表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アクロス・ノア 涙が海にとけるまで  作者: フジアキ
第二章 そして錨が上がる
25/54

第二十三話

 監視塔を抜け出したジルバの行動を早かった。

 晴也とエルノアが進むのに苦労した通路を、導きを意味するナーデアの魔法を用いて早々に脱出し、エルノアと晴也の痕跡を追っていた。その最中に、矢で木に縫い付けられているヴォンターの死骸と、近くにあった小屋を見つけた。ヴァストンの小屋だ。

「すまない、私は騎士のジルバと言う。誰かいるのなら開けてくれないか。聞きたいことがある」

 小屋の扉を叩くが、中から反応はなかった。同じように数度叩いてみるが、変わらず反応はない。試しに扉を開けてみる。鍵穴がないことからわかるように、施錠はされていない。

「すまない、入らせてもらうぞ」

 そう言ってからジルバは小屋の中に入る。小屋の中には何者かが生活している痕跡が見られる。しかし、少なくとも晴也とエルノアがいる気配はなかった。

 住民は留守のようで、部屋の中には人の気配がなかった。しかし、弓や矢束、短剣という物が放置されているのを見る限り、狩りに出かけているという様子でもない。

 近くにある村にまで出かけているのか。そんな風に考えていると、ジルバがあるものを見つけた。

「これは、鳥籠?」

 その小屋にはそぐわない、豪奢な鳥籠だった。大型の猛禽類用の鳥籠は、何らかの魔法がかかっている痕跡があることをジルバは目敏く見つけた。鳥籠にかける魔法とういえば、帰巣の魔法だ。檻や籠とそれらに入れる動物とに魔法をかけることで、動物を必ずそこに帰ってこさせるという魔法だ。

 鷹匠などの猛禽使いとなると、相棒の猛禽類に負担をかけないようにそういった魔法を使わないのが常識だ。つまり、この手の魔法を猛禽類に使うとなれば、鑑賞目的となる。しかし、それはこのような小屋に住む人間のするような趣味ではない。つまり、別の理由があるのだろう。

 鳥類に帰巣の魔法をかける場合、鑑賞用以外にも別の用途として利用されることもある。その一つが、連絡用の鳥だ。別々の地点にある檻や籠に同一術式の帰巣の魔法をかけ、魔法の起動と停止を交互に行えば、魔法にかかっている鳥は、帰巣の魔法が起動しているほうへと勝手に飛んでいく。それを利用した、遠距離間の連絡。一昔前までエルダフィートの一般市民に流行っていたものだ。

 古い時代の名残かとも考えたが、だとしても猛禽類を使う理由はない。それを使うということは、かなり遠距離ないし、危険な地帯を飛ぶということ。そこから導き出されるのは……。

「――ッ!?」

 魔法の起こりを感じ取ったジルバは、勢いよくその場から飛び退いた。瞬間、つい先ほどまでジルバがいた場所に、壁を突き破って矢が刺さった。ガンテダの魔法で強化され、床が陥没してしまっている。

「不味いッ」

 家主の意図を理解したジルバは、慌てて小屋の外へと出ようと駆けだす。

 瞬間、岩石の矢の雨が小屋を圧し潰した。

 小屋があった場所には、超高速で飛来したガンテダの矢により地面が抉れ、陥没していた。もはや、ここに小屋があったなど誰にもわからないだろう。

 ヴァストンはその様子を眺める。上手く行っていれば、小屋を調べていた騎士も葬ることができただろう。しかし、初手の矢で仕留めることができなかった時点で、それはないとヴァストンは考えていた。

 早々にこの場から立ち去らねばならない。ジルバを仕留められていないとなれば、長時間その場に留まること自体が危険だった。そう考え、動き出そうとしたヴァストンのすぐ横を、猛烈な速さで石が飛来した。飛んできた石はすぐ横の木にぶつかり、幹を抉って粉々に砕けた。

 慌てて小屋のほうを見ると、そこにはボロボロのジルバが、周囲にある石をヴァストンへと投げている姿があった。

「クソッ、もう反撃してくるのか!」

 寸前でヴァストンの意図を把握したジルバは、(ウォンテル)の魔法を用いて最低限の攻撃を防いだ。地水火風の元素の理では、水は土に弱い。しかし、弱い元素が強い元素に対処する方法も、騎士であるジルバは心得ていた。

