日常:生活1
「戦争じゃぁぁぁああぁぁぁ!」
響き渡る声に周りは注目するが、すぐに何事もなかった様にそれまでの行動に戻っていく。
見慣れた光景であった。
昼時のテラス、穏やかな陽気な中、ソウ=シラナミは怒り震えに立ち上っていた。
その対象はテーブルを挟み、目の前に座るフェリス=クィンスターであった。
フェリスは素知らぬ顔をして、口内にあるものを咀嚼している。
そのテーブルに、座るもう一人の男は呆れたように、だが楽しむように、笑っていた。
「ケチくさいなぁ、いいじゃん1個くらい」
フェリスは相変わらず口内を動かしながら、ふてぶてしく口にする。口元には今食べているもののかけらがくっついてる。
「てめぇ!人の肉奪っといて!」
火に油を注ぐその発言にソウは激昂する。
その激情とは他所に周には平和な時間が流れている。
「昼の肉は貴重なんじゃ!表出ろや、このクソ女!」
「もう外だけど?」
「んだ、その態度は!」
平和な昼時、叫び声だけがこだまする。
「まあまあ、落ち着けって」
テーブルに座るもう一人の男が、穏やかにたしなめる。
「仕方ないなぁ、ほら、これあげるから落ち着きなさいよ」
フェリスは目の前にある小さな箱の中、些か行儀は悪いが箸で小さく何回か叩く。その先には緑色の葉がある。
「野菜じゃねぇぇぇかぁぁぁぁ!」
ボルテージは更に上る。
「わかった、わかった。俺のを一つやるから、な、落ち着けって」
間に立つ人物は、幼子をあやすよう、自分の目の前にある食物を、差し出す。
「お、おう」
その慈悲深い行為に、流石に激高していた自分に恥ずかしさを覚え、溜飲を下げる。
気まずそうに、静かに椅子に座り直す。
「まったく、シラナミは子供なんだから」
やれやれ、と首をふる。
「なんで、俺が悪いみたいになってんだよ!!」
再び声を荒げるが、もうこれ以上怒る気にもなれず、ソウは渋々ながらも、これ以上この事を言うのは止めた。
「つーか、お前お嬢なんだから人のおかず取るなよ、行儀悪いだろ、アホなの?」
「私の家柄は関係ないし、アホでもないから」
「いーや、アホだね、何回言っても人の食いもん奪いやがって、いーかげん学習しろクソ女」
まるで痴話喧嘩のようである。
分からない人間が見ればその物言いはヒヤヒヤするが、それ特有の微笑ましさがある。
フェリスはヤレヤレと首をふり、わざとらしくため息をつく。そして、物わかりの悪い子供に言い聞かせるように口を開く。
「いい、シラナミ、食事の時間、出されたものに物足りなさを感じる、そして目の前には残された肉。」
自信満々に話すフェリスは、最後に「分かるでしょ」と言葉を付け加え、最後に残された自分の食事を平らげ、先ほどの行為が嘘のように、品よく手を合わせ、食事を終える。
「いや、さっぱりわからん」
「気が合うなソウ、俺もだ」
二人の会話が聞こえていないのか、食事の満足感を表すように、微笑む。
その姿は先程まで、いがみ合っていた人間も目を奪われるほど印象の強いものだった。
「なによ?」
思わず、見つめてしまう2人に気が付いたフェリスは怪訝そうに目を細める。
よく見るとまだ、食べかすが口元にそのまま残っている。
なんだか台無しだった。
それに気がついた、もう一人の男が指摘しようとするが、ソウはフェリスから分からないよう手を出し、制止した。
その意図に気が付いた男は、苦笑でごまかす。
「つーか、何でいつもここに来んだよ。友達いないのかよ」
話題を変えるように、サラッと失礼な事を言う、ソウ。
「はぁ!そんなものいらないわよ!!」
それに対し、今度声を荒げるのはフェリスであった。
「あ、いないんだ」
