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八神の欠片、心象風景

――暗い。


――何も見えない。


――外界を、知覚できない。


自分が存在しているのかすら曖昧な闇。

目を開けているはずなのに、目を閉じているのと同じような感覚。

まずい。

そう本能が警鐘を鳴らす。

一切のささやかな光すらなく、完全な闇の中、オレは自身の輪郭がにじむような感覚を得たのだ。

人間は五感が封じられたまま一定時間を経ると、正気を保っていられなくなってしまう。

オレは懸命に自意識を維持する。

その間もジワリとした苦痛が絶え間なく身を苛んでいる。

“……あれは、糸?”

遠くの闇にうっすらと線状のものが浮かび上がってくるのを視認する。

見るものに禍々しいという印象を与える不吉なまでに濃い深紅だ。

少しずつ数を増やし、オレの周囲もそれに囲まれる。

そこで初めて正体を知る。

“鎖……? ここはどこなんだ?”

深紅の線状だったものは、漆黒の鎖に蠢く紋様だった。

それらがほとんど感覚を失った全身に絡みついてくる。

唯一動くのは口元だけだ。

何が起こっている?

記憶を手繰ると、水瀬がオレの能力を解放してくれたことまでは思い出せた。

だが、以降の記憶がない。

つまりここはオレの深層心理が創り出した夢。

あるいは質の悪い悪戯か。

……後者はないな。

水瀬は無意味な行動はとらないはずだ。

たぶん。

ここは夢だという結論にたどり着く。

すると突如として、高周波の音波が鳴り響き始めた。

黒板を爪で引っ搔き回すような不快な音。

それが徐々に聞き取れる声になる。

闇と深紅が浮かぶ無数の鎖、そして姿の見えない声。

“――君の在り方はひどく歪んでいるね”

はっきりと聞き取れた声は、抽象的な声だった。

男にしてはやや高めで、女にしてはやや低めといえる。

得られる情報が少なすぎて、状況の把握が困難だ。

“お前は、誰だ?”

“――答える必要性を感じないかな。これから君の意識はここで永遠に眠り続けるんだからね”

意識を永遠に眠らせるということはすなわち、身体が植物状態になるということだ。

それはある意味での死を表す。

そんなことを声の主は何の気負いも感じさせない調子で言ってのける。

いわれのない死の宣告。

“オレはお前と会ったことがあるのか?”

“……そういうところだよ。君は楽な方へ、楽な方へと逃げていく。だから、” “は閉じ込められた”

“どういう、意味だ?”

何かの単語を言ったようだが、ノイズが入り聞き取れない。

少しずつ、身体中を縛り付ける鎖がその締め付けを強めている。

気道が塞がれ、肺に酸素が送り込まれない。

“――止めた”

”ゲホッ……”

急激に鎖の締め付けが緩くなり、いまだ動けないものの呼吸が楽になる。

声は何事かを思案しているのだろう、長い静寂が訪れる。

このままでは身が危険すぎる。

オレは服の袖に隠してある小型の刃物を取り出そうと試みるが、指の末端まで完全に麻痺してしまっていて動くことができない。

ただ相手の行動を待つことしかできないオレは、無力だった。

“ただこの怒りに任せてちゃ君と同じだ。だから、一つゲームをしよう”

“……どういう風の吹き回しだ?”

“どうも何もそのまま言葉通りの意味だよ。君の敗北条件は君自身がどうしようもないところまで堕ちること。そしたら” ”が君を滅ぼすことにするよ”

”……勝利条件は?”

”君が” ”の正体を看破し、一個の人間として成長できたなら” ”は消えてあげるよ。これから君は君の掲げる贖罪のために動くんだよね?ならそこには必然として命のやり取りがあるわけだ。君がどんな選択をして、どんな行動をするのか――そこにあるだろう君の苦しみをたっぷり堪能させてもらうよ”

“性格が悪いな”

オレに拒否権はない。

力を貸すと言えば聞こえは幾分かいいが、要はいつでも殺せるから何とでもしろ、ということだ。

“ああ、そうだ。そろそろ君の意識を返さないとね。でもその前に君を縛るその鎖と空間を覆う闇、これらの存在について話しておこうかな――360度見渡してみなよ”

金縛りから解けたように首上だけが自由に動かせるようになる。

“君もお察しの通り、ここは夢の空間だ。でも夢は夢でも現実に影響を及ぼす夢だね。いや、少し違うかな。現実がこの夢に大きく感化していると言った方がいい。この現状が何よりの証拠だと思うよ”

視界内には展開する無数の鎖。

この空間を満たす闇。

不思議と違和感はない。

これが現実のオレを端的に表した環境だとしても素直に受け入れられる。

オレは生きながらに死んでいる、そんな存在なのだから。

“その様子なら理解できたようだね。君が変わればこの忌むべき心象風景も変わるんだ。それは直接君の心を表していると言っていい。だから、君の敗北条件〈君がどうしようもないところまで堕ちること〉はこの心象風景が完璧な無になった時だよ。今は闇と鎖なんていうものがあるけれど、行くところまで行ったらこんなもんじゃない。思考すら許されない虚無になるんだから”

”どうすれば変えられる”

”それは自分で見つけなよ。――さて挨拶はこのくらいかな。” ”に殺されないように頑張ってね”

声が口を閉ざして間もなく、再び熱さと眠気に襲われる。


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身体が温かい。

先ほどの不快な熱さではない。

ゆっくりと瞼を開けると、そこは知らない天井だった。

意味もなく、木目をカウントしてみる。

五、十、十五。

適当な数まで数えて置かれた状況を把握した。

ふかふかなベッドに寝かされているようだ。

「起きたみたいね。身体の調子はどう?」

椅子に座り、小説を膝に置いた水瀬が隣にいた。

そうか。ここは水瀬の家だった。

「……多少のダルさはあるが問題ない。どのくらい寝てた?」

窓の外に視線を移すとちょうど東から太陽が昇っていくところだ。

「そうね、大体八時間から九時間くらいかしら。大事がなくてよかったわ」

水瀬はほっとした様子で胸を撫で下ろす。

気を使わせてしまったらしい。

それに結局は水瀬の言ったように屋敷に泊まってしまった。

口では泊まると言いつつも、本当に泊まるつもりは毛頭なかったんだがな。

「……ずっと起きていたのか?」

一晩中一睡もしないことは可能だが、それだけ疲労が蓄積することになる。

「? そうだけれど……。ああ、八神くんが気にすることじゃないわ。私が好きで起きていたのだから」

「そう言ってくれるとありがたい。色々すまない」

水瀬はいいのに、と苦笑を浮かべる。

「それはそうと今日は貴方と行くべきところがあるの」

「幻影の本部とか、か?」

「そんなものね。厳密には幻影に本部はないのだけど」

水瀬は小説を机に置くと立ち上がる。

「どうする?もう少し身体を休めてもいいけれど」

「大丈夫だ。いつでも出かけられる」

「なら一時間くらいで支度をお願い。少し遠くまで足を運ぶから、その準備もね。大体のものはこの部屋の中にあるから」

そう言って水瀬は出て行った。



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