第二十七話
晴也の夕食は、穀物をお湯でふやかした粥のような食べ物だった。
三日間とは言え何ら食事をとってなかったのだ。胃が弱っていると考えればその処置は適当だが、自己判断的に健康そのものである晴也にとっては、少々味気なかった。
「――ところで、俺はこれからどうすればいいんだ?」
味を誤魔化すように、晴也は共に卓に着いているエルノアとジルバにそう訊ねた。
実際のところ、晴也にはこの先のことは全く想像がついていなかった。第一の目標である、聖剣の担い手になるというのは達成した。それは、晴也がこの国で明確な地位を獲得するのには必須項目だった。自らの後ろ盾。エルダフィート王国がそれになる確証を得られた今、次の段階へ進むべきであると晴也は考えている。
次の段階。言葉にするのは簡単だが、如何せん次とは何なのか、晴也には確かなものが見えなかった。
「そうですね……正直な話、状況は最悪です。ガグランダがここまで攻勢に出ているとなると、戦争回避はかなり難しいでしょう」
「……やっぱり、戦わなくちゃいけないのか」
エルノアの言葉に、晴也は思わず表情を顰めてします。
ここまできたらもはや戦えないという言葉は出せない。何せ、既に晴也は人を殺しているのだ。そんな人間が、争うのが怖い。人を殺したくないなどという言葉は、都合のいい戯言に過ぎない。故に、戦争となれば戦う覚悟はしている。
「何を言ってる。いくら聖剣の力が強大だろうと、お前は所詮素人だ。そんな人間が戦線に出ても邪魔になるだけだ。戦場でも、聖剣の力を放ったら即座に後方に戻される。戦うなんて言える次元の行為には発展しないさ」
「それはそうかもだけど……」
ジルバの言葉ももっともだ。騎士達の戦いは、確かにそれなりに動けた。しかし、その前のヴォンター達の戦闘を思えば、晴也は未だ素人でしかないのだ。本気で殺しにかかってくる相手に、怯えてしまう。そんな人間が、殺すか殺されるかの戦場に出ても、何も出来ずに死ぬのがオチだ。
わかってはいるが、如何せんそれを面と向かって言われるのは腹立たしい。言い返せないことに苛立ちを覚えながら、晴也は不味い粥を頬張る。
「未だに聖剣を戦争に利用することに反対している方々は多いですから、安易に戦場に出ろとは言われないと思います。何せ、神殿司教のグロムウェルはその一員ですから。先ほど挨拶したスーリロム卿もまた、聖剣の利用には反対していますし」
「スーリロムさんか……俺、ちょっと苦手だな」
晴也は先ほどあったオーセムのことを思い出した。きっといい人なのだろう。柔らかな物腰や、親し気な態度は初対面でありながらあまり緊張というものを抱かなかった。そう言う意味では話していて楽な相手だ。一方で、底の見えない不気味さがあった。優秀な人間とはときに、そう言った恐ろしさを体現してしまうものなのだろうか。あるいは単に晴也の頭が悪すぎて彼のことを理解できなかったのか。できれば前者であってほしい思いながら、再び粥を口に運ぶ。
「まあ、味方であれば心強い相手ですよ、彼は。……ともかく、今はこれからのことですね」
「そのことですけど、一つ提案がございます」
エルノアの言葉に、ジルバがそう続けた。二人の視線が彼女に向くと、一呼吸間を置いてから、ジルバが口を開く。
「スーリロム卿の話を聞いて思ったのですが、我々も西に向かうのはどうでしょう」
「西って言うと確か……メンティア領、だっけか?」
国境に面した場所で、エルダフィートと諸外国とを結ぶ玄関口。そんな認識を口にして、エルノアとジルバが首を縦に振った。
「何故、そのように思ったのです?」
「この先、ガグランダとの戦争は免れ得ないでしょう。となれば、練度はどうあれ彼が戦場に出ることは確実だ。新兵など戦場では生まれたての小鹿に等しい。となれば、今は本物の戦士が、戦場に向けてどのような意気込みと覚悟を有しているのか、肌で感じるべきかと」
なるほど。ジルバの物言いは非常に腹立たしいが、一理あると晴也は思った。確かに晴也は覚悟を固めた。しかし、それはあくまで口だけでしかないことを自覚している。改めて戦えと言われて、果たしてもう一度剣を振るうことができるか。その自信が今はない。何より、戦争に備えている人々のことを、晴也はあまりに知らなすぎる。彼らがどのような思いで迫りくる戦争に対して準備をしているのか、興味があった。