もう一人の男が聞こえるか聞こえないかくらいの声でつぶやく。
ソウは嫌らしく口角を上げる。
「ほぉ、お前凶暴だもんなぁ、そんなんじゃ誰も近づかないわなぁ!」
わざとらしく大声で意地の悪い笑みを浮かべながら話す。先程までの恨みを返さんとばかりに、攻勢に仕掛ける。
「この可憐な少女を捕まえて、何が凶暴よ!」
「誰彼構わず、喧嘩ふっかける女のどこが、可憐だボケ!」
また、騒ぎ出す2人に周りは慣れたものだ。
いつの間にか指定制となったこの席、いくら騒がしくしようが文句を言うものはない。
腫れ物扱いに近いがそれとは少し違う。
静かな食事を楽しみたいのなら、この場所を選ばなければ良い。不特定の場所で騒ぎを起こすのなら、むしろ一定の場所に固定されていたほうが安心する。それがこの場にいる人間たちの結論だった。
見慣れた光景や騒音は、景色やBGMに近い。
たが、今日は違った。
「相変わらず、騒がしいですわねぇ」
高く高圧的な声、今までのやり取りを貫くが如く、二人の耳に届く。
フェリスはその声の主を確認せずに、強く睨む。
一瞬で支配する緊張、周りにいた人々は、気まずそうにそそくさとこの場から距離をとる。
高圧的なのは声だけではなかった。人肩まで伸びた髪は、清流を表すよな透き通る水色をしていて、髪の毛の一部分に巻きがかかっている。傲慢に腕を組み、人を見下すような上からの視線を向ける。
人の目を引く見た目であるのは間違いない。だが、フェリスとは違う意味で近づきがたさがあった。
周りには数人の取り巻き、同じ様にこちらを見つめる。不躾な目線ではあるがその中にも品が見られる。
「何、文句あんの?」
フェリスは座ったままわずかな動揺もなく複数の視線に一切怯むことも無く、更にはそれらをまとめて釣りが来るような、強い視線で見つめかえす。
それに負けたように目を逸らしたのは、複数の方である。
視線を交わすだけで分かる格の違い。
中心にいる水色の髪の少女だけが、視線をそらさずにいた。
まるで獣が縄張りを闘う直前のように、相手を品定めし、力量を図り合っている。そんな緊張感。
しかし、獣というのには、いささか抵抗がある様な二人の姿は、距離をとっていた周りも、恐る恐る、この顛末を見届けている。
「喧嘩なら買うけど?」
静かに、ゆっくりと立ち上がるフェリス、その所作の間からも、目線は相手から外さない。
「…狂犬め」
ソウの呟きは、この場には響かない。
目を輝かせながら、近づくフェリス、水色髪の少女との距離がわずかとなる。手を伸ばせば届く距離そこで足を止める。
取り巻きは怯えたように離れ、中心には二人だけとなった。
「まだ、命知らずがいたみたいで」
フェリスは挑発的に微笑む。
「誰だか知らないけど、私に喧嘩売る意味分かるよね?」
言葉を続ける。
その言葉に水色髪の少女は血管が浮き出そうなほど、表情に力が入り、怒りに小刻みに震えている。
「おい、ソウ、あれ本気で言ってるのか」
隣にいる男がこの場を壊さないよう、耳打ちする。
「わからん。あいつの場合は本気で忘れてそうだから怖いわ。………てか、俺に聞くな。」
「…あなた、それ、本気で言っていますの?」
吹き出す直前の間欠泉の如く、静かな中にも、溢れ出そうとする微動がある。
水色の髪が微かに震えている。
挑発的に笑うフェリスの顔から真意は分からない。
「止めたほうが良いんじゃないか?」
「ほっとけ」
我感せずと、食後の飲み物をすすりながら呑気に話すソウと、もう一人。
「どうやら、クィンスターの家の方はその魔術だけではなく、頭まで単純なようですね」
水色髪の少女は込み上げる怒りを抑え、引きつったままの表情で返す。
「…うちの家がなんだって?」
