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アクロス・ノア 涙が海にとけるまで  作者: フジアキ
第三章 零れる前に
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第三十一話

 馬車が止まったのは、グリムシャニスの中にある王族の執務宅だった。

 各領地の大きな街には、必ず王族が泊まり、そこで仕事ができるような住宅を設けているらしい。

 グリムシャニスではここで寝泊まりすることになっている。家の中には数名の使用人がおり、晴也達がつくと恭しく頭を下げ、部屋の中へと案内される。晴也に用意された部屋は、二階の角にある大きな部屋だった。二人ほど横たわれそうなベッドに、生き生きとした鉢植えの花。壁にはどこかの風景画が飾られ、窓から一望できるグリムシャニスの景色は活気に富み、見ているだけで元気を貰えるようだった。良い部屋だ。そのことが入った瞬間から感じ取れる一室だ。

 ベッドに腰かけ、一度横たわる。柔らかな感触に、思わず笑みがこぼれる。このまま眠ってしまいたいという欲求に駆られるが、それに負けじと起き上がる。

 部屋の様子を確認すると、晴也は一度部屋を出て、再び一階へと戻る。一階の大広間にはグライダムとガートルンがいた。

「勇者シオタ。君は何か欲しい物とかあるのか?」

「欲しい物? なんで急に……」

「いや、ここはグリムシャニス。王国中の物が集まると言っても過言ではない。そこを回るとなると、何かしらのあたりを付けなくては非効率だろう?」

 それを聞いてなるほどと感じた。しかし、果たして自分は何が欲しいのか。晴也にはわからなかった。そもそも何かが欲しいと思えるほど、この世界で落ち着いた生活ができていないのが問題だった。

 唸り声を上げながら少し考えると、ふとエルノアの顔が頭に過り、晴也は口を開いた。

「いつもエルノアさんにお世話になってるか、何かお礼がしたいな」

「なるほど……日頃の感謝を伝えるというのは良いことだな。よし、そうしよう」

「それじゃあ、私がおすすめのお店をお教えします。品揃えも良く料金も安い店を探すのは、この街に慣れている人でも難しいので」

 ガートルンのその言葉を聞いて、晴也は重大なことに思い至った。

「どうしよう。俺、お金ないや」

 こちらに来てからほとんどエルノア達と行動を共にしていた――以前に、ほぼ城の中にいた晴也は、この世界でお金を持ち歩く必要がなかった。そのため晴也は、この世界での金銭がどういうもので、どれほどの価値があるのかさえ理解していなかった。

 そんな晴也の肩にグライダムが手を置く。

「安心しろ、この場は自分が立て替えておく」

「グライダムさん……ありがとう!」

 初対面の出来事から、晴也はグライダムに対して距離を感じていた。それがここにきて、少しだけ親しさを覚えるようになった。それが自分を認めてくれたということなのか、あるいは頼りないと介助しているという意味なのかまではわからなかった。それでも、距離が近くなったことが、晴也には嬉しかった。

 そんなやり取りをしていると、エルノアとジルバが二階から降りてきた。

「すみません、遅くなりました。何か面白い話でもしていたのですか? 皆さん、とても楽しそうですけど」

「いや、この後どんなお店を見に行くか相談してたんだ。それで、俺がお金持ってないって話になって、グライダムさんが立て替えてくれることになったんだ。ホント、ありがたいよ」

 そう言って晴也は拝むようにグライダムに合掌し何度も頭を下げる。そんな奇妙な動きにグライダムは目を丸くして、少し焦ったように頭を上げるように促す。

「すみません、王族である私は金銭を所有することができないので、こういったときに必要なお金を渡すことができなくて……グライダム、本当にいいのですか?」

「ええ。私も持ち合わせはそう多くはありませんが、使う宛てもありませんし。こういう機会でもないと、経済を回す役にも立てないのです」

 笑みを浮かべるグライダムに、エルノアはそれ以上追及することなく口を閉じた。

 金銭に関する問題で敏感になっていたのだろう。晴也とて、グライダムにお金を借りることに忌避感がない訳ではない。何せ金銭の問題は深くまで禍根を残す。早めに清算しなくてはと、晴也も頭の中に深く刻み込む。

