表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Karen  作者: TAKE
4/4

 次の日の朝、俺は携帯のアラームが七周期鳴り響いた後で目を覚ました。

 呻きながら電源ボタンを押す。

 AM6:13

 松山のベッドで眠るカレンの肩をトントントンと三回叩いて起こした。

「眠い」欠伸をしながら俺は言う。

「寝てないの?」カレンは言った。

「寝るのは寝たさ。三時間程」

「あなたナポレオン?」

「学校行ってないのにどうして知ってる?」

「アルバイト先の学生に教科書を見せて貰った事が」

「そうか」

「歴史って面白いわ」

「ああ。たまには過去を振り返るのもいい」


 昨日と同じ店で朝食を摂った後、俺とカレンは今日の行動について相談した。

「どうする? いきなり国境まで行くか?」

 カレンは考えこむ。

「まあどれだけ時間かかるか分からないしな……向こうでどれだけの事が出来るのかも」

「Ano…」と頷く。気分によって、返事がチェコ語と日本語に分かれる。チェコ語のときは、あまり気分が浮いていない。

「それじゃ、行くか」


 今日はトラムを使う事にした。

 後ろの方に座って暫く喋っていた。その内、カレンは舟を漕いでいた。彼女もあまり寝ていなかったのだろう。公園で夜を過ごす生活では眠れる筈もないから、その癖が残っているのかも知れない。警察もいるし、この国は真夏でも日中の気温は二三度とかなり過ごしやすいが、その分夜は冷える。冬だと酔っ払って凍死するケースが何件もある。いつもバイトをする前に寝ているのだろう。

「……辛いな」一言呟いた。彼女が小さく頷いたように見えた。

 地下鉄前の駅で降りる。昨日よりも近い地点にある駅だ。キオスクのようなところで乗り換え可能切符を買って、日本と比べて速過ぎるエスカレーターに乗る。下手をすると自転車ぐらいのスピードは出ているんじゃないだろうか。

 一回乗り換え、昨日と同じく共和国広場で降りる。

 再びトラムに乗って、さらに中心へ。切符はそのまま使え、乗車時間を地下鉄のに重ねて刻印した。このルートは、完全に失敗だった。最初に地下鉄に乗ったら、前のトラムの乗車代が浮いた。軽く溜め息をつく。

 ゴシック様式の荘厳な建築物の並ぶ街中を歩いて、とりあえず昨日マップを見て予習したとおり、ホレショビッツ駅に行く。

 プラハでは基本的に英語が通じたので、駅員に国境に一番近い街までどのぐらいか訊いてみると、三時間ということだった。

「東京~大阪より長いな……行くか?」

「うん」日本語である。気分が乗ってきたらしい。

 日曜チケットなるものを買った。正式名称は知らないが、これだと普通五一四コルナするのが、三六〇コルナで済む。かなりの得で、さっきのルートの失敗もチャラになるというものだ。

 列車が出るまで二時間近くあったので、カレンの身なりを整えることにした。

「いいよ、そんなの。悪いわ」カレンは言ったが、俺は手を引いてショップへ入った。よく外にいるせいか、彼女は最近の流行を心得ていた。そそくさと買った各アイテムの名前こそ彼女自身も知らなかったが、選んだ服はとてもよく似合っていた。その後は美容院に行って、髪を整えた。

「見ちがえた」俺が本心からそう言うと、彼女ははにかんだ。ある程度の繁華街を歩いても、五人に一人の男は振り返りそうだった。「マジだよ。やっぱり素材が良いから似合う」

「děkuju.(ありがとう)」恥ずかしそうに彼女は言った。

「そろそろだな」時計を見て、俺は言った。

 列車の時間が来たので、俺達はホレショビッツ駅に行った。途中セカンドハンドのマーケットで菓子を買った。

 ホームに着くと、地味な色合いの車体が出迎えた。まだ出発に時間があるのに、小走りで乗り込む。

 席に座ると、俺は携帯を取り出してテルに電話した。

「もしもし?」

『出掛けるなら声ぐらい掛けろ。どうした?』

「今から行ってくる」

『分かった。気を付けろ。娼婦街には厄介な連中も多い』

「了解」

 電話を切る。

「いいの? 本当に。今ならまだ……」

「大丈夫だ。言ったろ? やりたくてやってる」

「Ano…」

 それから彼女はずっと黙っていた。そのうち彼女は、また舟を漕ぎ始めて、俺の肩に頭を乗せて眠りこんだ。中学の時の恋人との出会いのように。止まり木を見つけた文鳥のように。


