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アクロス・ノア 涙が海にとけるまで  作者: フジアキ
第四章 水平線に望む
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第四十七話

 逃げるオーセムとグライダムを追い、馬を走らせるジルバ。しかし、二人の乗る馬が余程良いのか、それともジルバの乗る馬の体力が底をついてきたのか、彼我の距離は徐々に離れていた。

 何度か魔法による攻撃を放つが、グライダムは馬上で巧みに剣を操り、その剣技によって魔法は悉く切り裂かれる。

 深追いするのは不味い。ここは一度引き返し、晴也と共にアースターを討つ協力をするのが建設的だ。そんな考えが頭に過るが、ジルバはそれをかなぐり捨てて馬を走らせる。

「あいつは立ち向かうと決めたんだ。私が逃げてどうする……っ!」

 もはや、純粋に二人に追いつくことは望めない。ならば、ジルバの得意な魔法で足止めする以外に追いつく方法はない。

「少しだけ我慢してくれ」

 馬の首筋を撫でながらそう告げ、ジルバは馬上に立ち上がる。

 馬の上で魔法を放つのは、馬を走らせながら矢を射るくらい困難な技術だ。狙い通りの場所に魔法は届かず、下手をすれば自分の放った魔法に自分が当たるという事故も良く起こる。

 例え馬上に立ち、両の脚で体をしっかりと支えたとて、走り続ける馬の上で狙いを定めるのは困難だ。何より、高威力の魔法を放てば、その衝撃で馬が混乱してしまうこともある。馬上に立っての魔法行使は、そう言った危険性を回避するための一つだが、曲芸染みたその技術を、好んで使うような者はいない。それはジルバとて同じだった。

 しかし、今はそんな曲芸に頼らざるを得なかった。晴也が自らの身を擲ち、聖剣に認められたというのなら、ジルバも賭けに望む気持ちで挑まねば、掴み取ることはできない。

「ウォンテル」

 揺れる体を踏みしめた足で必死に支えながら、限りなく最大限の威力の水を砲弾の如く撃ち出す。初弾は大きく外れる。次弾は先ほどよりも近く、三弾目になってようやくグライダムが剣を振るい、魔法をかき消す。

 照準の定め方のコツは掴んだ。あとは、グライダムがかき消せないほど広範囲か、大量か、高速の魔法を放つのみ。

「やるなら広範囲に、その上連続して――っ」

 魔法によって生み出した水を、さながら雨粒の如く小さく分割し、それを一斉にグライダムへと放つ。

 水の砲弾という一つの魔法をグライダムには断つことができる。しかし、雨粒ほどの大きさの魔法を全身に浴びせるように放てば、一太刀で全てを絡めとることは不可能だ。

 雨粒の一つがグライダムの頬を掠める。一筋の赤い裂傷にその威力を想像したグライダムは、すぐさまオーセムを馬から突き落とし、自分も飛び退いた。

 ジルバが放った雨粒の魔法は、針のように馬の体に深々と突き刺さり、そのまま絶命させる。

 雨粒ほどの大きさの水に、動物を殺傷するほどの威力を持たせるには、小指の爪先に精緻な模様を描くような技量が必要となる。それを、不安定な馬上の上でやり遂げたジルバに対して、グライダムは思わず感嘆の声を挙げそうになった。

 二人の前に馬を止めたジルバは、馬上から下りると、腰に佩いた剣の柄に手をあてがう。

「大人しく連行される気は……ないようだな」

 ジルバに対して剣を構えるグライダムを見て、ジルバは嘆息交じりにそう告げた。

 グライダムの左足に付けられた義足。魔法研究所で開発された、エルディンを操ることで動かす義肢体だろう。物自体は鎧を応用した間に合わせだろうが、その魔法は明らかに研究所の最新鋭のものだ。

 どうやら裏切り者は、思いの外エルダフィートの内側に蔓延っていたようだ。

「ファーディン・マグラーン。果たしてわたしどもを、どこへ連行しようというのかね?」

 まるで開き直ったように、オーセムがジルバにそう告げた。

 もはや、物理的なエルダフィート王国という国は消え去る。そう言う意味で、裏切り者である二人を連れ行く場所などないだろう。故に、裏切り者にジルバができる唯一の裁量は――この場で処断することだけ。

