異例のルーキー
村を出て数日、アーガインとリーゼは初めて訪れる街の賑わいに目を丸くしていた。石畳の道には様々な露店が並び、行き交う人々は冒険者らしき屈強な者から、行商人、職人まで多岐にわたる。彼らが目指すのは、この街の中心にそびえ立つ、ひときわ大きな建物――冒険者ギルドだ。
重厚な扉を開けて中に一歩足を踏み入れると、そこは外の喧騒とは異なる、独特の熱気に満ちていた。壁には無数の依頼が張り出され、受付には依頼を受けたり報告したりする冒険者の列ができている。酒場スペースでは、談笑したり武具の手入れをしたりする者たちの声が響いていた。
「わぁ…すごい…」
「まぁ、冒険者ギルドそんなもんだ。」
リーゼが感嘆の声を漏らす。アーガインもまた、初めて目にするギルドの雰囲気に胸が高鳴るのを感じていた。前世では当たり前のように利用していた場所だが、子供として訪れるのは新鮮だ。
受付カウンターに向かうと、体格のいい中年女性がアーガインたちに気づき、訝しげな表情になった。
「おや、君たち。ここは冒険者ギルドだよ?遊びに来たのかい?」
「いいえ、冒険者登録をお願いします」
アーガインがはっきりと言うと、女性はさらに驚き、後ろに並んでいた冒険者たちもざわつき始める。
「ほう、登録かい?君たちくらいの歳の子が来るのは珍しいね。登録には実力を見極めるための実技試験があるんだが…」
女性は少し躊躇するような素振りを見せたが、アーガインとリーゼの真剣な瞳を見て、やがて口元に笑みを浮かべた。
「…まあいいだろう。意欲があるのは結構なことだ。ただし、危険が伴うこともある。覚悟はできているかね?」
「はい!」
二人は力強く答えた。女性は頷き、登録用紙を差し出した。必要事項を記入し終えると、彼女は奥の部屋にいるという試験官に声をかけるよう促した。
試験場はギルドの裏手にある、広々とした訓練場だった。数名の新米らしき冒険者が緊張した面持ちで待機しており、その奥には厳格そうな顔つきの試験官が控えている。
「次、アーガイン=ベルファスト、リーゼ=アシュタル!」
呼ばれて二人が前に出ると、試験官は一瞬目を細めた。
「君たちが冒険者登録の実技試験か?随分と若いな…まあいい。規則だ。内容を説明する。試験内容は、訓練用ゴーレム三体との模擬戦闘だ。ゴーレムは最低限の強度と攻撃パターンしか持たないが、油断は禁物。戦闘不能になった時点で試験は終了とする。合格基準はゴーレム一体の破壊、推奨は二体だ。では、準備はいいか?」
リーゼが頷き、腰に差した木剣を構える。アーガインも木剣を手にし、体内の魔力循環を意識して<ヒール>を常時発動させた。全身が微かな光に包まれる。
「始め!」
試験官の合図と共に、三体のゴーレムが起動し、ゆっくりと二人に迫ってきた。他の試験者たちが固唾を呑んで見守る。
リーゼが素早く駆け出し、一体のゴーレムに斬りかかった。木剣に光の魔力を纏わせた一撃が、ゴーレムの装甲に火花を散らす。アーガインはリーゼの側面につき、ゴーレムの動きを見ながら、時折木剣で注意を逸らしたり、リーゼに<ブースト>の魔法をかけたりした。
ゴーレムの一体がリーゼに腕を振り下ろす。リーゼは紙一重で躱したが、体制が崩れた。もう一体のゴーレムがその隙を見逃さず、鈍重な拳を叩きつけようとする。
「リーゼ!」
アーガインは迷わず身を乗り出し、その拳を受け止めた。子供の細腕では本来耐えられるはずのない衝撃だが、常時発動している<ヒール>が骨と筋肉の損傷を瞬時に修復する。ドス、と鈍い音が響き、アーガインの体がわずかに弾かれるが、すぐに体勢を立て直した。
「なっ…!?」
試験官が目を見開いた。他の試験者たちからもどよめきが起こる。誰もが、非力なヒーラーである子供が、ゴーレムの攻撃を文字通り受け止めたことに衝撃を受けていた。
「アーガイン、大丈夫!?」
リーゼが心配そうに叫ぶ。
