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僕と私。  作者: なつめ
10/26

僕、真実は立ち位置で決まるものー(前)

 僕は結局横浜に行くことにした。僕とコリーで。店で座って一日を過ごすよりはいくらか魅力的な考えに思えたからだ。

 日曜の首都高は車が折り重なるように連なっていた。車のルーフに反射する太陽の光がまぶしく輝いていた。環状線から芝浦ジャンクションを抜けると徐々に車が流れ出した。僕はこまめにアクセルとブレーキを踏みわけた。その間コリーはおとなしく助手席に座っていた。

「渋滞はぬけたから、これで大丈夫」と僕は試しにコリーに向かって言ってみたが、もちろん返事はなかった。

 僕は運転しながら、どこかで聞いたことのある犬と飼い主の話を思い出した。テレビのドキュメンタリーで見たのだと思う。犬が主人の心臓発作の兆候を感じ取って事前に教えると言った内容だったはずだ。普段は大人しい犬が、突然吠え出す。すると決まって数分後に心臓発作が起こる。最初は偶然だと思ってた飼い主も、3度も繰り返された警告を偶然だと笑い飛ばすことはできなかった。それから犬が吠えると必ず薬を飲む。おかげでそれ以来心臓発作は起こっていない。そんな感じだったと思う。


 僕は山下公園の近くに車をとめた。日曜ということもあってパーキングの多くは満車だったが、運良くほど近い場所に空車サインを見つけることができた。

 公園では人々が思い思いの方法で初冬の太陽を楽しんでいた。ベンチに座ってコーヒーを飲んでいるカップル。キャッチボールをしている親子。ボールを蹴り合っている子供たち。誰もが幸せそうに見えた。僕は公園の芝生の上でコリーを放した。彼女は嬉しそうに僕の周りをしばらく駆けてから遠くのほうへと走っていった。

 芝生は深みのある緑をたたえていた。昨日までの雨のおかげだろう。右足に力を込めて踏ん張ってみると、水分を含んだ地面に踵の部分が埋まるのがわかった。ゆっくりと右足を浮かすと、そこには足跡が異様なほどにくっきりと残されていた。

 僕はしばらくの間、黙ってコリーの様子を眺めた。コリーはまるで蝶でも追いかけているように左右に駆けている。顔を宙に向け、前足と後ろ足を命一杯に広げて跳ね回っている。左へ、右へ、左へ。とても気持ち良さそうだ。僕は最後に全力で駆けたのがいつだったか思い出そうとしてみた。でもどれだけ考えても無駄だった。高校での体育の授業が思い出せる限りの最後の全力疾走だった。もしかしたらそれ以来、一度も全力で走ったことはないのかもしれない。そう考えると、少しだけ寂しい気がした。



 コリーは賢い犬だった。慣れない僕の家でも無駄に吠えたりしなかったし、僕の言葉に従った。毎朝、僕は店の犬3匹とコリーを連れて散歩にでた。彼らもうまくやっているようだった。

 営業中は、これまでにもましてドアを眺めるようになった。彼女がコリーを引き取りにきてくれるかもしれない。可能性は低い。でもありえることだ。

 次の日曜日も僕は店のドアを眺めて過ごしていた。ドアは開くことを忘れてしまったかのように入り口に立ちはだかっていた。

 隣で丸くなったコリーの体は呼吸に合わせて小さく上下している。僕の呼吸よりも速いペースで小さい体が上下している。短くて艶のある毛が一方向に流れている。顔は茶色、背中は黒と、足は白。体は3色の毛で覆われている。どれも同じ長さだ。それぞれの境目はアフリカ大陸の国境線のようにきれいな境界線を描いている。ときどき思い出したように尻尾が振りあがる。地面に置かれていた尻尾は勢いよく跳ね上がり、鞭のようにしなり、そして再び地面に着地する。

 ドアは閉じたままだ。真ん中に多きな縦長のガラスが埋め込まれている。それはドアの中心に位置し、膝から目の高さまでを占めている。ドアは木製だが、木目は見えない。茶色の塗料がのっぺりと、そしてとても均一に塗られている。下から上までどの一点をとってみても、どんな些細な違いも見られない。僕はそんなドアが何枚も作られている場面を想像した。どこかの町の、小さな工場。塗料が正確に同じ厚さで塗られていく。そして同じドアが一日何千枚も作られる。そう、それらのドアは本当に同じなのだ。完成したドアは何万枚ものドアが眠る保管庫のような場所に運ばれる。彼らはそこで待つ。どこかの誰かに買われ、家のドアとしてその機能を果たす日を。ノブは金色だ。僕は自分がそんなドアの一枚になるところを想像してみた。周りには僕と同じデザインのドアが並んでいる。前も後ろも、左も右も、僕の視界が続く限りにびっしりと連なっている。早くここから出してくれないかな。ドアは思う。家の入り口として立派に役目を果たしたい。そして徐々に、倉庫の端から運び出されていく仲間を眺める。あれが自分であればいいのに。僕が彼で、彼が僕でも何もかわりはしないのに。

 結局、この日も彼女はやって来なかった。僕はコリーを連れ、重たいドアを押して店を出た。


 

 彼女がやってきたのは水曜だった。冬の雲を抜けて薄い日差しがさす午後だった。

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