 列車はガタゴトと揺れ、窓から見える景色が流れていく。

飾り窓は、その名の通り街の建物に大きな窓があり、そこから女性が顔を見せて、客と直接交渉して仕事を得る。世界で最も信頼出来る娼婦街であり、近年は観光スポットの一部にもなっている。

 外を見ていると、列車が動いているのではなくて、景色が動いているように見える。小さい時に、月の出ている夜に自分が歩くと、月も付いてくるように見えるいた感覚だ。この旅も全て夢なんじゃないかと思ってしまう。しかし、肩にはカレン・ノリソヴァーの頭の重みを感じて、現実なのだと悟る。持ってきた本を読み始めて、また自分が夢を見ている気分になる。そしてまた彼女を見る。そのサイクルを延々と繰り返していた。まどろみと覚醒。

 そんなことを考えていると、何だか気が滅入りそうになった。ダメだ、もっとポジティブにいかないとこの先もたない。列車が発車してまだ五〇分、先は長い。

 本を読んでるうちに、俺もウトウトとして、眠ってしまった。


 目が覚めると、降りる駅は次に迫っていた。

 隣を見ると、カレンがいなかった。どうしたのかと辺りを見回す。すると隣近所の乗客も俺を見て、心配そうな顔をして、どうしたのかとチェコ語で尋ねてきたりした。チェコ人には、そうやって気を配ってくれる人が多い。特に右も左も分からないような外国人には、ことさら優しくしてくれる。だからカレンも、今まで生きてこられたのだ。

