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アクロス・ノア 涙が海にとけるまで  作者: フジアキ
第四章 水平線に望む
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第四十九話


 エルンティカから弾きあがった大量の水。赤雷が帯電するそれを見て、晴也はアースターが神殿に対して攻撃をしたと考えていた。

 慣れない手つきで手綱を操り、馬をより早く走らせてエルンティカに向かい、そしてそこで見た光景に、思わず絶句する。

 確かにアースターは攻撃していた。しかし、それは神殿に向けてではなく、エルンティカの底に向けて、幾度となく聖剣の神威を放っていた。

「――傑作だな」

 晴也の中でそんな声が響く。湖面は既に底が見えるほどに浅く、湖底は塩の結晶で覆われている。

 声は言った。聖剣は楔だと。故に底を覆う塩の結晶は、聖剣が何かを封じたときにできたものだろう。そして、その層が余程分厚いのか、アースターがどれほど力を放とうと、塩の結晶は無くなることなく、無限とその顔を地表に覗かせる。

 それだけではない。幾度とない赤雷で湖の水は蒸発ないし弾け飛んで周囲に零れているというのに、絶えず塩の結晶から水が溢れ出ていた。

 必死に抵抗しているという意味なのか、あるいはアースターの攻撃を喜んでいるのか。晴也には底の更に奥にいる者の意図を推し量ることはできない。しかし、そのままアースターに攻撃させ続けるのは不味い。そう感じ取り、晴也は聖剣を構える。

塩の抱擁(ラシャ・ハーペイ)』による鮮烈なる太陽の輝きを振るう。その光に照らされたモノは須らく塩となる、確殺の閃光。

 聖剣の神威を感じ取り、アースターがその場を飛びのく。ラシャ・ハーペイの光は湖底までを照射し、その間の間に塩の結晶が生まれる。

「――エルダフィートの勇者!」

 晴也を睨むアースターの怒りの形相に、今までにない気迫を感じていた。しかし、それに呑まれることなく、晴也はアースターに問うた。

「あんた、なんでエルンティカに攻撃なんてするんだ」

「ふざけているのか! こんな場所は聖地でも何でもない!」

 アースターの怒りに呼応するかのように、彼の周囲に赤雷が激しく瞬く。空には遠雷を轟かせる暗雲が立ち込めていた。

 本気、という言葉をどのように捉えるかは人によるだろう。晴也にとってアースターの本気は、先ほどまでのことを言った。しかし、今のアースターはそうではない。今のアースターの鬼気とした気迫は、義務感と言ってもいいだろう。

 それをしなくてはいけない。それをせねば何かが欠けてしまう。そんな決意と恐怖。それが入り混じったが故の怒り。

 あるいは今の晴也の根底も、それと同質のものかもしれない。償わなくてはいけないという決意。償わなくては二度と前を進むことはできないという恐怖。それが晴也を駆り立てる。例えアースターが何を語ろうと、晴也が止まることはない。

「聖剣に選ばれし勇者よ、何故この場を守ろうとする!? 神に見初められた者であるのなら、この場の底にいるモノが、どれほどおぞましいものか理解できるだろう!」

「わかんないよ、そんなの。全然わかんない」

 あるいは真に神に見初められた者ならば、それを認識することができるのかもしれない。しかし、晴也はそうではない。晴也の選択を神は認めたが、しかし晴也そのものは、どちらかと言えばアチラのものだ。それ故に、晴也はその構造上、底に封じられた彼女をおぞましいと感じられない。

 今の晴也がエルンティカの底にいるモノ――彼女に対して感じるものは、憐憫だ。どうしようもない憐れみ。アースターという男に責められることの苦しみと、長く封じられ涙を流す悲しみ。可哀想なほど憐れだ。しかし、それでもと、晴也は決めていた。

「もしかしたら、この世界のためにはあんたがやってることのほうが正しいのかもしれない。エルダフィート王国という国が滅んで、エルンティカって言う聖地が無くなって、この底にいる奴もいなくなったほうが正しいのかもしれない。だけどな!」

 もしこの世界が正しさだけで成り立つ世界ならば、きっと争いなんて生まれない。罪なんてものが世界になくて、誰もが間違えない緩やかな世界だろう。しかし、そうではない。晴也が間違えたように、グライダムやオーセムが裏切ったように、この世界には間違いが溢れている。それは糾されるべきだ。故に、この国が行ってきた間違いを糾さんとしていることを否定することは晴也には出来ない。

