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アクロス・ノア 涙が海にとけるまで  作者: フジアキ
第四章 水平線に望む
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第四十八話

 弾ける赤雷が、白の剣戟によって散る。

 延々と続けられるその攻防に、アースターはいい加減辟易としていた。どれだけ打ち込んでも霞を穿つような手応えの無さ。涼しい顔をする晴也は次第に距離を詰め、アースターは常に後ろに下がり続けていた。

 聖剣と聖槍。その相性は最悪と言ってもいいだろう。聖槍の能力によって発する赤雷は、エルディンを塩に変える聖剣の能力に対してなす術もない。これが聖鎚であれば、大地の力を利用して、聖剣が力をかき消しきれないほどの規模の攻撃を行える。しかし、聖槍はどのように力を振るおうと、聖剣の間合いを超える規模の攻撃を単独では行えない。

 一方の晴也も、攻めあぐねていることに焦りを覚えていた。

 エルレイクスの相性で有利なのは、散々攻撃をいなしていれば気づけることだった。しかし、中遠距離から攻撃を放てるアースターに対して、晴也はその距離に攻撃を届かせる術がほとんどない。聖なる浄化(エルアトルーマ)はならば確かにアースターに攻撃が届くが、大ぶりで聖剣を振るわなくてはならず、その隙を縫って赤雷を放たれれば致命的だ。

 それでも、勝機は確かに見えていた。アースターとの接近戦なら、晴也は押し勝つ自信があった。

「行くか」

 戦いが長引けば、体力のない晴也が先に崩れるのは目に見えている。戦える内に勝負を決めなくてはならない。そう判断し、晴也はアースターへと駆けだす。

「突貫か!? だが――ッ」

 走る晴也に対して、アースターは聖剣の穂先で地面を突く。すると、そこを起点に数条の赤雷が地面を迸り、晴也へと襲い掛かる。

「ラシャティーカ!」

 聖剣の名を呼びながら、晴也は地面を擦るように聖剣を振るう。すると、その場から塩の結晶があふれ出て、壁を成して晴也へと向かっていた赤雷を打ち消した。

 名前を知る前から、聖剣で斬った場所を起点に塩の柱や結晶を起こすことはできていた。しかし、聖剣の名を告げてそれを行うと、より堅牢で強固な結晶が生まれる。『塩を授ける者(ラシャティーカ)』。その名の通り、聖剣は塩に変えるだけではなく、それをより多く、強くすることんもできる。

 地面からせり上がる塩の結晶の上を駆け上り、晴也はアースターとの距離を詰める。そんな晴也に向けて槍の穂先を向け、そこから高出力の赤雷を放つ。

 裂帛とした叫び声を上げながら、晴也はその赤雷に向けて聖剣を振るう。触れた瞬間から赤雷は塩へと変わり、変わった途端に再び赤雷が放たれる。しかし、険しい滝の如き赤雷の勢いを前にも、晴也は立ち止まることはなかった。聖剣の切っ先を正面に向けながら、ゆっくりと前へと進む。

 この攻撃すら効果的ではない。その事実に、アースターは打ちのめされようとしていた。徐々に迫る晴也の足を止めるために、今の攻撃を一度中断し、大地に対して赤雷を放つ。地面が砕け、地形が歪むほどの衝撃に、止まることのなかった晴也も一度足を止めてしまう。

 晴也の動きが止まる。その隙に、アースターは撤退することにした。

 聖剣に対して聖槍の相性は最悪だ。勝ち目の薄い戦いに興じるほど、アースターは愚かな選択はしない。聖剣の回収がなせないことは不本意であるが、欲を掻きすぎて命を落とすなど、あってはならない事態だ。

 アースターは全身に赤雷をまとい、稲妻の如き速さで夜の空を跳躍する。それもまた聖槍の神威が一つ、神の意をその身で届けるための力『叫びの躰(グレン・ターク)』だ。

「逃がすかよ!」

 夜の空に一条の赤い光を残すアースターに対して、晴也はそう叫ぶ。

 攻撃が止めば、晴也とて最大限の攻撃を放つことができる。聖剣の名を知り、認められた晴也には、聖剣がどれほどのことができるのか、不思議と把握できていた。

「――涙を枯らせ」

 あるいはそれは、大いなる者の怨嗟の代弁なのかもしれない。そんなことを思いながらそう言葉を発すると、聖剣の輝きがより強まる。夜の中に昼間の輝きを持ち出したかのような鮮烈な明かりは、ゆっくりとエルディンを塩へと変えていく。

