74 天罰は唐突に
今日も今日とて配達日和。
8月に入って学生達との格差が明確に出て来たように感じる。
あんな風に遊び尽くしたいという羨ましい気持ちはあるが、俺にはあまなちゃんという癒しの概念が具現化した生き甲斐があるから良いんだ。
相変わらずバレたら事案不可避な状況だが、ウォータースライダーで天梨が庇ってくれたように、しっかりとした信頼関係を築いていけばいいはず。
そう志を確かにしつつ、南家へ荷物を配達する番となった。
あまなちゃんに会える喜びに満たされる……なんてことはなく、実は今朝から気になっていることがある。
それはいつものように天梨から弁当を受け取った時にあるお願いをされたからだ。
「今週中はあまなちゃんに癒される時間を短く済ませてほしい、か……」
何か用事でもあるんだろう。
彼女の申し訳ないと言いたげな面持ちを見たもんだから、内容も聞かずに了承したものの軽率過ぎたか?
でも、あまなちゃんとの触れ合いに呆れこそすれど、初対面の時みたいに止めさせようと考えている風には思えない。
そもそも、俺は南家の事情に深く突っ込まないと天梨と約束している。
今じゃ半ば空気化していると思えなくもないが、それでも約束は約束。
あまなちゃんの友達だからって踏み込み過ぎたら不快な思いをさせてしまう。
これまでのようにあの親子とは玄関先が8割、その他で2割くらいの付き合いを続けていければ良い。
玄関で会う度に小学生のあまなちゃんが中学生になって高校生となっていく姿を見られたらなんて、かなりの贅沢な気持ちはあるが、まぁそれくらいの距離感のままでいられたら良いって意味だ。
ともかく、短時間であってもあまなちゃんの癒しなら十分過ぎる癒しを受けられるから、そこまで気負う程じゃないと思い直して荷台の荷物を降ろす。
南家の住まいである184号室のインターホンを鳴らすと、すぐに応答があった。
『はーい!』
「こんにちはー、ウミネコ運送でーす!」
『あ、おにーさん! すぐいきまーす!』
はぁあぁ可愛い。
声だけで心が幸せで震わされる……最高かよ。
程なくして玄関のドアが開かれて……。
──中から中年で大柄な男にしか見えない人が出て来た。
「……はれ?」
……おかしくない?
別にインターホンを押し間違えたとかそんな凡ミスはしてないんだけど?
現にさっきスピーカー越しに聞こえたのはあまなちゃんの声だ。
間違いないと断言出来る。
じゃあ尚更なんでこんなおっさんが出て来るので?
「──おう、荷物の配達ご苦労さん。ほれ、判子」
「あ、はい……」
茫然としている内にやたらドスの利いた低い声音に促され、ぎこちないながらも受け取りの手順を済ませる。
なんかめっちゃ圧掛けて来て怖いんだけど!?
日乃本部長とは違う、明らかな敵意を孕んだ威圧に今すぐ立ち去りたい衝動に駆られるが、その行動に出るより先に俺の足はいとも簡単に縫い付けられるハメになった。
何せ……。
「そういやおにぃさん……」
「は、はい?」
「随分とウチの娘と孫共々仲良くしているそうじゃないかぁ……んん?」
「──」
詰みを言い渡されたからだ。
罪の方だろって?
うん、あんま大差ないね?