 しかし、国や民を守ろうとすることが――そう考えていたエルノアが、それらを滅ぼさんとするアースターらの考えより正しいなんてこと、ある訳がないのだ。

 エルノアの考えは間違いではない。誰かを守ろうとするあの勇姿が、間違えた姿のはずがない。故に、晴也は胸を張って答えることができる。

「それをするべきはあんたらじゃない! この場所に住む彼らがするべきことだ! だから俺は剣を執る! この国の人達が、その権利を守れるように!」

 それが、亡きエルノアが望むことだろう。晴也が彼女にできる、唯一の償いだろう。故に、晴也は聖剣を担う。そう言った滅私にこそ、聖剣は応える。

「……綺麗ごとを。エルシェ教という邪教がこの地を聖地と崇めていた。そんな人間が、その教えを破り、この地とその底にあるモノを捨てるとは考え難い」

 底にいるモノは消し去るべきだ。それが遅いか早いかなら早いほうがいい。ならば、そこに誰がやるべきかなどと問題に挙げることは愚の骨頂だ。

 やれる者が、力を持つ者の責務として成し遂げる。それこそ最善だった。

「あんた、意外と頭が固いんだな」

 しかし、晴也の口からはそんな思いもしなかった言葉が発せられた。

「そりゃ、今までの常識を覆すってのは難しいさ。俺も、自分の身を守るために人を殺すっていうのは抵抗があった。でも……」

 いざその瞬間が来たとき、晴也に躊躇いはなかった。いや、躊躇いを感じる暇すらなかった。何せ、そこで自分がやらなくては、エルノアの身すら危なかったのだから。

 人は自分のためには楽な道を進もうとする。けれど、他人のためなら、例えどれほど辛く苦しい選択であろうと、選ぶことができる。

 晴也はそれを、この世界で学んだ。間違えた果てに教えられた。

「この国の人達は、きっと正しい選択ができる。俺はそう信じてるよ」

 エルノアが守ろうとしたこの国の民。エルガンダが信頼した人達。そうして託された国のためならば、彼らはどれだけ険しい選択であろうと、正しく選ぶことができるだろう。

 晴也の言葉に、アースターはエルノアの言葉を思い出していた。

 人を許す強さ。罰する強さ。その言葉の意味を、あるいはアースターはその瞬間に理解したのかもしれない。

 エルノアは自らを罰するために命を捧げた。そうして発されたあの光は、未だにアースターの心に余熱として残っている。そして、人を許すこと。もしかしたらそれは、人を信じることでしか得られないものなのかもしれない。だとすれば、確かに強い。そう認めざるを得ない。何せアースターには許すことができない。エルダフィートの民が、今までの過ちを糾せるのか、正しい選択ができるのか、信じることができないために。

 晴也にはあるのだ。エルダフィート王国の民を許し、信じる強さが。ならばと、アースターは気になった。果たして彼には、エルノアと同じ光を発するのかと。彼が本当に、その強さを宿しているのかと。

「まだ、あなたの名を聞いていませんでしたね」

 聖人・アースターがそう誰何する。

 自分が何者なのか。異世界人というにはあまりにもこの世界で託されたものが多く、勇者というにはあまりにも大きな間違いをしてしまった。故に、晴也が名乗れるものはそれだけだった。

「――シオタ・ハルヤ。エルダフィート王国の民だ」

 晴也の名をアースターは反芻する。そして、しかと自らの内に刻み込むと、聖槍の穂先を晴也へと向ける。

「ならばシオタ。ワタシに証明しなさい。あなたが信じるエルダフィート王国の民は、確かに正しい選択ができると。あなたの人を許す強さを、ワタシに見せなさい」

「言われるまでもない」

 そう言葉を交わすと、以後二人は喋ることはなかった。

 互いに担う神器を構え、そして、赤雷と白光がぶつかり合った


    *


 放たれる赤雷が、矢のように晴也へと飛ぶ。

 それらを全て聖剣の力で塩にしながら、晴也はアースターへと接近する。

 幾度とアースターと攻防を交えた晴也には気づいたことがあった。それは、彼の弱点だ。アースターの担う聖剣の能力は確かに凶悪だ。一定の間合いではあるが、広範囲に自在に赤雷を起こすその能力は、聖剣のエルディンを寄せ付ける光が無ければ、即座に体を焦がされていただろう。しかし、赤雷の防衛網を超え、近接戦の間合いに入ると、途端にアースターは後方へ飛び去る。武器の間合いでは、聖剣よりも聖槍のほうが優位であるというのに、その優位を捨てるのだ。何より確信したのは、聖槍の振るい方だ。踏み込みも甘く、腰も入らず、脇もがら空きで放たれたその刺突は、あまりにも弱々しかった。