「少ししたらエルノア様と私、それとクレイヴェス・ファーリスと共に馬車でメンティア侯爵邸に向かう。お前とクーラレーン・バルトスは、好きに散策しててくれ。騎士達の様子を見に行くのは明日になるだろう」

「あれ、ガートルンさんも行くの?」

 てっきり自分と共にグリムシャニス散策について来ると思っていた晴也は、ガートルンがエルノアと共にメンティア侯爵邸に行くと聞き思わずそう口にしてしまった。

「エルノア様と勇者様の護衛は、俺とクーラレーン・バルトスの両名に与えられた任務なんです。流石に、その二人が勇者様につきっきりというのは問題があるので……」

「なるほど。それもそうだ。じゃあ、仕事頑張って」

「勿体ないお言葉です」

 何気ない言葉にも頭を下げるガートルンに、晴也は調子が崩れてしまう。何せ初対面はもう少し粗暴な態度だっただけに、こうも態度が変わると、距離感を掴み損ねてしまう。

 グライダムはガートルンからおすすめの店のことを聞いている間、晴也はエルノアに肩を叩かれる。そちらのほうを見てみると、エルノアの顔が近づいてくる。

 思わぬ接近に自分の顔に熱を帯びているのがわかるくらいに熱くなる。緊張で晴也の呼吸は浅くなり、首筋に僅かに汗が滲んだ。

「シオタ様、どうかグライダムにはお気をつけて」

「――えっ」

 晴也の熱い緊張に冷や水を差すような耳打ちに、顔に上った熱が一気に下がったのを感じた。その言葉の意味を改めて訊ねようとしても、すぐにエルノアはジルバと共に執務部屋の中へと入っていた。

「では、行こうか。勇者シオタ」

 グライダムに呼ばれて、晴也は振り向く。

 どうしてエルノアは、彼に疑いを向けるようなことを言ったのか。晴也はその意図が理解できず、グライダムに反応するのに少し間が開いてしまった。

 心の中に僅かにできた違和感に苛まれながら、晴也はグライダムと共にグリムシャニスの街の散策を始めた。


    *


「――やはり私には、彼が裏切っているとは思えない」

 執務室に入ったエルノアは、親し気に晴也と話すグライダムを思い浮かべながらそう口にした。

 自らの私室の様子を確かめている最中、ついて来ていたジルバに「グライダムが怪しい」と告げられた。自分がヴァストンと接触していることを把握しているという事実は、彼に対する警戒心を高めさせた。

 しかし、その光景を見ればそんな警戒心を捨て去ってしまいたくなる自分がいた。自分の疑心の根拠が些か弱いことも理由だろう。しかし、それ以上に彼の忠義を知っているからこそ、エルノアはグライダムを疑い切れずにいた。

 今年で三十二のグライダムは、十四の頃に騎士となった。そこから十年の歳月をかけ、騎士団長に任命される。およそ十八年。エルノアが生きているよりも長い歳月を、彼は騎士として忠誠を誓ってきた。その上、騎士団長に任命されるということは、その適正と人柄。何より忠義を、王であるエルガンダに認められたということだ。それほどの男が裏切り者というのは、エルノアには考え難かった。

「ですがエルノア様。王国内に裏切り者はいます。それも、比較的中枢に近い位置に。そうなれば、もはや誰もが容疑者足りえます」

「それは、そうだけど……」

 隧道建設の隠蔽。内々で南部監視塔騎士を掌握。これらができるのは、大々的に動いた事実をもみ消せる権限がある人間だけだ。そう言う意味では、グライダムは確かに容疑者の筆頭候補足りえる。その上で、エルノアとヴァストンが接触していることを把握している。そして、その事実を知りながら、全体に報告していないというのも不気味だ。その不気味さが、余計に疑わしさへと変わる。

「グライダムが我々の管理下にいる現状は、ある意味好機です。彼が真に裏切り者か否か。それを問うならば、グリムシャニスに滞在している間だけかと」

「裏切り者でないと確信ができる何かを得れば、大手を振って彼を信じられる」

「……まあ、その通りです」

 エルノアのその言葉は、甘いと言わざるを得なかった。

 彼女の言葉は正しいが、すぐに信用できるような相手かと言われればジルバは首を傾げずにはいられない。何せ相手はグライダムだ。第二騎士団団長ということを抜いたとしても、隧道の建設現場は長らく隠蔽し、尚且つ南部監視塔も掌握した手腕の持ち主。そんな人間が、そう易々とボロを出すとは思えない。その上で、自分が無実であると認めさせるくらいのことはしそうなものだ。

