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水瀬の欠片、能力の解放

午前七時三十分。高校の屋上で起床すると、学生カバンの中をまさぐる。

そこから朝食のために持ってきた携行食を取り出してモソモソと食べる。

食感もさることながら味も下位にランク付けされる食物だ。

だがそのデメリットを覆して余りあるメリットがある。

それは時間の節約。

不測の事態が起こった時に即時に行動するためだ。

味気ない食事を終えると扉を開錠し、校舎内に入ってから再び施錠する。

この時間帯ならば朝練のある部活動組やごく一部の早朝組がいるだろう。

したがって、堂々と自分のクラス――一年F組に向かっても不都合なことはない。

途中で見つけた手洗い場で洗顔し、教室に入る。

「おはよう、八神くん」「やあ」

「……おはよう」

クラスメイトで登校していたのは水瀬と伊波の二人だけのようだった。

二人は水瀬の席で何やら話していたようだ。

ちなみにオレの席は水瀬の隣であり、伊波の正面だ。

運がいいのか悪いのか、奇跡と言っていい確率で固まったようだ。

水瀬は幻影を組織だと話していたからには他にも紛れているのかもしれない。

オレは適当な話題を振る感覚でいつか聞いたことを口に出す。

「二人とも早いんだな。……男子の伊波はともかく女子は朝の支度にかなりかかると聞いていたんだが」

水瀬はやや呆れたようにため息をつき、伊波は吹き出してしまった。

「八神くん、それは偏見であって真実じゃないわ」

「あはは! ふー、笑いこけて苦しいよ。朝からこんなに笑ったのはいつ以来かな。八神くん、それは個人差があれど全般的に当てはまるわけじゃないと思うよ」

そうか、この情報は偽物だったか。

やはり情報の精査は行うべきだな。

オレは脳内メモにこの情報は偽と記録しておく。

今の時代、情報はスマホやパソコン、テレビなどの媒体から容易に取得できる。

とても便利ではあるのだがそれを鵜吞みにしてはいけないということも頭に入れておかなくてはならない。

誤情報も多く出回っているからな。

改めてそれを再認識する。

「それはそうとユウ、したいことがあったんだよね?」

「ええ、わかってる。――私と連絡先、交換してほしいの」

水瀬が制服のポケットからスマホを取り出す。

「八神くんが嫌じゃなければだけど……」

まあ、さほどの問題はないだろう。

仮に一週間後に関係を断つとしても連絡先を消去すればいいだけのことだ。

追ってくるようなら、その時はその時だ。

「構わないよ」

「あ、僕も八神くんの連絡先ほしい。いいかな?」

オレもスマホを取り出し、手早く交換を済ませる。

水瀬は黒猫のアイコンで伊波は月桂樹のアイコンだった。

水瀬はすごくわかりやすい。

まさに碧眼の黒猫に似ているからな。

最も水瀬自身は意識せずに黒猫が好きなのだろうが。

伊波の方は植物が好きなのだろう。

ちなみにオレは面倒くさくて何も表示していない。

……つまらない人間だな。

自分でもそう思う。

「八神くん、今日の放課後私の家までついてきてほしいの。貴方の魔法行使能力を解放するから」

それは嬉しい知らせだ。

頭で理解しようとするのと実際にやってみるのとでは雲泥の差となる。

それはスポーツや勉強と同じように魔法にも共通することだろう。

「何か用意するものはあるか?」

「大丈夫よ。特別用意するものはないわ」

「じゃあ僕から一つだけ。僕もユウの家に行ってもいい? 八神くんがどんな感じか見てみたいし」

オレが伊波を見るとちょうど視線がかち合った。

穏やかな笑みを向けて来る。

彼は人当たりがいいのかもしれないな。

だがそんな伊波に水瀬はきっぱりと断りを入れる。

「駄目よ。伊波くんも知っているでしょう? 私達の能力は本人が明かさない限り、基本的に秘密。もし八神くんが能力者を発現した場合に貴方がいるとそれは都合の悪いことになるのよ」