その瞬間、目に火がついたように、怪しく燃え上がる。
「あいつ、人のことは煽るけど、自分に耐性はないよな」
相変わらず呑気にそんなことを言いながら、座っている椅子と、テーブルを離れた場所にずらしていく。
それはこれから始まることへの予兆だった。
「あんた、誰だか知らないけどその言葉、後悔するわよ」
フェリスはそう言いながら、手を胸元まで上げる。その瞬間、その掌には燃え上がる炎が浮かんでいた。
「あぁ、ホントに覚えてないわアレ」
元いた位置から大分距離を取り、傍観を決め込んだソウはぼんやりと呟く。
「…ましがよ、すげぇな」
同じ席に座る男が目を丸くする。
一瞬の出来事だった。
掌で燃え上がる炎に真っ直ぐ水流がぶつかる。その勢いに炎は弱まるが消える事は無かった。
「これで、思い出しましたか?」
その髪の色の様に透き通る水が炎を洗い流す。
その素早い動きと水の発現に、フェリスは嬉しそうに微笑む。
「あぁ思い出しわ、水を出すしか能がない、レイテス家のお嬢さんだっけ?」
「残念ですわね、これ以上思い出していただけないようでしたら、頭から冷たい水でもかけて差し上げようと思いましたのに」
「それは、ずいぶん品の無いことをするわねぇ」
「野蛮な貴方には負けますわ」
不敵に笑い合う二人、殺伐とした空気に周りは固唾を呑む。
「…おい」
ソウの隣で男が顎を傾け、そこを指す。
「なんで、俺なんだよ」
心底嫌そうに、ため息をつくと、その心情を表すように時間をかけて立ち上がる。
次の瞬間、椅子が真横を通り過ぎていく。
「…あの、馬鹿!」
少しでも場所がズレていたら当たっていた。
椅子は離れた場所、何もない地面に強かに叩きつけられていた。
「…不意打ちとは、随分礼儀になっていないですわね」
一瞬の出来事であった。
いきなり、後方に飛び上がったフェリスは近くにあった椅子を、水色髪の少女に遠慮無く蹴り飛ばしていた。
それに虚を突かれた水色髪の少女であったが、掌から出した強烈な水流により椅子を弾き返した。フェリスはそれに動揺することなく不敵に笑ったまま、わずかに動き、かわしていた。
劇的な状況変化、ソウが目を離した僅かな時間だった。
当人以外、この状況についていけずにいる。
相対する2人。
「先手必勝は家の流儀なんで」
「野蛮な流儀ですこと」
「勝てばいいのよ」
誰もが、激しくなるであろう事を予想したこの戦い、しかし決着は意外に呆気なく終わるのだった。
「喧嘩すんな馬鹿2人」
いつの間にか間に割って入るように立った男、誰もが争う2人に注視する中、その接近に気付いたのはどのくらいの人間が居ただろうか。
一番驚いていたのは、その中心の当人二人だっただろう。戦いの緊張感の中、相手に集中していた中現れた闖入者。ソウ=シラナミは左右の二人を見ることなく、やれやれと頬をかいている。
「………な?!バ!」
「……誰が馬鹿よ」
それぞれの反応をする二人。
その言葉に驚きを隠せない、水色髪の少女。
不貞腐れたように、機嫌悪く呟くフェリス。
その反応は対象的に見えた。
「こんなとこで喧嘩すんな」
改めてソウは言った。そして目線で周りを見るように促す。
フェリスはそれを無視し、水色髪の少女はハッとした様に現状を理解し、取り繕う様に姿勢を正す。
不安気に、そして面白そうに見つめる野次馬の数々。
「喧嘩を売ってきたのはあっちなんですけど」
フェリスは楽しみを取り上げられ、不機嫌に拗ねる子供のように、ソッポを向いたままである。
「私は注意しようと思っただけですわ」
そう、言い訳する水色髪の少女もまた子供のようである。
二人の態度にソウは盛大にため息をついてみせる。
