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アクロス・ノア 涙が海にとけるまで  作者: フジアキ
第一章 水平線を望む
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第九話

今回は登場人物が多く、混乱してしまうかもしれません。あらかじめご了承ください。

後書きのほうに、今回登場した人物の簡単な説明を載せますので、そちらをご参照ください。


ご不便をおかけして、大変申し訳ありません。

 謁見を終えた晴也は、一度食堂へと案内された。勿論、食事のためだ。

 ドラマの中でしか見たことのないような長い卓の上座に着いた晴也は、きょろきょろと辺りを見渡しながら料理の到着を待っていた。

「落ち着きませんか?」

 晴也の横に立ちながら、エルノアがそう訊ねた。

「こういう場所でご飯を食べたことないから、ちょっと緊張してて……エルノアさんは? 一緒に食べないの?」

 晴也が席に着いてからしばらくの間、ずっと立ち続けるエルノアとジルバにそう問いかける。するとエルノアは、微笑みながらそれに答えた。

「はい。申し訳ありませんが、これからお父さまと詰めなくてはいけない話がありますので。シオタ様とお食事をご一緒できないのは大変心苦しいのですが、次の機会にさせていただきます。」

 そう言い、「失礼します」と言葉を結ぶと、エルノアはジルバを連れて足早に食堂を後にした。

 何か言うこともできずに一人残された晴也は、ありがとうやらの言葉をかけるべきだったなどと後悔をしながら、食事が来るのをひたすら待っていた。

 待っている間、今は自分の元にない聖剣のことを考えた。

 現在、聖剣はその刀身を納めるべき鞘を作るために晴也の手を離れていた。

 聖剣を引き抜いてから、まだ一日も経っていない。だというのに、自分の元にあの剣がないのは、なんとも言えない違和感を覚える。

「それにしても、俺がいなくても大丈夫なのかな?」

 聖剣は晴也にしか握ることもできない代物だ。何も言われていないということは、晴也なしでも製作は滞りないということだろうが、どのようにして作っているのか、少しだけ興味が湧いた。

 などと思っていると、厨房からワゴンを押す恰幅の良い男性が現れた。それと同時に香る、食欲をそそる匂い。料理が来たのだと本能的に察した。

「お待たせしました勇者様」

 コックと思われる男性が頭を下げると、ワゴンの上に乗せていた皿を丁寧に晴也の前に並べていく。

 そこに並べられたのは、鮮やかな料理だった。透き通る小金のスープ。青々とした葉物のサラダ。ローストしたような赤い色味の肉。それらがどのような材料からできているのかまではわからなかったが、それらを目の前に並べられた晴也は、思わずあふれ出た唾を呑み込んだ。

「申し訳ありません。本当ならもっと多くの料理を用意するべきなのですけど、すぐに用意せよとのお申し付けだったので」

「い、いえっ、こんな立派なものを用意してくれただけでも、ありがたいです」

 晴也の感覚では、おにぎりのような軽食が出るだけでも満足だったのだ。それが、まさかここまでしっかりした料理が出てくるとは驚きだ。

「それじゃあ、いただいます」

 目の前に出された料理に、晴也は両手を合わせてそう挨拶をした。

 テーブルマナーなどという上等なものは流石にわからないが、汚らしい食べ方にならないよう注意しながら、料理に手を付ける。

 最初はサラダから口にした。葉物の瑞々しさが口の中全体に広がり、野菜そのものの甘さが味覚を埋め尽くす。

 驚いた。野菜特有の青さや苦さというものを全く感じないどころか、果物のような甘さを思わせる。だというのに、瑞々しさがその甘さをしつこくしない。僅かに振られている塩が、よりその野菜の甘さを引き立てていた。

 手を休めることなく、晴也は肉を口に含んだ。スーパーで買うローストビーフはパサつきが目立つものだった。しかし、このローストされた肉はパサつくどころか、唇で食んだだけでもほろほろと解けるような柔らかさをしている。口の中では、低温で余分な脂分を散々流したというのに、しっとりとした舌ざわりが晴也を確かな満足感へと誘う。