「問題ない!行くぞ、リーゼ!」
アーガインは笑みを浮かべ、ゴーレムの足元に潜り込むような動きで切り込んだ。前世の戦士としての経験が、相手の重心や動きの癖を見抜く。木剣はゴーレムの核を狙うが、まだ子供の力では破壊に至らない。しかし、その動きは素早く、ゴーレムの注意を自身に引きつけるには十分だった。
「<ブランブレード>!」
アーガインが引きつけた隙を、リーゼは見逃さなかった。光を纏った剣がゴーレムに突き刺さり、一体目のゴーレムが活動を停止する。
合格基準達成に、試験官は驚きながらも
「一体撃破!合格!」
と告げる。しかし、二人は立ち止まらない。
残る二体のゴーレムが、アーガインとリーゼに襲いかかる。アーガインは二体の攻撃を同時に受け流し、常時ヒールで傷を癒しながら、まるでダンスを踊るようにゴーレムの間を駆け抜ける。その動きは、非力なヒーラーという認識を覆す、洗練された戦士の動きだった。
「あのヒーラー、何をやってるんだ…?攻撃を受けながら回復してる…?」
「いや、ただの回復じゃない!動きが速すぎるし、あのゴーレムの攻撃を受け止めるなんて…!」
周囲のざわめきが大きくなる。試験官も信じられないものを見るような目でアーガインを見つめていた。
アーガインはリーゼにアイコンタクトを送り、一体のゴーレムの注意を引きつける動きを続けた。リーゼはその意図を正確に読み取り、残るもう一体のゴーレムに集中攻撃を仕掛ける。
「はぁぁっ!」
リーゼの渾身の一撃が、二体目のゴーレムを沈めた。推奨基準である二体撃破を達成。
しかし、彼らの無双はそこで終わらなかった。残る一体のゴーレムに対し、二人はさらに連携を加速させる。アーガインはゴーレムの懐に飛び込み、体当たりでわずかに体勢を崩させる。そこにリーゼがすかさず追撃をかける。アーガインは自身の回復魔法でタフネスを維持しながら、ゴーレムの攻撃を受け止め、リーゼに攻撃の機会を作り続けた。
そして――。
リーゼの放った最後の一撃が、三体目のゴーレムを粉砕した。
三体撃破。それは、新米冒険者の実技試験としては異例中の異例だった。
訓練場に静寂が訪れる。試験官は呆然とした表情で立ち尽くし、他の試験者たちは信じられないといった様子で二人の子供を見つめている。
やがて、試験官が我に返り、震える声で告げた。
「しゅ…試験終了!合格だ!しかも、三体撃破…これは、前例がない…」
ギルドの受付に戻ると、試験結果は既に伝わっていたようだった。先ほどの女性職員だけでなく、ギルド長らしき威厳のある人物までが二人を出迎えた。
「君たちが、実技試験で訓練用ゴーレムを三体すべて撃破したという、あの…アーガイン君とリーゼ君かね?」
ギルド長はアーガインに特に注目しているようだった。
「はい」
アーガインが答える。
「見事だ。君たちの実力は、Fランクから始めるにはあまりにも惜しい。本来ならFランクからのスタートだが、君たちには特別にEランクからのスタートを認めよう!」
ギルド長の言葉に、周囲が再びざわめいた。通常Fランクからだが、これはギルドが特別な実力を持つ者に対して与える、異例の措置だった。すぐに高ランクへ昇格できる可能性を示唆する、エリート候補への待遇だ。
「これから、この冒険者ギルドで思う存分活躍してくれたまえ。特にアーガイン君…君のようなヒーラーは初めて見た。大いに期待しているぞ!」
こうして、アーガインとリーゼは異例のEランク冒険者として、その名をギルドに刻んだ。
ギルドを出ると、二人の周りには好奇と驚きの視線が集まっている。彼らの異質な強さ、魔剣姫とヒーラーの子供コンビの噂は、瞬く間に街中に広まるだろう。
「やったね!アーガイン!」
リーゼが嬉しそうにアーガインを見上げた。
「あぁ、これからが本番だ」
アーガインは静かに頷いた。前世の経験と今世の能力、そして最高の相棒と共に、彼の新たな冒険が今、まさに始まったのだ。