 それは聖剣の使い方の一つ――塩を授けられた者を殺すための神威。

「『塩の抱擁(ラシャ・ハーペイ)』」

 その言葉と共に、晴也は聖剣を振り下ろす。その太刀筋の延長線上の全てに、昼の陽光が照らす。そして、照らされた場所にあるモノは須らく塩へと変換される。

 空気中に含まれるエルディンや、まとっていた赤雷すら塩へと変換され、身動きの取れなくなる。空気すら塩の結晶に変える一撃。呼吸をしなくては生きていけない人間を殺すための神威。やはり聖剣というには、その能力はあまりにも殺傷性が高すぎる。

 身動きが取れない状態で、アースターは高い出力で自身の体を包み込む塩の結晶を破壊し、着地する。

 塩の抱擁とはよく言うものだ。あれはもはや、死への手招きだろう。

「……そう簡単に、逃げられはしないか」

 逃走の一手を潰されたことに、背筋に冷たいナニカが撫ぜるのを感じた。

 少なくとも、この場所で聖剣と戦うのは不利だ。聖槍にとって有利な地形が近くにないか、アースターは慣れないエルダフィートの地図を頭の中に広げていた。そして、この国で最も特徴的な土地を思い出した。

「エルンティカ。あそこなら……」

 水場は稲妻を操る聖槍にも不利だが、赤雷の力を聖剣の間合いの外にまで届かせ、且つその威力を増させるにはこれ以上にない地形だ。

 再び赤雷を体にまとい、グレン・タークを使用する。そして今度は、地面を駆け抜ける。

 赤い光の矢の如く向かってくるアースターに対して、晴也は聖剣を握り直し、受ける構えを取る。

 受け太刀はジルバとの稽古で散々使ってきた。例え得物が長柄で、稲妻の如き力と速さを有していようと、防ぎきる自信があった。

 迫る晴也に対し、アースターは穂先を鋭く構える。最高速のまま突っ込むというのは、なんとも優雅さの欠片もない攻撃だが、それでも今は、そんなものを優先していられるような状況ではなかった。

 そして、聖剣と聖槍が交わる。

 アースターの最高速の突きをどうにか受けた晴也は、そのまま槍を弾くように聖剣を振るう。その動きにアースターは穂先を逸らされ、駆ける軌道が僅かにずれる。それを修正するために、地面を強く踏みしめ、そのまま地面を蹴り、エルンティカへと向かう。

 自分を無視して離れているアースターの意図に、晴也は最初わからなかった。同じようにラシャ・ハーペイを使おうとも考えたが、アースターの向かっている先を察し、表情が青ざめる。

「あいつ、神殿に向かってるのか!?」

 ラシャ・ハーペイは人間を確実に殺すための神威だ。エルレイクスを担うアースターはともかく、普通の人が耐えられるようなものではない。

 聖剣に何ができるのか晴也は何となく把握している。故に、もし今アースターがいる方角にそれを放てば、その先にある神殿の人達をも巻き込みかねないことが理解できた。

 つまり、人質だ。

「クソッ、何が聖人だよ!」

 晴也は急いでアースターを追う。しかし、どれだけ急ごうと稲妻の如き速さのアースターに人の足で追いつけるわけがない。その上、どれだけ頑張っても、その場所から神殿まで人の足では一日以上かかる。