 傷を最小限に抑えたジルバは、矢が飛来してきた方角に辺りをつけ、エルディンで膂力を引き上げて石を投げつけていた。

 何度か同じ方向に石を投げるが、一向に反撃はない。既にヴァストンはその場から遠くへ退避していた。

 戦闘を終えたジルバは、その場で尻餅をつき、体中に刺さった小屋の材木や石の破片を抜き取り、治癒の魔法で傷を癒していく。

 傷を癒しながら、ジルバは考え込む。

 小屋の中にあった鳥籠は猛禽類用の物で、帰巣の魔法がかかっていた。その用途は恐らく連絡用。猛禽類を使ったのは、危険地帯を通うためか安全に手紙を受け渡すためかのいずれか。何より、小屋を壊すというやり口と卓越した弓術と魔法の使い手。ここまですれば、自ずと答えは絞られる。

「まさか、間者がこんなところにいるとはな」

 ガグランダ公国からエルダフィート王国に送り込まれた間者――影の正体は、ヴァストンだ。

 間者の存在に、戦争の気配をより身近に感じ取った。間者が王国に入り込んでいるということは、確実に聖剣の存在は周辺諸国に周知されていると考えるべきだろう。そこから周辺諸国がどのように動くのか、ジルバにもわかった。

 急がないといけない。そんな焦燥感が生まれ、ジルバは傷の治療を早々に終わらせ、エルノアら捜索を再開した。

 その場から再び森の中へ入って進んでいくと細い道に出た。二列の轍がくっきりと浮かぶ様子は、馬車の横行がある道なのだと把握した。

 人の気配を辿るように、ジルバは村のほうへと向かった。

 村にまで立ち入ると、騒然とした様子にジルバは思わず眉を顰め、辺りの様子を観察した。すると、村の中に騎士が何人かいるのがわかった。彼らは一様に疲弊した様子で、まるで何かから逃げてきたような、あるいは敗残兵のような雰囲気を醸していた。鎧に施された盾の紋章は、彼らが監視塔騎士であることがわかった。

「おい、ここで何をしている。何があった」

 座り込んでいる騎士に対して、ジルバがそう訊ねた。ジルバの顔を見て、その騎士は驚く。

「え、エルノア殿下の近衛騎士!?」

 その騎士の声が波及して、別の騎士達をも行動させた。

 騎士達は一斉に警戒心を剥き出しにし、ジルバが声をかけた騎士は、腰の剣にまで手をあてがった。

「ま、待てッ。剣を抜こうとするな! 私はただ、どうしてお前達がここにいるのか訊いただけだろう!?」

 彼らの様子からして、ただ事ではないことは明らかだった。もしくは、先ほどの間者の仲間にやられたというのも考えたが、ジルバはそれを否定した。もしそうだとしても、ジルバのことをエルノアの近衛騎士と認識したうえで、剣を抜こうとした理由の説明がつかないのだ。

「――貴様ら、エルノア様を見たな」

 騎士達の警戒心に答えるように、ジルバは敵意を剥き出しながらそう訊いた。ジルバの剣呑な表情に呑まれた騎士は、無意識にか首を縦に振っていた。

「どこで見た。どうして一緒にいない」

「そ、れは……」

 言い淀む騎士を見て、ジルバは確信した。こいつらはエルノアの敵であると。

 エルノアを見たのは敵対したから。エルノアと共にいないのは、彼らの様子から見て戦いに敗れたからだろう。それは、些かエルノア一人にできる所業ではない。晴也が上手いことやったのだろう。それほどの実力は未だなかったが、立派に務めを果たしていることに、ジルバは少しだけ安心した。

 ならば、自分も自分の役割を果たすのみ。ジルバは騎士の襟首を掴み、低く重い声で訊ねる。

「吐け、エルノア様はどこだ」

「俺は何も……」

 口答えしようとした騎士の膝を蹴り崩し、うつ伏せに倒した騎士の腕の関節を締める。苦痛に表情を歪ませる騎士の首筋に、ジルバは短剣を突きつける。

「もう一度聞く。エルノア様はどこだ」

 組み伏せた騎士や、その仲間達にもジルバはそう問い詰める。騎士の首筋に突きつけた短剣の刃は、騎士の首の皮膚を裂き、僅かに血が滲む。首に伝わる冷たい感触や、地面へと流れる血を見せつけられた騎士達は、ジルバが本気で騎士を害そうとしているのを察した。