「言う必要があるのか」

 鞘から剣を抜き放ちながら、ジルバはそう口にする。

 彼らを捕えることは、ジルバにとって償いであった。それと同時に、その手に持った刃を振るうことは、酷く自己満足的な復讐でもあった。彼らがいなければエルノアは死ぬことはなかった。そんな復讐の炎が、ジルバの剣をより鋭く光らせる。

 悔恨と復讐。その二つによって冴えるジルバの剣に、グライダムは自分の体が切り裂かれるところを幻視した。否、それは幻ではなく、ジルバの心の中の剣が、確かにグライダムのことを切り裂いた事実だった。

 ジルバが素早く踏み込む。左脚の動きが鈍いグライダムは、強く地面を踏み締め、ジルバの斬撃を受ける。

 僅かに濡れているジルバの剣を受けると、そこから滴るように水がグライダムへと飛沫を上げる。魔法剣だ。それを把握したときには、既に遅い。

「――っぁ」

 ジルバの剣から放たれ小さな飛沫は、例え威力は弱かろうと、確かに魔法としての攻撃力が含まれていた。それは針で肌を刺すような痛みしか与えないかもしれない。しかし、それを顔に受ければ、歴戦のグライダムとて、体勢を崩さずにはいられない。

 グライダムの弱点が左脚であることは、誰の目にも明らか。ジルバはその義足に対してウォンテルの魔法を放つ。鎧を応用しているため、義足の内側には魔法を構成する数多くの術式が施されていることだろう。しかし、そこに中身はない。そこを埋め尽くさんと、ジルバは大量の水を注ぎこむ。

 足に異常を覚えたグライダムが、そんなジルバに向けて剣を放つ。それを回避したジルバは、数度グライダムに向けて水を放つ。それを防ぐために左脚を踏み込もうとグライダムはエルディンを制御するが、義足はなんら反応を示さなかった。

「なんだ?」

 唐突な義足の不具合に戸惑い、不安定な姿勢のまま、グライダムはジルバの魔法に向けて剣を振るう。しかし、思うように剣を振るうことはできず、水を数発体に受けてしまう。

 全身を打ち付ける水の攻撃に、グライダムは歯を食いしばりながら、義足の動作を確認する。もはや、どれだけエルディンを制御しようと、義足は動かない。いわば、義足の内側に施した術式が動かせる重量の限界を超えてしまっていた。

「……なるほど、ハーロゥ殿の入れ知恵か。あるいはエルノア殿下に教わっていたか」

 義足の中の水を抜こうにも、目の前のジルバをどうにかしなければどうしようもない。完全に動きを封じ込められたグライダムに、もはや勝ち目は残っていない。

「――覚悟!」

 勝利を確信したジルバは、剣を構えグライダムの首を落とさんと駆ける。

 自らの首に放たれるジルバの剣を、しかしグライダムは酷く冷静に眺めていた。あるいはその刃を受け入れているかのように、もしくは未だに反撃の隙を伺うかのように。

 そしてそれは、紛れもなく後者であった。

 グライダムが手に持った剣でジルバの剣を弾く。未だ戦意が萎えることのないグライダムに驚きながらも、ジルバは二の太刀を振るう。しかし、それも防がれる。三の太刀は回り込みグライダムの左から回り込み放つ。

「――っ!?」

 しかし、グライダムは動かないはずの左脚を無理やりに引きずり、ジルバを正面に据えたグライダムは、剣技というには荒々しい太刀筋でジルバの剣をいなしていた。

 あるいは、エルダフィート王国騎士団のなかで、一番の剣の使い手。それはグライダムかもしれない。そんな男の卓越した剣の腕は、片脚を失い、義足すら満足に動かせないという状況下であっても、衰えることのないものだった。

 グライダムの状況は致命的であるはずだ。だというのに、攻め切ることができない。そのことにジルバは焦りを覚えていた。

「グライダム君! 彼女のことは君に任せるぞ!」

 彼の背後から、オーセムがそう告げる。そしてオーセムはそのまま平原を駆け逃げ出した。

「なっ、待て――」

 逃げるオーセムに向けて魔法を放たんとするが、それよりも先にグライダムが剣を振るいジルバを遮る。

「悪いが、お前に彼を追わせる訳にはいかないんでな」

「そうまでして、エルダフィート王国を滅ぼしたいのか、お前達は!」

 再びジルバがグライダムへと斬りかかる。その全てをグライダムはいなし、時には反撃すら挿み込み、ジルバの体を斬り裂く。

 それでも、片脚が動かないことが圧倒的に不利であることは変わらなかった。次第にジルバの剣はグライダムの体を削っていき、何時の間にかグライダムの体は切創から流れる夥しい血で赤くなっていた。

