第二十話
村での情報収集は粗方終わっていた。それは、太陽が中天から少し傾きかけた頃だった。
ここ数年、騎士が毎日この村に巡回に来る。村民は口を揃えてそう言った。それは巫女が口にしていたことと矛盾はなく、向かうのは南のほうだというのも合致していた。
しかし、一度だけ妙なことがあったらしい。巡回に来た騎士が二組、この村でかち合ったのだ。たった一度の出来事で、偶然と片付けられるそれを、エルノアは重点的に訊いた。そこでわかったのは、一組はいつも通り監視塔のある方角から来て、もう一組はいつも騎士達が消える南から来て、しかも鎧を汚し、酷く疲れ切った表情をしていたらしい。
「恐らく、南に何かがあるのでしょうね」
ここで得た情報を総合すると、そう言うことになる。
「けど、南と言っても広いだろ? そこから騎士達を探すのは流石に……」
晴也は未だに頭の中にエルダフィートの地図が完成していない。故に、監視塔がどこにあって、この村がどの辺りにあるのかもよくわかっていない。それでも、無策に探すのは効率的でないことは明らかだった。
エルノアは首を縦に振りながら、しかし笑みを浮かべて打開策を告げた。
「確かに、効率的ではありません。ですが、考えがあります」
「考え? どんな?」
「騎士達に教えてもらうのです。彼らがどこに向かっているのか。彼ら自ら、口にしてもらうのです」
*
ここ数年で毎日となっている、巡回の騎士達が村に訪れた。彼らが毎回ここに立ち寄るのは、巡回という表向きの仕事をこなすための他に、万が一の際の臨時拠点として運用するためでもあった。
今、彼らが行っている仕事は、幾ら魔法による補強が上手く行っているからと言えど、一歩間違えば大事故間違いなしのものだ。もしそうなった場合、すぐさま拠点として利用できる土地が必要になる。そこで、毎日巡回をし、安全を確保しているという名目を作っていたのだ。
まどろっこしいやり口だが、隠密にことを進めるには大きく動けないこともまた事実だ。しかし、このような次善策を講じている時点で、事が明るみに出る危険性があることを、彼らは愚か、彼らを統括しているアズローすら理解できていなかった。
「騎士様方、本日もありがとうございます」
村長を務める初老の男が、やって来た騎士に頭を下げる。彼の態度を見れば、他の騎士達もしっかり工作のためにここに寄っているのだとわかる。他の村となると、ここまで媚びへつらうような態度はとらない。表面上は丁寧に、といった様子だ。
「すまないが、水を一杯貰えるか? ここまで少し急いで来たからな。喉が渇いてしまった」
「ただいまお持ちします」
騎士――トウロの言葉に村長は曲がりつつある腰に鞭を打って速足で自宅へと駆けた。
村長がいなくなるが、周囲の村民達から騎士への視線はなくならない。好奇な視線にさらされることに不快感を覚えるが、刹那的に当たり散らせば破滅するのは自分なので、そんなことはしないようにした。
しかし、村を見渡して独り言ちる。
「……どうやら、ここにもいないようだな」
今回、いつもの用件以外に彼らがここに来た理由があった。無論、エルノアらだ。監視塔から消えたエルノアを探すことも、便宜上ではあるが彼らの仕事となっている。そのため、普段は二人一組での行動のところを、一人連絡役を加えて三人一組という形にしているのだ。
「しかし、エルノア殿下もなんでこんなことしたんだか」
そこで別の騎士――レクファタがそんなことを口走る。彼は男爵家の次男で、騎士団に入るのもそれなりの融通を受けたらしい。一方でトウロは平民の出で、真っ当の試験を受けて騎士団に入団した。彼のことを厭う気持ちはあるが、同僚で相棒でもあり、何より彼の人となりを、トウロはあまり嫌いではなかった。
「俺が知る訳ないだろう」
王族どころか、貴族の考えなど平民出で一介の騎士でしかないトウロには知る由もない。向上心がないという訳ではないが、政治的なことをしようとしている上司アズローの姿を見ると、それは騎士の本懐ではないと躊躇ってしまう。
「まあ、我々に挽回の機会を与えてくださったのは良いことですよ。第二の連中、何か勘ぐってますから」
