第十一話
誰もいなくなった広間に、晴也は一人残されていた。
その手には、太陽の如き輝きを宿した聖剣。燦然と輝くその聖剣に、誰もが希望を見出すだろう。
しかし、それを担う晴也の表情は苦悶に歪んでいた。歯を食いしばり、聖剣を握る手はその強さのあまり震えていた。閉じた瞳はまるで涙を必死に堪えているようで、痛々しくさえ思う。
「――なんでッ」
思わず、晴也の口からそう漏れた。
開かれた瞳は涙で潤み、ただその場で立っていただけなのに、その呼吸は酷く乱れていた。聖剣は晴也を選んだ。それ故に塩の柱から引き抜かれ、今なお晴也が握れている。しかし、晴也の要望に、聖剣は一切応えなかった。
晴也は聖剣の力を引き出せなかった。
*
聖剣を受け取った晴也達は、一度街を出て都北部のだだっ広い平原にいた。
「ふぅ。やっぱり、この頭巾は暑いですね」
街からだいぶ離れたところで、エルノアは被っていた頭巾を脱いだ。王女であるエルノアが、街の外にまで行くとなればそれなりの手続きが必要になる。しかし、晴也と街の外に出るということを、貴族に気取られるのは危うい。故に、エルノアは顔を隠し、街の内と外とを隔てる門ではなく、王族のみが知る隠し通路を通って街の外に出ていた。
「エルノア様。やはりあなたまで外に出る必要は……」
「ジルバ。今更それを言うのはなしよ。それに、シオタ様が聖剣を担う責務は、私だって負うべきものです」
エルノアの言葉に、ジルバは俯いてしまう。そこまでの責任を、王女エルノアが負う必要があるのか。ただでさえこの国の未来を担う王女が、異世界から来た男に勇者を任せたという責任まで持つ必要があるのか。ジルバにはわからなかった。選ばれたのは晴也なのだから、勇者としての責任は全て晴也が担うべきだというのに。
俯けた視線を晴也へと向ける。少し離れたところで、晴也は聖剣を引き抜き立っていた。柄を両手で握り、格好だけは構えているように見える。しかし、腕は伸び切っているし、刀身は正中線からずれ、切っ先が震えている。足元もおろそかだ。両足が並べられ、必要以上に開いている。
そんな隙だらけの構えをする男が勇者だと考えると、失望以上に憤りが沸き上がる。このような男を勇者にした責任をエルノアが負うなど間違いだ。晴也を勇者にしたのはエルノアではなく、神エルシェンディカなのだ。
一方の晴也は、聖剣の扱い方に懊悩していた。
鞘から聖剣を引き抜く。聖剣を引き抜いてから一日経つが、聖剣の操縦方法は手探りと言った状態だった。
何せ、誰もエルレイクスという物の扱い方を知らない。ジルバとて、剣の使い方はわかっても、聖剣の使い方は知らないのだ。こればかりは、選ばれた晴也が見つけ出さなくてはならない。しかし、それも一向に上手くいかない。
それでも一つだけわかったことがある。刀身の輝きは、晴也の意思で強弱を変えることができるということだ。
そこに何か鍵があると考えて、晴也は何度か輝きの強弱を変えてみるが、そこから燃え盛る炎が熾ることも、水が流れることもなかった。
これは難問だ。どのように聖剣を扱うのかが全くわからない。
そもそも、伝承からして曖昧なのだ。もっと具体的な伝承があれば、晴也とてそこから何かを掴めたかもしれない。しかし、聖剣は世界の中心を定めたとあるだけ。そこから聖剣の力を想像するのは、晴也の頭でも、この世界の住人でも難しかった。
「どうでしょうか、シオタ様」
進捗を確かめに、エルノアが晴也に近づいた。彼女に対して、晴也は視線を逸らす。
それを見てエルノアも晴也の心中を察した。聖剣を手にした晴也の立場が揺らぐということはない。あるいは、晴也が聖剣を扱えないほうが、彼が戦争に出されるという可能性は減るかもしれない。一方で、聖剣の扱えない勇者として、王国が晴也をどうするのかまでは、エルノアでも想像ができなかった。
やはり、晴也の身の安全を考えるのであれば、聖剣の力を引き出せなくてはならない。となれば、なんとしてもこの場で、どのようにして聖剣を扱うのかだけでも掴まなくてはならない。
「何か別の方法があるのかもしれません。一緒に考えてみましょう」
励ますように笑みを浮かべるエルノアに、晴也は少しだけ気が休まる。
聖剣を扱えるのは晴也一人だが、晴也以上に聖剣について知っているのはエルノアだろう。一人で煩悶する必要はないのだと、少しだけ落ち着いた。