そう思った瞬間に、晴也は自嘲する。今まで、本当に自分のことばかりだったのだと。聖剣の力を使えなくて焦っていたのもある。そのせいでがむしゃらに稽古に打ち込んでいたのもある。しかし、もっと周りを見れば、やるべきことはあったはずだと、今になっては思う。少なくともこの国の文字くらいは、もっと明確に読めるくらいにはなっておくべきだったと、ここにきて強く思った。
「ですが、それは王都の騎士でもよいのではないですか?」
騎士団の戦力は、団の数字が少なくなる毎に上がっていく。つまり、第一騎士団こそが騎士団最大の勢力を誇っている。戦場において、一兵士当たりの練度以上に、数が重要になることなどエルノアも把握している。そう言う意味では、前線を守る騎士達よりも、都を守る第一騎士団の騎士達の様子を見たほうが良いのではないかと考えた。
そんなエルノアの言葉に、ジルバが首を振る。
「同じ第一でも、王都の騎士と前線の騎士とでは入れ込み具合が違います。実感するという一点においては、やはり西部に行くべきかと」
「……そうですか」
ジルバの言葉に、エルノアは伏し目がちになる。
いきなり西部に行くといっても、そこまで自由にできるものではないだろう。晴也は正確に状況を把握できている訳ではないが、それでも、王女様がやたらに城の外にいる状況は好ましくはないだろう。その上、他国からの進攻の気配や内部の裏切り者の痕跡。あるいは、強制送還を言い出す人もいるかもしれない。
「えと、無理ならいいんだ。王都のほうで出来ることもきっと色々あると思うから」
「……いえ、行きましょう。グライダムと話し合えば、何とかなるかもしれません。それに、ここなら川渡も楽ですから」
「川?」
思いもしない言葉に、思わず晴也は訊き返してしまった。
「神湖エルンティカの水が南に向かって流れているんです。ティカーレン川と言うのですが、許可を得れば船を出して川を渡れるんです。南部と西部はその川で隔たれているので、急ぎのときはそうやって移動しているんです」
「研究所は船着き場の管理もしている。ただ、ティカーレン川は神殿の管轄だから、色々と面倒な手続きを踏むんだが、それでも陸路で移動するよりは圧倒的に速い」
そう考えれば、西部に行くのは現実的な提案なのかもしれない。
何度か馬車の移動を経験した晴也は何となく理解したことがある。それは、移動中の人間を守ることが一番難しいということだ。幸い、移動中に襲われたことは一度もないが、それでも物理的な壁が一切存在しない場所で、常に移動し続けて人を守るというのは、不安になるほど防御力が低い。その辺りの技術も、第二騎士団であれば十全なのだろうが、それでも不安は拭えない。
気が付くと、エルノアとジルバが晴也のほうを見ていた。どうやら、最後の決定権は晴也に委ねられたようだ。そもそも、自分が何をするべきかという質問だったのだ。ならば、自分なりの答えというものを出さなくてはならない。
「……西に行ってみたい」
そう口にすると、エルノアは笑みを浮かべて頷いた。
「では食事を終え次第、私はグライダムと話を付けてきます。ジルバは所長に船の使用許可を取ってください。あと、神殿へ川渡の許可もお願いします」
「わかりました」
テキパキと二人は次の行動を決め、そそくさと食事に手を付け始めた。晴也も釣られて粥を口に運ぶが、そこで思い出したように口を開く。
「それで、俺は何をやればいい?」
「お前は体を休ませていろ。病み上がりにやらせるような仕事はない」
気を遣われているのはわかるが、ジルバの言葉は少し刺々しくて痛かった。
それでも、最初の頃に比べれば随分と気を許してくれたものだと、晴也は再び粥を食べた。粥の薄味は、やはり美味しくはなかった。
*
夕食を食べ終え、晴也が部屋に戻ってから、エルノアとジルバは再び顔を合わせていた。
「随分優しくなったね」
お茶に舌鼓を打ちながら、エルノアがそう口にした。