そう言ったのは連絡役として二人についてきた騎士、ジュイだった。王族専用の馬車が壊されてからの監視塔騎士への尋問までの流れが鮮やかだ。その間に躊躇いを感じられない第二騎士団の動きは、これが彼らの作為によるものであることに気づいていた。
アズローが黒なのは監視塔の騎士ならば誰もが周知で、そしてそれに加担している。故に、本来ならば自分達に向けられた疑惑の目を、どうにかして逸らさなくてはいけなかった。だが、エルノアの騒動のおかげで、ひとまず処断までの間が伸びたのは僥倖であった。
そうこうしていると、水を汲んだ村長が、その手に木製の杯を持って戻って来た。それを受け取った三人は水で喉を潤す。生き返る想いにレクファタは思わず声を上げ、ジュイも満足げに笑みを浮かべた。
水を飲むと、トウロは村長にこう訊ねた。
「すまない、村長。昨日か今日、妙な客人はいなかったか?」
「妙な客、ですか」
自分の問いが酷く曖昧なことを理解しながらトウロは村長にそう問いかけた。彼自身も、エルノアのことをどう説明していいのかわからなかったために、このような形になってしまった。
「そうですね。ここ最近の客人は、神殿から派遣された巫女様方と、森の狩人くらいのものですな。……ああけど、儀式が終わった後、見かけない顔の者が二人、巫女様に話しかけていたのを覚えています」
「見かけない顔? どのような面立ちだった」
「頭巾を被っていたので、顔はよく見えませんでしたけど、男女二人だったと思います」
当たりだ。それを聞いたトウロは確信した。
監視塔の備品で無くなっていたのは頭巾だけだった。それだけの装備で移動しようとすれば、この村が妥当であることは誰もが把握していた。そんな人物の男女。それは明らかに、エルノアと勇者シオタだ。
その事実を他の二人と視線を合わせて確認したトウロは改めて村長に訊ねた。
「その二人は、今どこに?」
「えーっと、ひとしきり村の人間に何か話を聞いて、何処かに行ってしまいました。……まずかったですかね?」
「いや、そんなことはない。ところで、その二人はお前達に何を訊いたんだ?」
「ここ最近の騎士様方の動向を。他の村に比べると、ここは騎士様方が良くいらっしゃいますから、それが不思議だったのではないでしょうか?」
改めて確信する。エルノアがやろうとしていることは、監視塔騎士に対しての敵対、すなわち第二騎士団と同じ立場だということだ。それがどうして、このような事態になっているのかまでは把握できないが、それでもエルノアが自分達にただ都合よく騒ぎを起こしたのではないことを、三人は認識した。
「そうか。すまない、手間を掛けたな」
「いえ。日頃この村を守ってくださる騎士様方の頼みとあれば、この村の者は喜んで協力いたします」
どこか誇りを持ってそう語った村長を、トウロは一度下がらせる。
村長を下がらせると、三人はすぐに次の行動に移った。まず、連絡役であるジュイは、本隊である監視塔に情報を伝えるために戻る。それは、出発前から決めていることだった。そして、トウロとレクファタはこのまま南に向かい、作業に着く。それと同時に、作業中の騎士達に現在の状況の説明も、彼らの仕事に含まれていた。
休憩を終えた三人の内、ジュイは早々に村を後にして監視塔へと戻った。それを見送った二人も、すぐさま南へと向けて村を後にした。
エルダフィート王国は、隣国との国境のほとんどを山中に有している。故に、北部のシューエバッフ領と南部のスーリロム領は、西部メンティア領に比べると穏やかなときが流れている。それは、騎士としてメンティア領に出向したことのある身なら誰もが知るところだった。
メンティア領だけは、山の切れ間に国境がある。その防備のために、メンティア領の兵力は王都に次いで高い。隣国が結託してエルダフィートに攻め入ろうにも、消耗無しに侵攻できる入り口は一つだけ。それが、エルダフィートが現在まで存続している、戦略的に理由でもあった。
しかし、もしその前提が崩れれば、この均衡は一気に瓦解する。無論、その前提は容易に崩せるものでないことをエルダフィートは自負しており、隣国も正確に認識している。しかし、決して実行不可能ではないのだ。特に、内部に協力者がいた場合は。