「まさか、お前相手にここまで苦戦するとは考えもしなかったな」

 それはこちらのセリフだとジルバは思わず吐き出しそうになった。義足を封じれば、容易とは言わずとも確実に勝てると確信していた。しかし、現実は義足すら動かせないグライダム相手に、こうも苦戦している。

 もはや、平原を駆けるオーセムの姿は見えない。このまま彼との戦いを長引かせることは、エルノアへの償いができなくなることを意味していた。

 ジルバの体には昨日までの消耗が未だ残っていた。そのため、全力の魔法を放てるのは一度が限界だろう。しかも、それを放てばエルディンの枯渇で動けなくなる。しかし、ここでグライダムまで逃がすのはジルバには許せなかった。

「せめてお前だけでも、ここで殺す!」

 全身のエルディンを起こし、それを全て魔法に込める。急激に体を襲う虚脱感。崩れそうになる膝に必死に力を入れながら、ジルバは自分の周囲に漂う大量の水を操る。

 さながらそれは、水で象られた大蛇。それは鞭のように体をしならせながら、勢いよくグライダムへ向けて放たれる。

 しかし、ここにきてジルバは失念していた。激しい消耗と焦りにより、失念してしまっていた。

 グライダムが得意な元素は、水に勝る土であることを。

「ガンテダ」

 短く呟いたその言葉により、グライダムの正面の土が盛り上がり、そこから魔法の石の柱がジルバの水の大蛇を射殺す。

 大蛇の首に柱が突き刺さり、そのまま大蛇はただの水に戻り地面へと落下する。大量の水がジルバとグライダムの両者に押し寄せ、それを頭からかぶる。その一瞬に視界を奪われたジルバが次に正面を見たときには、グライダムは義足を外し、その場から消えていた。

「どこにいった!?」

「――後ろだ」

 背後から聞こえたグライダムの声に、ジルバは慌てて振り向く。そこには確かにグライダムがジルバに向けて剣を振り上げていた。

 義足を外したグライダムが、一瞬の内にジルバの背後に回れる訳がない。そう考えたジルバだが、自分の横にかかった水の橋を見て確信する。グライダムはウォンテルの魔法で作った水の橋の上を滑って移動したのだ。王城から晴也と逃げる時、ジルバが使った水の階のように。

「御免」

 グライダムはジルバにそう告げながら、振り上げた剣の柄頭でジルバの頭を叩きつけた。

 強烈な衝撃と、エルディンが枯渇したジルバにはそれに耐えることはできず、そのまま地面に倒れる。

「ち、くしょ……う」

 混濁する意識の中、水の橋から落ちて倒れるグライダムの姿を見る。

 勝つことはできたはずだ。だというのに、冷静さを欠いた故に負けた。その現実に、ジルバは瞳に涙を浮かべた。

 ――すみません、エルノア様。

 自分がなすべき償いを果たすことができなかった。何より、エルノアの敵討ちすらすることのできなかった自分の不甲斐なさを、亡きエルノアに謝った。

 そこで、ジルバの意識は途絶えた。


    *


 ジルバと言うエルノアの近衛騎士のことを、グライダムはあまり深く知らない。それでも、彼女がエルノアのことを深く慕っていることは、普段の態度からも明らかだろう。

 しかし、実力という面ではあまり高いとは言えない。基礎的な能力は平均を上回っているし、遠間から放つ魔法の攻撃やその応用性は、才能があると言えなくもない。だが、単にエルノアを守るための力という点では、やはり実力不足な感じは否めなかった。

 だというのに、片脚を失くしているとは言え、ジルバはグライダムにギリギリの戦いをさせた。何度もひやりとした場面はあった。何より義足を動かせなくしたのは、グライダムにとって致命的であった。あるいはこれが、団長となって経験の浅いノイエルであれば必殺足りえただろう。それでも、長年騎士団長を務めてきた経験が、グライダムを生かした。

