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放課後———。
教室に残る学生はまばらだ。
グラウンドからは部活に励む生徒たちと風が運ぶ砂埃が開け放たれた窓から吹き込む。
数人残った女子生徒が、顔を突き合わせて何やらと話し込んでいる。
「都市伝説じゃない。そんな話イマドキ信じないわよ」
「えー?私の従兄弟の友達の親戚の人から聞いたんだよ?嘘じゃないもん!」
「だから、遠すぎるって!」
「ホントなんだよ?」
「誰も信じないよ。死んだ人が生き返るなんて」
石神 朋花は机から取り出した教科書を思わず取り落としそうになった。
———死んだ人が生き返る?
彼女らが口にした言葉を反芻する。
そんな事……、ある訳がない。
「だって聞いたんだもん。私の従兄弟、冗談なんか言わないし」
「で?どうして生き返ったんだっけ?」
「やっぱり、まともに聞いてくれてないじゃない!」
もういい!と言わんばかりに彼女が机に突っ伏す。
朋花は思わず立ち上がって、彼女らに近付く。
「ね、私も聞いていい?どうやって生き返ったの?それって本当?」
普段物静かな朋花が話かけると、彼女らは面食らった顔をする。
しかし、すぐに気を取り直したように話し出した。
「私の従兄弟ね、新聞記者やってんだけどね。従兄弟が直接取材したらしいから確かな情報らしいのよ。記事にも載るらしいの」
「新聞記者って言っても、真偽不明のオカルトが乗るようなやつじゃない」
「私は、石神さんに話してんの。黙っててよ!……それでね。実際に取材した内容を聞いたんだけどね」
彼女が話してくれた内容は実に馬鹿馬鹿しく、荒唐無稽な物だった。
曰く、生き返った人には条件がある。
1、生き返る人は他殺された人だけだ。
2、殺された家族が切に故人の生き返りを望んでいる事。
この二つの条件を満たすと、ある日、目の前に現れるそうだ。
リボーンシステムが———。
ゲームのウィンドウのようなものが目の前に浮かび、システムが生き返りの条件を教えてくれるらしい。
簡単に言うとそんな内容だった。
思い出しながら、朋花は帰路を歩いている。
その条件であれば、とっくに自分は適用しているではないか。
馬鹿馬鹿しい。
都市伝説なんかに縋ったとして、母と妹は戻って来ないのだ。
朋花は三年前まで4人家族だった。
仲の良い夫婦だとは思っていたが、朋花が十三歳の時に妹が生まれると知らされた時には流石に面食らった記憶がある。
生まれた妹の名前は香奈と名付けられ、年が離れていることもあって朋花は夢中で可愛がった。
今考えると、本当に幸せの絶頂だったのだ。
朋花は父と暮らしているマンションに辿り着くと、自宅がある五階を見上げた。
明かりはついておらず、寂しさを詰め込んだように真っ暗だ。
エントランスを抜けて、エレベーターを待つ。
鬱屈とした気持ちに拍車をかけるように、エレベーター前のぼんやりと灯った蛍光灯がジジッと瞬いた。
到着したエレベーターに乗り込み、目的の階を押す。
———今日も父は生きていてくれているだろうか。
朋花は毎日綱渡りのような気持ちを抱えている。
そんな朋花の心情と反して無情にもエレベーターは五階に到着した。
コツコツとローファーを鳴らしながら自宅前に到着し、キーケースを取り出して鍵を開けた。
靴を脱いで、揃えて端に寄せる。
スリッパを履き、薄暗い廊下を歩いた。
リビングに繋がる扉の前に立つ。
この瞬間が一番緊張するのだ。
母と弟が亡くなってから、半年過ぎた辺りで父が自殺はかったことがあったからだ。
あの日はギリギリの所で朋花が帰宅して、リビングのドアノブで首を吊ろうとした父を止めたのだ。
今でもドアノブが重たく、無理矢理こじ開ける感覚を忘れられない。
「ただいま」
声を掛けてリビングに入ると、真っ暗な室内で煌々と光るテレビの明かりに照らされた父がソファに座る姿が見える。
ドアの近くにあるスイッチを押して、微動だにしない父を見る。
朝も同じ姿勢でソファに腰掛ける父を見ながら登校した。
三年前に、母と小さな妹が亡くなってしまってから父は壊れてしまったのだ。
この三年間、貯金と多額の賠償金に加え、父の退職金で朋花たちは生かされていた。
金は十二分にあるが、金銭では埋められない物を朋花と父は亡くしたのだ。
「お父さん、夕飯支度するから待っててね」
父の後ろ姿に声を掛けて、朋花は簡単な食事を用意した。
高校生の朋花に出来るメニューは数少なかった。
それでも懸命にやってきた。
だが、朋花もとうに限界だった。
だからだろう。あの女子生徒たちが話していた都市伝説なんかを詳しく聞いたりなんかしたのだ。
もし。
次に父が命を断つ選択をするのならば、朋花も連れて行って欲しい。
そんな風にぼんやり考えながら、食事を済ませて後片付けと寝支度をしてから床についた。
「朋花……」
すっかり寝入っていた朋花を呼び起こす声がした。
薄っすらと目を開けると、父が暗がりから覗き込むように朋花を見下ろしていた。
「お父さん?」
朋花が呼びかけると、父は笑いを堪えるような小さな瞬きをしながら目の前を指差した。
「これ……。なんだと思う?お父さんしか見えてないのかなあ?」
肩を震わす父が指差す空間より、少し下方に青白いウィンドウがぼんやりと浮かんでいた。
リボーンシステム———。
とんでもない事がおきたぞ。
朋花は覚醒して間もない頭を片手で押さえた。