俺が君の魔王だから
「南の島で魔王と踊ろう」https://ncode.syosetu.com/n1564lc/
の続編になります。そちらからお読みください。
へたれわんこヒーロー、魔王(一応)のヴェルネリ視点。
一目惚れだった。
何も考えずに発作的に転移した先で、押し寄せる熱が形を持ったように襲い掛かって来て、抵抗もできずに無様に意識を失った。出発先とのあまりの気温の差からか、単純に現在の身体が転移先を受け付けず、ああ、自分は本当に普通の人間じゃなくて魔族なんだと、消えゆく意識の内にようやく実感した馬鹿な男が俺だ。
そんな俺を拾い上げて自分の家まで運んで介抱してくれたのは、艶やかに流れる黒髪と、ぽってりした唇の色っぽい美女。その理知的な瞳とアンバランスな色香が俺を直撃した。しなやかに伸びる手足も、たっぷりとした双丘……それはともかく。すべてが理想的で、俺の女神だと天啓が降りたほどだ。
彼女の名前はシーナ。俺が転移した小島でたった一人で暮らしていた女性。話してみたら、予想外のさばさば姉御肌。発言には容赦がないが、言葉の割に面倒見が良く、情が深い。彼女が打ち解けてくれた最大の理由は、お互いが日本からの転生者だということだろう。
前世で、仕事に追われての不摂生が祟って、黄泉の国へと旅立つことになった俺だが、気が付けば異世界に生まれ変わっており、しかも魔王をやってた。それなんて中二病? 自分が魔王ということに、そわっとしてしまったのは内緒だ。くっ、中二病なんざとっくに完治していたはずだろう!?
魔王と言っても、「世界の半分をくれてやる」という感じではなく。魔族の王の呼称だった。ラスボスとして勇者と戦って殺されるわけでもないらしいと知ってほっとした小心者である。
問題は「魔王」ではなく、むしろ「魔族」にあった。
魔族はこの異世界に生きるヒト属のひとつだ。この世界にはごく普通の人族(場合により普人族)、そして獣人族がいて、魔族も合わせてヒト属と総称する。これは互いに交わって子供が作れるからだ。人型を取れる魔物との間には無理なので、そのあたりで差があるらしい。ちなみにこの世界、エルフだのドワーフだのの幻想種は存在しない。エルフっ娘がいないとか、片手落ちではないのか。いやケモ耳娘がいるならば許容範囲か。
俺の性癖はともかく。魔族というやつは不自由な存在である。
まず太陽光に弱い。ものすごく弱い。吸血鬼並みに弱い。塵にはならないが、浴びると目がやられて、さらに肌は火傷状態になる。前世でいうところの紫外線アレルギー持ちみたいな?
あと、暑さにも弱い。普通の四季のあるような土地の冬であっても暑いと感じる。必然的に寒い場所に住むのが魔族だ。雪と氷に閉ざされるような場所にしか住めない。ちなみに雪や氷の照り返しには目をやられない不思議よ。
一年中冬、みたいな土地は暗く重苦しい。この世界の北の地はどういうわけか瘴気が貯まりやすく、魔獣も多い。魔族は瘴気への耐性があり、主に魔獣を狩って暮らしている。
魔獣を狩るのは魔族にとって趣味と実益を兼ねていた。食料とする実益と、戦う愉しみという趣味の。
北から下れば人族や獣人族の国もあるが、戦うという意味では相手にもならない。何故なら魔族は全員が魔力が多く、魔法で簡単に蹂躙できるからだ。弱いものと戦っても面白くないと、魔族は強い相手を求めて、ほぼ大陸の北端で暮らすようになった。魔獣がいくらでも湧いてくるからだ。
瘴気溜まりは世界中のあちこちにあって、そこからやはり魔獣が沸いて来る。しかし北端ほど大きな瘴気溜まりはなく、北端ほど強力な魔獣は現れない。
だからまあ、地理的にも種族特性的にもそういう場所に住むのは必然ではあるのだが。あの夜でも人工の明かりに照らされる日本の記憶を取り戻した俺は、その住処の暗さに気が滅入った。
その暗さより閉口したのが魔族の蛮族っぷりである。その余りある魔力を魔獣と戦う以外に使う気がない。まともに使えばいくらでも文化的な生活は可能なのに。魔法の可能性を戦闘以外で発展させようという意欲がないのだ。元日本人から言わせて欲しい。せめて食事を! 食事のレベルを!