 這いつくばりながら義足の元まで戻り、中を満たす水を全て流す。義足の中の水が全て亡くなったのを確認してから、再び義足を装着し、エルディンを流して動作を確認する。

 先ほどよりも少し鈍い印象を受けるが、それでも確かに動かすことができる。

 左足を動かし難そうに歩きながら、グライダムは倒れるジルバを見下ろす。

 その手には未だ剣が力強く握られていた。それはまるで、倒れながらも未だ戦う意思を見せつけられているようで、思わず苦笑いを浮かべてしまう。

「安心しろ。もう、お前と戦う気はない」

 グライダムはジルバの手から剣を受け取りながらそう告げる。

 ジルバの剣はグライダムの物よりも軽く、細い物だった。女性が使うには扱い易い剣なのだろう。何度かそれを振るい、感触を確かめてから、グライダムはジルバに告げる。

「お前にもやらねばならないことがあるように、俺にも償わなくてはいけないことがある」

 故に、その意思だけは剣に込めて連れて行こう。グライダムはジルバの剣を手に持ちながら、ジルバの乗って来た馬に跨り走らせる。

 グライダムがエルダフィートを裏切ったのは、未来を見通せなかったためだ。しかし、それは未来が見えなかった訳じゃない。グライダムが単に、諦めて目を瞑っただけだったのだ。

 エルガンダが自らの内側で繋がった瞬間、それを悟ることができた。エルガンダが示した民への全幅の信頼。グライダムはその信頼を身勝手に裏切り、自分の諦めを国のせいにしていた。

 何より、この国を守るために騎士となったのに、その過酷すぎる環境に辟易し、剰え国を裏切り立場になったのだから、皮肉と言わざるを得ない。

 もはやグライダムの中にあったしこりは消えていた。今、自分が何をすべきなのか。彼の内側に宿るエルダフィートはそれを明確に示している。

 馬をしばらく進めると、平原を歩くオーセムの姿があった。

「おお、グライダム君。ファーディン・マグラーンを倒したのか。良かった」

 グライダムの姿を見たオーセムが、笑みを浮かべる。

 馬から降りたグライダムは、何も言わずにそのままオーセムへ近づいていく。

「しかも、馬まで調達するとは、本当に君は優秀な人間だ――よ?」

 言葉の最後に、疑問符がついてしまうほどに、オーセムにはグライダムの行為が理解できなかった。

 彼がその手に持った細身の剣。それを振り上げる様子は、まるで自分に斬りかかろうとしているかのようだ。そう認識したときには、既に遅かった。

 オーセムの視界が、まるで地面に落下するように落ちていく。何ら痛みはない。だというのに、何かが抜けていくような冷たさが意識を黒く染めていく。

 そして、全てを理解したときには、オーセムは絶命していた。

 これが、裏切り者の末路。そして、国を身勝手に裏切ったグライダムがエルダフィートに対してできる償いの一つだった。

「……これで、許されるとは思っていないさ」

 グライダムは地面に座り込みながら、ジルバの剣を構え直し、その切っ先を腹にあてがう。

 何度か深く深呼吸をして精神を整え、そして勢いよく、その剣を腹に突き刺す。

 細い刀身がグライダムの腹を通り、骨を僅かに掠めて背中を抜けていく。皮膚、筋肉、血管、内臓、骨。人体を構成するそれら全てが悲鳴を上げ、束となったそれらが口から漏れ出しそうになるのを、グライダムは必至に堪える。剣が根元まで腹に埋まると、グライダムはそのまま前のめりに蹲る。

 痙攣する程の痛みが、腹から全身に広がっていく。意識は次第に混濁し、白みかかっていくのを感じる。

 自決とは、なんとも憐れな最期だ。騎士であるのなら、せめて敵と戦い、死に果てたいものだった。何より、王命に逆らい、自ら死を選んでしまったことが心苦しかった。

 しかし、そんな罪を背負うことこそが、エルダフィート王国を裏切り、滅亡させんとした自分には相応しい罰だろう。もはやほとんど失われた意識の中、それでもグライダムは笑みを浮かべた。

 そして、そのままグライダムは命を落とす。介錯人のいない自決という生き地獄を味わったにもかかわらず、その顔は満足そうな笑みが浮かべられていた。


第四十七話を読んでいただきありがとうございます。


次話もよろしくお願いします。


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