視る者たちの儀式
「では、皆さま……」
ブーンシューンは、ゆっくりと立ち上がった。
その目が、急に真剣な色を帯びる。
「これより、《レプリカ・コア》の起動儀式を執り行います」
「……儀式?」
ケインが眉をひそめる。
「はい。これはただの起動ではありません。
“視る”ための準備です。
記録体は、ただ出てくるのではない。
“迎えられる”必要があるのです!」
「また始まったわ」
メイがワインを置き、ため息をつく。
「まずはこちら!」
ブーンシューンは懐から、奇妙な眼鏡を取り出した。
レンズは左右で色が違い、片方は赤、もう片方は青。
フレームには小さな羽根飾りがついており、
なぜか鼻あての部分に鈴がついている。
「これが“視る者の眼鏡”です!
これをかけた者だけが、記録体の“本当の姿”を視ることができます!」
「……絶対ウソでしょ」
オグリーンが即座に言う。
「ウソです! でも、かけた方が雰囲気出ます!」
「開き直りが早い!」
ケインが思わず笑う。
「では、皆さまにお配りいたします」
ブーンシューンは、同じような奇妙な眼鏡を人数分取り出した。
どれも微妙にデザインが違い、やたらと装飾が多い。
「私の、なんか……鼻に鈴がついてるんだけど」
メイが冷ややかに言う。
「それは“記憶が近づいたときに鳴る”仕様です!」
「……つまり、私が動くたびにチリンチリン鳴るってことね」
「はい! 風情があります!」
「……風情の使い方、間違ってるわよ」
「私のは……なんか、レンズが曇ってるんだけど」
ユウが眼鏡を覗き込む。
「それは“過去をぼんやりとしか見たくない人”用です!」
「……それ、ただの汚れじゃない?」
「違います! 哲学です!」
「俺の、片方レンズないんだけど」
ケインが言う。
「それは“見たくないものを見ないため”の仕様です!」
「いや、ただの欠陥品じゃん!」
「違います! 美学です!」
「……私たちのは?」
オグリーンが眼鏡を手に取る。
「お二人のは“しゃくれ補正レンズ”です!」
「……しゃくれ補正?」
「はい。しゃくれていただくことで、記録体との波長が合いやすくなります!」
「……それ、科学的根拠あるの?」
「ありません! でも、やってみる価値はあります!」
「……しゃくれるって、こう?」
オグリーンが顎を突き出す。
「もっとです! もっとこう、威厳を持って!」
「……こう?」
「完璧です! では、奥様も!」
「え、私も!?」
「ご夫婦は波長を合わせていただかないと!」
「……なんで私たちだけこんな顔してるのよ……」
ユウがしゃくれながらぼやく。
「美しいです! まるで“記憶の門番”!」
「……もう帰っていい?」
「ダメです! では、次のステップに参りましょう!」
ブーンシューンは、ケインの前に立った。
「ケイン様。あなたには、起動の“鍵”となっていただきます」
「……鍵?」
「はい。記録体は、肉体の“律動”によって活性化されます。
つまり――腕立て伏せです!」
「……は?」
「200回、お願いします!」
「いやいやいやいや、なんで!?」
「“記憶”は、筋肉に宿るんです!」
「それ、完全に嘘でしょ!」
「嘘です! でも、やってみる価値はあります!」
「……俺、今日、何しに来たんだっけ……」
「では、いきましょう! いち、に、さん――」
「ちょっと待って! ほんとにやるの!?」
「やらないと、記録体が“やる気”を出しません!」
「記録体にやる気とかあるの!?」
「あります! たぶん!」
ケインは渋々、床に手をついた。
「……これ、ほんとに意味あるの?」
「ありません! でも、意味がないことを真剣にやるのが、儀式です!」
「……それ、ちょっとだけ納得しそうになった自分が悔しい……」
「では、皆さま、眼鏡よし、しゃくれよし、腕立てよし!
いよいよ――“視る”ときが来ました!」
ブーンシューンは、銀のベルを高く掲げた。
「さあ、“とっくに死んだ誰か”よ――
あなたの記憶を、ここに!」
チリン――
銀のベルが鳴った。
部屋の空気が、ふっと変わる。
そして、静寂が落ちた。