 気づくと口の中から肉はなくなっていて、思わずもう一切れと肉を食べる。口に入れ何度か噛んでいる間に、肉はその形を失い、溶けるようにその姿を消す。だというのに、量以上の満足感を晴也は覚えていた。

 スープはどうだろうか。フォークからスプーンに持ち替えて、透き通った黄金色のスープを飲んだ。

 その透き通った色味とは裏腹に、その味付けは非常に濃厚だった。このスープは恐らく、具材を形が無くなるまで煮こみ、煮こみきったら再び材料を投入してを繰り返しているのだろう。それほどまでに強い味だ。恐らく、このスープには調味料をほとんど使っていないのだろう。そう思えるほど自然な味わいで、尚且つ濃厚でまろやかだ。

 気がつけば、晴也は全ての料理を食べきっていた。確かな満足感を胃袋が覚えていた。それに引き換えて、晴也の心は飢えてしまった。もっとこの料理を食べていた。そんな欲求が高まっていた。

「本当にお腹が空いていらしたんですね」

 晴也の食べっぷりを見ていたコックが、驚いたようにそう言った。思えばこの人がいたのだったと、晴也はこの場に他の人がいることを忘れるほど料理に夢中になっていた。

「すみません、本当に美味しかったもので」

「そうですかっ! 勇者様にそう言ってもらえて、感激です」

 晴也の言葉に心を打たれたように、コックは破顔し、仄かに頬を紅潮させた。

 作っている人が嬉しそうな顔をしていると、自分も食べてよかったと思える。コックの笑顔に、晴也も釣られて笑顔になる。

「あっ、侍女の人ってどこにいます? エルノアさんに、食べ終わったら呼ぶように言われてて……」

 食堂を見渡したが、侍女どころか、コック以外に人はいなかった。

「かしこまりました。それでは、私が呼んでまいります」

 そう言うと、コックは晴也が食べ終えた食器を再びワゴンに戻していき、急ぎ足で厨房のほうへと戻っていった。

 椅子に腰を据え直し、晴也は侍女が来るのを待つ。

 改めて実感する。自分は勇者なのだと。この国を救う使命を賜った神の使徒と思われているのだと。なんて重い責任だ。しかし、これが聖剣を抜いた者の運命(さだめ)なのだとそれを呑み込む。

 聖剣を担うに不相応な行い。晴也は先ほどのエルガンダの言葉を思い出し、それがどういうものなのかを考える。

 常識的かつ善良で、その上英雄的であれということならば、最初二つはともかくとして、最後の一つは無理だ。自分はそういうものから最も遠いところにいるのだから。しかし、もっと別の意味合いだとすれば、それを知らなくてはならない。

「はあ……面倒だな」

 やはり考えるのは苦手だ。けれど、この世界で生きるのなら、やはり考えて動かないといけないだろう。今までのように流される生き方をして、生きていられる確証などない。何せここは異世界なのだから。

