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アクロス・ノア 涙が海にとけるまで  作者: フジアキ
第一章 水平線を望む
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第八話

今回は少し短めとなります。


よろしくお願いします。

 晴也達が王城に着いたのは、太陽が中天に上る少し前だった。

 そこまで来ると、晴也の空腹は限界を超えようとしていた。無理もない。この世界に来てからまだまともな食事という物にありつけていない。口にしたものと言えば、残飯とも言えないような生ゴミのようなモノと、昨晩神殿で貰えた硬いパン一つくらいのものだ。

「すみません、シオタ様。もう少しだけ堪えてください。謁見が済めば、食事の時間を設けますから」

 先ほどから何度もなる晴也の腹の虫に、エルノアは申し訳なさそうにそう告げた。

 それを聞くと、少しだけ救われた気分になる。そんな様子の晴也を見て、ジルバは思わず嘆息する。そして、懐から包みを取り出すと、それを晴也に渡した。

「こ、これは?」

「非常食だ。王の前で腹を鳴らすなど無礼だ。満腹とはいかないが、それで補給しておけ」

「……ありがとう」

 そう礼を言って、晴也は受け取った包みを開く。中に入っていたのは、干し肉と乾燥させた果物。それから黒いパンだった。

 立ったままで行儀が悪いとは思いながら、空腹に耐えられず晴也はそれらに口をつけた。干し肉は硬い上にただただしょっぱく、思わず表情を顰めてしまう。乾燥させた果物は、イチゴのような甘さがあったが、それ以上に酸っぱく、意図せず体が震えてしまう。最後にパン。それに歯を立てても、噛み千切ることも難しいぐらいに硬く、食べるのを躊躇ってしまう。

 それでも、貰った食事を無駄にはできず、それら全てを口の中に入れ、顎を全力で活かしながら噛み砕き、胃の中へと流し込んだ。

 まとも、とも言い難いが、それでもわかりやすい味のある物を食べられて、晴也は少しだけ満足した。きっと、よく噛んで食べて満腹中枢が刺激されたのだろう。食料は僅かだったが、それでも晴也の腹は満足感に膨れていた。

 腹が膨れたところで、晴也達は謁見の間へと案内された。鏡張りを思わせるほど艶やかな大理石の床。踏むことも躊躇わせるほど鮮やかな青い絨毯。壁には金細工が全体に施され、窓ガラスは色鮮やかなステンドグラスとなっており、差し込む陽の光が彩り豊かにに室内を照らしていた。そして、天井は高く、更にそこには神話を思わせる絵画が精緻に描かれている。

 エルノアの部屋も豪奢であった。しかし、この場はそれ以上だ。単なる庶民でしかない晴也には、入ることも躊躇ってしまうほどに。

「シオタ様?」

 そんな晴也の緊張を察して、エルノアが優しく声をかける。

 こんなところで足を止めている暇はない。自らをそう奮わせ「大丈夫」とエルノアに言って、晴也は謁見の間の中を歩いて行く。

 謁見の間には、晴也達以外にも人がいた。堅牢な甲冑をまとった騎士が数名。真っ黒なローブを頭にかぶり杖を持った人達が数名。スーツ姿の人達が数名。そんな並びに、共に馬車に乗り、先んじて謁見の間へと向かっていたグロムウェルが、王都にいる教徒を引き連れて立っていた。

 そして、この場の上座にある玉座には、一人の男性が腰かけていた。白髪交じりの金髪と伸びた髭。まとった衣服には様々な装飾品が施され、とても豪奢である反面、非常に重そうな印象を受ける。きっと、ただ座っているだけでも非常に体力を使うだろう。しかし、そこにいる男性は、そんな様子を一切見せず、毅然とした態度と鋭い視線で晴也のことを眺めていた。

 エルダフィート王国が国王、エルガンダ・エルダフィート。その人に、晴也は初めて顔を合わせた。

「――各位、敬礼」

 玉座の脇に立つ腹心と思しき初老の男性――カーマルが、全体に響く声でそう告げる。すると、その場にいる全員が片膝をつき、頭を下げてかしずく。それに習い、晴也も同じように膝をついて頭を下げる。

