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アクロス・ノア 涙が海にとけるまで  作者: フジアキ
第一章 水平線を望む
12/54

幕間 一

幕間ということもあり、短いです。

よろしくお願いします。

 某日未明。

 月の明かりも届かない森の中に、男が一人いた。

 黒袖に黒穿きといった、貴族の正装を身に纏っているが、施されている家紋の刺繍を見ることは、暗闇の中では叶わなかった。

 暗闇の森の中を、男は真っ直ぐ歩いて行く。暗闇により黒い陰を落とす木々の間を縫うように進み、地面から盛り上がる根っこを跨ぐ様子から、この辺りの地理に詳しいことが見受けられた。

「止まれ」

 暗闇のどこかから、何者かの声が響いた。敵意と警戒心を露にしたその声に、夜の冷ややかさとは別種の冷たさが背筋を走った。

「何者か」

 声は端的に誰何する。男は声に対してこう答えた。

「塩売りです。大河の果てまで向かいます」

 まるで商人のような物言いだ。しかし、誰何されればそう答えるように決められていた。男の言葉に、声が再び訊ねる。

「塩を買おう。幾らか」

「お代は結構。何せ私は塩を持ちません。私の行いを神がお褒めになれば、それを授かるのです」

 貧しくとも勤めよ。さすれば神が塩を下さる。それは『経典』の一節であった。それを準えたような答えを男がすると、どこかから物音が聞こえた。木の葉が擦れる音が徐々に近づくと、音もなく男の背後に、黒い影が降り立った。

「尾行はないようだな」

 男に向けて刃物を突きつけながら、影は周囲を見渡してそう口にする。

「細心の注意を払いましたから」

 刃物を突きつけられながら、男の声に震えはなかった。内心はいつその刃物が振るわれるか怯えてはいるが、そんな恐怖を表に出さない鉄面皮は、高位の貴族の証左である。

 男の言葉に陰は鼻で笑う。

「……して、どうだ」

 影のその質問に、男は苦笑いを浮かべながら答えた。

「驚きですよ。まさか、聖剣を引き抜ける人間がいたとは」

「引き抜かれたのか?」

「ええ。身分のよくわからない少年の手によってね。名前はシオタ・ハルヤです。歳の頃は十代前半といったところでしょうか? エルダフィートは便宜的に彼を勇者としていますが、些か勇者としての資質に欠けた人物、といったところでしょうか」

 男は謁見の間で見た晴也の印象を影に話す。彼が勇者であるのならば、エルダフィート王国の希望は完全に潰えた。それは、周辺諸国にとって朗報であった。

 そう、男の背後にいる影は、エルダフィートに放たれた周辺諸国からの間者であった。そして、男はエルダフィートを売った裏切り者だ。

「便宜上と言ったな。何故だ」

「ああ、それですか。どうも、勇者は聖剣の力を扱いきれなかったんです」

「どういう意味だ?」

「何の力も引き出せなかったんです。聖槍には稲妻が走り、聖鎚には溶岩が噴き出す。そういったものを、何一つ扱えなかった」

「なるほど。聖剣に選ばれたにしては不出来だな」

 影は聖槍の担い手と面識があった。彼は勇者というほど勇ましくはない。しかし、とても慈悲深く、信心深い。ロジェンカ教の主神であるロジェンカへの信仰や、民への慈しみの心。彼はそれに溢れている。いわば彼は――聖人。神が遣わした人と言えるだろう。

 あるいは聖鎚の担い手。彼には聖槍の担い手のような聖性はない。それどころか、人によっては彼を野蛮人と謗るだろう。しかし、その勇ましさや戦いにおいて決して膝を折ることのないその姿は、紛れもない英雄の資質を窺わせる。

 聖槍の担い手に相応しい聖性。聖鎚の担い手に能う資質。エルレイクス――神器の担い手には、只人とは違う何かがあって然るべきなのだ。

「して、その勇者はどうなる」

「そうですね。ひとまず、聖剣について調べるために、聖剣を一度魔法研究所のほうに回すそうです。その結果次第、でしょうか」

 質問に対して具体性のない返答で、影は少しだけ苛立ちを覚えた。あるいは、自分に対して何か隠しているのか。そう疑い、影は男の背中に強く刃物を突きつける。

「結果次第でどうなる」

 強い語調で問う。それに対して男は、生唾を呑みこみ、呼吸を整え答えた。

「今の勇者から聖剣を奪い、新たな担い手を探すかと。勇者のほうは――投獄か、あるいは捨て置くのではないかと。流石に極刑まではいかないとは思いますが……」

「それは残念だったな」

 返答を聞いた影は、背中に突きつけていた刃物を収めた。背中に感じる刃物の感触が無くなり、男は安堵の息を吐き、後ろを振り向く。しかし、そこに既に影の姿はなく、ただ夜の闇が広がるだけだった。

「報告、ご苦労だった。次の仕事をこなせば、貴様も晴れて公国民だ」

 どこからともなく聞こえる影の声。それが何らかの魔法なのか、それとも単なる技術なのか、素人の男には見当もつかなかった。

「次の仕事か……」

 それこそが、男にとっての難題であった。

 ガグランダ公国というのは、余程用心深いようだ。彼らに対して男は様々なことをしてきたが、それをしなくては、まさか国を裏切ったことすら信用してくれないようだ。

 公国が男に言い渡した最後の仕事。それは――王族の殺害であった。


幕間 一を読んでいただきありがとうございます。


次話からは二章となります。よろしくお願いします。

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