「み、南の山壁だ! そこに建設途中の隧道がある! 二人ともそこにいるはずだッ」

 ジルバの下にいる騎士がそう叫ぶ。南に隧道。それが何を意味するのかわかったジルバは、思わずここにいる騎士全員を殴りつけたい衝動に駆られた。しかし、それを強い自制心で律し、ジルバは騎士の上から立ち退く。

「今はお前らに構っている暇はない。監視塔に戻るなり何処かへ逃げるなり好きにしろ。だが、エルダフィート王国を裏切ったことを、貴様らは後悔することになるだろう」

 そう吐き捨てると、ジルバは村人に騒がれる前に村を後にした。

 騎士の言葉通り、南のほうへしばらく進むと、エルダフィートと南のガグランダとを隔てる山々が、その輪郭を明確なものにする。

 山裾にまで足を運び、それに沿うように建設途中の隧道とやらを探した。

 騎士の中には、この山を神聖視する者がいる。

 四方を敵に囲まれたエルダフィートが、未だ攻め滅ぼされないのは国を囲い、登ることも難しい山が国を守っているためだ。騎士の中でも特に、国全体を飛び回る第二や魔法研究所に派遣される第四、地方の要塞に勤める第五の騎士はそれが顕著だ。

 そんな第五の騎士であるはずの監視塔騎士が、ある種の信仰対象である山に穴を開けようとしている。そこまで追い詰められている感覚はジルバにはない。しかし、自らが信じるものを傷つけてまで、何かをなそうとした騎士達は、生半可な覚悟ではなかったことを改めて察した。

 かといって、それらに対して容赦する訳でもない。などと考えている、山壁にぽっかりと穴が開いている場所を見つけた。周囲には天幕や作業用の机が広がっている様子から見るに、建設途中の隧道はそこなのだろう。ジルバは駆け足でそこに近寄り、そしてそこの惨状に目を見張った。

「なんだ、これは……」

 隧道は、真っ白な結晶によって塞がれていた。周囲には白い砂が宙を舞い、まるでそこでだけ、世界が違うような様相を晒していた。

「これは、塩?」

 宙を舞っていた白い砂を掴み取る。無臭のそれを少しだけ舌に乗せると、馴染の深い塩味を感じた。間違いない。白い砂やその結晶は塩で出来ている。

 一体何があったのか。魔法によるものだとしても異様な光景に、ジルバは思わず息を呑む。

 洞窟の中を見ていると、そこに人影があることに気づいた。金髪の少女と、その傍らに横たわる少年。エルノアと晴也だ。

「エルノア様ッ」

 二人の姿を見たジルバは声を上げて駆け寄った。ジルバの声を聞いたエルノアが、驚いたようにそちらのほうを見ると、泣きそうに顔を歪め、それを無理やりに堪えた。

「ジルバ、どうしてここに……」

「心配になって後を追いました。大丈夫ですか? お怪我は……なさそうですね」

 ひとしきりエルノアの体に怪我がないか確認し、無傷であることにジルバは安堵の息を吐いた。

「でも、シオタ様が」

 エルノアの言葉に、ジルバは晴也のほうを見た。体中の火傷の痕は、かなり高温で炙られたものだった。重症であると判断したジルバは、すぐさま魔法で水を呼び寄せ、晴也の体を冷やしつつ、治癒の魔法で傷を癒し始める。

「此処でできるのは応急手当くらいです。本格的な治療は、一度監視塔に戻らないと……」

 そう言ってジルバはエルノアを見た。果たして今の彼女は、監視塔に戻る気があるのか。ジルバにはわからなかった。見たところ憔悴はしているが、その瞳はかねてよりの怜悧さが戻っているように見える。

「監視塔に戻りましょう。ジルバ、手伝って」

 即座にそう判断したエルノアに、ジルバは思わず笑みが零れた。そして、晴也の治療に専念することにした。

 何ら反応を見せない晴也が気を失っていることは明白だ。眠るようなその様子は、まるで死んでいるように見えて、ジルバは思わず顔が青ざめる。

「死んでくれるなよ。お前には、まだまだやってもらわないといけないことがある」

 そんなジルバの想いに呼応するように、彼女は発するエルディンの量を増やし、魔法の効力を強めた。


    *


 監視塔騎士による、エルダフィートとガグランダ間を結ぶ隧道の建設。一見無謀とも思えたエルノアと晴也の行動によって、それは明るみとなり、未然に防がれた。

 何より、聖剣の力の発露。その事実は、この件がどれだけの負債であろうと、エルダフィートにとっては得難いものであった。

 南部監視塔は事実上の封鎖。現任騎士は即刻第二騎士団によって拘束され、現在は第一騎士団の人員による仮運用をしている。

 第五騎士団団長であるノルートルは、この件に関して査問にかけられることが決定した。即刻首を挿げ替えるということは現状では考えられないが、騎士団内の立場はかなり窮屈になるだろう。