その言葉の意味がわからなかったジルバは首を傾げた。そんな様子を見て、エルノアは笑いながら続けた。
「シオタ様のこと。最初はあんなに目の敵にしていたのに、今はあのような気遣いまでするなんて」
「……ああ、あれですか。合理的に判断したまでです」
もはや、シオタ・ハルヤが勇者であることは否定できない。その実力や性格、性根に至る全てが、かの聖人にも英雄にもなり得ない半端ものだが、エルレイクスの選別を乗り越えたという事実は、まざまざとそれを証明する。
となれば、もはや個人的な感慨で行動している段階は過ぎ去った。勝利のためには、少しでも彼を労り、万全な状況で、全力の聖剣の力を解放し、少しでもエルダフィートの勝率を上げてもらわなくてはならない。故に、晴也を気遣うのは合理的な選択だった。
「だとしてもです」
ジルバの答えにエルノアは反した。
「きっと、数日前までのあなたなら、彼にあそこまでの親しみを向けないでしょう」
「親しみ? 私が、あの男にですか?」
その指摘に、ジルバは半笑い気味に吐き捨てた。あり得ないと唾棄する。勇者シオタに対しての気遣いは確かに存在している。しかし、晴也個人に対して親しみを持っているかと言われれば、ジルバは自信をもって否と答えられる。
ジルバが晴也に抱いている感情は親しみとは正反対の、焦がれる炎のような嫉妬だ。エルノアの近衛騎士でありながら、彼女に頼られないことへの無力感。彼女を守り切る実力の無い晴也への苛立ち。勇者というエルノアの側にいても見劣りしないだけの地位への羨望。そんな感情らがない交ぜになったジルバの感情は、酷く醜いだろう。
合理的な考えがジルバにある。だから彼に気を遣う。しかし、本心は別のところにある。エルノアだ。彼女の近衛であるジルバは、その行いの終局には必ずエルノアがあるのだ。
今のエルノアにはきっと晴也が必要なのだ。王女としての彼女を知らなかった、少女としてエルノアを見る晴也のような、この世界の価値観に染まっていない白さが、今のエルノアを本当の意味で支えている。地位と責務の鎖で王女というしがらみに雁字搦めにされるよりも、白い軟布で少女エルノアの包み込めるほうが、気も体も休まるというものだ。
「例えそこにどんな感情があれ、そうしたことは間違いなく親しみの証よ。本当に嫌悪する相手には、例えどれだけ尊い相手であっても、そんなことはしないでしょ?」
「……」
いくら自らの主の言い分であっても、それだけは認めることはできなかった。
確かに、晴也の頑張りを認めないほど、ジルバとて意固地になっている訳ではない。それでも、譲れない部分というものはある。エルノアに彼が必要であることへの嫉妬と、彼に対して自分のほうがもっと上手くできるという優越感を排することはできない。それをすれば、自分のエルノアに対しての感情を、全て裏切ることになってしまいかねないから。
「無駄話は止めて、本題に入りましょう」
「ええ、そうね。それじゃあ、どんな建前で西部へ行こうかしら」
ジルバの意見は、確かに必要なことであるとエルノアも理解できた。しかし、それが必須であるかと言えば首を横に振るだろう。聖剣の力が発現されたのなら、軍務大臣あたりはその確認のために、晴也を王城に召還しようとするだろう。そして、この状況でのその命令の優先権はかなり高い。それこそ、王族の筋の通った命令がなければ突っぱねることもできまい。
今はまだいい。第五騎士団の査問会のほうに時間をかけている。しかし、聖剣の力発現から三日――今宵を明かせば四日経とうとしている。査問会が長引いたとしても、それほど長期的に実施されることはないだろう。そうなれば、確実に聖剣に関して発言するだろう。
それよりも早く、体のいい理由を見つけなくてはならなかった。
「シオタ様が西部に行く理由。それだけなら幾らでも思いつくけど……」
「ジュリオス大臣の首を縦に振らせるほどの理由にはならないと?」
ジルバの言葉に溜息を吐きながらエルノアは頷く。
軍務大臣のジュリオスは、若かりし頃は騎士として現場で剣を執っていた。そのような経緯があってか、彼は身内――騎士の立場を優先して考える悪癖がある。それが悪いことと一概には言い切れないかもしれないが、少なくとも今回は、悪い方向に繋がるだろう。
