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守護者との立ち合い

「これはこれですごいな。洋風の屋敷の次は和風の屋敷か」

オレや水瀬の住む街から電車で三十分、徒歩で一時間ほどの街外れまで来ていた。

ここは水瀬の家のような雑木林ではない。

まさに森の中と言った感じだ。

そこを突き抜けて純和風の庭園へと踏み入る。

「あんたが新入り?」

屋敷の柱にもたれかかり、こちらに声をかけてくる少女がいた。

紫紺の髪をポニーテールに纏め、いかにも気の強そうな表情で睨んでくる。

腕を組んでいるのでなおさら偉そうに映るのかもしれない。

言葉も立ち振る舞いもさばさばしているのだがどこか気品をうかがわせる。

「ああ」

「じゃあ、あたしと手合わせしなさい」

「茜、八神くんは魔法行使能力に目覚めたばかりよ。まともに手合わせしたりなんてしたら茜が勝つに決まってるじゃない。それに彼は覚醒したばかりで魔法の使い方だってわから――」

「なんであんたが会話に入ってくるのよ。あたしは今そいつと話してんのよ? 割り込んでこないで」

水瀬の言葉に重ねるようにして発された語気の強さに不自然さを覚える。

この二人は仲が悪いのだろうか。

だとしたら百パーセント紫紺の髪の少女に原因があると思う。

というかオレのことはそいつ呼ばわりか。

今までと言っても二人だが、オレに対してフレンドリーな対応をしてくれる人ばかりだったので少し驚いた。

これほどあからさまに敵意や懐疑心といったものをぶつけてくる人間は少ないのだから。

まあでもやはり水瀬へのあたりが以上に強いことが気にかかった。

「私のことを嫌うのは構わないわ。でも八神くんにまで矛を向けるのはやめて。彼は関係ない」

「……そうかもね。でもさ、同じ組織の一員として力を知りたいってのは自然なことでしょ。背中を預けることになるかもしれないんだからさ。――あたしが手合わせの中で魔法を教える。固有能力は使わないし、魔法の威力も最低限に抑える。これならいいでしょ?」

「それなら私は何も言わないけれど……。八神くんは、どう?」

水瀬と茜という少女の視線が集中する。

オレは正直面倒だという思いが大きかった。

だが魔法がどういうものか身をもって経験できるチャンスでもある。

加えてオレの戦闘技術がどの程度通用するのかも推し量ることが叶うだろう。

「受けよう。お手柔らかに頼む」

「物分かりがいいみたいね。――武器の希望は?」

「短刀がいいな」

本当はいつもと同様にあの黒塗りの短刀を持っているのだが、武器をくれるのならそれを使う。

紫紺の髪の少女は、手の平上に魔力を凝集し短刀を作り出す。

それをオレに放ると右手の親指で青々と茂る山を示した。

……魔法は武器の生成もできるらしい。

「ついてきなさい。修練場所に案内するわ」

一歩足を踏み入れると緑が香る。

人を拒まず、それでいて自然体の山の姿だ。

その要因はおそらく最低限の人の手しか入れていないことだろう。

途中にはシカやリスといった動物や多くの植物が自生しており、非常に植生が豊かなようだ。……良い山だ。

「水瀬、彼女は良家の出なのか?」

「ええ、そうよ。私もそれほど詳しいわけじゃないけれど、茜の父親はとても権威のある方だそうよ。この山はその人が娘に買い与えたとも聞いたことがあるわ。なんでも幼少期から自然と接しておくことは大切なんだそうよ」

