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佐藤優香の困惑

 私は八木沢健司と離婚した。八木沢優香から自分の旧姓の佐藤優香に、紗理奈は佐藤紗理奈に名前が変わった。


 離婚の条件は、慰謝料、養育費等を請求しない代わりに、八木沼健司は二度と娘には会わない、私たちは母子の前に姿を現さないというものだった。


 憑き物の落ちたような風情の元夫は、必ず約束を守ることを誓い、会社も辞め、スマホを解約し、転居先も告げずに家を出ていった。


 それでも、パパと別れたくないと泣いて駄々をこねる娘に、私は初めて手を挙げた。

 

 夫がいなくなると、紗理奈は自室に籠って自慰をするようになった。多少のことなら目をつぶるつもりだったが、紗理奈の場合は度を越えているように思えた。

 とうとう私は娘を心療内科に連れていくことにした。 

 

 インターネットで女医のいる心療内科を検索し、電話でも相談してその中でも最も適当と思われるクリニックに娘を連れて行った。

 冴島さえじま先生という、まだ二十代後半と思しき若くて気さくな女医さんが紗理奈の担当医になってくれた。

 

 彼女の診断は「性嗜好障害」というものだった。男女を問わず発症するもので、俗に「セックス依存症」と呼ばれることもある。夫に不満はないのに浮気を繰り返すとか、痴漢行為がやめられないといった女性の症例もあるのだそうだ。

 性欲が強い性質なのではなく、心的外傷トラウマへの対処行動という側面が強いらしい。心理的な苦痛や不安を解消し、一時的な心の安定を求めて、行為が止められなくなってしまっているのだと、冴島先生は説明してくれた。

 

 自宅で自慰にふけるだけであればまだ問題はない。ただし学校でそれを行ったり、自らの行為を周囲に吹聴するようになると、集団の中で浮き上がってしまう。

 また、それに留まらず、不特定多数との性行為などに及ぶようになると、性感染症や望まない妊娠のリスクが高まり、さらには退学などの社会的損失を被る可能性も考慮しなければならない。

 

 根本的な治癒のためには原因となった心的外傷を克服せねばならず、この病気とは長い付き合いになるかもしれないとのことだった。


「お母さんは、よく娘さんを注意して見守ってください」と言われた私は、暗澹とした気持ちでクリニックを後にした。



 案の定、紗理奈は通っていた地元の区立中学で問題を起こしてしまった。

 親の欲目ではなく美人で発育が良い紗理奈は、普通にしていても目立ってしまう。男子生徒にちやほやされる紗理奈は、女子のやっかみを買ったのだろう、紗理奈の髪の毛の色が茶色すぎる、染めているのではないか、校則違反だと一部の女子生徒が風紀委員会に抗議をした。

 

 紗理奈は髪の毛など染めていない。事実無根のクレームに、娘は素早く先手を打った。

 放課後、風紀委員長の男子生徒を体育倉庫に呼び出すと、下着を降ろし、スカートをまくり上げた。

「よく見なさいよ、下も、髪の毛と同じ色でしょ」

 

 委員長はガクガクと首を縦に振った。


「分かってくれてありがとう。ご褒美を上げるから、動かないでね」

 娘は、委員長の制服のベルトを外し、ジッパーを下ろすと、ブリーフの上から、彼のものを揉みしだいた。委員長は、なすすべなくブリーフの中に若い精を放った。

 

 教師にも生徒にも評判の高かった優等生の委員長は、これですっかり娘のとりこになった。

 早速彼は通報者に召集をかけ、「佐藤紗理奈の件は事実無根、無責任な噂を立てないように」と厳しく注意をした。

 

 娘は再び委員長を体育倉庫に呼び出してご褒美を上げた。ところが、増長した委員長は、これからは紗理奈の言うことを何でも聞くので最後までさせてほしいと懇願し、紗理奈は、避妊をすることを条件にそれを了承した。


 委員長がようやく購入したコンドームは、使用する前に彼の母親に発見された。仰天した母親は息子を問い詰め、事情を知ると、PTA会長の父親と相談し、すぐさま学校に通報した。


 通報に半信半疑だった教師たちが紗理奈を問いただすと、本人はあっさりとその事実を認めた。

 紗理奈を風紀委員長に告げ口した女子生徒たちにも教師による聞き取りが行われた。彼女らは、憶測にまみれた証言で一方的にに紗理奈を非難した。


 私は学校に呼び出され、卒業を待たずに娘を転校させることに同意をさせられた。

 娘を厄介払いしたい一心で奔走した校長先生のおかげで、娘は中高一貫の女子校に編入することになった。

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