幕間 三
幕間なので、少し短めです。
ヴァストンは協力者の手によって、西部に身を潜めることとなった。
「堅苦しいな、この格好は」
身にまとっていた白襟は、鍛え抜かれたヴァストンの体には少し小さくて動き辛かった。潜伏用の拠点として借りた安宿の一室に入った彼は、早々にその衣装を脱ぎ捨て、普段着に着替える。
彼が白襟を着ていたのはひとえに、協力者の事情によるものだ。ヴァストンが西部にまで逃げおおせたのは、その協力者の事情に付き添ったことによる、ある種の報酬のようなものだ。
自力でもこちらに来ることはできた。しかし、協力者を無下に扱うこともヴァストンには難しかった。何せ彼がエルダフィートに潜伏できているのは、彼の手引きによるところが大きい。彼個人としては必要以上に協力者と接触するつもりはなかったが、如何せんこのような提案をされれば、首を縦に振らざるを得なかった。
着替えを終えたヴァストンは、部屋の窓を開けた。安宿なだけあり、宿の窓は隣の建物に遮られ日の光が差し込んでこなかった。その上、部屋の至るところに埃が溜まっており、人が泊まるような場所ではないと感じられる。
そんな様子が、ヴァストンは気に入っていた。彼がここに泊まっているのは体を休めるためではないのだ。変に小綺麗な宿では警戒心が薄れてしまう。常に意識を張り続けるには、こういった環境のほうが適していることを、ヴァストンは把握していた。
そんなヴァストンの部屋の窓に、一羽の鷹が止まる。ガグランダとの連絡用に飼いならされた夜鷹だ。
帰巣の魔法をかけた鳥籠がないため、ヴァストンは自分自身を目掛けて飛んでくるように夜鷹に改めて魔法をかけていた。上手いことそれが作動していることにほくそ笑みながら、鷹を自分の腕に招いた。
「すまないな、夜でもないのに働かせて」
本来夜鷹は夕方から活動する鷹だ。調教の末、朝だろうが昼だろうが問題なく飛ぶことができるようになっているが、それでも昼間に起きている彼の表情は非常に眠そうだ。ヴァストンは夜鷹の首筋を撫でながら、その足に括りつけられた小さな筒を取り、その中に丸められていた細い紙を開いた。
それは、ガグランダからヴァストンへの指令書だった。端的に書かれた命令を見たヴァストンは、思わず目を見開いた。
「聖人と英雄の、監視?」
ヴァストンは次の作戦の概要を詳しく知らなかった。しかし、その兼ね合いで、二人がエルダフィートに潜入していることは把握していた。つまり、二人はガグランダの味方であるはずなのだ。だというのに、まるでそのことを疑うような命令にヴァストンは訝しんだ。
「大公閣下は二人のことを信用していないのか?」
勇者は覚醒した。聖剣の力の詳細までは調べることはできなかったが、建設現場の惨状を見れば、レイクスというに相応しい権能を有しているのは明らか。それは前回の報告で既に本国に伝えたことだ。つまり、勇者が立ち向かうのなら、聖人か英雄にレイクスの力を振るってもらうしかない。つまり、防衛にしろ侵攻にしろ、二人は計画の要だ。それを信じていないかのような振る舞いは、あまり好ましいものではない。
ヴァストンの浅知恵ですらそれを思いつくのだ。自らの主たるガグランダ大公がそれを理解していないはずがない。つまり、両名を監視することには何かしらの意味があるのだろう。あるいは、ヴァストンには見えていない、先を見てのことなのかもしれない。
何はともあれ、厄介な仕事を押し付けられたものだ。腕に止まっている夜鷹をベッドの上に下ろし、ヴァストンは立ち上がる。
聖人はともかく、英雄の監視は困難だろう。彼の勘は戦士として超一流の域にある。生半可な監視は、容易に勘付かれる。それどころか、逆に襲われるかもしれない。
気を引き締めながら、ヴァストンは仕事の支度を始める。闇夜に紛れるような黒衣を羽織り、相棒である自らの弓の弦の張りを確かめ、腰に矢束を固定する。
「……よし」
準備を終えたヴァストンは、最後にベッドの上に置いた夜鷹を再び腕に止まらせる。
「すまない。どこかに隠れていてくれ。必要なときは合図する」
夜鷹の目を見てそう告げ、ヴァストンは彼を窓の外へと放る。夜鷹が空へと飛び立ったのを確認すると、ヴァストンは黒衣の頭巾を被る。
「行くか」
短くそう告げると、彼は窓枠に足をかけ、そのまま外へと飛び出した。
地面へと落下していくヴァストンは、しかして彼が地面に着地する瞬間を、誰の目にも捉えることはできなかった。まるで、影に吸い込まれたかのように、彼の姿は何処にも見当たらなかった。
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