お家でかくれんぼ。
かくれんぼ。鬼役が数を数える間に、隠れる遊び。
ピンポーン♪くうくうと寝ていたので、先にご飯をたべて、よごれたおくちをふいていると、おきゃくさんがきました。
あやしい人かどうか、クン、背を伸ばし些か高い位置にある、壁についてる四角いソレで、ちゃんとかくにんをしました。
――、先輩!久しぶりです!こんな時間に何なんですが、お引越しのお祝いの、お花を持ってきました!
げんかんのドアをヨイショッと開けて、いらっしゃいませと、おでむかえをしました。
「こんばんは、すん。臭うな。新建材とかかな。新築なのに、……。あれ?車あったのに。先輩に、連絡もらってたんだけど、今週忙しくて、休日は無理だから、こっちの仕事が終わり次第、行きますって、ラインしていたのに。えっとぉ、君は?ああ!お姉ちゃんの方ね、確か、サチコちゃんだっけ?俺が先輩のとこを辞めて、転職した時に産まれたんだっけ。へえぇ。しばらく来ない内に、へえ。大きくなったね」
大きな花たばは、持てそうになかったので、あがってください。と言いました。お祝いなのに、夜に来るなんて縁起の悪い、やからなのです。
「それじゃぁ、上がって待とうかな、買い物にでも、出掛けた?ここだと近くにコンビニ迄、ちょっとあるもんな。車で出たら良いのに。ウォーキングを健康の為に、夫婦でしてるって話だから、歩いて行ったのかな。サチコちゃんは、ご飯食べた?お腹空いてない?妹だっけ?寝てるの?」
先に沢山飲んで、ぽんぽんにイッパイなので、フルフルと首をふりました。大きな花たばは、とってもいいかおりがします。
襖のおへやの前を通ると、カタン。
「ん?なんの音?そういやさっき玄関先で黒猫見たけど、入り込んでるのかな……。戸締まりちゃんとしてる?襖だからここは和室なんだ。いいなぁ、畳の部屋!泊まるとなったらここかな?くぅ!泊まって帰ろっかな?」
かってなことをかんがえて、かってにペラペラ、おしゃべりするおきゃくさんです。
そうだ、このまま待っている間にお部屋、あちこち見させてくれない?と、きかれたので、あんないをすることにしました。キョロキョロ、スンスンしながら、ついてきます。
シュッシュッとおきゃくさんのスリッパの音。
わたしはいつものように、はだしです。
さっきまでいた、大きい部屋に、いいなぁ!テレビデカい!ソファー!憧れるぅぅ!二階ってここから上がれるんだ、おお!ここに収納あるし!開けたらだめだよな、うん。やめておこう。大きな花たばを、テーブルの上に置いて、あちこち見てグルグルまわるおきゃくさん。
かってなことをかんがえて、かってにペラペラ、おしゃべりする、おきゃくさんです。
トントン、トントン、階段を昇るお客さんの足音。
わたしは何時もの様に、裸足です。
「サチコちゃん、か、軽いんだ、あ!足音しないって、せ、先輩。お、お父さんとお母さんはど、どうヒたの?」
疎い人間が来たなと思います。この場所に乗り込んできて、私達の住まいを壊し、雇われ神主に適当に地鎮祭させ、家を建てた輩もウザいのですが、勝手に名前をつけて、縁を結ぶ輩も煩わしいのです。この器よりも大きいモノは選べなかったのです。
ここにある贄は、限られてます。少ない器をもう少し、しっかり満たさないと、外には出れません。大きな器になる為に、狩りに行きたいところなのですが。もう数人、欲しいところです。そうすれば。
「うん、軽いからこんな事もできるの」
スゥゥゥ……、真上に浮かび上がりました。それだけでコヤツも、
ウワァァァ!、ドドドド。転がり落ちていきました。
赤口の夕刻、家移りをした家族。因縁ある土地、負が重なりここに住んでいた、先の者達に取り憑かれた家。夜半に、言祝ぎに訪れた、人。
縁起など、古き仕来りなど、くそったれと思っている様な人をもてなす事にした、この土地に建立された小さな祠に住んでいたモノ達。
「お前、煩い。朝まで逃げ切れたら、すべての鍵が開く、とっとと出ていけ、それまでは退屈しのぎに付き合ってもらう、見つけたら生き血を貰おうかな、先輩とやらも、我々に捧げてくれたぞよ、ククク」
オマエ、カクレンボ、シッテルカ?
