父とみそ汁と
遅番の帰り道は、よそよそしく寂しい。まばらな街灯が住宅地を青白く照らすなか、うちの玄関の灯りを目にすると、気持ちがやわらいだ。
ガッタン・タン、と玄関のドアが閉まる。年季が入ったドアは一度で開かないこともあり、閉まるのにも2段階の古いリズムができて、少し時間がかかるようになった。
ドアに鍵をかけて靴を脱ぎ、パチンと玄関の灯りを消した。
それからリビングへ短い廊下をきしませながら歩いていくと、「チチチチ」という、ガスコンロに点火する音が聞こえてきた。引き戸を滑らせてリビングに入ると、みそ汁のやさしいにおいがする。母はお風呂に入っているようで、父がみそ汁を温めてくれていた。
「ただいま」
コートを脱いでカバンを下ろしながら、父の背中に声を掛けた。すると、ほろ酔いの父がちょっと振り向いて、
「おかえり」
と言う。定年した父の背中は、少しまるくなったようだ。
鍋に少なくなったみそ汁はすぐに温まって、父がお玉でかき混ぜると、みそ汁が鍋の側面で、しゅっ、じゅっ、と音を立てる。みそ汁は沸騰させないようにと言うけれど、嬉しいやら可笑しいやらで、
「……帰宅した瞬間から、みそ汁温めてくれるんだ」
と言えば、父は
「お腹すいてるでしょ」
と、コンロの火を止めて、お椀にみそ汁をよそってくれる。
「おつかれさん」
みそ汁のもくもくと一緒に、仕事のもやもやも薄れていくような、そんな有り難さを感じる夜だ。
2022年2月1日 改訂