 少ししてドアが開き、彼女が帰ってくるのを見て、胸を撫で下ろした。

「どうした?」俺は訊いた。

「ちょっとトイレに」

「ああ」

「もうすぐね」

「次だからな」

「居るかな、お母さん」

「仮にも親だ。信じよう」

「うん」

 窓からホームが見えた。といっても、屋根と柱ぐらいしか無いが。

「行こう」

 ホームに降り立つと、列車はドアが閉まり、砂埃を舞い上げながら走り去った。

携帯が鳴った。ひとつ大きく息をついて、ポケットから取り出す。

「もしもし」

『そろそろ着いたか』

「たった今」

『ちょっと待ってくれ、今谷田に代わる』

 少し間が空いた。

『荒俣か』顧問谷田が出た。

「勝手にすみません。今、もう国境が見えてます」

『だろうな。お前、そんな遠いとこまで行ったら、私じゃ責任取れんぞ。今日中に帰れるのか』

「なんとか」

『絶対だ。でないと単位落とすぞ』

「……はい」

『まあお前が自分で決めた事だ。そううるさくも言えんが、人に流されて行動してるのなら、反省しろ』

「自分の意志です。ご心配無く」

『そうか』

 また少し間が空いた。

『荒俣、他の奴も少し心配してるぞ。早めに済ませろよ』和久井が言った。

「まあなるべく善処する」

『呑気なもんだな』

「いつものことだ、気にするな。じゃあ切るぞ」

『本当、さっさと帰れよ』

「分かった」

 電話を切った。

「大丈夫なの?」とカレン。

「ああ。でもさっさとしないと単位が危ない。少し急ごう」

「そうね」

 二〇分程歩き続けて、俺達は「飾り窓」に入った。

 資料の通り、右も左も大きな窓が並んでいた。

「どの辺だ?」

 カレンは少し俯いて記憶を手繰り寄せた。

「えっと……この向きだったら、右側の42番目にある建物の3階ね」

「確かか?」別に疑うわけでは無かったが、確認の為に訊いてみた。

「多分」

「名前は?」

「【ユカリ】で通ってた」

「そうか。一応訊いてみるか?」

「そうね」

 俺達はその場所の近くであろう建物の、一階にいる二〇代前半と見える娼婦に場所を訊いた。

「Promiňte prosím.(すみません)」俺は言った。

〈女連れでこんなとこに? それに見かけない顔ね。売り飛ばしにでも来たの?〉娼婦は言った。

〈彼はヤポネツよ。用があるのは私だけど、ここで働こうなんて思ってないわ〉

〈ああ、そう〉

〈私はお母さんがヤポンカで、お父さんがチェフなの。ある人の場所を聞きたくて〉

〈そっちの男の子はヤらないの?〉

〈この人の欲求の度合いなんかは知らないけど、ちょっと教えてくれないかしら〉

 猛烈なチェコ語の応酬で、二人が何を話してるのかは全く聞き取れなかった。

〈四〇〇コルナね〉

〈嘘、情報料なんて取るの?〉

〈冗談よ。誰を探してるの?〉

〈《ユカリ》って人〉

〈ああ、彼女は伝説よ。飾り窓唯一のヤポンカだもの。まさか彼女があなたの?〉

〈ええ。どこにいるのかしら?〉

〈ここの二つ隣の家の、三〇七号室よ〉娼婦は顎で右方向を指し示した。〈まだやってるかは分からないけどね。熟女マニアしか来ないから〉

〈そう。ありがとう〉

〈いいえ。興味があれば帰りに寄るよう彼に伝えてよ〉

〈考えとくわ〉

「Nashledanou.」

「Ano.」

 最後だけはは俺でも聞き取れる言葉で終わった。

「行こう」カレンは言った。「やな人」

「教えてくれなかったのか?」

「いいえ。生理的に苦手なだけ」

「ここでの暮らしは大変だったろうな」

「まあね」

 俺達は二つ隣にあるホテルに入って、階段を上がった。三〇七号室を目指す。

「居そうか?」

「ノックしたら分かる」

 俺は裏拳でドアを叩いた。

 反応が無い。

 もう一度叩く。

「……」

「鍵、開いてるわ」ドアノブを回し、カレンが言った。

 ドアを開けた。

 床を見ると、土の付いた靴跡があった。

「男ものだ」

「娼婦の部屋なんだから、あって当然よ」カレンは言った。

 靴跡は、行きの分と帰りの分、往復の二種類。

「……ん?」

 靴跡の色が、微妙に違う。

「これ、くすんでるけど……」

その時、ベッドを見たカレンが息を飲んだ。


 そこには10センチ平方ほどに渡って、血が付いていた。まだ乾いていない。一時間も過ぎていないだろう。

 殺されたか?