というか今の発言でこの人が誰なのか分かった。
あの天梨が家に入れる人間、特に男性となると一気に候補が無くなるが……俺が知りうる限り彼女の旦那以外では1人しかいない。
「──もしかして、天梨のお父さんであまなちゃんのお爺さんですか?」
「──ほぅ」
そう問うや否や、おっさんの眉間に寄っていたシワが少し和らいだように見えた。
どうやら正解らしい。
同時に今朝の天梨の態度にも納得がいった。
あれは自分の家族が来るから、極力俺と会う可能性を下げようとしていたんだ。
そうと分かった途端彼女の気遣いが心に沁みるが、同時に速攻で台無しにした自分をぶん殴りたくなる。
「──ワシの前で娘と孫の名前だけでなく『お義父さん』とはな……」
「ぁ……」
訂正……俺はもう1つだけミスを犯したようだ。
「ちち、違いますから!! 俺は娘さんとはただの知り合いなんです!!」
「嘘をつくな! どうせ娘の美貌に集るハエと同じに決まっている!」
「いやいや、別に彼女をどうこうするつもりはないんですから!」
「なんだと!? ウチの天梨に魅力が無いと言いたいのか!?」
「そうは言ってないでしょ!?」
やばい、この人親バカだ!
あまなちゃんがあんなに可愛いんだから、小さい頃の天梨だって似たようなものだったかもしれないが、成人してる娘に対してこの身内贔屓っぷりは本物だわ!!
胸倉を掴まれて肩を揺らされるせいで、この状況を打開する策が思い付けない。
焦りながらもなんとか思考を働かせるが……。
「ハッ!? ま、まさか貴様、孫を……!?」
「娘に興味ないなら孫にってか!? し、心配しなくても俺はあまなちゃんとは友達で──」
「黙れこのロリコンがぁっ!! 良い大人が恥ずかしいと思わないのか!?」
「正論が痛い!! でも事実なんです! お孫さん相手に恋愛対象なんて以ての外で──」
「本気か貴様ァ! あの可愛い天那を見て何とも思わないのかぁ!?」
「だからそんなこと言ってないですって! 日頃から天使みたいに可愛いって思って──」
「この不埒者がああああ!! 幼い内に唾を付けようとでも企んでも無駄だぞぉ!!」
ちくしょう、爺バカも拗らせてた!
どう答えても火に油を注ぐだけで超めんどくせぇ!!
最早涙すら出て来そうな心労を負わされて、お手上げ状態に陥り成す術も無く首をガックガク揺らされ続ける。
「お父さん! お仕事中の早川さんに迷惑を掛けないで下さい!」
「おじーちゃん、メッ!」
女神と天使が舞い降りた。
まぁあれだけ騒げば家の中にいた2人にも聞こえて当然だよな。
「て、天梨、天那、わ、ワシは2人を心配をしてだなぁ……」
「早川さんは信頼出来る人です。お父さんの心配はありがたいですが彼に迷惑を掛けてまでする必要はありません」
「おにーさんはあまなのおともだちなの! おじーちゃんでもいじめちゃダメ!」
「う、うぅ……」
我が身のように可愛がっているであろう2人に責められ、おっさんはさっきの勢いが嘘のように弱り出していく。
そうして掴まれ続けていた胸倉を離されると、寄って来たあまなちゃんが背伸びをして制服のシワを直し出した。
もちろん、身長差があるので彼女の手が届く範囲でだが。
それでも綺麗に正せたことに満足げな笑みを浮かべて……。
「おにーさん、おしごとちゅーにおじゃましてごめんなさい」
「あ、あぁ。ありがとう。大丈夫だよ」
いつかの時と同じ言葉だが、声音に寂しさはまるで感じなかった。
おっさんのせいで随分と足を長く止めてしまったので、残念だがそろそろ配達に戻らないといけないから、そういう意味でもあまなちゃんの言葉は大変助けになったと思える。
「それじゃ、俺はこれで……」
「こんどはたっくさんおはなししよーねー」
「ふん、さっさと行け」
別れの挨拶を口にして立ち去るが、孫と祖父で対応が180度違うのなんなの?
一応血の繋がりはあるんだよな?
もしかしたらおっさんの頑固な遺伝子は、天梨と旦那さんのおかげで中和されたのかもしれない。
極端だがそう心内で結論付けて、次の配達先に向けて配送車を走らせるのだった。
次回は11月29日に更新します。




