ナオコ、世界の基盤はどこまでも脆いー(中)
翌朝、ソファにコウの姿はなかった。テーブルの上には一言メモが残されていた。仕事に行くよ。
それから一週間、ナオコとコウが顔を合わせる事はなかった。コウは朝早く出社し、そして深夜に帰ってきているようだった。そうしようと思えば、コウに会うのは簡単だった。ただ起きて待っていればいいだけだ。でもナオコはそうしなかった。コウは私に時間を与えてくれたんだ。今はしっかり考えて、そして決めなきゃいけない。
他の事は何も考えられなかった。業務画面を見ている時、電車に乗っているとき、食事をしている時、彼女はコウとユウタの事だけを考えた。あらゆる側面から何かしらの結論を導き出そうとした。コウとユウタ。どちらを選ぶべきなのだろう。ユウタを選ぶ事はコウとの別れを意味する。でもナオコにはコウとの別れがどうしても現実に起こりうる事として実感ができなかった。あまりに長い間コウは彼女の人生の一部であり続けてきた。彼と別れることは自分の体の一部を切り落としてしまうようなものだ。だからといってユウタに会えないなんて絶対に嫌だ、とナオコは思った。体の全細胞が彼を欲している。ナオコはそれを感じることができた。そう、まるでお互いの重力に引っぱり合われている惑星だ。遅かれ早かれいずれは衝突する。会う回数を重ねるたびに、その重力は強まっていた。現に、こうして悩んでいる間でさえ彼女はユウタを欲していた。
早く一週間が過ぎ去ればいいとナオコは思った。どれだけ考えたって正しい結論なんてでない。
月の上を歩いているような一週間だった。気を抜くと体が浮いてしまいそうな気がした。口にするもの全てが、ただ食道を落下していくだけだった。結局は体から排出されてしまう食べ物。必要な栄養分だけを抽出され、そして最後は不要物となり体外に出てくる。彼女が歩いていたのはガラスの通路だった。一歩間違えば彼女の足場は崩れ落ち、彼女は底のみえない暗闇に落ちてしまう。
そこはどこまでも不安定で脆い世界だった。