(おもて)を上げよ」

 低く響くような王の声に、誰もが顔を上げる。厳めしい王の表情に、晴也は体が強張るのを感じた。

「お父さま、こちらにおられるのが、聖剣に選ばれし者、シオタ・ハルヤ様でございます」

 立ち上がったエルノアが、晴也のことを手で示しながらそう紹介する。すると、王の視線が晴也へと向けられる。いや、王だけではない。その場にいる全員の視線が、晴也へと向けられていた。

この場の誰もが、晴也を戦う者として見ている。そのことに晴也は恐怖した。一方で、誰かから何かを求められる視線というのを、晴也は日本で滅多に感じなかった。故に、それを沢山浴びている現状に、興奮と愉悦を覚えていた。

 そんな自分に嫌気がさす。昨晩、エルノアに対してあのような物言いをしておきながら、結局のところ、自分は誰かに求められることを望んでいる。それが、戦争のための駒であったとしても。

「シオタとやら、面を上げよ」

 王の号令により、晴也は頭を上げた。王の鋭い視線は、晴也のことを品定めするかのようなものだった。丸一日着てよれたワイシャツと、裾に泥が跳ねてこびり付いたスラックス。貴人の前に出るような格好ではない。

 王が晴也のどこを見て、何を判断するのか。それがわからずに、晴也はその無言の合間、体が震え、冷や汗が背筋を濡らしていた。

「……聖剣に選ばれたらしいが、その証拠をここに示せ」

 視線が布に包まれた聖剣に向くと、すぐにそう口にした。晴也はしどろもどろに反応しながら、足元に置いた聖剣の布を外し、輝く刀身を衆目に浴びせた。

「ほぉ」

 その場にいる誰もが感嘆し、見惚れるように嘆息した。その中で、王エルガンダのみが関心を露にした。

「見てくれは凡庸な男だが、しかして資質はある。エルシェンディカも奇妙なことをする」

 最初、その声が平坦すぎてどういう意味なのか捉えきれなかった。しかし、しっかりと言葉の意味を呑み込むと、晴也のことを侮っていると理解できて、思わず眉間に皺が寄ってしまう。

「お父さまっ、そのような言い草はシオタ様に失礼です」

 慌ててエルノアがそう咎めると、エルガンダは「そうだな」と同意し、晴也に対して一言「すまなかった」と詫びた。それを聞くと、眉間に寄った苛立ちが乾くように消えた。

 ドライな人だ。晴也はエルガンダをそう評した。人は執着心を得ると粘着質になる。しかし、エルガンダからはそれを感じなかった。それほどまでに、彼は乾いているのだろう。執着というものをしない故に、王という貴い身分でありながら、自らの非を詫びることができるのだろう。

 彼はきっと、良い為政者なのだろう。それでも、晴也は少しだけエルガンダに苦手意識を覚えた。相手取っているのが、人間ではない別のナニカに思えて、気味が悪かった。

「エルノアから聞いたが、貴様は聖剣と共にこの世に現れたらしいな。それは、神の采配とも言えるだろう。事実、余が聖剣回収を命じたガートルンも、グロムウェル司教も、貴様をそう認識している。しかし、余はエルダフィート王国の国王として――民を背負う者として問わなくてはならぬ」

 エルガンダの声は変わらず平坦だった。しかし、その鋭い視線や厳めしい表情、何より全身から放たれるプレッシャーが物語る。敵意だ。晴也に対して敵意を向けている。正体不明の存在に対しての、明確な警戒だ。

「貴様は何者だ。何故聖剣を引き抜いた」

 その問いに、晴也は答えあぐねた。何せ、晴也はこの場で誰もが求める英雄的な理由を持ち合わせていなかった。晴也が聖剣を求めたのは、聖剣を天秤に自らの価値を量るため。果たしてそんな答えで、エルガンダは納得するだろうか。