水瀬がにべもなく切り返すと、伊波は冗談めかして膨れた。

「じゃあ八神くんがレベル三だったら――」

そこで言葉を切ると、驚くほどの速さで席に着く。

と同時に教室の扉が開き、何人かの生徒が入ってくる。

この話はまたのお預けになりそうだ。

水瀬は読書を、伊波はスマホをいじり始めていた。


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「八神くん、行きましょうか」

放課後になり、多くのクラスメイトが帰宅の途についている。

まだポツポツとではあるが、知り合い以上友達未満の関係が散見されるようになった。

その中でオレは水瀬の半歩後ろを歩いている。

伊波は早速友達ができたとかで先に帰ってしまったからこの場にはいない。

「水瀬は友達、できたか?」

普段なら他人に話題を振ることなどないのだが、今回は水瀬がいる。

何も話さないわけにもいかないだろう。

オレの言葉を聞いた水瀬はとても微妙な表情で言う。

「伊波くんと八神くん以外にはいないわね。でもまだ高校生活は始まったばかりよ。これから少しずつ縁をつなげていけば問題ないわ。そういう貴方はどうなの?」

「オレも似たようなものだ。水瀬と伊波くらいしかまともに話せる人はいない。自分のコミュニケーション能力の低さはコミュ障の域だと自負しているよ」

すでにクラスの中心は定まりつつあった。

……昨日の今日で早くもカーストが定められ始めている。

悲しいかな、オレはその低層に配されていると思われる。

今日は数人話しかけてくれる人がいたがそのすべてを一言二言でぶった切った。

そうしたのだから当然の帰着だ。

一方の水瀬はその容姿がすでに学年全体に知れ渡っているほどの有名人だ。

噂では何人かが告白し無念の玉砕を遂げたとか。

「そんなことはないと思うわ。八神くん、私と話すときも伊波くんと話すときもしっかりと受け答えできていたもの」

慰めが身に沁みた。

とまあ、オレと水瀬はほとんど中身のないようなことについて話しながら歩くこと、三十分と少し。

やや町外れな場所に位置する雑木林を抜けると、煉瓦の塀と鉄の門が見えてくる。

木々の隙間から空を見上げると、小鳥が飛んでいた。

無数の樹々からのマイナスイオンを浴びることができるいい土地だと思った。

水瀬が鉄門に触れ、

「アクア・シャロウズ」

と発声すると鉄門を開け、その先へと歩いていく。

門の内側の道は石畳で舗装されており、歩きやすくなっていた。

だが門をくぐってなお、彼女の家は見えない。

「水瀬、さっきのは?」

「あれは合言葉みたいなものよ。それを知っている人だけが私の家までたどり着くことができる。元々はそんなものつけてなかったのだけど、間違って立ち入る人が何人かいてこうしたのよ」

まあ確かにスマホの画面を見ると圏外になっているし、道はそれなりに複雑だ。

一ヶ月に一人や二人迷い込んでもおかしくはない。

オレは好奇心に突き動かされるままに、疑問を口にする。

「仮に合言葉を言わないで門をくぐったらどうなるんだ?」

水瀬は歩みを止め、オレの方を向く。

その顔は少し楽しげではあった。

「どうなると思う?」

「……一生出られないとか。取って食われるとか」

誤解も何もないとは思うが、もちろん冗談だ。

……久しぶりのまともな会話で浮かれているのかもしれない。

ましてその相手が水瀬ならなおのこと。

「私の家を何だと思ってるのよ……。まあいいわ。答えはね、五分も歩けば雑木林の外に出られるのよ。この場所は空間魔法が常時発動中だから、合言葉を言わないと気づかない間に転移させられてしまうのよ」