「一体どんな人なんだろうな」

独り言のようにつぶやく。

今時わが子に山一つを与える人物がどんな人なのか、これには少し関心がある。

特に会いたいとは思わないが。

「ところでそろそろ紹介してほしいな」

「あ、ごめんなさい。彼女の名前は東雲茜。〈迅雷〉の守護者で主武器は二本の日本刀。彼女の能力名は明かせないわ」

少々申し訳なさそうに目を伏せる。

伊波との会話で出てきた個人が話さない限りは秘密ということだろう。

それならば仕方ない。

次第に景色が樹林から竹林へと変わっていく。

「着いたわ。ここが修練場よ」

そこは五十メートル四方程度の拓けた場所だった。

周囲は無数の竹で囲まれていて、笹の合間を縫って木漏れ日が差している。

風がそよぐたびにさわさわと葉擦れの音が耳に届く。

これほど環境の整った修練場は多くないだろう。

「ほらやるわよ。あたしの得物はこれ」

水瀬の言う通り日本刀だった。

ただし一本。

手加減をされているのかと思うと若干癪だが、日本刀相手の戦闘は初めてだ。

いい経験になるに違いない。

オレは紫紺の髪を持つ少女の対面に構えた。

「へえ、短刀使うの初めてじゃないんだ。意外と様になってるじゃん――行くわよ!」

そういうや否や、何のフェイントも入れることなく斬撃を繰り出してくる。

初撃は大ぶりの縦切り。次はその勢いを殺すことなく流れるような横なぎ。

オレの予想に反し、繊細な技量が見て取れる。

無駄のない力を刃に乗せた剣技は見る人に感嘆を与えるだろう。

かくいうオレもその一人だ。

それくらい流麗きわまる剣術だった。

だが剣筋は数合打ち合ったところで概ね把握した。

わざとやっているのかは定かではないが、刀の軌道が率直すぎる。

どんなに速く力の乗ったものであっても、狙いがわかれば武器を割り込ませるだけで容易に弾くことができる。

実際に彼女の刀を危なげなく防げているのがその証だろう。

やがて眼前の少女は肩で息をし始めた。

……こうなることは必然だった。

「あんたっ! 強いと、思ってたけどっ! ほんとに力がある、のねっ!」

既に刃を交えること数十合。

そんなことを言ってくる。

彼女の額には薄く汗の玉が浮いていた。

「それはどうも。だがどうして魔法を行使しないんだ?」

対してオレの方は全く息を切らしていない。

刀の軌道に見切りを付けたら最小限の動きで躱すか、受け流しているからだ。

彼女は一度距離をとる。

「……たのよ」

「……?」

「ほんとは魔法使う気なんてなかったのよ! 魔法の使い方を知らない奴に魔法を熟知したあたしがそれ使ったらそれもうリンチじゃんっ。ただの意地悪じゃんっ」

なるほど。そう来たか。

ここまで真っすぐな人間は珍しい。

こういう人種は安易に騙されやすいが、しっかりと導いてやれば裏切らない仲間になりうる。

「つまりは先輩風を吹かせようとしたが軽くいなされて傷心中、と……」

オレの小さな独り言はしっかりと彼女の耳に届いたらしい。

「ふんっ! あたし魔法使うからね!」

そういうと再び構えをとる。

それにしても使うなら使うで言わなくてもいいのに、とオレなんかは思う。

だが、これはルール違反だ。

「魔法の使い方を教えてくれるんだろ?」

「頭ん中に“こうしたい”っていうイメージを思い浮かべながら属性叫ぶだけ!」

「そもそもぞくせ――」

いって何?

いうやいなや、彼女は完璧に戦闘態勢となってしまう。

ちらりと離れた位置にいる水瀬を見ると小さく口を動かしていた。

いわく、“変わるわよ”と無音の警告を与えてくれる。

適当な説明しかしない日本刀の少女に内心でため息をつく。

だが勝負は勝負だ。

オレは用心深く紫紺の髪の少女を観察する。

伝わるわずかな空気の揺れ。オレは反射的に横へ跳ぶ。

次の瞬間には、先ほどオレがいた場所の地面に黒く焦げ跡ができていた。

いやそれよりも。オレは膝立ちの姿勢から身体の右側面に短刀を配置する。

「っ」

コンマ数秒後、すさまじい衝撃が手首に伝わる。

さっきまでとは異なり完璧にいなすことができなかったせいか。

それからも無数の魔法陣が展開され、要所要所に妨害をはさみながら日本刀のラッシュをお見舞いしてくる。

相手を常に動かせ疲弊を誘い、自身は隙をついて渾身の連撃を入れる。

とても洗練された攻めの手法だった。

だからこそ次で終わらせよう。

そう心に決めた。

直感だけで魔法を躱し、背後を振り返った。

刃がオレの心臓を横なぎにする軌道だ。

峰打ちとはいえ、直撃すればかなりの痛みを伴うことは想像に難くない。

「風」

魔法を発動するための式句がこれほどまでに短くていいのだろうかと思えるほど簡単な言葉を口にする。

これで嘘を教えられていたなら、The end。

でもそれはそれでオレの喜びでもあった。

今までは不確定要素には極力頼らないようにしてきた。

人にも、武器にも。

それが今発動するかもわからない魔法に賭けている。

そのわずかな変化がささやかに嬉しかった。

「うっそ⁉」

不可視の力に軌道がブラされ、オレの頭上すれすれを刃が通過する。

オレは振り切られた刀に高等技術に位置する“パリィ”を行った。

日本刀を振り切って脱力状態の一瞬を狙って刃先に短刀を衝突させる。

すると日本刀は紫紺の髪を持つ少女の手元からはじけ飛び、そのまま彼女の背後に突き立つ。

「っ! くうっ‼」

無手の状態の彼女は隙だらけだった。

体勢を崩した彼女の首筋に短刀をあてがう。

「……終わりだ」

すると紫紺の髪の少女はくたくたと頽れた。

「……あんた何者よ…。あんな緻密な魔法、経験者じゃないなんて信用できないっ! それに最後のあれは何? あんな技見たことない」

「この態勢でよく強がれるな……」

現在オレが彼女を抱きしめて支えている形になっていた。

離れた位置にいる水瀬の無言の視線が痛かった。

「っ! 離れなさいよ! この変態‼」

思い切りなじられた挙句、ビンタを食らわされそうになる始末。

もちろん躱したが。

彼女はオレから離れると大きく深呼吸をし、再びオレを見る。

その瞳には言いようのない激情が宿っていたが、かろうじて暴発を抑えているようにも見える。

「……あんた名前は?」

「……八神零だ」

「やがみ、れい」

急に落ち着いた雰囲気になると何事かを呟いていたが、再起動したようだ。

「あたしは東雲(しののめ)(あかね)。幻影で迅雷の守護者をしてるわ。……よろ」

最後のは消え入りそうなほど小さなものだったが、確かに聞こえていた。

「ああ、よろしくな東雲」

こうして東雲とも顔見知りとなった。


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