「喧嘩すんのはお前らの自由だが、ここでやんな。ここは飯を食う場所で公共の場所だ。分かったか馬鹿共!」
「もう、バカバカ、言わないでよ!!」
我慢できず反論するフェリス。
「うっせぇ!誰彼構わず、揉め事起こしやがって!後、人の名前くらい覚えろ馬鹿!」
「自分より弱い人間のことなんか覚えてられないわよ!」
言い争いを始める二人であったが、その言葉に反応したのは違う人物だった。
「わたくしが貴方より弱いですって…?」
押し黙っていた水色髪の少女が僅かに口を開く。目は静かな怒りに満ち、真っ直ぐフェリスを見据える。
その目の強さに、フェリスはまたも不敵に笑う。
「その言葉が偽りだということを、今ここで分からせてあげましょうか……?」
「やってみれば?」
構える2人。
『スパーーーーーン!!!』
響き渡る破裂音。
「いったぁぁぁぁぁい!!」
後頭部を押さえうずくまるフェリス。
「なにすんのよ!!シラナミ!」
直ぐに立ち上がり、ソウの制服の胸ぐらを掴む。
「学習能力が無いのか馬鹿、喧嘩すんな」
「なんで、私だけ叩くのよ!」
「叩きやすいから」
「なんだ、それぇぇぇぇぇ!!」
襟をつかまれたまま前後に振られるソウだったが、受け答えは淡々としていた。
「あと、お前ずっと口に食べカス付いてるからな」
「もっと早く言えぇぇぇぇええ!」
より強く振られるが、意に介さない。
二人以外は呆気にとられている。
「何事ですか?」
そこに静かに響く声。
その声は状況を一変する強さがある。
「……生徒会」
誰ともなくつぶやく声が聞こえる。
「会長と副会長だ…」
他の場所から別の声。
ニコニコと笑顔を崩さぬ少女と、長身で理知的な眼鏡姿の男、二人は周りを見ながら状況を理解する。
「…また、あなたたちですか」
心の底から呆れたような態度で眼鏡を直す。
眼鏡の男はソウとフェリスの二人を見ている。
「…え、俺も含まれてる?」
その視線の意図を理解ソウは自分を指差す。
「中心にいるように見えますが?」
「なんでじゃ!!」
その声は虚しく響き渡る。
「まあ、まあ、良いじゃない副会長、今回は怪我人もいないし、大事になる前だったみたいだしね」
誰にも分からぬように、ソウだけを見て、片目を瞑る。
「まあ、会長がそうおっしゃるのであれば…」
生徒会副会長は、まだまだ言いたいことがありそうであったが、上司である生徒会長の言葉を立て、飲み込む。
「…あぶねぇ」
それに、一番安心しているのはソウだった。
何となく収束したこの場、唸るフェリスを無視し、飛ばされた椅子を直しにいく。
誰もが
事態の展開についていけずほうけている中、マイペースにもとあった場所に戻す。
そしてフェリスのもとに戻ると、懲りずにまた水色髪の少女と睨み合っている。
「ほれ、行くぞ」
フェリスのポニーテールを思い切り引っ張る。
「いで!」
そのままズルズルと引っ張る。
「痛いって!引っ張らないでよ!!」
フェリスはいち早くこの場を後にしようと髪を引っ張ったまま歩いていこうとするソウの手を振りほどくと、それに小走りでついて行く。
その背を見つめる一つの視線。
「いずれ、決着をつけて差し上げますから!」
水色髪の少女は強く叫ぶ。
「その場があれば、いつでもやってやるわよ!」
フェリスはソウを追いかけながら、叫び返す。
「その言葉、覚えていなさいよ!」
水色髪の少女の取り巻きはその顔を見れずにいたが、彼女から湧き出る空気感に、その感情を想像するのに容易かった。
「………あと、お前、スカートで暴れまわるのやめろ………」
「………なにぃ!……」
その言葉を最後にソウとフェリスは言葉をフェードアウトしていくのだった。