 そこには幾つか違和感があった。


 死体が無い。

 シーツに皴が無い。

 ベッドの脇に転がった消毒用アルコールの瓶と、四角く小さなガーゼ。


 何かの推理小説で読んだ事のある状況だ。

「まだ生きてる」

「え?」

 俺は確信を持っていた。

「よくある偽装工作だ。駅に行こう」俺は廊下を振り返った。「列車が来たら終わりだ」

 俺達は走った。お互い遅れないように手を握りながら。

 俺は携帯を取り出した。

「もしもし」神代が出た。

『何だ。えらく息が上がってるな』

「飾り窓に警察を呼んでくれ」

『どういうことだ?』

「念の為だ。頼む」

『おいこら、ちょっと待っ――』

 電話を切った。


 駅に着くと、一人の東洋顔の女が改札に入りかけたところだった。

「待て!」

 女が振り向いた。カレンの方を見て、一瞬体を震わせ、走り出そうとした。

 俺はすんでのところで女の持つバッグを掴んだ。

「『ユカリ』ですね」

 女は頷いた。

「日本語は勿論――」

「ええ、喋れるわよ。あなた誰なの?」女は日本語で言った。

「友達です。娘さんの」

「何? 娘って。私独身だけど」

「知ってます。シングルマザーでしょう」

「だから、娘なんて……」

「カレン・ノリソヴァー。その息子で、あんたの孫、ヨブ・ノリス。彼が実は生きてる事も知ってる」

 女は溜め息をついた。

「何でここに居るって分かったの」

「何故来ると?」

「娘が誰か男と一緒に帰って来てるって、知り合いがメールで知らせてきたからよ」

「あの女か」

「どうして偽装が?」

「よくある手だ」

「そう?」

「ああ。男物の靴跡はあんたが自分で履いて付けた。ベッドの血は見たところ、女が男に行為中に刺されたようにに見えるが、抵抗した跡も、刺されてから悶えた跡も無い。注射器で血を抜いてベッドに撒いたんだろう。場所柄を考えれば注射器は薬物投与する為のもので、それ程大きくもないだろう。繰り返し腕に針を刺した結果傷が広がり、アルコールとガーゼで消毒した。慌てていたからなのか、床に瓶もガーゼも落ちていた」

「OK、OK。全部当たってるわ」

「何故彼女を捨てた?」

「捨てたなんて人聞きが悪いわ。私はあの時渡せるだけのお金を渡して行かせたのよ」

「幾らだ?」俺はカレンに訊いた。

「確か……四七〇コルナね」

「それで生活出来るとでも? 足掛かりになるバイトを探すのにもどれだけ苦労すると思う」芹沢に言った。「カレン、彼女が持ってるバッグを見た事あるか?」

「私がこっちにいる時には、無かったわね」カレンは首を横に振った。

「今娘が来てる服だって真新しいのじゃない」

「俺が今日買ってやったんだ。久々の再会だからな」

「あの時はあれで全部だったのよ、手元にある現金は。これも客に貰ったものだし」

「手元の現金か。一大決心だった筈なのに、銀行には行かなかったのか?」

「どうしてそこまで言われなきゃならないのよ。そもそもあなた何してる人?」

「日本の大学に通ってるボランティアサークルの部員だ。放っとけなくてね」

「ああそう。ねえ、どこか座って話しましょうよ。疲れるし、列車も出て、折角買ったチケットもパァよ」

 俺達は近くの喫茶店に入った。

〈メニューいいわ。すぐ出るから〉芹沢はウエイトレスに言った。

「それで、どうしてカレンやヨブがこんなことになったかって言うとね」

 彼女は話し始めた。


 あれは一九八七年、ド派手でおバカな昭和時代も終わりに近づいていた頃ね。私は騒々しい日常からちょっとだけ離れたくなって、外国に行こうって思ったの。ハワイ辺りの南国なんてブームに流されることだけが取り得の日本人で溢れ返っていたから、もっと静かな所にと思って、東欧を選んだのよ。ビザ取って、暫く住もうって決めてね。フランス経由で来たわ。最初はプラハのど真ん中の方に泊まってたんだけど、一週間もしたら飽きちゃってね。うんと郊外に行こうって決めて、列車の旅を続けたんだけど、本当にド田舎まで来て、静かな時間を過ごしてると、ある日クスリを貰ってね。クスリったって抗生物質の類なんかじゃないよ。そう、あっちの方。俗にシャブやらハッパっていうやつ。それからはもうドロドロの日々ね。どっぷりクスリにハマっちゃって、抜け出せなくなって、無くなったらお金借りてまた新しく買って。気がつけば娼婦に成り下がってて。たったの四ヶ月で落ちるとこまで落ちちゃったわけ。ええ、たったの四ヶ月よ。バカらしいったらないわね。その内赤ん坊まで孕んじゃって、何度お腹の子と一緒に死のうと思ったか。でももう、なるべくしてそうなったんだって、自分を無理矢理納得させたわ。そしてカレン、あんたが生まれたの。あんな生活してて、何の障害も持たないで生まれたのが奇跡と言っていいわ。一応一生懸命育てたんだけど、この子ったら、たった一一歳であいつに強姦されちゃって、アフターピル買ったり中絶手術するお金なんて無いもんだから、結局この子まで息子が出来ちゃって、もう私は限界だったのよ。どう考えてもこんな年増の娼婦の稼ぎじゃ生活やってけない。クスリだってまだ買ってたし、借金も返さなくちゃいけなかった。どん底の生活は目に見えてたわ。だから、この子達をアタシから引き離したのよ。そりゃ悪いとは思ってるわよ。でもあなた達がここにいたら、物乞いをするどころの生活じゃないわ。そこいらのワルにだってまたマワされてズダボロにされてたろうし、あたしもこう年食うとあんた達なんか養えなくなる。仕方なかったのよ。ね、カレン。分かってちょうだい。