「命のやり取り、か……」

 戦争。誰もがその希望を晴也と聖剣に見ている。本当に、戦争は起こるのだろうか。だとすれば、晴也も戦うことになるのだろうか。誰かを殺さなくてはいけないのだろうか。

 恐怖する。戦うことがではない。誰かの命を奪わなくてはいけないかもしれないということが。

「命のやり取りがどうかしたの?」

 親し気な、しかし聞いたことのない女性の声に、晴也は慌てて声のするほうを見た。食堂の入り口に、人が立っている。甲冑を身にまとい、剣を腰に佩いた女性。騎士だ。

 見慣れない女性にか、はたまた知らない騎士にか、それともその両方にか。晴也は少しだけ怯えたように反応した。

「……何か?」

「ん? いや、噂の勇者様の顔を見てみたくて。うちの団長は王命で強制出席だったけど、クレイヴェスの私は、さっきの謁見に出席しなくていいって言われてたから」

 そう言いながらその女性は晴也に近づく。晴也は立ち上がり、面と向かうように体を彼女に向ける。どうにも悪い人ではないように晴也には見えた。

「自己紹介しておくね。あたしはシャーン・メリネア。階級は騎士長(クレイヴェス)。第二騎士団に属する騎士です」

 そんな自己紹介をして、シャーンは小さく頭を下げた。その自己紹介に対して、晴也も名乗ろうとすると、それよりも先にシャーンが口を開いた。

「――私は、勇者を認めない」

 この国が、エルガンダが晴也を勇者と認めた。つい先ほどそれに安堵し、そしてその重さに嘆息していた晴也に向けて、そう宣言した。

 笑っていたシャーンは、しかし晴也へ向ける視線は刃物のように鋭く、突き刺すような敵意を向けていた。

「それは、一体どういう……」

「宣戦布告ってこと」

 シャーンの切り裂くような敵意と相反し、その口調はとても軽く、まるで世間話でもしているかのような錯覚を覚える。

「英雄は選ばれてなるものじゃない。人に示してなるものなの。古めかしい剣を引き抜けたくらいで勇者だなんて、決して認めない」

 それは、その通りだ。勇者だとか英雄だとかは、実績に対する称号であるべきだ。抽選で選ばれてなるようなものではないだろう。

 聖剣を引き抜けた晴也の価値は聖剣にある。王の前で宣言したことは変わらない。しかし、それ以上ではない。勇者・英雄とは、ただ聖剣を引き抜いた者以上の存在でなくてはいけないだろう。

 なるほど、それが聖剣を担うに相応しい行い、なのだろう。今更になって、エルガンダが要求してきたことに対する難しさを実感する。

「……俺に勇者は荷が勝ちすぎてる。だから、シャーンさんみたいな人に対して、俺は意見できない」

 シャーンの意見はもっともだ。何より、晴也自身が自分のことを勇者と認められていない。そのうえで勇者然とできるほど、晴也は器用な人間でない。

 しかし、晴也は頼まれたのだ。エルノアに、私達を守ってほしいと。自分の力だけでこの彼女らを守れるなんて思っている訳ではない。けれど、彼女の手助けはしたいと思った。それが、聖剣を扱える自分にはできるのだから。

「それでも、聖剣を持ち続けるために、俺は勇者にならないといけない。自分に相応しくないことは理解しているけど……そうしなくちゃいけないんだ」

 晴也は勇者ではない。それでも勇者として、聖剣を持ち続けなくてはいけない。それが気に食わない者がいるのなら、晴也は戦うことを選ぶ。戦いなどしたくないが、それでも、示さなくてはならない。晴也は聖剣を担うに相応しいと。

 晴也の怯えた目を見たシャーンの印象は、拍子抜けだった。しかし、晴也は怯えたまま、それでも明確に覚悟を示した。その点は評価できる。

「……君の気持ちはよくわかった。なら、証明してみせることね。期待はしてないけど」

 それだけ言うと、シャーンは食堂を後にした。

 食堂に誰もいなくなって、腰が抜けたように晴也は椅子に崩れる。

 勇者を認めない。そう語ったシャーンは、しかしとても理性的な人間だった。初めて会うそういう人間が、彼女でよかった。もっと過激な行動に出る人だっているだろう。あるいは、そちらのほうが多いかもしれない。もし、最初に会ったのがそんな人間だったら、晴也はすぐに挫けていただろう。

