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凍える冬の夜に

一月某日。気温が一桁を下回る夜道を歩く。

毎度のことではあるが寝付くことができなかったからだ。

そんな時には決まって静寂が支配する小高い丘に向かう。

人の声も人工物の音も聞こえない。

周辺は木々に囲まれており、耳に響くのは風の音とささやかなささやかな葉擦れの音だけ。

そこには鉄製のベンチが二つ設けられており、色鮮やかな人工の光が夜景となって広がっている。

白、青、黄、赤。その美しい光景を見ていると自然と瞼は閉じる。

今晩もそこを目的地として歩いていくつもりだった。

間もなく到着するという地点で足を止める。

「……いつもと、違う」

キンキン、と金属同士を打ち合わせるような音が聞こえるのだ。

不規則に、けれど断続的に。

パーカー越しの右胸にそれの感触を確かめる。

日常的に持ち歩くそれは自身を守るための術でもあり、過去に犯した過ちに対する戒めでもある。

前方に意識を飛ばす。

どうやら二人の人間が争っているようだ。

樹木に身を隠しつつ進み、ついに視界にとらえる。

「……」

一人は黒髪を腰の少し上あたりまで伸ばした碧眼の少女だ。

周囲にはいくつかの街灯しかないが、その光をすべて反射するがごとくサファイアの瞳が輝いていた。

そして何よりも目を引くのが、手にした大鎌。

それを軽々と操っている。

もう一方はフードを目深に被っているようだ。

仮面でもつけているのか、表情がわからない。

だが、こちらも同様に武器――半透明な剣が握られている。

わずか数本の心許ない街灯に浮かび上がる両者は目まぐるしく立ち位置を変え、武器を操る。十数メートル先で繰り広げられる戦闘に思考がついていかない。

金属音に紛れてかすかな声が届く。

「――なぜ貴方達は人を傷つけるの?」

大鎌の使い手の声が響く。

その声は透明でガラスのように透き通っていると感じた。

「貴様に答える義理はない。――失せろ」

剣の使い手は大きく後退すると、空いている左手を空に掲げる。

すると、ステンドグラスのような光の紋様が展開される。

複雑な模様を記すそれは俗にいう魔法陣のようだ。

そこから絶え間なく無数の氷弾が放たれる。

少女の方はいとも簡単にそれらを叩き落とすが、端々に小傷を負い始めている。

氷の破片がキラキラと煌めき、空気中に溶けては消えていく。

思考は眼前の光景を否定しようとするが、強引に断ち切る。

色々と理解しがたい要素も多いが、このまま長期戦になれば大鎌使いが先に力尽きるだろう。

現時点では両者の力が拮抗しているだけに、その均衡が崩れたときには一気に押し込まれる。

みすみす人殺しを見過ごす訳にもいかない。

ほう、と小さなため息が出た。

どの口が言うのだろう。

このどこまでも白い吐息とは裏腹にそれ以外は真っ黒な存在だというのに。

自虐的な嘲笑が漏れる。

いや今はそんなことはどうでもいい。

方向性が定まったのならばあとは一つ。どのようにして退かせるかだ。

拘束は難しいだろう。

現状は思考放棄しているが、魔法のようなものを行使するのだから。

それに退去させるときには二つの難点が付随する。

両者に決して姿を見られないこと。

そして携帯する得物をいかにして当て、仮面の人物を退かせるのかということ。

約一秒の熟考の末に今潜伏している樹木の影から投擲するのがよいだろうと結論を出す。

この得物はやや特殊だが、調べられたとしても身元を特定されないうえに替えはある。

投擲直後に即行でこの場を離脱すれば何も問題はない。

それにこれはかつて暗殺者だったオレだからこそなしうる技でもある。

ともすると状況が動いた。

男が女から距離をとったのだ。

刹那の好機。

左手がひらめき、得物は寸分の狂いもなく男の右肩へと突き立った。

「っ。伏兵がいたか。気取れなかった私のミス、だな」

男は深々と肉をえぐった黒塗りの短刀を強引に引き抜き、投げ捨てた。

そして鉄柵を乗り越えると、眼下の街並みへと溶けて消える。

視界の隅にそれを収めると、気配を殺しながら来た道を引き返した。

背後から「待って!」と聞こえた気がしたが振り返ることはなかった。


――一つの善行を行ったとして、それはただの自己満足に違いない。


――偽善は少しずつ身体と心を蝕んでいく。


――永遠に清算されない過去を内包した自分。


――だが全ては自身の罪で自身を縛り付けるために。


これはオレ――八神零の始まりにして終わりの物語。


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