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風が吹いていた。
その勢いは強かったが、暖かく心地の良いものだった。
足元に広がる草原は手つかずにまばらに伸びていて競うように緑を広げ、太陽の光を多く浴びようとしている。それが少し先に行けば途切れるように無くなっている。
その先が絶壁の崖になっていることは知っていた。
背にしているのは深い森林。
穏やかながら人を寄せ付けぬ場所。
ここは、人知れぬ国境線。
今いる穏やかな場所も崖の先からは環境が一変する。
この場所にいるのは2人の男が相対していた。
対照的なその2人、崖を背にしその後ろを守るように立っている大男は頭をキレイに刈り込んでおり、その経験を感じさせる深みのある顔付きは、歴戦の猛者を思わせる。服の上からでも分かる鍛えられた強靭な肉体からあふれる気拍は、見るものを萎縮させるように放たれていた。
対するもう一人は真逆に穏やかだった。
まだ幼さを残した顔つきで、少年から青年になる途中の幼い顔つき、目の前の大男に対するにはどうしても役不足に見えてしまっていた。
しかし、その男自分よりも二回りも大きい相手に、気圧されることなく、何事もないように微笑んでいた。
同じ状況にいるとは思えない対照的な2人に、この景色も相まり、異質な空間となっていた。
しばらくの間、言葉はなった。
ここにこうしていることで全ての説明は2人には不要だった。
互いに互いから目を離さない、隙を見せた瞬間この場は一変する。そう、理解しているからだ。
先にシビレを切らしたのは大男の方だった。
あからさまなため息をつき、あえて目を閉じた。
「わかってるのか」
その体に見合う低く響く声だった。
隙を見せた相手に対してももう一方は余計な動きはしなかった。
「何がだ?」
問には答えず、聞き返す。穏やかにほほ笑んだままであるが、逆に問い詰めるような強さがあった。
大男は、相手の真っ直ぐな瞳に更に大きくため息をつき、ヤレヤレと首を振った。
そして、改めて大男は真っ直ぐ相手を見直す。
先程とは少し違う、諦めの色が僅かに滲んで見えた。
思った言葉、ゆっくりと口を開く、自分と比べれば大人も子供の様な体格差の相手に、躊躇が生まれる。
本当に言ってしまってもいいのだろうか?
この決定的な言葉を、
もしかして理解していないのかもしれない…
口を開いたまま、僅かな間が空く。
しかし、目の前の男の全てを悟ったような表情を見て、躊躇いは消えた。
その瞳に確かな覚悟を見た。
自分の経験から来る理解であった。
きっと全てを理解した上でこの男はこの場にいる。
そうわかったうえであえて口にする。
それは質問ではなく確認、思いをとどめさせる為ではなく、その男のこの気持ちをその言葉から聞きたかったからだ。
だから、あえて問う。
「お前は、世界を敵に回す気か?」
正直細かく聞きたいことは山ほどあった。
だが時間の無駄を理解し、その言葉に集約した。
目の前の男の表情は変わらない。
その大袈裟過ぎるほどの、問いかけに答えず。
吹いた風に気持ちよさそうに、目を細める。
そんな態度に大男は拳を握りしめる。
明らかに苛つきを、見せていた。
右足を半歩後ろにずらし、構えの準備段階に入る。
それに対し、もう一方はマイペースに左手を胸元に当て、ゆっくりと拳を握る。
次の瞬間、淡い光が握り込んだ拳から溢れてくる。
その一連の動きに、大男は一瞬驚くが、すぐに冷静になり構えをとる。
大男は何かをつかむように両手を相手に向ける。するとその両手から強く白い光が放たれる、次には何も無かったはずの両手に一本の銀色の棒状の物が握られていた。
それはわずかな時間の出来事だった。
棒状のものは大男の背丈ほどの長さで、先端が三叉に分かれ鋭く尖っている。デザインこそシンプルであるが、殺傷能力の高さが伺える物だった。
明らかな武器が見えた事もあり、先程の準備段階とは決定的に違う、強い気迫だった。
正に殺気、そう呼ぶに相応しいものだった。
どんな鈍いものでもこれなら起こることは想像に容易い。
戦いは合図を待つだけだった。
大男の威圧に一切の動揺はない。
緊張が言葉を包む。
相変わらず対照的であるが、最初とは明らかに違う。
互いに明確な覚悟が表に出ていた。
少しの膠着状態の後、
若い方の男は、胸元の拳を握り込んだまま、だらんと落とす。
それが合図で、その出来事は一瞬だった。
刹那、駆け出す若い方の男、大男は相手の初手に対しどんな形でも対応できるよう、向かってくる相手を、じっと見据える。
しかし、
それは早く、滑らかだった。
余りにも自然で、まるで性格の悪いつむじ風のようだった。
その風は更に加速し、あっという間に大男の横をすり抜ける。
抜き去る時に一言だけ残して。
風の音が騒がしい中、その言葉だけは時でも止まった中であるかのように、耳に届いた。
躊躇わず風のように駆け抜ける。
そして、カラダ全身に薄い緑色の光をまとい、崖に向け飛び降りる。
まるで僅かな段差を飛び降りるような気軽さで、その姿は、最初からそこにいなかったかのように崖の下に消えていく。
その姿を大男は追わなかった。
ただ構えを解き、いつのまにか手に持っていたものも消えていた。
目で追うことすらしない。
棒立ちで、崖を背にしたまま立ち尽くしている。
残された言葉が響き続ける。
『お前は世界を敵に回す気か?』
覚悟を決めた男に対しては酷な質問だっただろう。
それに対し男は大したことでもないように、こう答えた。
『はじめから、世界が味方だったことなんてねぇよ』
その男は確かに笑っていた。