この場合、内部の協力者というのは、アズロー率いる南部監視塔騎士だった。彼らは隣国――ガグランダ公国における地位の確立を約束されていた。他国ではあるものの、高い地位というものに貴族は目が眩んでいた。
しかし、地位というものに魅力を感じない者も監視塔騎士の中にはいた。だが、そうでない者にとっても、ガグランダに協力することは魅力であった。その一つが、明確な安全だった。平民出の騎士にとって、戦争が近いという現状で最も案じることは家族だった。戦争が始まり、敵としてガグランダと戦えば、騎士として鍛えている者は生き残れるかもしれない。それでも、争いの波に揉まれた家族は無事では済まないかもしれない。ガグランダに協力すれば、協力した騎士の家族も受け入れてくれるのだという。
エルダフィートに愛国心はあるが、しかしそれは家族に勝るものではない。トウロを含む若い騎士はそう考え、監視塔騎士はガグランダに協力することと相成った。
太陽が沈み始めた頃、トウロとレクファタは目的の場所に辿り着いた。深い森を掻き分けて辿り着いた場所は、切り立った山の麓だった。断崖を思わせるその山を登るのは困難で、壁のようなそれが、エルダフィートの周辺には続いている。そこに、監視塔騎士の多くが作業をしていた。
木を切り倒して場を広げ、天幕を張り作業区画を分け、壁のような山に向けて魔法を放ち掘削していく。
監視塔騎士の間では、ここを単に作業場なり、あそこなり呼んでいる。それでもあえて名前を付けるのであれば、隧道建設現場、とするのが妥当だろう。
「交代の人員か?」
汚れの少ない鎧姿のトウロとレクファタに比べて、この場で作業している騎士達の鎧は泥で汚れていた。二人の姿を見かけた騎士の一人が、そんな風に言いながら二人に近づく。
「ああ。だがその前に、全員に伝えなくてはいけない。作業を中断して集めてくれないか」
「……わかった」
疲れているところ申し訳ない。そんな風に思いながら、トウロは他の騎士達を呼び始めた彼に心中で頭を下げる。
騎士達が作業を中断し、トウロ達の元へ集まる。作業を止められたことへの苛立ちが表情に見えたが、それを無視してトウロは口を開いた。
「まず、先日監視塔で起こったことを説明する」
そう言ってから、トウロは事情の説明をした。すると、場にいた騎士達が僅かにざわめき立つ。それが、自分達の行いが漏れていたことか、あるいは王女が行方不明になっていることかまではわからなかった。
「それで、俺達はどうする?」
騎士の一人がそう訊ねてきた。トウロに代わりレクファタが答える。
「今んとこ、監視塔に戻るのは得策じゃないな。流石にその格好で戻れば、第二の連中の餌になるのはわかりきってる。身を隠すって言うのが一番いいが、そうなると向こうの人員が減って逆に不自然だ。だから、今まで通り入れ替え制でいいんじゃないか? ただ、その格好の説明のために、多少怪我をすることなるかもしれないが」
そう言うとレクファタは、近くの森にあるヴォンターの棲家を騎士達に教える。そこで負傷し、しばらく動けなかったことにすれば、数日分の汚れはどうにかできる。
「わかった。それで行こう。お前らもそれでいいな」
騎士の声に、他の騎士も賛同した。ひとまず、これで引継ぎは終了となる。トウロ達と交代の騎士は作業から解放されることに笑みを零し、そんな様子を見たトウロとレクファタは、この先の作業に憂鬱を表情に滲ませた。
隧道を掘るというのは、途方もない作業だ。掘れども掘れども、終わりは見えない。自分達の行いに意味があるのかなどと問えば精神を病んでしまいかねない。しかも、幾ら魔法で地盤を補強していると言えど、途轍もない量の土や石が、自分達の頭上にあるのだ。それが一気に落ちてくるともなれば、実も竦んでしまう。
それでもやるしかない。ここまで来たらやらないという選択肢などないし、何よりこれが、未来のためなのだ。そう信じて、トウロは作業を始めるために建設途中の隧道の中へと入ろうとした。
「――全員、作業を中断しなさい」
しかし、その行動は少女のその言葉によって止められた。
そこにいたのは、監視塔騎士と第二騎士団が探している王女エルノアと、聖剣を携えた勇者シオタだった。
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