 故に、容易に信じるのは命取りになるとジルバは考えていた。しかし、一連のやり取りでジルバは理解した。エルノアは彼を疑いたくないのだと。否、彼だけではなく、他の騎士団長や貴族、大臣に至る全員を、彼女は疑いたくないのだろう。

 そう言ったエルノアの素の意見が出るようになったことを、ジルバは内心では喜んでいた。その一方で、それが悪い方向に作用しているのではないかとも感じ取っていた。

 果たして、自分が彼女にした助言は、本当に正しかったのか。今更ながらそんな後悔が過る。

「ひとまず、今は様子見ですね。こちらから動くというわけにもいかないでしょうし」

「そうですね。グライダムが何か動きを見せても、聖剣の力を目覚めさせたあいつなら、時間稼ぎくらいはできるでしょうし」

 晴也とグライダムの実力差は絶望的だが、それを埋めて余りあるほどに聖剣の能力は凶悪だ。この世のありとあらゆるものに含有されるエルディンを、刀身が触れた瞬間に塩に変える。世界は神がエルディンで作り上げた物だ。つまり、この世の全てに対して、絶対的な破壊権を有することを意味する。

 如何にグライダムとて、触れただけで致命傷を負う剣を相手に、不用意に攻めるということはしないだろう。

「……この話はこれくらいにして、メンティア侯爵邸へ伺う準備を始めましょう」

「そうね。あんまり長いと、ガートルンに不審に思われますし」

 そう言って、エルノアは執務机の前に座ると、硬筆を手に持ち、紙に達筆な文字で何かを書き始める。それは、滞在許可願だった。メンティア領からは既に滞在許可は下りているが、形式上こういった書類が必要となる。本来ならば、出発の前段階で、最小のカーマルか法務大臣のメイシェンが書類の作成からメンティア侯爵側の承認まで得るのだが、如何せんエルノアのメンティア領入りは唐突だった。その上、今の王国は裏切り者探しに躍起だ。このような雑事に割いている余裕などない。

 そのため、エルノアは自分で滞在許可願の書類を書くこととなった。幸い、書く文言は定型化されているためさした労力ではなかった。

「こんなものかな」

 一通り文章をしたため終えると、さらっと一読し不備がないことを確認する。そして、机の引き出しにしまわれていた印章を取り出す。魔法によって、特定の人間にしか押印できないよう仕込まれ印章で、それは王族が認めたことを意味する盾の紋章が刻まれていた。

 朱を塗り、力強く書類に押印する。綺麗に紋章が押せたことにエルノアは笑みを浮かべ、印章を机の中にしまう。

「それじゃあジルバ、これを」

 書き終えた書類をジルバに渡すと、ジルバはそれを懐の内側にしまい込む。

 準備を終えたエルノアは、執務室の中に備えられた姿見で髪の毛や肌の様子を確認する。紛いなりにも仕事として侯爵と会うのだ。格好には最低限は気を遣わなくてはならない。

 執務室を出ると、既にそこに晴也とグライダムの姿はなかった。そのことにエルノアは一抹の不安を表情に表すが、ガートルンを見るとすぐに朗らかな笑みで塗り潰した。

「それじゃあガートルン。馬車をお願いできますか」

「準備できています。どうぞこちらへ」

 そう促されて、エルノアとジルバは再び馬車に乗り込む。御者台にガートルンが乗ると、手綱を手繰り、馬を走らせ始める。

 ガタガタと車体が揺れる度に、エルノアは晴也との距離を感じ取っていた。思えばこの世界に来てから、このような形で別れるのは初めてに思えた。城の中ではそれぞれ別々のことをしていることも多かったが、城の外でこうも離れると、どうにも心に隙間風が入るような肌寒さを覚えた。

 なるべく早く終わらせよう。エルノアはそう決めて強く頷いた。


第三十一話を読んでいただきありがとうございます。


次話もよろしくお願いします。


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