 アースターの弱点。それは接近戦の技術の低さだ。素人に毛が生えた程度の技量しかない晴也ですら、アースターのそれは低いと感じ取れた。

 聖剣と聖槍の相性的には、その神威を全力で放つことでもあるいはアースターを倒せるかもしれない。しかし、聖剣の能力を全開で使えば、エルンティカのみならず、周囲にある神殿すら塩となる。その力を制御し切ればいいのだが、未だ使い慣れていない力を制御し切る自信が、晴也にはなかった。

 故に接近戦。それだけが、アースターに勝てる方法だった。

 自分の弱点が接近戦であることは、アースターとて把握している。一方で、アースターも晴也に勝つには接近戦しかないと踏んでいた。

 聖槍の能力は広範囲に強力な赤雷を放つというものだ。その能力は聖剣と相性が悪く、神威の撃ち合いで競り負けることは明らかだった。消去法としてとれる戦いは、赤雷で牽制しつつ近接戦闘のみ。しかし、聖槍の神威に頼り切っていたアースターには、接近戦で晴也を圧倒できる技術がなかった。

 それでも接近戦に勝機を見出しているのは、聖剣の弱点――すなわち、晴也に赤雷を直撃させれば、塩になる前に傷を負わせることができる、というものだ。

 事実、何度か晴也の体に赤雷は直撃している。次の瞬間には聖剣の能力が赤雷を吸い寄せ、塩に変えられているが、晴也の体には複数の火傷の跡が見られる。

 より早く、より強い赤雷を放つ。それだけが、アースターが晴也に勝つ方法だった。

 互いに接近戦に勝機を見出してからは、二人の距離が近づく回数が段々と増えていた。

 赤雷の防衛網を聖剣の力で超え、力強くアースターへと斬りかかる。アースターはその斬撃を聖槍の柄で防ぎながら、晴也の体に直接赤雷を起こす。

 脇腹に強烈な痺れと熱を感じ、そして次の瞬間には聖剣がそれを塩に変える。痛みでどうにかなりそうな意識を保たせながら、聖剣を防ぐように構えた聖槍を弾き上げ、アースターの体へ斬りかかる。

 体に赤雷をまとい、辛うじてそれを回避するアースターだが、体には幾筋の切創ができている。

 お互いに、徐々に削り合っていた。激しい接近戦の応酬に、互いの消耗は激しい。何より、慣れない水場の戦闘というのが最大の難点だった。

 アースターが聖槍を放ち、ほとんどの水はエルンティカから無くなっていたが、塩の結晶から染み出してきた水がいつの間にか、二人の脛あたりの高さにまで溜まっていた。

 動かし難い足は、二人の体力を絞り取るようだった。しかし、それでも二人はお互いに駆けだし、晴也は聖剣を振るい、アースターは赤雷を起こす。

 足場の変化は、アースターには辛いものだった。赤雷が水に伝えば、聖剣の効果範囲外にまで赤雷が届き、聖剣では消しきれないものになるだろう。一方で、今はアースターの足も水に浸かっている。本来であればアースターの体から起きる赤雷の熱や衝撃を、アースター自身が受けることはない。しかし、水から伝わったとなれば事情が変わる。水に伝わった赤雷はアースターの制御を離れてしまう。そうした赤雷は、アースター自身をも傷つけてしまうのだ。

 そのため、アースターは細心の注意を払いながら赤雷を利用していた。『叫びの躰(グレン・ターク)』の行使も、水から跳躍し、全身が水から離れた場所で使うようにしていた。

 自滅覚悟で赤雷を水に放つのもありだろう。しかし、聖剣の能力によってその威力は半減されてしまう。そうなれば、より傷を負うのはアースターのほうだ。

 そうした懸念が、アースターの精神すら消耗させていた。

 攻防の上では互角だが、精神状態という点において、晴也は優位を取っていた。

 そんな状況を知ってか知らずか、晴也は地面に聖剣を突き立てる。

 刹那、まるで凍てつくように水が塩の結晶になっていく。塩の浸食を飛び越え回避したアースターは、塩の地平に着地し、しっかりとした感触を足の裏で確かめた。

 誠実な男だとアースターは感心していた。地形によってどちらかが有利不利にならないように戦いの場を設けた。それは敵に塩を送るような甘い行為であるが、アースターはそんな誠実さを評価した。

