陽気な懐疑と、始まる余興
サロンの扉がノックされ、リサが応対に出る。
やがて、軽やかな笑い声とともに、二人の客が現れた。
「遅れてごめんなさいね〜! 迷ったのよ、ここの門、いつも閉まってるから!」
先に入ってきたのは、ユウ。
明るい色のドレスに身を包み、髪をふわりと巻いている。
その後ろから、黒い外套を羽織った男が静かに現れる。
「……で、今夜は何? 死者とおしゃべり?
メイ、君はとうとう“ネタのためなら死人も起こす”作家になったのかい?」
そう言って入ってきたのは、オグリーン。
黒の外套を脱ぎながら、すでにワインを物色している。
「あなた、挨拶くらいしなさいよ」
ユウが後ろからつつく。
「してるだろ? これが俺なりの挨拶だよ」
「それ、ただの皮肉。
……ごめんね、メイ。うちの人、死者より口が悪いの」
「それはそれで、ちょっと面白いわ」
メイが笑う。
「オグリーン、ユウ。ようこそ。ワインは赤と白、どちらがいい?」
「赤。白はユウが飲むとすぐ酔うからな」
「ちょっと! それ、今言う!?」
「事実だろ。去年の晩餐会、君、白ワイン三杯で“この部屋、死んでる!”って叫んだんだぞ」
「だって本当に空気が死んでたのよ! あの伯爵夫人、魂が抜けてたもの!」
「それを本人の前で言うなって……」
「でも、あの人、翌週から急に元気になったじゃない。
私の“シックスセンス”が刺激になったのよ、きっと」
「それ、ただの無礼な発言のショック療法だよ」
ケインがぽつりとつぶやく。
「……なんか、俺たちより夫婦してるなあ」
「当然でしょ」
ユウがウィンクする。
「で? 今夜の主役は誰? “とっくに死んだ誰か”って、ずいぶん詩的じゃない?」
「匿名記録体よ。誰が出てくるかは、起動してからのお楽しみ」
「ふふっ、まるで降霊会ね。
でも私、そういうの、嫌いじゃないの。
昔から“見えないもの”には、ちょっとだけ縁があるのよ」
「……また始まった」
オグリーンがグラスを受け取りながら、ため息をつく。
「ユウは“第六感”があるって言い張るんだ。
でも、科学的にはただの直感と偶然の積み重ねだよ」
「でもあなた、私の“嫌な予感”はだいたい当たるって言ってたじゃない」
「それは……否定できないけど」
メイが笑いながら言った。
「オグリーン、あなたは記憶再生技術をどう見てるの?」
「不完全な模倣だよ。
記録された言語パターンと反応傾向を再構成してるだけ。
“人格”じゃなくて、“反射”の集合体だ。
それを“死者の声”と呼ぶのは、ちょっとした詩的詐欺だね」
「詩的詐欺、いい言葉ね。
じゃあ、ブーンシューンは詩人かしら?」
「いや、あれはただの詐欺師だよ。
記録体の起動率は五割以下、人格の再現精度はもっと低い。
それでも貴族たちは“亡き人の声”にすがる。
……滑稽だと思わないか?」
「でも、滑稽なものほど、物語になるのよ」
ユウがくすくすと笑う。
「私は好きよ、ブーンシューン。
あの人、嘘をつくとき、目がきらきらするの。
“私は信じてないけど、あなたが信じるならそれでいい”って顔をするのよね」
「……それ、詐欺師の典型じゃない?」
「でも、そういう人の方が、時々“本物”を呼んじゃうのよ」
ケインがソファの端で身を縮めるように言った。
「……俺、今夜ほんとに大丈夫かな。
なんか、取り返しのつかないことが起きそうな気がしてきたんだけど」
「それ、私のセリフじゃない?」
メイが笑う。
「あなたはいつも“巻き込まれる側”なんだから。
今夜も、ちゃんと巻き込まれてちょうだい」
「……俺、ほんとに君の小説の登場人物みたいだな」
「違うわ。あなたは“私の小説の中でしか輝けない男”よ」
「……なんで知ってんの、そういうの……」