「私、一度だけ他のエルレイクスの担い手の方に会ったことがあるんです」
「他のエルレイクス? 聖剣以外だと……槍と鎚、だっけ?」
おぼろげな神話の内容を思い出して、晴也はその二つを導き出した。空を作るために腕を槍に、大地を作るために脚を鎚にした。そんなような話だ。
「はい。聖槍と聖鎚。これらは、雷と溶岩を操る力を有しています」
空に雷、大地に溶岩。それらは確かに、神話的にも繋がりを導きやすいものだ。
「流石に使い方を聞いたわけではないのでわかりませんが、聖槍の担い手が槍の穂先を天に向けた瞬間、彼の周囲に赤みかかった雷が弾けたのです」
空を創った槍を空に掲げる。わかりやすい扱い方だ。しかし、あるいはそれがエルレイクスの力を扱う方法なのかもしれない。
聖槍は空を創り、聖鎚は大地を創った。そして、聖剣は世界の中心を定めた。その中心はエルンティカで、エルンティカは海水を思わせるしょっぱさだった。
この世界の海がどのような物か晴也は知らないが、少なくとも晴也の知る海は、エルンティカのように塩水だ。何より、海とて神が生み出したものだ。もしかすれば、エルンティカを生んだことが、海の始まりとも考えられる。
聖槍は空へ向ける。然らば、聖鎚は大地に向けるのだろう。そうなれば、聖剣が向けるべきは海だ。
その考えをエルノアに話すと、エルノアは困ったように眉間に皺を寄せた。
「海、ですか。確かに、可能性はありますね。どちらも神の産物ですし。しかし、そうなると……」
この世界に海が実在するのか。それを知る人間はいない。最も海に近い環境なのは、聖剣のあったエルンティカだ。しかし、もしそこだけでしか聖剣の力が扱えないとなれば、この国が考える戦争の兵力としては考え難いだろう。
「何か別の物で代用できるかもしれません。試しに、これを使ってみましょう」
そう言うとジルバは懐から水筒を取り出した。昨日、馬車で晴也に渡した物だ。水筒の蓋を開けると、水筒を晴也に渡した。
海ではなく水を操る。確かに、そうとも考えられる。物は試しと、晴也は聖剣に水筒の中の水をかけた。
重力に従って刀身に落ちていく水は、しかし刀身に接触する前に、煙になって消えてしまった。刀身には一切の湿り気はない。
「蒸発した?」
もう一度試してみるが、結果はやはり同じ。水は刀身を濡らすことなく、消えるように蒸発する。
「水を操るんじゃないのか?」
水が蒸発するというのは、海や水にちなんだ能力に反したものに思える。つまり、聖剣を海に向ける、という前提が異なっているのだろう。
「ですが、蒸発するほどの熱が聖剣に宿っていれば、握っているシオタ様はおろか、近くにいる私達ですらその熱さはわかるはずです。けど、それほどの熱は決して感じませんでした。それ以上に、聖剣に対して水をかけるとこのような反応が起こるというだけでも、大きな進歩ですよ」
前向きに考えるエルノアの言葉に、晴也も確かにと少しだけ笑う。失敗したと落ち込むよりも、新しいことを知れたと考えるほうが建設的だ。
「しかしエルノア様、時間はあまりありません」
「そうね。詳しく聖剣について調べている時間もないし。できる限りのことをしてみましょう」
ひとまず、水を操るという考え方から離れることにした。
城の部屋の中で話し合ったなかで出た聖剣の力は、水を操るものと、光や熱に関連したものだった。
あくまで晴也の常識で、世界の中心というものを解釈してみた。神が涙を落した場所が、この世界の中心となっている。しかし、世界の中心というのが、物理的なものを意味するのであれば、晴也の常識的に考えて、それは太陽だった。
銀河を一つの世界と考えれば、世界は太陽を中心に回っている。この世界が天動説で成り立つ世界ならともかくとして、地動説の地球の常識で言えば、世界の中心とは太陽だ。
物は試しと、晴也は太陽に向けて聖剣を掲げる。太陽の輝きと聖剣の輝き。それが非常に似通っているのは誰が見ても瞭然だが、改めてそれらを並べてみると、聖剣の輝きは太陽そのものと言っても遜色ないものだった。
太陽の力を宿しているということだろうか。しかし、だとしたら神の涙とは何なのか。そんな風に考えていた晴也だが、しかし、一向に聖剣が何かを起こす気配はなかった。
「……こうでもないか」
そう呟いて、一度聖剣を下ろす。