戦場で最前線に出るのは騎士だ。その騎士を守るために、彼はなんとしてでも聖剣の力を物にしようとするだろう。少なくとも、それがどのようなもので、どのような作戦に組み込めるのか。そこまでの概算を、早い段階で組みたいと考えているに違いない。
エルノアは王女として思考する。国を考えれば、ジュリオスに聖剣の力の詳細を伝え、実際のその能力を見てもらったほうがいい。そう考える傍らに、晴也を優先すべきという意見が半分の割合を占めていた。
それは私的な考えであることをエルノアは理解していた。公人として、そのような意見は許されるものではない。王になるものとしては、認めがたい。
「……エルノア様?」
心配してジルバが声をかけた。長らく思考の闇に眼を向けていたエルノアは、その声に意識を引き戻し、ジルバに向けて微笑んだ。
「王女として考えれば、やはりシオタ様を西に連れていくべきではない。そんな意見が強いのです。だけど……」
「エルノア様は、彼を西部に連れて行きたい」
首を縦に振る。そんなエルノアに、ジルバが訊ねる。
「それは何故です?」
「何故?」
「はい。私の意見は、彼に騎士達の意気込みや覚悟を知って欲しいというものです。ですが、エルノア様はそう言った意味で彼を西部に連れて行きたい訳ではないのでしょう? では、何故彼を西部に連れて行きたいのかと思いまして」
晴也を西部に連れて行きたい理由。それを問われて、エルノアの頭の中にすぐに答えが浮かんできた。それは、あり得ざることだった。
エルノアの中で隔てる公と私は、水と油のような関係だ。決して混ざらず、接触面で隔てられている。明確な壁がある訳ではなく、それでも決して混ざらない。しかし、王女として思考している今のエルノアに浮かんできたその答えは、明らかに少女としてのものだった。
初めてのことに、エルノアは困惑した。それを見てわかったジルバは、笑みを浮かべながら口を開いた。
「エルノア様は、公私を隔てる人間です」
「……それが、何か?」
「それが悪いことだとは思いません。王女として余分なものを省き、休む時はそれを深く沈める。効率的だと思います。ですが、見ていて時折思うのです。とても、息苦しそうだなと」
「息、ぐるしい……」
それは、今のエルノアの状態を的確に表していた。
王女としての思考の中に浮かび上がった少女としての意見。それは、まるで毒のようにエルノアを侵し、混乱が次第に呼吸を浅くさせていたのだと確信した。しかし、ジルバから見てそれは、内から苦しめているものではなく、外から縛り付けられているものに見えた。
「人間に公私なんて存在しません。エルノア様は生まれた瞬間からエルノア様なんです。王女としても、少女としても、あなたが考えたことなのです。そこを分け隔てる意味が、どこにあるのです?」
「ですが、王になる者として、私は相応の人間でなくてはならない」
少女のエルノアにはそれがない。ならば、王女としての仮面をかぶり、生まれ持った自我を底に沈めなくては立派になれない。
「ですが、エルメリア様はどうです? 彼女は公私を分けているようには見えません」
「あの子は……才能がありますから」
生まれながらにして王女として生まれ、王としての才覚に恵まれた妹。生まれたときに少女としての自我に目覚めてしまったエルノアとは大違いだ。あるいは、彼女はエルノアが母の胎の中で忘れてきた王威なのかもしれない。そんなことを、何度か思ったことがある。
「いえ、それは才能というものではございません。自分を信じているか否かの差です」
「私は自分を信じています」
「ですがそれは、王女エルノアという仮面です。あなたの素顔ではない」
いい加減、ジルバの問答に苛立ちを覚え始めた。
果たして彼女は何を言いたいのか。ここで議論すべきはそんなものではないとエルノアは叫びそうになる。しかし、それよりも先に、ジルバは続けた。
「もし、公私を隔てなければならないのであれば、私はあなたに相応しくないかもしれません」
「それは、どういう……」
