初めてで確信する
注意事項1
起承転結はありません。
短編詐欺に思われたら申し訳御座いません。
注意事項2
雰囲気小説です。
が、彼女なりのプロポーズでもあります。
とある場所の、とある本の街の、とある喫茶店。その喫茶は隠れ家のように地下にあり、赤と茶の柔い空気が包み込む。そこで俺達は向かい合わせに座り、何をするでもなく静かにこの空気に身を委ねていた。互いの間を滑らかなクラシックピアノの音が潜り抜ける。
何か話した方が良いだろうか? そう思って前の女を見る。女は俺に気にかける事無く、買い上げた純文学小説にの世界に没入する。
ケーキと珈琲が届いた。彼女はガトーショコラを、俺はアップルパイ。白陶器にシンプルに描かれた揃いの模様が、セット品である事を示していた。
女は本を置いてフォークを手にする。一口欠片を口に入れると、無垢な珈琲に手を付ける。僅かに暫し恍惚とした表情を浮かべた後、ハッとした様に目を見開いた。
「退屈だったかしら?」
「いや……」
元々、恋愛結婚という形式ではない。互いの親の利害の一致、つまり政略結婚だ。そうして初めての逢瀬。まっさらな状態で話に花が咲くこともなく。
「……この空気は好き?」
女の躊躇う様な問い掛け。少し困惑した様な顔で、フォークを置き、俺からの返答を待つ。
嫌いでは無かった。何方言えば静かな方が良い。切れ間なく続く会話も、派手派手しい反応も、俺には合わない。着いていくのが難しい。だから返答は。
「あぁ」
肯定だった。
「そう……良かった」
それから暫く無言が続いた。互いが互いに目の前の洋菓子と珈琲に夢中になり、会話をする暇がなかったのだ。さり気なく女の反応を伺うと、切迫した空気を放つ事無く、肩の力を下ろしていた。緊張は……していない。
「あのね……。うんと……今日は我を通させて戴いたわ。でも貴方がもし、喧騒の街が良いならば、次は……」
「人混みは苦手なんだ。……此処が良い。この街が良い」
逢瀬の土地を決めたのは女の方から。どうやら幾つか候補がある中で、取り敢えず自分が好きな街を紹介したらしい。
全く……立つ瀬がない。場所を決めたのも、計画を立てたのも、全て相手の方から。けれども楽しかった。ふらりと無言で本屋を回るのも、学生の理知的な会話に耳を傾けるのも、こうして純喫茶でお茶を嗜むのも。
「そう。……私にとっての初めての純喫茶は此処だったの。でもきっと、この後何処の純喫茶を訪れても、此処が一番だと確信した」
話し過ぎて喉が渇いたらしい。カップの持ち手に指を引っ掛けると、そのまま静かに傾ける。
「貴方もそうだと思っているわ」
詩的な言い回しで締め括り、勘定を済ませる。女の顔が仄かに赤い事に気が付いたのは、店を出てからの事だった。
オマケ 世界を買う
「セットならば1100円から1200円、珈琲単品ならばもっとお求めやすい。けれどもこの場所には、それ以上の価値がある」
「この世界を買うには、あまりにも破格の値段だと、そう思うの」
彼との初デートの時に、実の父親から
『好きなように振る舞う様に』
と言われています。
※それでも決して負担にならない。という事を見抜いた故の判断。
だから、とりあえず好きな場所に連れて行ってます。
本の街とか、純喫茶とか。兎に角静かな場所。
最後の言葉について、
『初めて訪れた純喫茶で此処しかない。と感じて、実際それは的中している。ならば人である貴方も同様。他にどんな人が現れても、きっと貴方が一番だよ』
という意味。
彼女は電車乗ってる時でも、隣を歩いている時でも、確信を強固にしてます。
そんな話もおいおい。