いち、にぃ、さぁん、鬼が数を数え始めた。隠れる場所を探さなければ。場所は家主が引っ越したばかりの真新しい家の中。ズキズキと痛む頭で考える。
一階に玄関、廊下、和室、洗面所、浴室、トイレ、ダイニングキッチン、リビングから上がれる階段、階段下収納、二階に子ども部屋、主寝室、ウォークインクローゼット。
玄関で鬼が内側に背を向け、嬉々として数えている。
洗面所、浴室、鍵があるトイレは、相手は正真正銘の『鬼』やめとこう考えた。身を隠す場所が少ない。浴槽って手もあるがリスクが高い。
二階、身を隠す陰を探す。どこもかしこも直ぐに見つかりそう、ベランダもあるが恐らく窓は開かないだろう。
リビングの階段下収納は案外背が高く、潜り込めそうだ。クロスがかかったテーブルの下、カーテンのひだの中、うまく身を潜めたら。
階段を駆け上る。主寝室のベッドの下に潜ろうとカバーリングを持ち上げる。目に飛び込む、ポキリとくの字になり、押し込められた先輩の奥さん。視界に焼き付く、ムンクの叫びの様な、骨と皮の顔。
堪える。悲鳴。片隅のベビーベッドの上には、ギュウギュウに固められた様になった、何か。
慌てて出て進んだ先は、隣の子ども部屋。微かに膨らんでいる布団の下、だらりと手がはみ出ている。干からびたミイラみたいなそれ。カタカタ震えて飛び出した。クローゼットへと向かう。小さな明かり取りの窓から、月の光が差し込んでいた。
ぐしゃらまな段ボール箱、衣装ケース、倒れている枯れた姿の身体。手で溢れぬ様に口を抑えた。先輩の成れの果てを見たからだ。
ここはだめだ!リビングに降りる。どこかないか、何処か!凹んだ部位にある、背の高い階段下収納を開いた。しかしそこは。
「狭!薄!入っても、扉閉めれない!」
残ったのは和室。
カラリ。襖を静かに開け後手で締める息を殺して。音を立てぬ様に。障子からは薄く真白な月の光が柔らかく入ってきていた。クンとイグサの香り。どこかのお宿に来た様だ。
そろそろと歩いた。灯りを付けたかったけれど堪える。戸を開けようとしゃがんだ時、ほんの少し、指にしたら、一本分、ちろりと開いている事に気がついた。
もういいかい!玄関先から声。
まあだだよ。と、言い返せない。
喉がひっつき、声が消えてしまった様だ。蒸発したかのような唾液、代わりに吹きでる冷や汗。
もういいかい!
ああ、……、鬼がいる。
もういいかい!
ああ。鬼が……、いる。
隠れようと入り込んだ和室で、潜り込もうとした押し入れの前、しゃがんで、戸に触れている俺を見ている。
指一本分の隙間から、
真紅に光る片目が、ニタリと歪んで笑い、ジュルリと舐める音が、隙間からした。
もういいかい。もういいかい。返事位、しておくれよ。
カラリ。背後で開いた襖戸。明るい少女の声。
「もういいかい!まあだだよ、もういいよがお約束なのにさ、返事が無いから、探しに来ちゃったよ、これで貴方も小さな器を手に入れられるね、お先にどうぞ」
翌日。
「谷川君、最近無断欠勤、続いてるよね、君達なにか知ってる?」
「知りません。特に変な様子は無かったですよ、私達、頼まれてお引っ越しのお手伝いに行った時は、奥様も幸子ちゃんも雪子ちゃんも、元気だったし」
「うん、幸せな家族そのものってな、マイホームでしたよね、土地が激安価格って聞いてた通り、お庭が広かった」
「疲れたよって、やっと片付いたって、手伝ったお礼ランチで話してましたけどね」
「どうしたんだろう……、君達、仲良かったでしょう。ちょっと、様子を見に行ってくれないか?」
ピンポーン♪
一緒にご飯をたべて、私より少し小さな器の、ペタペタと汚れたおくちをふいてあげていると、お客さんがきました。
終。