「エルノア様への忠誠。それは、決して騎士という公人としてのものだけではありません。生まれ持った少女としての自我から、私はあなたへ忠義を誓っているのです」
それは、どこかでわかっていた。エルノアはジルバのことを幼い頃から知っている。そのときに比べれば随分と彼女は立派になったが、それでも自分への態度は一切変化がない。少女の頃から、騎士の今でも。
「私の忠誠は、決して覆りません。騎士としても、少女としても、私はあなたをお守りいたします。……それとも、私のこの考えは、いけないことなのですか? あなたのお傍にお仕えするには、不相応ですか?」
「そんな訳ない! でも、それとこれとは話が――っ」
「いいえ、同じことです。私が公私ともにあなたに忠誠を尽くす事と、あなたが公私で彼を想い行動すること。それは、何ら違いはありません」
一呼吸を置き、ジルバは続けた。
「いいんですよ。少女として彼を思っても。王女として彼のために行動しても。それとも、王となる者は、真に国のためだけに思考し、行動しなくてはならないのですか? 国は、一人ひとりが集まってできているのに、そんな個人を蔑ろにするのですか?」
国のために、個人を犠牲にしなくてはならないときがある。それが国を守ることに繋がるのだ。しかし、人一人を守れない人間が、国という大きなものを守れるとも思えない。
ならば、誰か一人のために、王女が意見してもいいのだろうか。そうすることで、もしかしたらこの国にとって致命的な何かに陥ったとしても、自分は自分を許せるだろうか。
エルノアにはわからなかった。未だそれほどの決断を迫られたこともなければ、それほどまで王女と少女の自分の中に乖離があったことも知らなかった。
答えを出すことに怯えるエルノアに、ジルバは一つ嘆息しながら呟いた。
「偉そうなことを言いましたが、結局のところはエルノア様がどうしたかですよ」
「私が、どうしたいのか……」
「彼を城に戻したいのか。それとも西部へ連れて行きたいのか。あいつはきっと、エルノア様の言葉なら素直に従いますよ。きっと、どこへ行ってもやることは変わらない。そんな風に考えてるはずです」
変なところで厳格な部分がありますから、とジルバは苦笑いを浮かべる。
きっとそれは信頼の証だろう。誰も味方がいなかった晴也にとって、エルノアが最初の味方だった。故に、心の距離が他の人間より近いのだ。そう理屈で考える一方で、その事実に喜んでいる自分がいることをエルノアは自覚していた。
そんな信頼に応えたい。その考えが、次第にエルノアの思考を王女から少女の物へと染めていった――否、染めたのではない。少女としても、王女としても、結局それらは一人のエルノアでしかない。そういった画一的なものが、エルノアの中に生まれていた。
なればこそ、躊躇うことはもうないのだろう。あるいはこの選択で、後悔が生まれるかもしれない。それでも、この選択はきっと正しいのだと思える。自分に尽くしてくれる相手へ、少しでも力になれるようにと、エルノアは口を開いた。
「私は、シオタ様を休ませたいと考えています。初めての実戦や、聖剣の力の発現で、きっとお疲れでしょう。ですので、慰安として西部へ赴きたい。そう思っています」
それは、とてつもなく私的な意見だった。それを素直に言ってしまったことにエルノアは赤面する。それを聞いたジルバは、曝け出した本音に笑みを浮かべた。
「なら、そのまま城にそう伝えましょう。軍務大臣を含んだ大勢が否定的な意見を述べると思います。ですが、エルノア様がそうすると決めたと伝えれば口出しはできないでしょう。そして、証明すればいいのです。エルノア様の判断が、良い方向に転がったと。危機こそが好機なのです」
両手で握った拳を見せ、満面な笑みを浮かべてジルバは励ますようにそう告げた。
危機は好機。確かにその通りかもしれない。そう思って、エルノアもジルバに倣って拳を握ってジルバに見せた。
お互いがそうすると、自然な笑みが吹きだした。食堂の中に二人の笑い声が木霊した。
第二十七話を読んでいただきありがとうございます。
次話もよろしくお願いします。