 証明してみせる。シャーンの言葉に、晴也は深く思い悩む。果たして、誰もが認めるような、勇者としての素質が自分にはあるのだろうか。

 聖剣を担うに不相応。今の自分は正しくそのもので、思わず晴也は溜息を吐いた。


    *


 食堂を出たエルノア達は会議室にいた。

 その会議室は城の中でも大きいもので、中に円卓が一つ据えられているのが特徴だった。ある人はここを、円卓の間と呼ぶ。

 十二ある席のなかで、エルノアは上座に座る王の左隣に腰を下ろし、その後ろに控える形でジルバが待機している。王の右隣には、妹であるエルメリアが腰を下ろしている。

「全員そろったところで、今後の方針について話し合っていきたいと思います」

 この場を取り仕切るのは、エルノアの左隣に座る王の右腕であるカーマルだ。

 カーマルのその言葉で、その場の喧騒が一気に静まり返る。誰もがカーマルに意識を向けたところで、会議は始まる。

「初めに、今後の方針について話し合います。陛下、お願いします」

 促され、エルガンダが腰を上げる。円卓を一瞥すると、そこには二つの表情があるのが見える。一つは安堵。聖剣が引き抜けたという安心。もう一つは緊張。戦争に向けた興奮だ。

「聖剣が引き抜かれた今、我々の正当性は確かなものとなった。あとは、それを如何にして、世に知らしめるかだ。ここではそれについて話し合いたい」

 聖剣の実在や塩の柱は、エルシェ教における経典の解釈が正しかったことを示す証拠になる。となれば、次はそれを世界に知らしめなくてはならない。

 エルガンダの言葉が終わると、一人の男が挙手をする。白襟(ワイシャツ)の上に家紋付きの黒袖(ジャケット)を羽織った貴族の男、西部の領地を治めるアルトーラ・メンティア侯爵だ。

「近頃、西側の連中の動きが活発です。ここは、周辺諸国への牽制も兼ねて、聖剣の威光をわかりやすく知らしめるべきかと進言いたします」

 アルトーラが治める領地は、隣国の一つであるガグランダ公国との国境に面している。西側が攻め込んだとき、真っ先に被害を受けるのは彼の領地ということになる。

「馬鹿を言うなよ。聖剣は我々にとって切り札だ。戦争する前からその存在を明かしては、対策されてしまう。エルレイクスを担うのは、相手も同じなんだ」

 そう異議を唱えたのは、騎士総長(クレイメンティ)の位を与えられた騎士、ヴァーテイン・イディオンだ。彼の意見は、明確に戦争を意識しているものなのは、その場にいる誰もが察することができた。

「我々神殿としては、以前から申している通り、対話によって示すべきと考えます。そもそも、聖剣は貴重な神の遺産です。それを戦争に使うなど愚策でしょう」

 神殿の代表として円卓についているグロムウェルは、抑揚のない声音でそう進言する。

 この場にいる者は、大きく分けて二種類の意見を持っている。戦うか、語らうかだ。

グロムウェルは口にした通り、聖剣を戦争に用いることを反対し、周辺諸国の国教であるロジェンカ教と対話を以てエルシェ教の正当性を示そうとしている。一方で、ヴァーテインを含む多くの騎士は、聖剣を兵器とし、戦争を起こして正当性を示そうと画策している。

 要するにこの会議は、戦争をするのかしないのか、それを決めるためのものだった。

 戦争推進か、あるいは戦争反対か。勿論のこと、エルノアは後者側だ。しかし、エルノアはこの場において、強く意見ができない立場にあった。

 王政を敷くエルダフィートは、ありとあらゆる最終決定権を国王であるエルガンダが有する。究極的には、王の一存で全てが決められる絶対王政だ。つまりこの場は、合議によって指針を決めるのではなく、国王のご機嫌取りのための場なのだ。

 そして、その対象はエルノアやエルメリアと言った王族にも及ぶ。つまりこの場でエルノアに求められているのは、意見を述べる者ではなく、意見を求める者としての立場だ。故に、エルノアは意見したくてもできない立場にいた。

 聖剣を戦争に利用することを反対したグロムウェルの意見に対して、反意を示した者がいた。ザーリィ・エルドーン財務大臣だ。

「しかしグロムウェル司教。確かに聖剣は貴重な品であるが、戦争で負ければ、それもどうなるかわかったものではありません。特に、聖剣は我々の正しさを証明するもの。それを、連中が残しておくとは考え難い。文化財としての価値を存続させるためにも、聖剣を兵器として用いるべきなのです」