つまりは合言葉を唱えた者だけが本来の空間――水瀬の家にたどり着く。

逆に唱えなかった者は空間魔法によって雑木林の外へいつの間にか出ているということか。

本当に魔法というものは面白い。

世界の法則をことごとく破ってくる。

過去の偉い学者が聞いたら、卒倒してしまうだろう。

いや現代も同じか。

「魔法は本当にすごいな。多くの不可能を可能にしてしまう。――それはそうと“アクア・シャロウズ”は“水瀬”を表すだろう?お前のことが少しわかったよ。面白いな」

「な、何が面白いっていうのよ。まったく全然どこにもそんな要素はなかったはずよ」

確定だ。

水瀬は普段はクールで物静かな少女だが、からかいやちょっかいに対する免疫がない。

それにこういう細かな点にこそ人間の本性が表れる。

例えば普段は優等生の性格を偽って上品に振舞っていたとしても、本性が人を貶め、がさつな人間であったなら必ず細かな振る舞いに破綻が生じる。

ゆえにオレは人を判断するときには大衆が着目する大きな行動よりも、他が目を付けない何気ない行動に注意を払うようにしている。

今日の授業の時、水瀬は自分の消しゴムを落としたことに気づいていなかった。

それをオレが拾って渡したときには驚いた顔をしていたな。

こういう様子にも、彼女が少し抜けているという点が表れている。

自分でも気持ち悪いと思うが、意識的、無意識的に関わらず人を分析してしまう。

これはもうオレという一人の人間に組み込まれたプログラムだ。

「……冗談だ。先へ行こうか」

それから少し歩き、緑葉のトンネルをくぐると広大なガーデンが視界一面に広がった。

色とりどりに咲き誇る春の花々。

穏やかな風に吹かれてそよぐそれらはのびのびと育っている。

だがそのガーデン以上に目を引くのが、洋風の屋敷だ。

「予想とずいぶん違ったな。こんなに立派な屋敷に一人暮らしなのか?」

「ええ、そうよ。と言ってもこれからは八神くんも住むことになるんだけどね」

「……は?」

一瞬何を言われたのかが分からなかった。

昔、オレの師に「一人で百人殺してこい」と言われたときにもここまでの空白はなかった。

当然の思いとして何を言っている、こいつは。常識的に考えてそんなことはあり得ない。

あってはならない。

全く予期していなかった言葉にさすがのオレも少し動揺した。

「私の相棒なんだから構わないでしょう? これから多くのケースで私と貴方は共に行動することになる。だったら合理的かつ効率的な選択はこれしかないわ」

「オレはそれ以前のことを言っているんだ。倫理的にアウトだろう」

「私は気にしない。だって八神くんは何もしてこないでしょう?」

見た目の繊細さに反してその言動は半ば暴挙だ。

オレはオレに危害が及ばない限り手を出すことはないが、やはりよくないだろう。

たまには結果が変わらなくとも無駄な過程を踏んでみるのも悪くないかもしれない。

「断固拒否する」

「私といるのは嫌? 無理強いはしないけど、魔法を教えるときとか、お互いが何を考えて何を大切に思っているのか知るためには最善の手だと思うんだけど……」

「確かにそのとおりだが。――はあ、もうそっちがそれでいいなら構わない。ただし、条件だ」

「条件?」

「オレを水瀬から最も遠い部屋にしてくれ。これだけの屋敷だ。空き部屋は多いだろう?」

「分かったわ。決まりね」

オレはこの上ない疲労感に苛まれながらも屋敷の内部に入る。

中も中で相当に豪華だった。

日当たりのよい大広間に出迎えられ、水瀬に案内されるままに二階の一室へと通される。

そこは今時にしては珍しく暖炉が備え付けてあり、その近くには革張りのソファとダークブラウンのダイニングテーブルが配されている。

その他にも整然とセンスの良い家具が置かれている。

大窓からは夕陽が差しており、室内は橙色に染まっていた。

「どこか好きなところに座っていて。私は飲み物を入れてくるから」

水瀬はそう言うと一度部屋を出て行った。

手持無沙汰に待っていると、五分程度で戻ってきた。

両手に銀盆を持ち、その上に二セットのティーカップとティースプーンが載せられている。

それを慣れたしぐさでテーブルに置く。

オレはありがとう、と言いカップに口をつける。

途端にさわやかな風味が鼻を突き抜ける。

「これは、アールグレイ、だな。香りづけに使っているのはベルガモットか?」