前世の記憶が蘇った時、ヴェルネリという今世の名前を持つ俺は魔族の成人をいくらか越えたところだった。前世の性格が滲んでいたのか、魔族にしてはインドア派で戦うことを好まぬ変り者。ただし幼少時よりすくすく伸びる角が、魔力の大きさと将来性を語っており、侮られることはなかった。仕方なしに狩りに参加した折などの成果が大きかったせいもある。成人するのとほぼ同時に、前任魔王の死後、自動的に魔王に就任させられていた。
魔王になったと認められたので、俺はさっそく改革に動こうとした。例えば食事の向上。例えばセンスのないインテリアの撤廃。例えば魔獣退治以外の娯楽。そんなものを提唱はしたし、実際にやってみせたものの、誰も関心を持たず、誰も従わなかった。普通なら王に阿って追従したりするもんじゃないのか? だが実際は誰にも理解されずに孤独が深まるばかり。
魔力の多さがヒト属の寿命にも影響する。一番短命なのが獣人族。平均して二、三十年。人族は五十年前後。これは居住区域などで差も出る。そして魔族に至っては百年以上。魔族の中でもっとも魔力の多いものが選ばれる魔王に至っては四、五百年。
つまり現在の魔王である俺にはあと三百年以上の寿命が残されていることになる。
この周囲に理解されず、同調もできない野蛮なばかりの魔族の中で、戦うこと以外の命令を無視され、延々と生きるのか?
そんな絶望が、おそらく前世の記憶を呼び覚ましたのだろう。それから出奔を決意するまでは早かった。
こんな所にいられるか! 俺は憧れの南の島に行くぞ!
思いっきりフラグだった。死因が熱中症な魔王になるところだったとも。
女神は、俺を連れ戻そうとした部下を昏倒させ、新たな力と新たな身体をくれた。身体の改造はかなり恐ろしかったが、無事馴染んだ今となっては感謝しかない。これで俺は普通に人族の土地で暮らせる身体となったのだから。何より、彼女の側にずっといられるのだ。
邪魔な角がなくなったこともありがたい。日常生活で微妙に不便だったのだ。寝具や衣類に引っかかったり。人族の中にあっても違和感なく溶け込めるのもいい。
ちなみに角のないことを喜ぶ俺にシーナさんは言う。
「ねえ、抱き枕作って魔族に売り込んだらぼろ儲けできない?」
大ヒット商品になりそうな気もするが、行商に出る気はないと丁寧にお断りした。
さて、シーナさんに拾われて小島での同居を許されてから、そろそろ三年が経つ。
北の地で周囲に理解されず馴染めなかった俺だが、毎日が充実していると言っていい。最初は本当にお荷物だったのに、何だかんだと世話を焼いて、この南の島での生き方を教えてくれたから、おかげで出来ることも増えた。魔法のなかった前世でもあまり経験のなかった料理の腕も上がったり。やってみると結構面白かったりもする。ただ面倒な手順も結構あって、前世の母への感謝も募った。
一緒に暮らしてみて分かったのは、シーナさんの魔力の少なさと巧みな使い方だった。使える魔法は生活魔法と身体強化だけ。だが彼女は、イメージと柔軟な思考でそれらを使いこなしていた。でなければ十歳で集落を離れて、七年も一人きりで生き延びられたりはしない。それもある程度に快適な環境を作ってのけている。
俺は物心ついた時には魔力の使い方を知っていた。魔族は大抵がそうである。魔力が大きく、それを使って生きる種族だからだ。
「魔王」というのは俺のスキルではない。称号だ。俺のスキルは<全魔法適正>になる。どんな魔法でも使えるという。そして魔王に選ばれるということは、魔族のみならずヒト属すべての中で最高で最強の魔力を持つということだ。つまり、その気になれば出来ないことはない。ただ、魔族の中で暮らしている間に気鬱に陥り、そこから抜け出せなくなっていただけだ。
