日常:人々2
「改良が必要だな」
そこには一人の男がすわっていた。
作業着に身を包んだその姿は大人びて見えるが、よく見ると、若さが残る目鼻立ちをしている。
その男は手元に目を落しながら何か作業をしていた。
周りに立ち上がる人はいない。
目の前に上げた道具は銀色に輝いていた。
それは短い刃物のようであるが、特有の鋭さは無く、平たく、そして差し込む太陽の光を反射していた。
回りは、等しく同じ物がいくつか転がっている。
数でいえば3つ、しかしよく見ると手に持っていたものとは僅かに形状が違っていた。
詳しく言えば、その手に持っているものだけが僅かに異なる。
ナイフのような形の取っ手に当たる部分が、他のそれより僅かに重厚で、先の部分が尖っている。
作業を続けるその目は真剣そのもので、他の何者の侵入を許さないようである。
周りに倒れる男達、微かに蠢いているところを見ると、意識がわずかでもあるのが分かる。
「さてと」
行っていた作業を一段落させ、立ち上がると転がっている銀色の道具を拾い、腰元のホルスターにしまう。
現状を再確認する。
最低限のラインは確保できているが、望むものには程遠い。
威力を上げようとすればリスクが高まる。
操作性が上がり、汎用性は下がる。
課題は山積するが、悪い気持ちにはならなかった。
「ありがたい」
誰に聞かせるわけでもなくそう呟いた。
目標とそれに向かうための相手、環境、ここは何より優れた場所だった。
周りに目もくれず、この場を立ち去ろうとする。
しかし、それを阻むものがあった。
「ひどい有様ですね」
少女の声だった。
その声は静かで淡々としていた。
少女の短く切り揃えられた髪が風に揺れる。
それは感情を消し去ったような冷静な目でこちらを見つめていた。
「ふっかけてきたのはあっちだ」
全ての説明を省き、それだけを言った。
「あなたの挑発的な言動が原因では無いですか?」
少女は相変わらず感情を表には出さなかった。
少女の問に、何も答えず、挑発的に微笑む。
わずかな沈黙、その後、少女は手元にある銀色の道具に目を落とす。
「凶器の持ち込みは禁止されていますが?」
一見するとナイフのようにしか見えないソレを少女の目の前に見せつけるように上げる。
「違うな」
一つ前の問を大雑把に否定する。
「これは凶器なんかじゃないさ」
そう付け加える。
「では、それはなんなのですか?」
尋問するように、問い詰めてくる。
「移動を補助する魔道具だ」
会話は淡々と続く。
だが空気はわずかにひりついていた。
少女は周りを一瞥する。
「信じられませんが」
少女は信じるつもりは無いようである。
「嘘はつかねぇさ」
否定された言葉に動揺するわけでもなく答える。
「仮に、目的が違っても、他者を傷つけるために使われたのなら、ソレは凶器です」
少女の芯をとらえる発言に苦笑するしかない。
「違いないな」
「生徒会室まで同行願います」
少女は有無を言わせぬ様子で言い切る。
「断ると言ったら?」
再び挑発的に笑う。
「無理にでも」
少女の冷静さは変わらない。
「それはありがたい」
二人の間の緊張感が、ピークに達する。
いつ戦いの火蓋が落とされるか分からない状況、たがそれを打ち破る音が聞こえた。
『カシャカシャカシャカシャカシャ』
連続するシャッター音とフラッシュ。
「おっしゃー!じけんだぜぃ!!」
この場にそぐわない、明るい声、カメラを構え動き回る姿があった。
「はぁ」
少女は緊張を解くように、呆れたようなため息をつく。
「どっから湧いたんだあの女」
同じく呆れたように、そちらを見る。
二人の興は冷め、空気が緩和する。
少女はつかつかと、カメラを構え動き回る少女に近づく。
「何してるんですか、あなたは」
心底呆れたように声を掛ける。
今まで冷静だった少女がやっと感情を表す。
「事件現場に、ジャーナリストがいる事に理由がいるか!」
話しかけられたにも関わらず今までの行動を変えず、答える。
「…何言ってるんですか」
成立しない会話に、目頭を押さえる。
「とりあえず、写真を撮るのをやめてください」
「なんだと!報道の自由を邪魔する気か、この国家機関め!!」
「…生徒会です」
「生徒会だろうが、国家の犬だろうが、ジャーナリズムは止められんのだ!!」
「事実を捻じ曲げて、記事を娯楽化させるのがですか?」
「それがジャーナリズムだ!」
「…言い切りましたね」
「大衆に受け入れられてこその報道だ!そこに真実は関係ないのだ!!」
「あなたは一度ジャーナリズムを考え直すべきです…」
問答を続ける二人の少女を遠目に見て、ヤレヤレと肩を竦める。
そして、関係のなくなったこの場所を背にしゆっくりと歩きだす。
「退屈しないことで」
その言葉を残し、立ち去る。
その男の名は『ライザー=レイステッド』
その眼光は鋭く、まっすぐ目標だけを見据える。
落ちこぼれと呼ばれながらも才能を超える力を求め、進み続ける。