 ごくりと生唾を飲む。数秒も間は開いていないが、晴也にはもう随分と長く間が開いたように感じていた。

 何かを言わなくては。そんな焦りが晴也の思考を加速させる。

「――俺は、敵じゃありません」

 最初にこれだけは伝えなくてはいけない。晴也は王の顔を見ながらそう訴えた。

 晴也の言葉に、エルガンダは息を漏らす。呆れたようなその溜息に、晴也は背筋に冷たいモノが伝うのを感じる。

「敵ではないと、誰もが認める証拠があるというのか?」

「そんなものはありません」

 エルガンダの問いに、晴也は即座にそう返した。

 自分が敵ではないと証明することなどできない。爪でも詰めればもしかしたら認められるかもしれないが、それができるほど晴也は勇敢ではない。そんな晴也にできることはただ一つ、その手に持った聖剣だけだった。

 立ち上がると晴也は、手に持った聖剣を天井に掲げる。すると、まるで晴也の意識に応じるように、刀身の輝きがより強まる。

「俺にあるのはこの聖剣だけです。この聖剣だけが俺の価値です。俺があなたに示せるのは、これくらいです」

 この世界に来てから、晴也はずっと何かを賭けているように思える。博打なんて将来性のない破滅的な行為は嫌いなのに、それをしなくては先に進めないというのは、本当に難儀な世界だと思う。

 晴也の答えに、エルガンダは黙っていた。晴也へ向けられる鋭い目からは、彼が何を考えているのかまでを覗き見ることはできない。そして、その瞳は閉じられ、僅かに口元を緩めた。

「どこまでも凡庸な男だ。決して英雄の器ではない。……あるいは、これはそういう試練か」

 小さく呟かれたその言葉を理解できたのは、近くにいたエルガンダの近衛騎士とカーマルだけだった。

「……いいだろう。余は貴様を、聖剣を担うに相応しい者と認めよう」

 そう告げたエルガンダの瞳は、しかして未だ晴也への信頼の色を見せなかった。鋭いままの視線に、エルノアやジルバは不審げに眉を顰める。

「しかし、もし貴様が聖剣を担うに不相応な行いをすれば、どのような手段であろうと、余とエルダフィート王国は、貴様から聖剣を奪還するだろう。そのことを胸に秘めよ」

 それは戒めという名の棘だった。晴也という凡庸な男を英雄に祀り上げるための飾り。隷属の証として奴隷の首につけられる首輪。

 聖剣を担うに不相応。晴也にはその意味はわからなかったが、エルノアを含むその場にいる面々は、一瞬でエルガンダの意図を理解した。すなわち、晴也が普通の少年であると理解しながら、晴也に英雄の――聖剣に選ばれるべき勇者の姿をしろと言っているのだ。

 それはつまり、もし戦争が起これば、晴也は勇者として戦争に出なくてはいけなくなるということだ。

 謁見の間に入ったときから、エルノアは妙に思っていた。今回は聖剣を引き抜いた晴也の面通しが目的で、お披露目を目当てにした謁見ではないはずだった。しかし、この場には騎士や貴族のみならず、神殿の人間すらいる。これでは市井に公表していないだけで、れっきとした披露会。こんな場でそんなことを言えば、それがこの場にいる全員の共通認識になる。つまり、晴也を勇者として仕立てるように、各所が動く。

 ――これは、エルガンダの策だ。

 してやられた。それに気づいたエルノアが口汚く舌打ちをしそうになるのを必死に堪える。

 もっと準備をしておくべきだった。晴也を戦争に参加させることなどないと、強く意見しておくべきだった。いや、何より聖剣が実在した以上、エルダフィートの正当性は証明され、戦争になるということもないのだ。そのことをもっと追及するべきだった。

 しかし、とエルノアは周囲の人々に目を向ける。既にその場にいる者は、全員晴也を勇者として見ているだろう。そして、勇者とは勇む者。勇ましさとは争いの中でこそ映える。故に、戦争の際に彼が戦地に赴くことは、もはや決定事項だ。

 どうにかしなければ。奥歯を折れそうになるほど噛みしめながら、エルノアは先のことを考える。

 戦争の回避。エルノアが目指す、誰しもが理想とするそれは、しかし、誰しもの心から最も遠いものであることを、エルノアはここで再認識した。


第八話を読んでいただきありがとうございました。


次話もよろしくお願いします。

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