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アクロス・ノア 涙が海にとけるまで  作者: フジアキ
第二章 そして錨が上がる
20/54

幕間 二

今回は幕間ということで、少し短めです。

 某日明け方。

 エルダフィート王国外部、西の隣国であるガグランダ公国のある場所に、数人が集まっていた。

「早い時間に申し訳ない。ただ、火急に報告せねばならない事態であったため、集まってもらった」

 黒袖黒穿きの貴族が卓に着いた全員を見渡しながらそう口にする。

 今回の集合は、余程緊急の案件であることをその場の全員が察していた。そうでなければ、本来この場には呼ばれない人間が二人もここにいるはずがないのだ。

 主にエルダフィートへ赴いて商売をしている、イーブライム商会の会長であるマーケリィは、ちらりと二人の姿を見た。

 一人は法衣をまとった長身痩躯の男性だった。優し気な笑みを浮かべ、常に祈るように両手を組む姿は敬虔な信徒にも見える。しかし、彼の腕が抱くその槍の威容は、彼が只人でないことをしかと知らしめる。

 ――グレングルム。神が自らを坐する天を創造する際、両の腕を用いて造ったとされる聖槍。

 それに触れること能うのは、聖槍に選ばれし者のみ。すなわち彼こそがロジェンカ神が人間より見出した聖人、アースター・ヴァインその人だ。

 そしてその隣。眠そうに欠伸を掻くのは中肉中背の男。眉間に皺を寄せ、背中を丸めて足を組むその様はアースターに比べると気品を欠いている。しかし、彼自身が発する圧とでも言うべきか。武芸について素人であるマーケリィですら感じるその緊張感は、彼もまた選ばれた人間であることを窺わせる。

 そんな彼が卓に無造作に置いた鎚。それこそが、人の住まう土地を創ったとされる神の脚――フェルヴァーツェン。そして、それを担うのは、戦闘能力の高いとされる部族、ジェーロの英雄とされるルーフィド・ジェーロ。

 彼らがこの場にいるためか、一同の緊張感は高い。つい先ほどまで眠りこけていたような輩も、彼らの登場によって背筋を伸ばしている。

「このような時間に集まってもらったのは他でもない。かの国に動きがあったためだ」

 司会を務める貴族の言葉に、場に別の緊張が走る。

 かの国、すなわちエルダフィート王国。異端者の集う国。世界の中心などと謳う不遜者共。彼らは国の中心にある湖の底に、神がこの世の中心と定めた聖剣などという物が存在するとほざき、ロジェンカ教から分裂した一派だった。

「かの国に潜んでいる私の手先からの報告によると、聖剣の引き抜きに成功したと」

 その事実に場がどよめく。それはあってはならないことだ。何せロジェンカ教には、聖剣など存在しない。今までそう説き、エルダフィート王国に対して様々な工作を行ってきたのだ。それが、聖剣が実在した。その事実は、ロジェンカ教を国教とするガグランダ公国のみならず、共にエルダフィートを追い詰めていた他の周辺諸国の常識をひっくり返すものだった。

「聖剣、実在したのか……」

「どうするのだ。聖剣が実在したとなれば、奴らがどのようなことをしでかすか」

 ロジェンカ教が彼らに対して強く出られたのは、彼らの言葉に信憑性がなかったためだ。しかし、聖剣が実在したとなれば、彼らの言葉にも信憑性が生まれる。つまり、経典の解釈は、彼らのほうが正しかったと認めざるを得なくなる。

「いや、我々を混乱させるために奴らが流した嘘である可能性も」

「かの国内部で得た協力者によると、聖剣と称される剣は太陽のような輝きを放ち、選ばれた者以外は高熱により持つことを拒まれるとのこと。これは、グレングルムやフェルヴァーツェンと似た現象であると考えられます。つまり……」

 神器たるレイクスは、選ばれた者にしか触れる事すらできない。聖槍たるグレングルムは重すぎて持てず、聖鎚たるフェルヴァーツェンは触れようとすると手が通り抜けてしまう。高熱で剣に触れる事すらできない。それは確かに、レイクスの証左と言える。

「皆様に集まっていただいた理由はおわかりいただきましたでしょうか」

 貴族の男は淡々とそう告げる。その言葉に場にいる全員が沈黙する。重苦しい空気の中、貴族の男だけは淡々と口を開いた。

「こうなれば、この事実が他の国に伝わるよりも早く、かの国を攻め滅ぼすに限ると私は考えています」

 過激すぎる考えに、誰もが顔を上げる。しかし、その考えは現実的でもあった。一対一の戦争であれば損耗を考えて躊躇う。しかし、ここに集ったのはロジェンカ教により繋がった国同士。思惑は数あれど、目標の一つとして、エルダフィート王国の排斥、および将来的に滅亡させることは共通していた。