前世記憶をきっかけに、魔族から離れて初めて、生きている実感があった。まあ、すぐに南国の暑さで死にかけたけれど。身体改造されて以降の肌感覚は前世の日本人のものに近い。なのですぐに馴染んだし、シーナさんの隣で過ごす南国の暮らしは毎日が刺激的だった。
チート並な俺の魔力と適正は残っている。けれど、しばらくはシーナさんが使っている程度の生活魔法と身体強化のみで暮らし始めた。それだけでも、前世の普通の人間と比べたら恵まれている。そして彼女に倣って使用することで、なんと魔力操作の能力が上がった。魔族の中では最強でも頭打ちであった俺の能力がだ。力任せに豊富な魔力で押し切るのではなく、最小限の魔力で最大限の効果を出せるようになった。だから今更だが、俺は魔力を使う魔法そのものへの興味が増し、魔法の中でも初歩の初歩である生活魔法を極める面白さを知って、毎日が楽しい。前世でもあえて縛りプレイでゲームするの好きだったんだよな。
それに自分の手で生活を作り上げているという実感が大きい。これは魔力の大きさに奢る魔族にはないものだ。魔族はもしかしたら強い魔獣と戦うことで生きている実感を得ようとしているのかもしれない。それしか方法をみつけられなかったのではないか。あえて少ない魔力のみを使って生きるなぞ、プライドが邪魔をしたのかもしれないが。
普段はそうやって魔力を抑えて、使う魔法も制限してはいるが、別に封印してしまったわけではないし、使わないとは言っていない。
本日、俺は小島の岩場裏に広がる密林の奥に来ていた。密林は高い気温と高い湿度に満たされ、適応する身体になっていても汗が滴り落ちる大変に不快な環境だ。シーナさんに虫除け結界を張って貰えた有難みが増すくらい、虫もわんさかいる。中には色のきれいな見た目の良いものもいるが、大半が大きく狂暴でかつ気味が悪い。そして何故か集って来る、顔中心に。結界で弾かれなかったら焼き尽くしていたところだ。足元はぬかるみも多く、濡れた羊歯に似た草は滑りやすい。空気は重く濃厚で、周囲は喧騒に包まれていた。生き物の気配で満ち溢れ、常にどこかで捕食のための争いが起こっている。
前世の、身を守る手段の一つも持たない身体のままであれば、きっと秒で死んでいただろう。それほど人間という奴は脆く弱い。密林の住人は植物さえも狂暴で、獰猛な獣が君臨する世界だ。なのにこの密林にも瘴気溜まりがあって、魔獣までいる。
シーナさんは前世記憶を持つ聖女だ。とは言え、攻撃手段がほぼない上に、身体強化を使用してようやく密林の獣と同等の動作が可能な程度。彼女の結界能力が無ければ、この島でこの密林で生き延びることはできないくらいには弱い存在だ。性格的に弱そうには感じられないが。よくもまあ、七年もたった一人で切り抜けられたものだと感心する。たいして魔力も体力もないから、移動も身体強化に全振りするしかない。後で回復を掛けることができるからといって、能力を倍増できるわけでもないのに。
密林は資源の宝庫だから、彼女はせいぜい入口辺りで採集と狩りをしていたに過ぎない。それでも十分以上に成果があったのは、消費するのが彼女一人で、必要量が少なかったせいもあるだろう。
つまりは。この密林はほとんどが前人未到の秘境と言えた。
俺は樹上を飛ぶように進み、密林のマップを埋めていく。
立ち塞がり、俺を獲物にしようとする獣や魔獣が次々と牙を剥き、あるいは爪を振るい、時には荒い魔法で攻撃を仕掛けて来る。その大部分であれば、己の魔力を立ち昇らせるだけで魔法を使うまでもなく退けることが可能だ。それほどまでに俺が持つ魔力は多い。何せこれでも魔王なので。現在この世界において俺よりも魔力があるものはいないのだ。相手が魔獣であっても。