 そうザーリィは口にするが、彼の考えは明白だった。聖剣を用いることで、軍備に充てる予算を少しでも減らすことが目的なのだ。この場にいる人間なら、ザーリィという人間が如何に金に対しての執着が強いのか知っているだろう。故に、彼の意見にも当然反論が入る。

「エルドーン財務大臣の意見はもっともですが、費用を抑えるという意味では、戦争を行うべきではないのではないですか? そもそも、戦争をするとなれば、民が不安がります。さらに、戦時徴税によって税が引き上げられることも目に見えている。民のことを思うのであれば、戦争は回避するべきです」

 北方に領地を与えられたノディス・シューエバッフは、貴族の中でも穏健派と言われる人間だ。故に、彼がそう意見するのは誰もが予想していた。

 彼の意見を聞いて数名の人間が首を縦に振った。およそ三人。一人は言わずもがなグロムウェル。もう一人は法務大臣を務めているメイシェン・アムウェンズ。最後の一人は、南方の領主であるオーセム・スーリロムであった。

 オーセムの反応を見て声を上げたのは、軍務大臣のジェリオス・マグラディだった。

「貴殿もシューエバッフ殿と同じ意見なのか? それは意外だ」

 南方の侯爵であるオーセムは、その物腰の柔らかさや怜悧さとは裏腹に、過激派として有名であった。彼の領内では、どのような罪であろうと、罪人には須らく極刑が言い渡されるのだという。そのような過激な思想を有する彼が、この場において温和な方策に同意したことは、この場の誰もが驚きを禁じ得ないものだった。

「全面的に賛成とは言い難いですが、概ね賛成ですね。回避できるのなら、戦争など回避するに限るでしょう」

 その単純な事実に誰も反論は加えなかった。回避できるのならば回避する。誰もの心の中にその理想はある。しかし、その輝きは回避できない可能性に埋もれてしまっている。

「そりゃそうだ。しかしスーリロム殿。あんたはどうやって、俺達の正しさを世に知らしめようってんだ?」

 ヴァーテインの言葉に、誰もがオーセムへと視線を向ける。

 戦争によって正当性を訴えるのは一番簡単な方法なのだ。エルダフィートの正しさが損害という形で波及し、誰もが意識せざるを得なくなる。一方、対話というのは難しい。人は信じたくない事柄には簡単に耳を塞いでしまう生き物だ。声が届く距離も限られる上、簡単に否定できてしまう。

「明確な具体策はありません。わたしは策士ではありませんから。それに、概ね賛成であって、一部の面においてわたしは、いわゆる戦争反対派の意見に否定的なのです」

「では、どのような意見に否定的なのでしょう?」

 少し棘のある口調でメイシェンが訊ねる。

「戦争反対派の皆さんの多くは、武力による顕示に忌避的な考えを持っておられる。もし、相手も似たような考えを持っているのなら何も言いますまい。しかし、決してそんなことはない。それは歴史を紐解けば、誰もが理解していることでしょう」

 その言葉は場にいる全員の表情が暗くさせるものだった。オーセムの言葉に、エルノアはある悲劇を思い浮かべた。それは、彼女の祖父である先王の代に起こった。

 当時、エルシェ教とロジェンカ教との間で意見交換の場が設けられていた。それに参加するため、当時の司教が有力な騎士や魔法使いを連れて、開催国に向かっている最中だ。突如、司教らが命を落とした。その国の調べによると事故とのことだが、返還された遺体は、事故で命を落としたとは思えないほど悲惨な状態であった。司教らの突然死を不審に思った先王は、あらゆる人間に司教らの遺体を調べさせた。そして、司教らの遺体には何らかの魔法の痕跡が存在することが発覚したのだ。

 何らかの理由で、他国の人間が司教らを殺害した。その事実が発覚以降、ロジェンカ教との意見交換の場は設けられず、エルダフィートと周辺諸国とのか細い交流は完全に途絶えた。