 一国対一国での戦争は難しい。しかし、複数対一国であれば完勝は確実だ。

「し、しかしですよ。我々が安易に動けば、それこそ奴らの思う壺なのではないでしょうか? この場に聖人様と英雄のお二方がいるということは、聖槍と聖鎚の神威をお借りすることと存じます。つまりそれは、我々が長年否定し続けた、聖剣の存在を認めることになるのでは……」

 神の力は神の力でなくては打ち払うことができない。故に、聖剣を打ち破ろうとするには、ロジェンカ教が保有するレイクスである、グレングルムとフェルヴァーツェンを利用しなくてはならない。それをしてしまえば、例えその事実を王国滅亡によって否定することができたとしても、他国がどう思うかわかったものではない。

 不安げな男に対して、貴族の男は諭すように口を開く。

「確かに、かの国にレイクスをぶつけようとすれば、我々が聖剣の存在を認めたと認めてしまうようなものです。……しかし、他の国が聖剣の実在を確かめる術はない。何より、我々とてこの情報にある聖剣が、真実聖剣であることを確かめることはできない。そして、かの国で見出された聖剣の担い手は、聖剣の力を未だ引き出せないらしいのです。つまり、好機なのです。大々的に聖剣の力が振るわれ、それが周辺諸国に拡散されるよりも早く、その芽を潰す。今しか、かの国を滅ぼす機会はないのです」

 僅かに熱を帯びたように興奮する貴族の言葉に、誰もが生唾を呑む。

 今しかない。その言葉の意味をしっかりと呑み込んだ人間が、次第に貴族の男の意見に賛同する声が上がる。興奮が場の熱を上げているのか、早朝であるにも関わらず、部屋の中は熱気に包まれていた。

 そんな中、一人が挙手した。聖槍・グレングルムの担い手であるアースターだ。

「アースター様、どういたしました?」

 彼の名を呼びながら貴族の男が訊ねる。アースターは口を開いた。

「エルダフィート王国。それが今回の神敵であることはわかりました。故に、滅ぼすことに異存はありません。しかし、聖剣は如何なさるのですか? エルダフィート王国が引き抜いたとされる聖剣が、真実に神の肉より造られた物であれば、ロジェンカ教としてはそちらを確保しなくてはなりません」

 聖剣がどのような物であれ、レイクスとしての性質を有しているのならば、それの回収は確実に行わなくてはならない。それがロジェンカ教の神殿に勤めるアースターの考えだった。そんな彼の言葉に、貴族の男は笑いながら言う。

「ええ。いくら我々にとって不利な材料であっても、レイクスを紛失するのは歴史的な損失のみならず、神に対する不敬です。故に、聖剣の確保も念頭に置いております」

「……そうですか。ならば、我々としては言うことはありません」

「では、我々は以後、エルダフィート王国を攻め滅ぼすために動く。皆様、そう言うことでよろしいですね」

 エルダフィートを滅ぼす。一同の賛成の声により、今回の集合は解散となった。

 日の出前に起きることなどないマーケリィは、欠伸を噛み殺しながらその場を後にしようとした。そんな脇目に、聖人と英雄の二人が何か話しているのが聞こえた。耳聡いマーケリィには、二人が何を話しているのかが聞こえてしまった。

「――あのお方は強欲だ。きっと聖剣を我が物にしようとしている」

「その根拠は?」

「欲の孕んだ目を見ればわかります。私は司教として、多くの者の見ることもありますから」

「主観的過ぎる。が、同感ではある」

「と言いますと?」

「ガグランダは近頃、余所との繋がりを重視しているように見受けられる。恐らく、余所と何かするつもりだろう。その際の牽制に、レイクスのような特出した兵器があれば、周りも神殿も出し抜けると考えてるんだろう。……算段が甘い。レイクスはそこまで万能じゃねーのに」

 それ以上は聞かないことにした。

 ガグランダ公国が裏で何か企んでいたとしても、商人であるマーケリィには関係ない。ただ、国が生み出す流れに上手く乗るだけ。それができたから、国が彼を利用するのだ。

 聖人である所以、英雄である所以を耳にしながら、マーケリィはその場を後にする。

 戦争が近い。そんな事実に、彼は頭の中でこれから得られる金の勘定をし始めた。


幕間 二を読んでいただきありがとうございます。

一章では幕間を挟んで二章に行きましたが、二章ではもう少し続きます。


次話もよろしくお願いします。

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