた。

「彼が自殺をしたと聞いたとき、私はそれほど驚きませんでした。もちろん悲しみはこみあげてきました。でも心のどこかでは、やっぱりかって思う気持ちも合った気がします」

 彼女はしばらく黙った。口にした言葉が適した着地点を見つけるのを待つように。

「生と死の違いについて考えたことはありますか?」と彼女は言った。

 生と死?

 ない、と僕は答えた。

 生と死の違いなんて考えるまでもない。生きていることと死んでいること。街を歩く人々と墓に眠る人々。そこには絶望的なまでの差がある。生と死は磁石のN極とS極のようなものだ。対極として存在している。

「そうですよね、普通であれば考えるまでもないことですよね。生と死、つまり生きている状態と死んでいる状態は比べるまでもないほどに異なる存在です。まったくの正反対です。愛と憎しみ、プラスとマイナス、生と死。

 でも私は違うと思います。愛と憎しみであれば、その二つの感情は性質として対極に存在していて、同等の存在です。プラスとマイナスも同じです。対極をなす一つの性質をのぞいては同等なんです。でも、生と死は違います。動いていることと動いていないことだけの違いではありません。その2つは不平等に存在しています、とても。それは一方通行なんです。生から死へとつながる道はあるのに、死から生へとつながる道はありません。愛は憎しみに変われるし、憎しみは愛に変われますよね。それとは全く違います。対極ではあっても、同等ではないんです」

 消えてしまうことはどうなんだろう、と僕は思った。姿を消してしまった僕の彼女。「消失」は生に近いのだろうか、それとも死に近いのだろうか。そこには戻ってくるための道もちゃんと用意されているのだろうか。

「私のくだした決断によって、人が生の側から死の側へと境界線を越えてしまったんです。今となっては私が何をしてもコウは戻ってきません。死の世界にどっぷりと両足をつけて存在しています」

 僕は頷くこともせずに彼女の話を聞いていた。

「もしも、もう一度やり直せるとしたらどうするだろうって考え続けています。同じ状況にたてば、間違いなく同じ選択をするはずです。きっと。それほどまでにコントロールできない衝動をユウタに対して抱いていましたから。

 でももしもコウが自殺するとわかっていたらどちらを選んだんだろうって考えるんです。私がユウタを選べば、コウは自殺する。そうわかっていたら私はどうしたと思いますか?」

 そんなことを聞かれてもわかる訳がない。

 わからない、と僕は答えた。

 ナオコは続けた。

「私はそれでもコウのもとを去ったと思います。自分の幸せを犠牲にしてまで、誰かのために何かをしてあげることはできません。私だけじゃなく、誰でもそうだと思います、大抵は。私にはわかっていたんです。コウが無謀なことをするかもしれないって。だからこそ彼の自殺を聞いたときそれほど驚かなかったんだと思います。ひどい女ですよね。でも結局私たちは、私たちのいいようにしか物事を解釈できないんだと思うんです。例えば、何か不幸な事が起こるかもしれないっていう予感がしたとします。でも、実際に何かがお起こるまで、私たちはその予感に目を向けないんです。それがよくない結果を暗示しているから。悪い予感に対峙する勇気が私たちに備わっていたとしたら、人間は違った生き方をしているはずです。世の中はこれほどまでに不幸じゃないはずです」

 僕は彼女の言った事を頭の中で整理しようとしてみた。彼女の言葉の部分部分は確かにある種の真実を語っているのかもしれない。彼女の言葉を聞いていると、それが鋭く真実をつついているような感覚はある。でも、だから彼女が何を言おうとしているのかはわからない。そこには一貫性が見いだせない。少なくとも僕には。

「とにかく私には犬を飼う事なんてできません。コウをあちら側に送り込んだ人間に、自分以外の命を預かる資格なんてないんです。私は後悔はしていません。でも責任は感じています。その2つは別物です。私は彼を死に追いやった責任を背負っていきます。コリーは私の感情にとても敏感です。私が悲しんでいる時には優しく体を寄せてくれるんですよ。でも、それはコリーにとっての幸せとは言えません。私は2度と同じことはできません」

 彼女の言葉はそこで終わった。僕はしばらく彼女の様子をうかがっていた。でも、語るべき事を語った彼女の口がそれ以上開く事はなかった。

「事情はわかりました」としばらく後で僕は言った。「もう一日だけ考えさせてください。コリーはこのまま預かるんで、明日もう一度同じ時間にお店にきてくれませんか?」

 ナオコは特に表情を浮かべずに、はい、とだけ答えて店を後にした。

 彼女の去った後には、苦虫をかみつぶしたような空気が残された。

 生と死は対極だけど不平等なものだと彼女は言った。

 僕たちに悪い予感と対峙する勇気があれば世の中はよくなると彼女は言った。


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