 隧道建設を阻止し、聖剣の力を発現させた晴也は重傷を負い、エルノアとジルバ。そして、監視塔までの護衛に着いていた第二騎士団の内数名を連れて、設備が充実している魔法研究所に移送され、治療を受けることとなった。

 エルノア一行について来ていたエルメリアは、事態の対処のため、近衛候補であるシャーンを連れて一路王都へ帰還。

 状況は悪い方向へ動いている。誰しもが、まさかエルダフィートの内部に裏切り者が潜んでいるとは考えもしなかった。それも、要塞一つが敵の手に落ちているなど、あり得ないと言っても過言ではない。しかし、結果としてそのような事態に陥っている。それはすなわち、彼らを敵の手に陥れた何者かが、未だエルダフィートに巣食っているという事に他ならない。

 晴也達を魔法研究所にまで護送した第二騎士団の一人が、夜の闇の中、研究所の外に広がる森を明かりもなしに歩いていた。

 魔法研究所から幾許か離れた場所で足を止めると、彼はしきりに周囲を確認した。夜の闇でそこに何があるのかさえわからないが、彼の目には何かが見えているようで、一ヶ所を注視すると、視線の先へと進んだ。

「どうやら傷を負ったようだな」

「……大事ない」

 騎士が虚空に話しかけると、闇の中から声が響いた。それはヴァストンのものだった。

「秘密裏に進められていた隧道建設はご破算だ。この件を先方に伝え、計画を別のものに移行して欲しい」

 当初の計画では、秘密裏に建設した隧道を通り、南側から一気に侵攻し、そのまま王城を落とすという電撃的なものだった。しかし、建設途中の隧道を塞がれたとなれば、その計画は頓挫したと言わざるを得ない。

「既に報告済みだ」

 騎士の言葉にヴァストンは端的に答えた。仕事の早い奴は好みだ。騎士は感心し、笑みを浮かべる。

「そちらは大丈夫なのか。この件が明るみに出れば、王国は裏切り者を炙り出すのに躍起になるだろう。ガグランダの間者である俺と接触するのも危険だ」

「ああ。だから、自分がお前と接触するのはこれが最後になるだろう。恐らく、あちらへの接触も可能な限り回避するべきだ」

「一気に動き難くなったな」

「想定されていたことだ」

 夜の中で交わされるその会話は、しかし夜の虫の囁きほども人の注目を浴びることはなかった。その場に二人以外の誰もいないからではない。それほどまでに二人の声は静かであった。まるで、周囲の環境が奏でる微細な音に声を紛れさせるように、彼らの会話は、意識しなければ耳から滑り落ちてしまいそうになる。

「次のお前の動きを把握しておきたい」

 ヴァストンの言葉に、騎士は答える。

「こちらは受動的にならざるを得ない。流石に、今の状況で動けば悪目立ちしてしまう」

「そうか。……恐らく、近い内に西部で大きな動きがあるはずだ。それが戦端になるだろう」

「西部? 正面から攻めるのか?」

「さあな。末端でしかない俺にはわかりかねる」

 自分の動きは全て把握されているのに、相手の動きが不透明である。そのことに騎士は僅かな苛立ちを覚えた。しかし、騎士の立場はガグランダに協力させてもらっているというものだ。その気になれば、ガグランダは彼ら内通者を切り捨てることもできる。弱いのは自分であると呑み込み、騎士は強く拳を握る。

「……そろそろ行く。武運を祈る」

 そう言い残し、ヴァストンは影から影へと溶け込むようにその場を去った。薄かった気配を感じなくなった騎士は、一つ大きく嘆息する。

 腹芸は得意ではない。こういうのは貴族の仕事だ。そんな悪態を吐きそうになるのを呑み込み、騎士はその場を後にする。夜空の雲間から、月明かりが差し込む。森の枝葉の間をすり抜けて、その騎士の顔を照らした。

 その騎士の顔は、第二騎士団団長のグライダムのものだった。

第二十三話を読んでいただきありがとうございます。

ここまでで第二章は終了となり、次話から第三章が始まります。


次話もよろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