僕、可能性としての選択肢
そう、別の人生を送ることもできた、可能性として。
他の道を選ぶこともできたのだ、可能性としては。
でもそうしなかった、現実として。
僕は世間で一流といわれている私立大学を卒業した。在学中は割と真面目に授業を受け、割と真面目に勉強した。単位もとった。卒業もした。そして適度に遊びだってした。一流企業に就職することはできたはずだ。僕が就職活動をした2000年は、バブル崩壊の余波から経済が持ち直そうとしている頃だった。失われた10年。それにようやく別れを告げた2000年。新しい世紀の幕開け。僕が就職活動をしたのは、そんな時代と時代の狭間のような時だった。人々は新しい何かに期待していた。そんなちょっとした高揚感が世間にうすい霧のように漂っていた。それと同時に、失われた10年の間に消え去ってしまった自信を再び手にすることができるのかに確証を持てずにいた。もしかしたらそれまでの10年間は特殊な期間なんかじゃないのかもしれない。それこそが我々本来の、すなわちこれからの姿なんじゃないだろうか?そんな感じだ。
僕が選んだのはネジの製造会社だった。「アネックス」というのがその会社の名前だった。ネジを作って売っている会社にしてはやけに小洒落ているなというのが第一印象だった。50人程度の従業員を抱える小さな会社だ。その内の30人は工場で働いている。残りは営業と業務だ。僕は営業として採用された。
面接に行ったとき、社長は僕のレジメを物珍しそうに眺めた。それから顔をあげて、火星人でも見るような目で僕を見た。富岡社長は僕にどうしてうちみたいな会社を受けにきたのかを尋ねた。「何かとんでもない問題を持っていて他は全部落とされでもしたのか?」と彼は言って、にやっと笑った。でも不思議といやらしくはない笑い方だった。
僕は彼の冗談に微笑んでから答えた。「いえ、何にも問題はありません。ただ、レジメに書いてあることは全部ウソなんです」
社長の目が丸くなった。「おいおい、冗談だろ」
「ええ、冗談です。心配しないでください、そこに書いてある学歴に間違いはありません。学生証だって持ってます」
常識で考えれば、こんな冗談は面接の第一声で発するべき言葉ではないだろう。リスクが多すぎる。でも社長はすごく気に入ってくれた。彼は大声をだして笑った。そして僕にはわかっていたのだ。彼が好意的に反応するだろうことが。その冗談の後、面接は非常に寛いだ雰囲気で進行した。そして面接の終わりに、彼はその場で僕を採用したいと言い、僕はそれを承諾した。
当時僕が思っていたのは、結局のところどこで働いても同じだということだ。それがどんな大企業であろうと、官庁であろうと、東京の下町の今にも崩れそうな日の当たらないビルの2階にあるような零細企業であろうと、やることに大きな差はない。動かすお金に差はあるだろう。国や、経済に与える影響に差はあるだろう。ただ、純粋に労働作業として比較をした場合は、そこに差は生まれない。僕たちは朝になると会社に行き、そこで夜遅くまで言われたことをやり続けるだけだ。
それが働くことなのだから。
僕の目の前に座る女性は淡々と彼女の過去について語る。まったく知らないといってもいい僕に向かって赤裸々に事実を並べていく。可能性として彼女に与えられていた選択肢。できたかもしれないこと。起こったかもしれないこと。実際に選んだ行動。実際に起こったこと。それらのすべては可能性としてはどこまでも均等なのだ。実際に起こった現実と起こりえた可能性を隔てるのは一枚の薄い膜でしかない。すべての物事は起こりえる。しかし未来の地点から見た時、実際に起こったことと起こったかもしれないことの間には決定的な違いが存在している。
そしてその違いは時に人の生死を分けてしまうことだってある。僕の前に座る女性の場合のように。