娘の髪色がピンクなのだが...!?
その日、いつもの様に井戸で水を汲んでいた私は足が滑って盛大にスッ転び、頭を打って気絶した。
目を覚ますと見慣れた自室で夫と娘が心配そうにこちらを見ていた。
「目覚めたか!大丈夫かい?痛くはない?」
「お母さん、よかった!!」
そう言って抱きつく娘の髪を撫で「ごめんなさい、大丈夫よ。心配かけたみたいね。」と私は答える。しかし、全然大丈夫ではない。心臓バクバク。ちょっと整理しよう。
夫を見ると、一安心といった笑みを浮かべていた。
彼は大変穏やかな性格をしており、その容姿にも優しさが滲みでている。柔らかな茶色の髪、瞳の色も茶色く少し細い垂れ目、口元は常に笑顔を浮かべ怒ったところ等見たこともない。私の自慢で最愛の夫。素敵、大好き。
私はというと、黒髪に少し小さな黒い目。小さいけれど、クリクリしていて愛嬌があると自分では思っている。美人ではないけれど、特別不細工でもない。まぁ、普通の容姿。
そして娘。
何故今まで疑問に思わなかったのだろうか。とんでもなく可愛らしい顔をしている。まず、目がでかい。目力すごい。夫も私も目、大きくないのに??鼻筋もスラーっとしていて、肌も白い。え、誰似?
しかも透き通るような美しい金色の瞳。待って、茶色と黒から金色になるものなの??茶色が薄まったら金色???なくはない?
そしてフワフワウェーブの艶やかな髪は淡い綺麗な桃色である。え、え、待って。茶色と黒からピンクになるの??茶色が変色したらピンクっぽくなるかな!?
ここで夫が爆弾発言をした。
「本当によかった。医者にも打ち所が悪くて危ないかもしれないと言われたんだ。顔から血の気もなくてね。ピクリとも動かなかったんだ。そしたらこの子が泣いて君にすがり付いてね。目の錯覚だと思うんだけど、この子の周りが光ったんだよ。」
耳を疑った。人間て光るの?
「その後すぐ、君の顔色が戻って目覚めたのさ!」
夫、ドヤ顔である。
私は一抹の不安を覚えたものの、とりあえず気にしない事にした。
誰も何も言わないのだし、今まで気にならなかったのだから大したことではないはずだ。
娘が可愛くて良かったではないか。光ったのは夫の言うとおり錯覚だったっのだろう。
そうして数日が過ぎ、私はすっかり元の生活に戻っていた。
その日は娘と買い物へ出掛けたのだが、帰り道に娘が「大変!」と言って走り出した。両手に荷物を持ちながら、娘を追いかけ私も走った。しかしさすが若者、走るのが速い。荷物重い、疲れた、もう無理...
ゼーハー肩で息をしながらも、ようやく娘に追い付くと娘は道端に座り込んでいた。
どうしたのか覗き込むと人が倒れているではないか。それは大変だ。と思うや否や、光った。
娘が光った!!
手に持っていた荷物を思わず落としてしまった...なんてこった。
すると倒れていた人が突然起き上がった。
なにやら身なりの良い若者だ。なんともまぁ美形である。
男は娘を見て頬を染めた。
「貴女が助けてくれたのか。」
頷く娘。え、助けたの?最初から見てなかったからわからないけど、何かしたの?光っただけじゃなくて?光っただけっていうのもおかしいけれど...
男は娘の名前を聞き、必ず礼をすると言い去っていった。娘もポーっとした表情で見送っていた。どうやら、私の存在は見えていなかったらしい。まぁ、後ろから見ていただけだが。かなり近距離にいたが。
更に数日後、私は洗濯物を干していた。すると、我が家の前に物凄い立派な馬車が停まった。振り返り家を見る私。ここは間違いなく我が家である。
なにやら恭しく馬車の扉が開かれ、中から現れたのは先日倒れていた男だった。
「聖女様は御在宅か?」
「はい?」
何て言ったのかよくわからなかった。
「先日、私を救ってくださった聖女様はいらっしゃらないのか?」
娘の事だろうか...
聖女様って何?と考えていると、後ろでドアの開く音がした。
「...聖女様!!」
出てきたのは娘である。やはり、聖女様とやらは娘の事だったらしい。
「先日はありがとうございました。本日は王命により貴女様をお迎えにあがりました。」
娘はポーっと話を聞いている。私はぽかーんである。王命ってどういう事!?
「あのう、失礼ですが貴方様は...?」私は声を絞り出し聞いた。
「こちらの御方はこの国の第一王子殿下である。控えるがよい。」と、扉を開けたお付きの方が大層偉そうに教えてくださった。
目眩がしてきたが、倒れるわけにはいかないので、踏んばる。
「聖女様、さぁこちらへ。」
王子様は娘に手を出す。
娘はその手をとり、馬車へ乗り込む。
いいの?不敬じゃないの!?え、どこに連れてくの!!?
「聖女様はこれから城に行き、国王陛下にお会いする。その後は城で生活する事になるだろう。いずれ連絡が入るはずだ。聖女様は我々に任せて心配するでない。」
お付きの方がそう言い、私が何か質問する間もなく馬車は去っていた。
お城で生活するって何...?
帰って来た夫に事の顛末を話したが、「そうか、城へ行ってしまったのか。」とそれだけだった。
そんなんでいいの!?
ご近所の人達も今日の出来事を見ていたのに、「お城へ行ってしまったのね」で終わりである。お城ってそんか簡単に住み込めるものなの?あれ、私って常識知らず?
それから数週間後、娘から手紙が届いた。よかった、とりあえず生きてた。
手紙によると、娘は特待生として貴族の通う学校へ行くそうだ。後はいかに殿下が素晴らしいかと延々書き綴られていた。
どうしてそうなったかはよく分からなかったが、とりあえず元気そうなので安心だ。
更に数週間後、再び娘から手紙が届いた。
殿下はとても良くしてくださるらしい。殿下の側近の方々もそれはそれは良くしてくださるらしい。
しかし、殿下の婚約者が少し意地悪をしてくるので悲しい。と書いてあった。
婚約者が他の異性といるのは嫌な気分だろう。少しくらい意地悪もしたくなるはず。娘にはあまり、殿下にご迷惑をかけないようにと返事を書いた。
数ヵ月後、国から恐ろしい発表がなされた。
第一王子殿下が婚約者を断罪し、婚約破棄をしたのだ。そして、新しい婚約者に聖女様を据えると。
町は皆祝福ムードに包まれている。
夫も涙を流し喜んでいる。
聖女様とは、もちろん我が娘の事だ。
私は戦慄した。
聖女様だ何だと言われているが、娘はただの町娘ではなかったのか。
第一王子の婚約者ということは、将来の王妃ではないのだろうか。
それが私の娘?
しかも気になるのは略奪愛なのでは...?
それなのに、なぜ皆はこんなにも祝福しているのだろうか。
元の婚約者様は幼い頃から決められており、王妃となる為の教育を受けていたはずだ。
娘は数ヶ月前まで、本当にただの町娘だった。そんな娘に王妃など務まるのだろうか?
誰もが祝福している。
私だけが疑問を持っている。
私はあの日、頭を打っておかしくなってしまったのだろうか。
この国の安寧を願うばかりである。