八木沢優香の疑念
私は、再婚した年下の夫が浮気をしているのではないかと疑いをもつようになった。
日常生活では今までと変わりない優しい夫だが、夜ベッドを共にしたときの彼の所作が、今までと何か違う。ベッドマナーの変化の向こう側に、私の女の直感が、自分以外の女の存在を警告していた。
ことが終わり、夫が寝入った後で、避妊具をゴミ箱から拾いベッドサイドの灯りにかざしてみた。昨日は私が夜勤だったから交わっていないのに、それにしては中のものが少ないように思える。
結婚して三年、夫は年若く、私もまだ新婚気分が抜けきっていないこともあり、私が夜勤の日以外はほぼ毎日のように愛し合っている。
夫は仕事が終わるとまっすぐに帰宅してくるし、休みの日はいつも一緒だ。彼の周りに女性の影は見えてこない。
きっと自分の取り越し苦労たと思い直そうとして、それでも夫の相手の可能性を否定できない女性がすぐ近くに一人いることに思い至った。
「まさかね」
慌ててそれを打ち消した。しかし、一度思いついてしまうと、それはなかなか頭から去ってくれなかった。
愛娘の紗理奈は今年中学二年生になった。
母親から見ても美人の部類に入ると思う。平均より発育が良く、身長は既に私を越えている。今どきの子供らしく手足が長く、華奢だった身体も徐々に女性らしく変化を始めていて、母親の自分でさえ時折はっとさせられることがある。
そう思って二人の様子を観察すると、何気ない会話や交わす視線まで怪しく思えてくる。胸の中に生まれた疑念はどんどん膨らんでいった。
とうとう私は二人にトラップを仕掛けた。夜勤と偽り家を出ると、二時間ほど近所のファミレスで時間をつぶし、夜の九時に自宅に取って返した。
音を立てないようにそっと鍵を開けた瞬間、いつもと違う自宅の様子に、私の疑念は確信に変わりつつあった。いつもならまだTVを見ている時間なのに、リビングの灯りは消えており、そこには夫の姿も、勉強しなさいと言われても夫に纏わりついている娘の姿もない。
私は、夫婦の寝室のドアの前に立ちそっと聞き耳を立てた。中からただならぬ気配がする。
「どうか私の勘違いでありますように」
それでも一縷の望みをかけながら、一気に寝室のドアを開け、灯りを付けた。
普段私たちが愛しあっているベッドの上に、裸で抱き合う夫と娘の姿があった。
「落ち着け」
私は自分に言い聞かせた。こうなることも予想し、何度もシミュレーションを頭の中で繰り返してきたではないか。
後のことを考えれば、ここで取り乱して、修羅場にしてはいけない。
「気を強く持て」
そう自分に言い聞かせ、夫にすぐリビングに来るように告げ、部屋を後にした。
十分ほどしてリビングに現れた夫は、うなだれるばかりで、なにを聞いても要領を得なかった。
紗理奈が誘った可能性は否定できないにしても、事情はどうあれ相手は中学二年生の、それも血はつながっていないとはいえ自分の娘だ。問答無用で夫の落ち度は免れようもない。
とにかく夫と娘を完全に引き離さなくてはならない。自分が夫を許せないことももちろんあるが、それ以上に、娘のために離婚は必須だ。裁判だ、弁護士だ、慰謝料だとことを大きくするのも好ましくない。
私はとりあえず自分の悲しみを封印し、事後処理に徹することにした。
夫からの反論はなかった。一も二もなく、その場で離婚に同意した。
ところが、肝心の娘が、パパと離れたくないと、とんでもない理屈を言いだした。
「ママだって同じことをしてるじゃない。血がつながっているわけじゃないのに、同じ家族なのに、パパのことを大好きなのに、どうしてママはよくて、私はしちゃいけないの」
これは夫が娘を無理に誘ったのではない。合意の上、いや、むしろこの娘が積極的だったのだろう。
ぞっとした。
私の娘は、正常ではない。