そして魔族の郷里たる北に比べると魔獣の強さは劣る。この地では生き物が多いために、瘴気を浴びた獣が魔獣となることも少なくない。普通の獣は捕食するために他の生き物を襲うが、相手の格を感じて引く場合もある。しかし魔獣はそうでなく、生きているすべてのものを襲う。中でもヒトを見ると優先的に襲ってくる。食べるためでなく、ただ殺すために。
魔獣の元ともいえる瘴気だが、これは言ってみれば「世界の歪み」と考えられている。大地の奥深くに溜まったものが世界のあちこちで噴出しているらしい。世界が存在する限り瘴気はなくならないので根絶は不可能だ。特に大きな噴出孔があるのが世界の極。魔族が住むのはその北の極の近くとなる。対となる南の極もあるはずだが、この世界が球体の星だとすると、未発見の場所になるのだろう。ただ、世界そのものにある程度の浄化作用があるので、瘴気が溢れかえって世界が覆われるようなことはない。
「邪魔だ」
サーベルタイガーによく似た魔獣が樹影から飛び出してこちらへと飛び掛かって来ようとしたのを瞬時に氷漬けにする。首を切ってしまう方が簡単だが、こいつの毛皮は派手だし、長い牙も加工用途があるから、お土産にしたらシーナさんが喜ぶかもしれないとそのまま収納する。
魔獣と獣の見分け方はその額の中央に角があるかどうか。そのせいで二本の角を持つ魔族を魔獣の仲間扱いする人族や獣人族もいるが、まったく別物である。魔獣の角にも魔族の角同様に魔力が形になったものという共通点があるのが迷惑な話だった。
後方から音もなく忍び寄って来たもう一頭のサーベルタイガー魔獣を振り返りもせずに凍らせる。魔獣が纏う瘴気を感じ取れるのだから、忍び足でも無駄なのだ。
魔族の居城の近くでも虎型の魔獣は出たが、この地では何種類もの虎型の獣や魔獣と遭遇する。人族には脅威なのだろうが、魔族にとっては子供の頃から遊び相手のようなもの。多少、生存環境が違って、障害物が多いので若干のやりにくさはあるが、狩ること自体は俺には難しくない。
偵察用の魔法ドローンを複数飛ばし、それぞれに別の指示を与えていた。その情報は直接脳内に届けられる。リアルな俺自身の視界もあるので、通常ならば脳の処理能力を越える。それを壁一面に違う画像が映し出されるモニターのように捉えることで同時に処理しているのだ。これが可能なのは魔力のごり押しによる。そうでなければ発狂案件だ。
俺には探索能力がある。索敵もこれに含まれるが、つまりは探しているものを見つける能力だ。対象への把握度が高いとより発見しやすくなる。今のように曖昧に「こんな風な」で能力を使用しても精度は低い。それでも闇雲に探すよりも、候補が見つかる分、行動の指針になるのだ。
「見つけた」
探していたのは浅い層に生育していなかった果実。ただその樹は、沼の中ほどから生えていた。
毎日スコールが襲う土地だから、水は豊富だ。それは池や沼、時に湖にまでなって、やがて川と合流する。最後には密林の終わり、断崖絶壁の上から滝のように海に注ぐ。
そして、そんな水の中には狂暴な水棲の生き物がいた。大抵は可食。だが海の魚の方が旨いとシーナさんとも話すくらいの味。上手に処理できれば淡泊な身を味わえるが、失敗したら泥臭いだけだ。なので獲物にはしない。だが、その場に足を踏み入れるものを襲ってくるので、そうなれば返り討ちにするだけ。
そもそも、沼にじゃぶじゃぶと入る必要もないし、したい訳も、する必要もない。
俺は樹だけを保護して、一挙に沼の水を蒸発させた。びちびちと蠢く魚や水棲の魔獣を強風で追いやって道を開く。まあ、ほぼ一跳びで樹まで行けるのだが。
そうして、虫食いや鳥獣に食い荒らされていない実をもぎ取っていく。鑑定すると間違いなく可食。毒もない。ひとつを試食してみると、求めていた味に近くて満足する。
収穫し、樹にマーキングして一挙に住処へと転移した。