水瀬は少し驚いたような顔をする。

「ええ、そうよ。イタリアから取り寄せたものをつかっているわ。紅茶を飲まない人にはわからないのだけど。八神くんは紅茶に詳しいのね」

「ん。まあな」

実際はオレの師が紅茶好きだったというだけの話だが。

時刻は午後の五時を回った。

「早速貴方の力を解放したいところだけど、まずは私たち幻影がどんな存在なのか、より詳しく話したいのだけどいいかしら?」

願ってもないことだった。

今は情報を選り好まず、広く収集する。

少しでも現状を知っておくことがのちの自分のためになる。

「ああ、頼む」

水瀬は膝の上に手を置き、とうとうと語り始める。

「幻影には七人の〈守護者〉と呼ばれるメンバーが所属しているの。私はそのうちの一人、〈宵闇〉の称号を持っているわ。改めて言うけれど私たちの目的は、人々に牙をむく人物、組織を止めること。そしてそれらの犠牲になる人々が出ないように抑止すること」

「伊波も守護者の一人か?」

「いいえ、彼は、そうね。……私の付き人、かしら。数年前から私を師事してくれているの。こんな私を選ぶなんてどうかしてるわ」

そうは言いつつも口の端がごくわずかに上がっているのは嬉しいからだろう。

でもすぐに唇が真一文字に引き結ばれる。

「話を戻すわね。あくまで七人は幹部的存在よ。この中にリーダーも含まれるわ。情報を統括して、他の六人に伝達する役割を担っている。リーダーは〈叡智〉の称号を持つのよ」

そこまで話すと彼女は紅茶で唇を湿らせる。

「幻影は七人だけの組織ではないわ。その中には幻影という組織の内部に小規模の部隊を持つ人もいるけれど、リーダーもその一人。諜報部隊三十人を組織しているわ」

「その口ぶりだと他にも小規模な部隊があるようだな」

「そうね。暗殺部隊に私兵団、非常勤の協力者を抱えているところもある」

もうなんでもござれって感じだな。

とにかくどんな状況にも即応できる要素をこれでもかと詰め込んだ感をひしひしと感じる。

それほど幻影は特別な組織なのだろう。

「それで今朝、伊波くんが言っていたことだけど、私たちは人を何段階かに分けて呼称しているの。Level一を魔法が行使できない一般人、Level二を魔法の才がある者――いわゆる適合者を指すわ」

「つまり水瀬や伊波はLevel二に相当するのか」

「私に関していえばいいえ、ね。これにはもう一つLevel三が存在する。幻影で言う守護者にあたるわね。基礎六属性の魔法能力に加えて、固有の特殊能力まで持つから。当然、Level一からLevel三にかけてピラミッド型の人数比になるわ。具体的には世界の人口の約9.9割がLevel一、Level二が0.09割、余りのごくわずかがLevel三ね」

「そうなるとオレはLevel二だな」

水瀬は小さく首を振る。

「それはまだわからないわ。定型に当てはめるのなら限りなくlevel二だとは思うけれど、Level三かもしれない。……これは私見だけれど、私はLevel三な気がするの」

「何故そう思う?」

「雰囲気が他の高校生の男の子たちとは違うもの。八神くんは年齢の割に大人びていて達観している印象を受けるという点でね。Level三は概して特別な雰囲気を纏っているものよ」

水瀬は言葉を切ると部屋の照明を落とした。

既に太陽は沈み、室内にまで闇が侵食してくる。

幸い今日が快晴であったこともあり、月明かりが差し込んでいる。

視界は悪くない。

「今から八神くんの魔法行使能力を解放する。一応言っておくけれど、変な気は起こさないでね」

「起こす訳ないだろ……」

水瀬はソファから立ち上がると、窓際の空きスペースに手招きする。

オレは招かれるままに水瀬のところに移動する。

すると水瀬はオレの左手をとり、自らの左手と重ねる。

まさに握手そのものだ。

「私の目を見てて」

オレはその通りにする。

月の淡い光を反射して輝く碧眼は正直に綺麗だと思った。

次の瞬間、彼女の瞳がより一層光り輝いた。

同時に軽くめまいを覚える。

「もういいよ。どう?何か違和感はあるかしら?」

「特にはな――」

い。

そう言おうとしたのだが、言い切ることができなかった。

熱くて眠い。

そんなことが最後に感じたことだった。


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