 ならば、もはや頼る先は聖剣しか残されていない。

「おい、ラシャティーカ。お前の力で、アースターに追いつくことはできないのか!?」

 晴也は聖剣にそう訊ねる。あるいは、晴也の内側で響く大いなる声の主に対しての言葉だったのかもしれな。

 しかし、その質問に何ら返答はない。声の主は愚か、聖剣にすら変化は現れない。つまりそれは、何ら手立てはないという意味だろう。

「クソッ、ダメなのか!?」

「ダメじゃないさ」

 涼やかな声が、晴也の言葉を否定した。

 声のするほうを見て、晴也は思わず目を見張った。

「な、なんでここに……」

 そこにいたのは、馬に跨ったハーロゥだった。彼は馬から降りて告げる。

「聖剣と聖槍の戦いを観察せずにはいられなくてな。だから駆けつけたのだが……どうも、そういうことを言っている場合ではないらしいな」

 神殿の方角へと向かうアースターの赤い光を眺めながら、ハーロゥは深い溜息を吐く。

「勇者シオタ。この馬に乗れ。流石に追いつくのは無理だが、間に合わないということはないだろう」

「いや、でも俺……一人で馬に乗ったことないし」

「心配するな。乗れば馬が教えてくれる。お前はしっかり鞍に跨り、手綱を握って馬の言う通りにすればいい」

 言われるがまま晴也は、ハーロゥが乗って来た馬に乗せられる。ちゃんと乗れていることを確認すると、ハーロゥは間髪入れずに口を開いた。

「ところで、ジルバとかいう騎士は何処だ? 一緒にいたはずだが」

「ジルバは、グライダムとオーセムを追って先に行った。ハーロゥさん、できる事なら……」

「まあ、ここで暇を持て余しても仕方ないしな。面倒は見てやる」

「ありがとうございます」

 ジルバを残してこの場を離れる躊躇いを失くした晴也は、覚悟を決めて前を向く。そんな晴也の様子を見たハーロゥは、馬の腰を叩き走らせた。

 ぎこちなく馬に乗る晴也だったが、次第に馬に乗るという感覚を掴んだのか、その姿が遠くに見える頃には、随分と様になった乗馬姿だった。


    *


「――何だ、ここは」

 そう言わざるを得ないほど、アースターにはエルンティカという場所が異質に感じた。

 湖の中心にそびえたつ塩の柱は、聖剣の力が何らかの形で作用してできたものだろう。それは良い。唯一それだけが、アースターには正常に感じ取れた。しかし、それ以外のモノは全て、鳥肌が立ってしまうほどのおぞましさを感じていた。

 そこが聖地、神湖エルンティカだと。もしそう感じているのなら、アースターは本気でエルダフィート王国の民は邪教に染まった異教徒と断ずる他ない。

 聖槍を握る手が震える。あるいは、聖槍その物が震えているのかもしれない。そう感じてしまうほどに、アースターはエルンティカに対して気味の悪さを感じていた。

 ここだけは壊さなくては。否、エルダフィート王国という土地が存続するか否かなどどうでもいい。だが、この場所だけは消し飛ばさなくてはならない。

 アースターは無意識の内に赤雷を起こし、聖槍に束ねていた。神威の行使だ。可能な限り高威力で、可能な限り広範囲に放たんと力を蓄えていた。

 それは、神に見初められた者にとっては正常な感覚だった。例えこの場にいるのがルーフィドでも、同じように感じ、行動しただろう。何せエルンティカの底にあるのは、神が手ずから封じ込めた厄災があるのだ。聖剣とはその楔。そして、それが引き抜かれている今、封じ込まれていた彼女が這い出んとしているのは当然のことだった。

「神よ、裁きを下せ!」

 アースターの言葉に答えるように、聖槍に集う赤雷がより強く瞬き、落雷の如き轟音を響き渡らせる。

 塩の柱から飛び上がると、アースターはそのまま湖底に向けて聖槍を投げ放つ。

「――『神なる裁き(グルム・ロジェンカ)』ッ」

 聖槍そのものを赤雷と化す、個人で放つことのできる聖槍の最大出力。あるいはアースターが王城にいたならば、一人でも破城できるほどの威力を有したその一撃を、エルンティカに向けて放つ。

 聖槍が放つ高熱により、最初にエルンティカの水が一気に蒸発する。多量に生まれた水蒸気が残りの水を弾き飛ばし、膨れ上がるように炸裂する。地響きのような揺れが大地を揺らし、煙る水蒸気が晴れると、エルンティカの底が露になる。

「底全体が塩になっているのか」

 水がほとんど蒸発し、見えるようになった底は、塩の結晶によって覆われていた。そこから伸びるようにアースターが立っている塩の柱が屹立する。

 それは明らかに、聖剣によってできたものだろう。でなければ、聖槍の最大出力を以てして剥がれ落ちない訳がない。

「なら、聖剣は何を塩に変えていたんだ」

 その光景を見れば、アースターとて気づく。聖剣は何らかの意図があり、エルンティカの底にあったのだと。いや、もっと具体的に、何かを封じ込めるために、エルンティカの底に聖剣を突き刺していた。そして、恐らくそれは神の采配だ。アースターはそう確信していた。

「皮肉だな。まさか、経典はエルシェ教の意訳が正しかったということか」

 この戦争の根底にあるものは、そう言った宗教的な問題だ。ガグランダは戦争に勝利するだろう。しかし、その戦争の根底にあったもので、ガグランダを含む諸国の同盟は破れている。これを皮肉と言わずになんと言えばいいか。

 神の器として聖剣が実在する。ならば、神の采配を維持することも、また神に選ばれし者の務めだろう。

「この下にあるモノを、浮かび上がらせる訳にはいかない」

 例えそれが、聖剣を用いるという采配を裏切るものだとしても、やり遂げなくてはならないと感じていた。

 塩の結晶から染み出すように、エルンティカの水は未だ湧き続けていた。まるで、涙を流すように。


第四十八話を読んでいただきありがとうございます。


次話もよろしくお願いします。


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