日常:始まり2
数多の情報が集まる場所。
目的地を目指し、『ロイ=セカンド=メッセンジャー』はゆっくりと歩いていた。
人の流れに逆行しながら進む。
少し前、静かにその場を離れていた彼は、先程までのことを思い出し、こみ上げる笑いを堪えられずにいた。
なかなかに愉快な状況だった。
彼がこの学園に入った理由は退屈しのぎであった。
しかし、その目的はすぐに達成された。
適当に当たりをつけた隣の席の席の男は平凡ながらも特殊だった。
何故かいつも揉め事の中心にいるという才能を持つ彼は自分の目的の取っ掛かりには適当な人間であった。
昼休みの時間は短い。
この限られた時間の中で少し足早になる。
逸る気持ちを抑えながら、繰り返す何度目かの階段を登る。
はたから見れば怪しく見えるだろう、笑いを隠しながら、やがてその目的地にたどり着く。
袋小路の行き止まり。
薄暗いその場所には人影がぼんやりと見える。
「…合言葉を」
人影は一言だけそう言った。
それは、門番である。
「欲望の赴くままに」
ロイは怪しげな笑みを浮かべ、間髪入れずに返す。
門番たる人影は何も言わず、唯一ある、袋小路の出口の扉に手をかけた。
その扉は重い。
軋む金属音、それは本来、開けることが許されるはずのない扉が開く音である。
開いていく扉に合わせ、少しづつ光が差し込んでくる。徐々に光量が強まっていく。
「ようこそ、同志」
眩い光に目が慣れれば、そこには青空が広がっていた。
この爽快な空に、集まるは熱を帯びた悪鬼の声。
「買った!3000でどうだ!」
「いいでしょう」
そこは活気のある市場の様であった。
そこを取り仕切るのは、一人の少女だった。
活発そうな姿に、首からは本格的なカメラを下げている。
「おい!こっちのを食堂券10枚でどうか!」
「兄貴、良い払いですねぇ!成立と行きましょう」
「よし!」
少女は広げられたシートの上に直接座りあぐらをかいている。スカートの下には膝上丈の黒い密着性の高く、伸縮性が高い下着をインナーとして履いていた。
その目の前、シートの上には数多くの写真が並べられている。
「兄貴、いかがですか?…こいつの独占権を今なら更に20枚追加して30で売って差し上げる事も出来ますが?」
妖しく笑う。
「…なん、だと…?」
「これ…独占したいっすよねぇ?」
誘惑する様に写真の1枚を掲げ、ヒラヒラと見せびらかす。
「こいつは、現像すれば何枚でも刷る事が出来ますからねぇ」
その顔は善を装う悪の様な、悪魔の取り引きの如く。
騒がしかったその場は、いつの間にか静まり、この行く末を見守り、押し黙っている。
「………20でどうだ」
その、気弱い提案に、無言で首は振られる。
「………22」
「29!」
「………24」
「28!」
「……25!」
「うーーん仕方ないっすね、、、では今回は無かったことに…、他はいないっすかぁ?」
大げさに落胆する様に、あえて場違いに間延びさせた声で、交渉の決裂を伝える。
静まりかえる中、それぞれが顔を見合わせ合う。
一瞬の静寂、誰もが次の行動に移れぬまま、それを引き裂くように絞り出した声が出る。
「…………………27」
「良し!売った!!」
満面の笑みで少女は笑う。
「権利を勝ち取るときに出し惜しみは良くないですぜ」
その少女の言葉を合図に、また喧騒を取り戻す。
その光景をロイは遠巻きに眺めていた。
しばらくして、その場が落ち着いてきた頃にロイはゆっくりと少女に近づいていった。
「盛況なようで」
その声に少女は顔を上げ、ロイの姿を確認する。
立ち上がりスカートを何回か手で払い、姿を整える。
「お陰様で」
口角を上げいたずらっぽく笑う。その姿はやんちゃな少年のようでもある。
「荒稼ぎしてんなぁ」
呆れながらも楽しむようにロイは笑った。
「ジャーナリストは金がかかるのだ!」
空からの光を反射し、カメラのレンズが光る。
シートの上の写真を片付けながら少女は話す。
「旦那も1枚どうです?」
その中の1枚をロイに見せる。
「生徒会長かよ…」
その写真に写る人物を見て、思わずそう言ってしまう。
「…よく撮れたな」
「……取材?」
首をかしげる少女。
ロイはそんな姿にため息をつく。
「まあいいや、ほら」
一枚の札を少女に手渡す。代わりにその写真を受け取る。
「まいどありぃ!」
屈託なく笑う少女につられロイも笑った。
「んで、何の話だい?」
この場に誰もいない事を確認し少女はそう言った。
先程までの取引相手としていたような、口調から本来のものであろう、フランクでハッキリとした喋り声に代わっている。
「さっき、クィンスターとレイテスのとこのお嬢さん達が揉めてたぜ」
「なに!」
少女は過剰に反応してみせる。
「まあ、大事にはならなかったけどな」
「噂通りだな!やっぱりあの2つの家は仲が悪いと…」
少女はそう言いながら、どこからか取り出したのか、分厚い手帳に手慣れた様子で何やら書き込んでいた。
「…家同士の遺恨を引きずっている…と、」
ブツブツと呟きながら、メモを続ける。
「まあ、どっちかというと、レイテスの方が一方的に敵対視してる感じだったけどな」
少女は聞いているのかいないのか、返事もせずに素早くペンを動かし続けている。
「…炎の一族と水の一族の対立。過去の遺恨。各国の代表たる2つの家の争い。……これは面白い記事になる!!」
やっとメモを終え、顔を上げた少女の目は爛々と輝いていた。
「…ほどほどにな」
そう、たしなめるが、聞いている様子は無い。
「情報ありがとう!金は例の銀行に振り込んでおく!」
「どこの銀行だよそれ」
身に覚えのない話に思わず口を挟む。
話は途切れ、少女は間を置くように短く息を吐く。それを合図に立ち去ろうとする。
別れの合図に片手を上げる少女、その背中をロイは見つめる。
「生徒会も動き出しているらしい」
その言葉に少女は手を挙げたまま、ピタリと止まる。
「いろいろ、物騒な話も聞くし、気をつけな」
背を向けたまま、少女は口元だけで笑う。
「記者には最高の状況だ」
そのセリフを最後に重い扉を開け、去っていく。
それを見送り、ロイはすぐ近くにあった落下防止用のフェンスの一部に背中を預け、空を見上げる。
「退屈はしなそうだねぇ…」
早く流れる雲を眺める。
そろそろ、昼の休憩も終る頃だろう。