 この暗澹たる出来事は、当時の司教の名を借りて『ジェーンの悲劇』と名付けられた。

 オーセムの言葉を聞いて、エルノアが思い浮かんだのはそれだった。あるいは、他の人間は別のことを思い浮かべているかもしれない。それだけエルダフィート王国は、周辺諸国から被害を受けていた。

「エルシェ教というだけで、我々は隣国に辛酸を嘗めさせられてきた。そのような相手が、我々の言葉を素直に聞くでしょうか。いくら聖剣や塩の柱という目に見える証拠があったとしても、人はそれを覆い隠してしまうもの。故に、相手に我々の言葉を素直に聞く姿勢を作らせる必要があります」

 その言葉に、エルノアも納得してしまった。対話による解決は理想だ。しかし、それがまかり通る世の中であったのなら、エルダフィート王国が四方を敵に囲まれるということはなかっただろう。

「それで、スーリロム殿はどのようにして、周辺諸国に我々の言葉を聞く姿勢を作らせるつもりなのですか?」

「そこは、聖剣の威光に頼るほかないのではと考えております」

 グロムウェルの言葉に、オーセムは申し訳なさそうにそう言った。

「どれだけ言葉で真実を語ろうと、耳を塞げばなかったことになります。故に、隠し通せない形で真実を示す他ないのです」

「おいおい、さっきもメンティア殿に言ったが、そんなことをすれば相手側に対策されるだろ」

「それが狙いなのです」

 ヴァーテインの反論に、オーセムはそう言って見せた。対策させることが狙い。戦争しようとしている人間達からすれば、その考えに眉を顰めた。

「聖剣の対策。これが単に物理的な対応で良いのなら、このような形で切り札を使うのは愚策でしょう。しかし、我々が聖剣を以て神の威光を示すことで、兵器としての対策だけでは足りなくなるのです」

 それを聞いて、エルノアは得心が言った。重要なのは何より、宗教的問題にあるということだ。

 例えこの問題が戦争に発展したとしても、その根底にはエルシェ教とロジェンカ教との確執というものが存在する。単に滅ぼすだけならば、周辺諸国は容易にそれを成し遂げるだろう。しかし、聖剣を示したエルダフィートを単に滅ぼせば、ロジェンカ教に義はなくなる。

 何より、聖剣に対して聖槍や聖鎚を持ち出した時点で、ロジェンカ教は聖剣をエルレイクスと認めたことに他ならないのだ。それはつまり、エルシェ教の正しさを認めることになる。

