65 夏休みなんて幻想だよ!
「あっちー……」
「お疲れ、三弥」
「おう……汗が気持ちワリィ……」
「だよなぁ……」
配達から戻って来た三弥の言葉に、同意せざるをえない。
こんなクソ暑い日が続くのに、配送量がまるで減らねぇしな。
「はぁ~……学生に戻りたい……」
「どうした」
「実はさぁ……配達途中で女子高生の子達とすれ違ったんだけどさ」
「おう」
「むっちゃ楽しそうに、夏休みの予定を立ててたんだよ……羨ましい……」
「あ~……」
口から魂が浮かびそうな面持ちで項垂れながら聞いた内容に、こっちもごっそりと魂を削られるような気持になった。
夏休み……それは学生の特権。
地域や学校に多少差はあれど、約40日間もの長期休暇が約束されているパラダイスだ。
宿題が出される煩わしさはあるが、それを差し引いてもがっつり好き放題出来る時間が設けられることに、誰しもが感動を覚える。
夏というアバンチュールな時期に合わせて、海水浴や夏祭りなどのイベントも盛りだくさんな、まさに夢と希望と青春が詰まったかけがえない奇跡だ。
だが、人が大人になった時にその奇跡は幻想となり、人々からはより強烈な羨望を浴びるようになる。
理由は至極単純……社会人に夏休みなんてものは存在しないからだ。
「学生の時は良かったよなぁ……一度夏休みが終わっても来年になったらまた来るんだからさぁ……」
「あぁ、そうだな……」
「俺らが必死に汗水流して働いてる他所で、やれプールに行こうだと花火大会で告白するんだと、陰りなど知らんばかりに輝く青春を夢見てよぉ……」
三弥の言う通り、大人になれば毎日仕事ばかりで学生のように遊ぶ暇はないどころか、確固たる格差が浮き彫りになる。
特にプールの監視員とか拷問だと思う。
何が悲しくて暑い日差しの中、名前も知らないカップルや家族連れの幸せを見せつけられなきゃならないんだ。
「ククク……だがそれも今の内に暢気に過ごしてるといい……どうせアイツらも大人になって、夏休みってのが喉から手が出ても手に入らない幻想だと嫌でも理解する日が来るのさ……その時こそ、人は社会の厳しさを強く実感するんだぜ……」
さっきからコイツは何黒幕みたいなセリフを吐いているんだろうか。
気持ちは分からんでもないが……。
「あんまり不吉なこと言うなよ」
「は? なんでよ?」
「あまなちゃんも夏休みは友達と遊んだりするんだってさ。少しでも良い思い出が作れたらって思ってるし、手伝いたい気持ちもある。だから悪いことが起きないようにってな?」
「お前も去年まで同じように呪詛を吐いてたのに、めっちゃ純真なこと言い出したな……」
三弥が別人を見るような目を向けて来るが、言われたことに関しては否定出来ない。
あまなちゃんと出会って癒されたことで、疲労だけでなく妬みも浄化されているんだろうな。
おいおい、無敵じゃねぇか。
「あら、2人共戻ってたのね」
「お、茉央ちゃん!」
「三弥君、ちゃん付けしないで」
そうやって三弥と話していると、今度は茉央がやって来た。
私服になっているところを見る限り、これから帰るようだ。
「お疲れ様、カズ君」
「お疲れさん、茉央」
以前、ショッピングモールであまなちゃんが迷子になった時に、彼女に助けてもらったお礼として始めた名前呼びだが、この一月ですっかり言い慣れて来た。
連休が終わった直後は三弥に驚かれたりしたもんだが、しつこく追及してくるようなことはないままこうして普段通りに過ごしている。
「それで、わざわざこっちまで来てどうしたんだ?」
「決まってるでしょ? 来月に予定しているカラオケオールナイトのことで話に来たの」
「「あ~……」」
事も無さげに言われた内容に、俺達は揃って諦念の息を吐く。
やっぱり今年もやるのかそれ……。
決して楽しくないわけではないけど、純粋に疲れるんだよなぁ……。
そんな気持ちが思い切り顔に出たため、茉央が不満気に睨んで来た。
「何よ、そんな露骨に嫌そうな顔をすることないじゃない」
「だってさぁ……前やった後三日三晩喉痛めたんだぜ~?」
