僕、真実は立ち位置で決まるものー(後)
彼女は自分自身に向けてこの言葉を語っている。でも語るだけでは足りない。彼女には証人が必要なのだ。だれかがそこにいて、見届けてあげる必要がある。彼女が自分に向けて語る言葉を聞いてあげなければいけない。そしてその役割が僕に降りかかってきたのだろう。
「その後も、私は彼、ユウタと会い続けました。平日の仕事が終わると新宿か池袋で待ち合わせて、そのままホテルに行きました。コウには仕事が忙しいと嘘をついて。
頭ではわかっていたの。自分がどれだけひどいことをしているか。どれほど間違ったことをしているか。そして私はコウを愛していました。彼を気遣う気持ちは変わらなかったし、自分の事のように彼を大切に思っていました。その気持ちは心にちゃんと残っていた。でも、それでも私は自分を止めることができなかったんです。私の体がユウタを求めていたの。理性以外の全ての感覚が、私の細胞の全てが、ユウタを求めていたの。
ホテルを出て、家に帰ってコウに会うたびに思ったわ。もう絶対にユウタに会わないことにしよう。明日は絶対に待ち合わせの場所には行かないでおこう、って。何度も。毎朝その決意を持って家をでるんです。ランチの時間だって、今日はこのままちゃんと家に帰るんだって思ってるの。でも夕方になって、終業時間が近づくにつれて、体の中が熱くなってくるんです。どうしようもなく。体の中に何か異物があるような感覚ってわかります?ゆっくりと揺らめく炎のようなんです。それがどんどん大きくなってくるのが自分でもわかるの。そして気がつくと、私の足はユウタとの待ち合わせ場所に向かっていたんです。
そんな生活が7ヶ月ほど続きました。ユウタとほぼ毎日ホテルに行って、それから家に帰ってコウに会う。とても辛い日々だったわ。何も知らないコウの顔を見てると、どうしようもない罪悪感がのしかかってきた。コウとの関係をきれいに終わらせるべきだと何度も考えた。でもそれさえも出来なかったの。私は彼を愛していたから。私はコウを愛しいて、同時にユウタを求めていた。自分勝手なのはわかっていました。でも、それでも、何も決められないまま時間だけが流れていきました。
そんな生活が8ヶ月くらい続きました。その間、私はコウを裏切っている罪悪感と、ユウタに会った時に感じる満足感の両方を抱えて日々を送っていたんです。でも、とうとう終わりがやってきました」
彼女は唾を、ひとつ、飲み込んだ。
「ばれてしまったんです。ユウタのことが。たまたまでした。私の父が脳内出血を起こして倒れたんです。それで私の家に電話をかけてきたんです、母が。もちろん最初は携帯に連絡がありました。でもちょうど私はその時にユウタとホテルにいたから電話に出ることができなかった。それで母がマンションに連絡をしたんです。事情を知ったコウは会社に電話したの。私はその日も嘘をついていました。残業だって。でもコウが会社に連絡を入れた時、私はいなかった。それがきっかけでばれちゃったの。適当にごまかす事はできたかもしれない。友達とご飯を食べてて電話に気付かなかった、とか言いようはあったと思う。でも、そうしなかった。もしかしたらもう疲れていたのかもしれない。心のどこかには、ばれて欲しいって気持ちがあったのかもしれない。コウのためにも、自分のためにも、やっぱり真実を言わなきゃいけないってずっと思ってたから。全てを話しました。もう8ヶ月も二股をかけていること。コウを愛している気持ちは変わっていないけど、それでもユウタから離れられずにいること。一つ残らず話したの。コウは静かに話を聞いてくれた。とても悲しそうな表情で、たまに頷きながら。本当に悲しそうだった、本当に」
彼女は自分の発した言葉が空気に染み入るのを待つかのように辺りを見回した。ドアの外の日差しはさっきよりもさらに薄く平たく引き延ばされたような印象を僕に与えた。冬至が間近に迫っている。昼は短く、夜は長い。まだ4時過ぎだというのに、日差しには夕闇の気配を感じることができた。
彼女は焦点をもう一度調整するかのように僕を見て、それから再び口を開いた。