 晴也とて、自分の行いが首を絞めている自覚はある。しかし、そうしなければアースターは認めないだろうと感じていた。この戦いは相手を挫く戦いではなく、認めさせる戦いなのだから。

 塩の地平を晴也が駆ける。水への帯電の心配をなくしたアースターは先ほどまでよりも厳重な赤雷の防衛網を築き、晴也を牽制する。

 全方位から赤雷が襲う。晴也は体を捻り、回転しながら聖剣を振るい、それらを全て塩に変える。

 そうした隙を突くように、初めてアースターが積極的に晴也へと接近する。弱々しい槍の刺突を晴也は紙一重でかわす。しかし、晴也の首筋は赤く焼け爛れる。

 焦熱の痛みに短く呻きながら、晴也は慌てて聖槍を弾き、首筋の赤雷を聖剣の力で塩に変える。

 油断した訳ではない。アースターの全身から起こる赤雷は、聖槍の恩恵。聖槍の出力のほうが高いのは理解していた。故に、聖槍による攻撃は回避ではなく防御を選ばなくてはいけない。

 しかし、それができなかった。大雑把な晴也の動きの隙の突くように行動するアースターに、晴也の口内に苦いものが広がるのを感じる。

 接近戦の技量は、アースターよりも晴也のほうが上だ。しかし、戦いに身を投じた経験はアースターのほうが多く、そこで培った、隙を見つけるというものは晴也にはないものだ。そして、それを活用できるほどの動きを、聖槍は可能にする。

 ようやくアースターは、自分なりの近接戦闘の技術を見つけ始めていた。稲妻の如き速さを与えるグレン・タークを一瞬だけ用い距離を詰め、その刹那を利用して間合いの広い槍を放つ。一流の兵士であれば、早いだけの攻撃など単純すぎて容易にいなせるだろう。しかし、晴也には有効な戦法だった。

 送られた塩に喜ぶようでアースターは不服に思えたが、しかし晴也の誠実さに返すには、真剣勝負以外にない。

 晴也の優勢は一転し、アースターの優位で戦闘が続く。

 閃光の如き速さで晴也の懐に入り込み、防げない勢いの槍を回避させ、そこから高出力の赤雷を晴也に直接叩き込む。晴也は加速度的に消耗し、数十と激しい攻防の末、何時しか地に膝をついていた。

 荒れる呼吸と揺れる視界。それでも晴也は聖剣を離さず、立ち上がり戦意を見せる。

 確立したアースターの戦法を突き崩すほどの力は、今の晴也にはない。聖剣を全力で振るえば勝機はあるが、そんなものは埒外の選択だ。つまり、正道の戦い方で、晴也は勝てない。

 となれば、今の晴也にできるのは、勇者らしからぬ方法――不意打ち以外にない。

 明らかに水に忌避感を抱いていたアースターや聖槍には効果覿面の方法がある。晴也は自分の懐にある硬い感触に触れながら、それを実行する時機を測る。

 再びアースターが攻勢に出る。晴也の全方位を取り囲むような赤雷。それを晴也はなるべく隙が出ないよう、素早く対処する。しかし、対処し終えると、いつの間にか晴也のすぐ近くにまでアースターが迫っている。勢いよく放つ聖槍をどうにか回避し、赤雷が放たれるよりも前に弾き返そうとするが、それが叶うことはなく、右目に赤雷が直撃する。

 今までにない熱と白む頭。悲鳴を上げる暇もない未知なる痛みに、それでも晴也は狼狽えることはせず、聖剣を振るい、赤雷を塩に変え、聖槍を弾き返す。

 右目が見えない。もはや、自分の目が開いているのか閉じているのかすらもわからない。アースターは完全に晴也を倒す方法を物にし始めている。

 見つけ出さなくてはいけない。より確実で、効果的に不意を突ける場面を。

 興奮により分泌される脳内麻薬が、潰れた右目の痛みを誤魔化し、さらには思考すらも早める。

 アースターはもはや、目の前にいる勇者を以前の情けない男と同一人物とは思わない。右目が潰れながらも、悲鳴を上げず、立ち上がり、聖剣を握るその男は、誰がなんと言おうと聖剣に認められたひとかどの勇者だった。

 あるいは、出会いが異なれば、晴也はアースターと競い合う良き好敵手となっていたかもしれない。その場合は、アースターは聖人とならず、晴也も勇者にはならなかっただろう。