当時のことを思い出した三弥が、喉を守るように手で抑える。
俺もしばらく声を出すのが苦痛だったのに、茉央はいつも通りだったんだよなぁ。
経験の差を思い知らされた。
「それは三弥君が喉を酷使するような歌い方をしているだけよ。ちゃんと休憩を挟んで歌い方を改善すればいいの」
「つってもなぁ……」
カラオケ通いが趣味なだけあって、茉央は歌が上手い。
それこそ歌手になれるんじゃないかってくらいなんだが……本人は忙しくとも今の仕事がいいそうで、特別才能があるわけじゃないと言っていた。
その時に何やら苦い挫折を味わったような、哀愁を帯びた表情を浮かべていたけれど……あまり詮索するのも野暮だろうと特に追及はしていない。
「それで? 結局カラオケに行くのはいつになるんだ?」
「来週の水曜か土曜にするつもりよ。2人のスケジュールは調整済みだけど、何か予定とかあったかしら?」
「オレはないぜ~」
水曜か土曜か~……。
覚えている限りで来週の予定を振り返る。
その2日は確かに休みだけど……。
「あ」
「え? どうしたの?」
「悪い、土曜は予定があったんだ」
「ほぇ~。どんな?」
三弥がプライバシーなんて知ったことじゃないみたいな態度で尋ねて来るが、俺としてはこの2人になら話せる内容なので大して気にしない。
何故なら……。
「あまなちゃんとその友達の付き添いでプールに行くことになってるんだよ」
「「……」」
配達先で出会う幼女との関係を知っているからな。
だと言うのに、当の2人はまるで予想していなかったように茫然としていた。
え、何?
そんな顔をされるくらい変なこと言ったつもりはないんだけど……。
「か、カズ君……」
「おう」
「あまなちゃんの友達って、同じ小学1年生?」
「当たり前だろ。ちなみに面識もあって宿題を見たことだってあるからな」
「……そう」
茉央さん、どうしてそんな猜疑心マシマシな眼差しを向けて来るんですか?
三弥も無言でスマホを構えないでくれる?
まさかとは思うが、それ録音機能をONにしてないよな?
今日の配達の時にあまなちゃんから誘われて、ちょうど休みだったから了承しただけだぞ?
疚しい気持ちなんて一切なかったんだが!?
「女子小学生だけでレジャー施設に行くのは危ないけれど、カズ君が保護者を買って出る必要はあるの?」
「ん?」
あ、もしかして成人の同伴者が俺だけって思ってるのか!?
女子小学生の水着姿につられて同行を受け入れたって思われてるわけ?!
そんなつもりは毛頭ないのに軽く心外な気分だ。
「いやいや、あまなちゃんの母親と妹も一緒だよ!」
「そ、そうそれならあんs──え? 黒音ちゃんはともかくあまなちゃんのお母さんも?」
あれ?
一瞬納得し掛けたのになんで余計に疑いの目を強くするんだ?
しかもさっきはなかった怨嗟を感じるんですけど!?
「天梨さんだったっけ……お前、まさか人妻と一夏のアバンチュールに痴れ込むつもりか……?」
「おいこら。どうして妹や小学生も一緒なのにそんなこと考えてると思った?」
天梨が魅力的な女性だってことは否定しないが、それで付き合いたいかと言われれば話は別だ。
俺、そんなに信頼無いの?
茉央はともかく三弥は悪乗りしているだけだが、火に油を注ぐような真似はしないでほしい。
「その日に行くプールって、常夏アイランドなの?」
「お、そうそう! 泳ぎを教えたりする予定なんだ」
「ふ~ん……」
あくまで健全な付き合いですよ~とアピールも兼ねてそう説明する。
聞き終えた茉央が納得した素振りを見せたことで、これで大丈夫だと胸を撫で下ろした。
「土曜日に、常夏アイランドね……」
何か聞こえた気がしたが、それを気にする余裕は残されていなかった。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
次回は11月2日に更新します。
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