「神の力には、神の力でなければ対抗できない。故に、対策を講じさせた時点で、我々の正当性は示されているのです」

 その隙に人を送り、対話の席を設けることができれば、事の流れを完全にエルダフィートが握れる。オーセムのその意見は、対話を成すのに最短の意見だった。

 同時に、最も戦争に近しい方法でもあるとエルノアは感じた。一歩間違えば、すぐさま戦争に突入してもおかしくない。そう言う強引で過激な方法だ。

「そ、それで戦争を回避できるのなら、私はスーリロム殿に賛成です」

「同じく。回避できる争いは回避すべきでしょう」

 オーセムの意見に、先ほどまで戦争推進的な意見を述べていたアルトーラとザーリィも掌を返す。一方で、ジェリオスとヴァーテインの二人は難色を示していた。

「確かに、対話を実現するには現実的かもしれん。だが、そうならなかった場合の危険性は変わらん。軍務大臣として、賛成しかねる」

「騎士総長としても同意見だ。切り札の対策をされてるなんて知れば、俺の部下の士気にかかわる。俺は部下を負け戦に連れて行く気はない」

 戦争推進と戦争反対の立場が入れ替わる。しかし、どちらを選ぶかは、エルノアの隣にいるエルガンダが決めることだった。

 エルノアはちらりと王のほうを見る。その厳めしい顔からは、彼が何を考えているのかまでは読み取れなかった。

 全員の意見が出終わった折に、彼女が小さく手を挙げた。エルメリアだ。

 この場は王のご機嫌取り、もっと言えば出席している王族のご機嫌取りだ。そのような場で、王族が意見をするというのは、暗黙の了解を破る行為に他ならない。

「エルメリア殿下、どうなさいましたか?」

 カーマルがそう言うと、全員の視線がエルメリアに向けられる。するとエルメリアは、ずっと疑問に思っていたのか、さも当然のようにそう告げた。

「今のあなた達の意見はわかるんだけど、みんなどうして、聖剣が他のエルレイクスのように扱えるって考えてるの?」

 誰もの表情が凍てつくのを感じた。それはつまり、聖剣の存在を信じていないということだろうか。だとすれば、王族としてその発言は過激が過ぎる。

「エルメリア殿下、聖剣は紛れもなくエルレイクスです。そのような発言はなさらないほうが……」

「そうじゃないのグロムウェル。アタシだって謁見の間にいたのよ? あの聖剣の輝きを見れば、聖剣が真実エルレイクであることなんてわかるわよ。問題はそっちじゃなくて、担い手のほう」

「シオタ様に、何か問題があると考えているの?」

 エルメリアの言葉に、思わずエルノアが口をはさむ。するとエルメリアは、エルノアのほうを見ながらさも当然と言わんばかりに答えた。

「いや、だって思った以上に普通の人だったし。それに、アタシ達はあの場で、あくまで聖剣がエルレイクスである確証を示されただけで、あの人がそれを十全に扱えるのかまではわからないじゃない? それなのに、他のエルレイクスの担い手と同じように、聖剣を扱える前提で話が進んでて、大丈夫なのかなって思っただけで……」

 その指摘は、誰もの盲点であった。それに対して、エルノアは些かの反論もすることができない。

 晴也が真に、聖剣の力を引き出すことができるのかなど知る由もなかったのだから。


第九話を読んでいただきありがとうございます。


次話もよろしくお願いいたします。



以下、第九話で登場した人物の簡単な紹介になります。



潮田晴也シオタ・ハルヤ

異世界に召喚された高校生。童顔気味で、エルノアからは年下に思われている。


エルノア・ラトレーン

エルダフィート王国の王女。王位継承権第一位。戦争反対派。


ジルバ・クーレンファーディン・マグラーン

エルノアの近衛騎士。今回は台詞なし。


エルガンダ・エルダフィート

エルダフィート王国国王。エルノア・エルメリアの父親。顔が厳めしい。


エルメリア・ラトレーン

エルノアの妹。晴也の能力に関して疑念を持っている。


グロムウェル

神殿の司教。司教は神殿において一番位が高い。抑揚のない喋り方をするが、興奮すると崩れる。


カーマル・アボン

宰相の地位にいる人物。エルガンダの右腕として長く仕えている。


シャーン・クレイヴェス・メリネア

晴也を勇者と認めないと言った女騎士。口調がフランク。しかし、敵意を持っている。


アルトーラ・メンティア

王国西側に領地を持つ貴族。侯爵位はエルダフィートの貴族で最上位の爵位となる。


ノディス・シューエバッフ

王国北側に領地を持つ貴族。穏健派と言われるほど平和主義。民からの信頼も厚い。


オーセム・スーリロム

王国南側に領地を持つ貴族。過激派であるが理性的。その思想とは裏腹に今回は戦争反対に同意した。


ザーリィ・エルドーン

財務大臣。お金に執着していると書いたが、金勘定に誠実と言ったほうが適当かも。


メイシェン・アムウェンズ

法務大臣。大臣のなかで唯一の女性。


ジェリオス・マグラディ

軍務大臣。元騎士で現場の考えを重視する。凄腕の騎士だった。


ヴァーテイン・クレイメンティ・イディオン

騎士団全体を率いる騎士総長の男。部下思いと評判。



名前のない登場人物


コック

晴也の料理を作った男。小太りだが料理の腕は確か。褒められて伸びるタイプ。


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