魔族の地からこの南国までは遠すぎて、さすがに魔法陣を必要としたが、同じ島の中という近距離ならば必要ない。もっとも、普人族では魔法陣なしでは転移は不可能だろう。それくらい魔力喰いなのだ、転移は。
「ただいま、シーナさん」
「おかえり。なんか良いものあった?」
住処のウッドデッキに備え付けた寝椅子にだらりと横たわったシーナさんは身を起こすこともなく俺を迎える。それは俺を邪険にしているからではない。何せ現在は昼の最中。つまり一番気温が高い時間帯だ。ならば奥の部屋の方が涼しいのに、この場で俺を待っていてくれたということなのだから。一応、俺が出る前に施しておいた氷と、それに風が当たるようにした簡易クーラーがウッドデッキを冷やしてはいたが。
自らと収穫物にもクリーンを掛けて彼女に近寄る。簡単に皮を剥いて皿に盛って差し出されたものを、ようやく身体を起こしたシーナさんが受け取ってくれた。
「これ何? 食べられるのよね?」
「うん。鑑定もしたし、実際食べてみたから大丈夫。きっとシーナさんも気に入ると思うよ?」
その白い指先で摘まんだものを口に運んで、彼女は花が開くように満面の笑みを浮かべた。
「美味しい! オレンジとグレープフルーツ混ぜたみたいな味!」
「さっぱりした柑橘系の果物が食べたいって、ずっと言ってたよね?」
「うん。嬉しい~。美味しい~」
密林に生る果物は濃厚な甘さのものが多い。それはそれで美味なのだが、そればかりでは飽きてしまう。しかし密林の浅い層では見つからなかったのだ。
「どこで見つけたの?」
「ほぼ最奥の方かな? でもマーキングもしたし、種からも育てられそうだから、好きなだけ食べて」
「ありがとう。でも、ヴェルネリも食べて」
「うん、ありがとう」
椅子を寄せて彼女の隣に座って、俺はせっせと果物の皮を剥いていく。時々、そのまま彼女の口にも運ぶ。幸せだ。ついでとばかり唇を軽く触れ合わせる。それくらいには俺たちの距離は近くなっているのだ。
「どう? 今日は具合悪くなってない?」
「ヴェルネリって、心配性というか過保護だよね」
「いやだって心配だし」
彼女はここしばらく遠出ができない。せいぜい住処の結界内を移動するくらいだ。だから俺が獲物を取って来るし、そのまま料理もする。
「今日は美味しいやつも狩ってきたから楽しみにしてて?」
「ありがと。あっさりめにしてくれると嬉しいかな」
「了解」
赤身の多い肉を薄切りにしてしゃぶしゃぶにしようかな。それとも南蛮漬けにしようか。今日取って来た果実から甘み成分を抜いて絞ったらいいかもしれない。
そんな感じで下ごしらえをしていると、シーナさんの声が頭に響いた。
「破水したみたい。奥に行くね~」
いやそんなあっさり言わなくても! 俺は食材を放り出して慌ててシーナさんの元へと駆け出した。シーナさんは妊婦で、臨月だったのだ。
住処のメインは岩場をくり抜いた広い洞窟だ。フローリング状態で、素足になって上がると、出産を見越して用意した寝台の上に彼女はいた。今まではクッションに埋もれるように床で寝ていたのだ。
「そんなに急いで来なくても、陣痛来るまでまだ時間あるから」
「いやでもだって!」
「正直、この時点でヴェルネリにできることないし。クリーンかけたし、安静にしてるだけだから」
シーナさんも俺も、前世でも今世でも独身で子供がいたことはない。しかもここは二人以外いない孤島である。妊娠が発覚してから二人で何度も話し合った。
産婆や経産婦に手助けしてもらうためにシーナさんのいた集落に頼るとか、大陸まで転移して医者にかかるとか。
けれど、その両方をシーナさんは拒絶した。
「文明度から言って、どっちもお断り。中世とか衛生意識のない医者や産婆のせいで死んだ母親がどれほどいたか。幸い、私は聖女スキルがあるし、そこからの派生で容態把握ができて、前世知識もある。ヴェルネリが協力してくれるなら、ここで産んだ方がいい」
