鍛錬の日々、そして旅立ちの予感
アーガインが六歳の誕生日を迎えたその日から、日々の生活は修行の場と化した。朝早く起き、村外れの草原で軽い体術を繰り返す。前世の記憶にある動きをこの体で再現するのは容易ではなかったが、継続するうちに少しずつ体が馴染んでいくのを感じていた。その間、常に意識していたのは体内の魔力循環、そして初級回復魔法<ヒール>を自分自身にかけ続けることだ。
最初はすぐに魔力が枯渇し、修行を中断せざるを得なかったが、毎日続けることで魔力の容量が増え、<ヒール>の持続時間も延びていった。体内で光が巡っている感覚を掴み始めた頃には、魔力不足による筋肉痛も以前ほど気にならなくなっていた。
剣の修行は、村の物置小屋から拝借した木剣を使う。最初はぎこちなかったが、毎日素振りを重ねるうちに、少しずつ自分の腕のように扱えるようになってきた。前世の記憶にある剣のフォームを今の体に合わせて調整しながら、素振りや簡単な打ち込みを繰り返す。この時も、アーガインは意識的に<ヒール>を自身にかけ続けた。
そんなアーガインを見て、両親は最初は心配そうな顔をしていた。
「そんなに無理をして体を壊したらどうするんだ」
と何度も言われたが、アーガインが黙々と鍛錬を続け、苦戦しながらも目に見えて成長していく姿を見て、次第に何も言わなくなった。村の子供たちは、一人黙々と素振りをしながら自分に<ヒール>をかける奇妙な動きをするアーガインを遠巻きに見ていたが、中には興味を持つ者も現れ始めた。
その一人こそ、幼馴染のリーゼだった。リーゼもまた、天与の儀で授かった伝説の職業「魔剣姫」の名に恥じぬよう、日々鍛錬に励んでいた。彼女の場合は、村の熟練した剣士に剣術を教わりながら、魔法の制御を魔術師に学んでいた。
ある日、アーガインがいつものように草原で木剣を振っていると、リーゼが近づいてきた。
「アーガイン、何してるの?」
「これは鍛錬だよ。前世で使っていた技を思い出そうと思ってな。」
「前世?アーガインは面白いこと言うね。」
最初は半信半疑だったリーゼだが、アーガインのまるで戦士のような洗練された動きを見ているうちに、その効率的な動きに気づき始めた。特に、常に<ヒール>をかけながら体を動かすことで、目覚ましい成長を遂げているように見えたのだ。
「ねぇ、アーガイン。私も一緒に鍛錬してもいい?」
「もちろん良いぞ、リーゼ。」
それからというもの、二人は一緒に鍛錬を行うようになった。アーガインとリーゼは木剣を打ち合い、互いに剣術を深化させていく。さらに、アーガインが自分に<ヒール>をかけ続けるやり方をリーゼが真似て、光魔法である<ライト>を使いながら鍛錬を行うと、魔力制御のコツを掴んだ。彼女が独自に編み出した魔力制御のコツをアーガインに教えることで、アーガインは攻撃魔法を使えなくても魔力の使い方を覚え、リーゼは魔法を使いながら修行することで魔力制御のコツを覚える。互いに教え合うことで、新たな相乗効果が生まれた。
互いの鍛錬を見ているうちに、二人はそれぞれの才能を認め合い、自然な連携が生まれていった。リーゼの流麗な魔法剣による攻撃の隙を、アーガインの堅実な剣技と回復魔法が補う。そんな鍛錬を繰り返すうちに、二人の間には揺るぎない信頼関係が築かれていった。
そして、月日は流れ、アーガインは十歳を迎えた。幼い面影を残しつつも、その身には洗練された強さが宿り始めていた。<ヒール>を常時かけ続ける技術も身体に馴染み、鍛錬中に魔力切れを起こすことはほぼなくなった。剣術の腕前も、村の熟練した大人たちを驚かせるほどに成長していた。
「アーガイン、もう十歳になったんだね。」
午後、草原に寝転びながらリーゼが言った。彼女の魔法制御も目覚ましい進歩を遂げ、剣に宿す魔法剣の輝きはより一層増していた。
「あぁ、もうそんなになるか。」
「ねぇ、アーガイン。そろそろ、私たちも冒険者登録してみようよ。もっと広い世界を見てみたいし、私たちの力がどこまで通用するのか試してみたいんだ。」
リーゼの瞳は純粋さと、未来への期待に輝いていた。アーガインもまた、ずっと胸の奥で燻っていた探求心に気づかされた。日常生活での修行は強固な基盤を築いたが、その力を外の世界で試す時が来たのだ。
「そうだな、リーゼ。俺もそう思っていたところだ。明日にでも、二人で冒険者ギルドに行ってみよう。」
二人の瞳には、確かな決意が宿っていた。壮大な冒険への扉が、今、まさに開かれようとしていた。