 芹沢はそこまで一気に話した。

「さあ、言うべきことは言ったわ。他には何かあるのかしら?」

「まあ、今まで大分ぶっ飛んだ人生送ってきたのはよく分かったが」

「それが伝わったのなら言うこと無いわね。粗方経験して今思うのは、何で産んじゃったんだろっていうことぐらいよ」

「は?」

「自分はこういう人生になるし、子供もこんなことになるって分かってた筈なのよ。一大決心? 別にそれほどには思ってなかったわよ。望んで産まなかったわが子の行く末なんて興味あったと思う? ほら、あんた達が知りたい事は全部話したつもりよ。母親面はおしまい。二度とこっちには来ないんでしょう? さっさと連れて帰って」

「おい、よくもそんな……」

隣を見ると、カレンは震えていた。そして、その状態にシンクロした声で、彼女は言った。

〈分かったわ、……生まれなきゃ良かったのね。そう、よく分かったわよ〉

 チェコ語で、俺は何度か言った「rozumím.」という単語しか聞き取れなかった。こみ上げている感情を絞り出しているのに、チェコ語が分からない自分がもどかしかった。

 彼女は店を出ていった。

「おい」俺は呼び止めようとしたが、彼女は止まらなかった。

「ほっときなさいよ」芹沢はものぐさそうに言うと、煙草に火を付けた。俺は反射的に鼻をつまんで、周りを見た。

「疲れたわ、本当に」芹沢は肺一杯に煙を吸い込み、鼻と口から同時にくゆらせた。

「煙を鼻から吐く女は嫌いだ」

 芹沢はついと片眉を上げて含み笑いを漏らした。

「あんたみたいな若い客なんかもう居ないわよ、この年になると。モノが役に立たなくなる寸前の、どこぞの耄碌ジジイとかばかりさ」そう言った後、今度は声を立てて笑った。

「あいつって誰だ?」俺は言った。

「何?」

「カレンを犯した男だ。あいつって言った」

 彼女はまた含み笑いをした。胸クソが悪い。

「教えてあげるわ」


 私は追われてるのよ。

 芹沢はそう言って、まだ長い煙草を灰皿に押し付けた。

「何に……」

 訊こうとしたところで、ふと外の駅が目に入った。改札を抜けたカレンが駅員の制止を振り切って、線路に出ようとしていた。

「何してる……?」

 俺は店を飛び出し、駅に駆け込んだ。駅員が止める間も作らせずに、カレンを抱き寄せた。

「次の列車は十分も後だぞ。バカな事を――」

「私が居なかったら、こんな事にならなかったのよ。私が居たからあなたがこんなとこまで来なきゃならなくて、お母さんも腐りきってしまってたのよ。何もかも、私が居たからいけなかった。普通の生活をしてるあなたに何が分かるの?」彼女は俺の胸倉を掴み、そこに頭を当てながら言った。

「今君が死んでも、何も変わらない。俺は娼婦街に来たし、君は母親に自分への愛が無かった事を知った」彼女は泣いていた。「それに、君の息子が生きてる事実だって変わらない」

 カレンの手を引いて店の前まで戻ると、中に芹沢は居なかった。

「消えた」

 俺は再び電話を掛けた。

「もしもし」

『今度は何だ? 一応警察に連絡したけど、英語が通じて良かった』

「さっきの通報、間違いだったと言っといてくれ。今から帰る」

『おい、説明してくれよ』

「帰ったらな」

 俺は電話を切った。


 秋に近づく風が吹いていた。


よければここまでの感想をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