「でも経験者がいた方が安心できるだろう!?」
「下手に根拠のないおまじない的なことされたら困るし。迷信とかやたらありそうよね。そもそも絶対、こちらの知識や意見は否定されると思うもの。幸い、前世の姉やらネットやらからの明け透けな話は覚えてるから。だからヴェルネリはさ、――」
俺は結局折れて――俺がシーナさんに勝てるわけがない――、彼女の指示に従って、新たに岩場を掘って産屋を作った。作ったのはそれだけではない。
ゴーレムを作成した。三体のゴーレムはほぼ人間同様の力と器用さを持たせる。ベースは魔石で俺が魔力を注ぐ限り稼働するようにした。創造主が俺なので、俺にも当然従うが、シーナさんを優先させるように設定。思考能力は持たないが指示には従うので、実際の出産までにスムーズに動けるよう訓練もした。力加減も重要だ。妊娠期間はシーナさんの行動を補佐したり、住処の掃除や畑の世話もさせる。先ほど住処前面のウッドデッキから岩場の奥にシーナさんを運んだのもゴーレムたちだ。
妊娠初期に退屈したシーナさんの要望で、ゴーレムはシーナさんの元の同族っぽい女性の姿へと変化した。よりリアルを追及するシーナさんの言う通りに作り替えていったら、まったく人間にしか見えなくなってしまい、俺はちょっと怖い。作ったの俺だけど。命もないのに人間そっくりな等身大の無表情な女性型が三体だよ? いや、笑っていても怖いけど。
凝り性のシーナさんが骨から作ろうと言い出して、魔獣の骨を加工して、人間の骨格に似たようなベースを作って、筋肉的なものと外皮で覆った。なんか、途轍もなくやってはいけない禁忌をなしている罪悪感のようなものに駆られる。一応、表情も作れるけれど、どの表情でも怖い。
三体とも顔が違うので、シーナさんが名前を付けて呼んでいる。アイカ、イムカ、ウラカ。ゴーレムたちにも自身の名前を認識させた。呼吸している風にも見えるようにはしたが、発声はできない。喋ったらもっと怖いから、俺が。三体はシーナさんと同じように身体に布を巻き付けさせている。上半身裸なのは女性体だとゴーレムでも落ち着かないからね。
命令のない場合(シーナさんの命令は住処内であればゴーレムに必ず届くようにしてある)は、産屋の隣に作った小部屋で待機させている。だが今こそ本来の目的のために動かす時。なので、シーナさんと俺の周りを三体が働いている。怖い。今も一体がさかんにシーナさんの腰をマッサージしている。俺が代わってマッサージしようとすると、シーナさんに叱られた。いざという時のために、俺はちゃんと飯を食って体力をつけておけと。すごすごと台所に戻るが、何かあったら絶対呼んでくれと念を押した。
それから丸一日ほどの記憶が俺にはあまりない。
妊娠発覚からシーナさんは聖女スキルの治癒からの派生で諸々を軽減しているらしく、物語で見たような悪阻の様子もほとんどなかった。全部は消さないのだと彼女は言う。生物としての自然なものだからと。でも痛いのは嫌なので無痛出産にするとは聞いていた。
翌朝頃より陣痛が始まって。それから昼になる前に、産屋から追い出されていた俺が呼ばれた。そうして、ほやほや泣く、全身が赤いふにゃふにゃした生き物と顔を合わせたのだ。
「無事産まれましたー! 男の子だよ。ほら、褒めて褒めて」
疲労の残るシーナさんの無事な姿を見て、縋りついて号泣したのは俺である。生きていてくれて良かった、ありがとう的な言葉を繰り返して、わんわん泣いた。つられてか赤ん坊も更にほやほや泣いた。
「もう。生まれたばかりの赤ん坊より手が掛かるってどうなの」
と、俺の女神を苦笑させた。すまん。
ゴーレムの手を借りて、三人の暮らしが始まった。
ゴーレムをそれも三体作っておいて本当に良かったと過去の自分を褒める。俺とシーナさんだけでは倒れていたかもしれない。産後のシーナさんには無理させられないのに、赤ん坊ってこんなに手が掛かるんだ……。