 無駄な可能性の話だ。しかし、そんな幻想を抱いてしまうほどに、アースターは晴也という男に惹かれていた。エルノアの余熱が、再び熱くなるのを感じていた。

 傷だらけになってまで守らんとするその決意。それを評し、アースターは全霊の力で向かい打つことを決めた。

「――神よ、その意を叫べ」

 全身から赤雷が放たれ、それらを聖槍がまとう。稲妻の槍と化した聖槍を構えたアースターは、そのまま全身にも赤雷をまとわせる。

怒る稲妻(アドーラ・グルム)』とグレン・タークの同時行使。それはアースターに想像以上に負担だった。神の権能の一片を振るうことは、聖槍を担う者の特権だ。しかし、それを複数同時に扱うのは、人として逸した行為だった。それでも、アースターはそれを結実させる。そして、強く踏み込み、牽制を挟むことなく、晴也へと突き進む。

 必殺の一撃。それを悟った晴也は、向かい打つために神威を放つ。

 聖剣から放たれる白光。ありとあらゆるものを塩に変える確殺の光――ラシャ・ハーペイ。それを向ければ、アースターはその軌道を逸らすと考えていた。しかし、晴也の予想とは裏腹に、アースターはその白光の中を駆け抜ける。

 槍や全身に纏った赤雷が、空気ごと塩の結晶となる。しかし、その芯まで塩とすることは叶わず、アースターゆっくりと塩の結晶の中を、穿ち進んでいた。

 今しがた作り上げた塩の柱を打ち砕き、アースターは晴也との距離を詰めた。ラシャ・ハーペイによって、アドーラ・グルムもグレン・タークも剥がれ落ちている。しかし、彼我の距離は既にアースターの間合い。アースターは腕を引き絞り、聖槍の穂先を晴也に向けて放つ。

 そこしかない。晴也はそれを確信した。放たれる聖槍を回避しながら、晴也は懐からあるものを取り出していた。それは、騎士の標準装備の一つ――ジルバから借り受けていた水筒だった。

 どれだけの苦痛を受けても離すことのなかった聖剣を、その瞬間離し、水筒の蓋を開く。

 水を掛ける。アースターはその意図を察していた。しかし、既に聖槍は放たれ、晴也のすぐ横を掠める。後は刹那の内に赤雷を放つだけ。聖剣を手放した今の晴也にはなす術もない。 晴也の不意打ちは間に合わなかった。

 アースターは赤雷を放たんとした瞬間、晴也が自らの真横を掠める聖槍の穂先を掴んだ。赤雷の力が集う穂先に触れた瞬間、晴也の手は焼け焦げる。辛うじてそれを塩に変えて被害を防ぐ晴也だが、それでも聖槍の高出力の聖槍の力に処理は追いつかず、ゆっくりと掌の肉は焦げていった。

 もはや防ぐ手立てはない。アースターは晴也に向けて赤雷を放つ。右肩から全身に走る赤雷の高熱と衝撃に、晴也は白目を向き、気を失う。

 勝利を確信したアースターは、聖槍を戻そうと腕を引くが、気を失ったはずの晴也は未だ力強く穂先を握り締めていた。

 全身の毛が逆立つ。アースターの本能が叫ぶ。目の前の男は、まだ倒れていないと。

 再び赤雷を晴也に向けて放つ。全身にそれを浴びる晴也は痙攣をおこし始める。しかし、痙攣したまま、晴也は左手を大きく振るい、その手に持った水筒の中身をアースターへとかける。

「――っ」

 それを見て、アースターは思わず聖槍を手から離す。赤雷が帯電した飛沫が数滴アースターの肌を焦がす。刺すような痛みに表情を顰めるアースターは睨みつけるように晴也を見ようとした。しかし、既に目の前に晴也の姿はなかった。

 ――左右に晴也はいない。上にもいない。ならば下。

 足元に視線を下ろすと、そこにはしゃがみ込んだ晴也が、勢いよく拳を振り上げていた。硬く握られた拳は、アースターの顎へとまっすぐ突き刺さり、そのままアースターを宙へといざなう。

 頭蓋から脳へと伝わる強烈な振動。それによって脳は揺れ、全身の力が抜けていく。

 僅かな浮遊感の後、アースターは地面に伏す。興奮する意識は途絶えることはなく、しかし体を動かそうにも、上手く言うことを聞いてくれない。

 そんな様子のアースターを、晴也は見下ろす。全身は震え、右手など見るに堪えないほど焼け爛れ、ボロボロの姿をさらす。

 晴也はアースター以上に傷を負っていた。それでも、その場で立ち続けたのは晴也だ。

 勝利したのは、勇者ハルヤだった。


第話を読んでいただきありがとうございます。


次四十九話もよろしくお願いします。


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