赤ん坊はオリヴェルと名付けられ、今日も元気に泣いている。俺の鑑定でも、シーナさんの容態把握でも、五体満足の健康優良児だ。髪は黒で、これは俺もシーナさんも黒いからだろう。目の色はマリンブルー。
「うーん、私の方には青い目になる遺伝要素ないから、ヴェルネリ由来だろうねえ」
本来の魔族の俺の家系では青い目もそれなりにいた。だがこんなに鮮やかな青ではなく、冬の暗い海か、薄い青。この南国の子として生まれたからこその鮮やかな色なのかもしれない。
顔立ちはまだどちらに似ているとも言えないが、日々成長しているし、健康であればそれでいい。
しかしである。
「シーナさん、あの、オリヴェルのことなんだけど」
「うん? なんかあった?」
「鑑定したら生まれつきのスキル持ちで」
この世界においてのスキルは、神からの贈り物とされている。大抵は生まれた時から持っていて、稀に後天的に生えることもあるらしい。そして生涯、消えることはない。
大陸の国々では生まれてすぐに鑑定されて、良いスキルがあるようにと人は祈るのだ。だが本来、スキル持ちはそう多くなく、俺やシーナさんのようなぶっ壊れスキル持ちが生まれたら祭りになるだろう。
「うん、良かったね」
「それが、『聖魔王』ってなってるんだけど」
「何、それ」
「いや、俺も初めて見たんだけど」
詳細鑑定したところ、聖力と魔力を共に多量に併せ持った稀有な存在、と出た。
「スキルって、普通は遺伝しないのよね?」
「そのはずなんだけど」
大量の魔力というだけならば、俺からの遺伝で納得できる。だがシーナさんの聖女スキルや、それ由来の聖力は本来遺伝するはずがない個人で完結するはずのものなのだ。
「人体改造とかで聖力を使いまくっていたせい?」
「人体改造なら二人ともだし、それが影響したとか?」
二人で頭を抱えたところで真相が解明するわけでもなく、なるようにしかならない。オリヴェルは今日も元気だ。息子が生まれて以来、毎日が賑やかで。振り回されながらも時折、こんなに幸せで良いのかと思うことさえある。
そんな不安を零すと、一児の母となったシーナさんは、からからと笑い飛ばしてくれた。
「私のような素晴らしい嫁と、オリヴェルみたいな可愛い息子がいるんだから、幸せに決まってるでしょ? 不幸になる要素なんてどこにもないわ!」
俺は最近、聖母にもなった愛しの伴侶を抱きしめた。滲んだ涙を呆れたように拭ってくれる彼女を、我が子を、俺以上に幸せにしなければ。
生憎、俺は童話や物語に出て来る颯爽とした王子にはなれない。スマートに口説いて優美に振る舞うとかできない。だが魔王だ。権力はないが、この世界一の魔力で、どんな願いでも叶えてやる。王子でなく、魔王である俺を選んでくれた君のためならば。これからの一生を掛けて。
「えー? じゃあさ、Go〇gleとかWi〇ipediaにアクセスできるようにしてくれる?」
「……この世界限定で、ほどほどにお願いします」
書いてて思った事。「ヴェルネリ、おまえ、シーナさんのこと好きすぎるだろう」
このお話はすっかり「へたれ」が定着してしまったヴェルネリの、カッコいいところが見てみたいと書き始めました。魔獣とかを圧だけで制するシーンが脳内に最初あったので。でもそこ流しちゃった。
やっぱりヴェルネリはヴェルネリということで(笑)
今後、『南の島の聖魔ファミリー』というシリーズで、たまにぽつりぽつりと書いていけたらと思っています。数百年の寿命を持つヴェルネリと、遺伝子いじくりまわした結果、びっくり寿命になったシーナさんと、未知数ながら成長が待たれるオリヴェルというファミリーのお話に結末はないので、続けようと思う限り続くのでした。
活動報告、きっとなんか書きます。