やり方が間違っているとは思わない。聖槍の担い手が、その力を振るうために槍を空に掲げるというのは、それが力を使うために必要な動作だからだろう。ならば、聖剣も何かに向ける必要があると考えるのが妥当だ。
太陽か、あるいは海か。そのどちらかであるとは思う。聖剣の輝きや、神話の伝承を考えても、そう考える以外に関連付けられるものがない。しかし、だとすればどうして力が使えないのか。
やり方云々の前に、何か前提を間違えているということだろうか。そんな風に考えるが、しかし中々答えは出ず、思わず呻くように声を上げてしまう。
「すみませんシオタ様。私の目も、聖剣ほど『力』が濃い物になると見えづらくて」
「そう言えば、聖剣は常に『力』って言うのを放ってるって言ってたね。聖水に浸した布でくるめば、光と一緒にそれも抑え込めるって」
それは、神殿で聖水に浸した布を渡されたときに受けた説明だった。聖剣の光が何らかの力であるのは素人の晴也にもわかることだが、その輝きは、晴也にとってはただの光でしかなく、どのような力なのかまでははっきりとはわからなかった。
「はい。聖剣はエルレイクスであるためか、他の物よりも『力』が濃い……と言うべきでしょうか」
「待って、その『力』って言うのは、聖剣っていうか、エルレイクス以外にも宿ってる物なの?」
慌ててそう訊ねると、エルノアは一度首を傾げてから答えた。
「その通りです。『力』とは神の奇跡。神より生み出されたモノは、大小の差はあれど、神の御力を宿しているのです」
この世のありとあらゆるものに神の力が宿っている。それが、エルノアらが言っている『力』の正体。随分と安い神の力だとも思うが、しかし晴也には、その『力』という物を具体的に知覚することができなかった。
あるいは、晴也には認識できないその『力』とやらが、聖剣の力を扱う前提か。そう考えた晴也は、エルノアにその力についてより詳しく訊ねた。
「その『力』って言うのは、その、どういう物なの? それがあると、何かできることが増えるとかあるの?」
「そうですね。人の身に宿る『力』は、意思によってある程度の指向性を持たせることができます。我々はこの『力』をエルディン――神なる業と呼んでいます」
そう言いながら、エルノアは両掌を晴也に見せるように差し出した。すると、そこに光の粒のようなものが集い始める。晴也はそれを何度か目にしたことがある。ジルバが意味不明な単語を口にするときは、常にそれが彼女の周りに煌めいていた。
「フィグマ」
エルノアの口から放たれたその単語に呼応して、光の粒が弾ける。それと同時に、エルノアの掌に浮かぶように、燃える炎の塊のようなものが現れる。
「炎が……」
「エルディンには、神が創造したありとあらゆるものを誘引する力があります。我々人間は、意思を以てエルディン指向性を持たせ、言葉を以て引き寄せるモノを選別する。そうすることで、神が世界を創造した業を、かなり簡易的ではありますが、再現しているんです。そうして再現して起こした現象を、我々は『魔法』と呼んでいるんです」
神の業を再現した。それが、ジルバの扱っていた魔法の力の正体だった。
魔法という力の実在は、晴也を興奮させるには十分だった。あるいは、この世界でなら自分も魔法が扱えるかもしれない。そんな事実により興奮を覚える。それと同時に、それこそが、聖剣の力を扱うための鍵なのではないかと、冷ややかな気づきも感じることができた。
「魔法はどうやったら使えるようになるの?」
「エルディンですか? そうですね。ある程度の適性が必要になるんですけど、基本的には体内のエルディンを知覚し、意思を以てそれを操り、言葉を以てそれを形にする。……すみません、言葉としてはこうとしか説明できないですね」
エルノアのような人が、そう言った感覚的なことでしか説明できないということは、それだけ感覚が重要になるということだろう。
何はともあれ、エルディンという物を知覚できないと何も始まらないらしい。自分の中に流れる神の力。それを探るように、晴也は目を瞑る。鳴動する心拍や、全身を巡る血流を意識する。筋肉の伸縮や、呼吸の行き交いに専心する。自分の体にある、自分が今まで知らなかった物を探るように晴也は集中した。
しかし、幾ら時間をかけても、体にあるというエルディンを知覚することはできなかった。
自らの内側に向けていた意識を外側に浮かび上がらせる。合図のように瞳を開くと、湧き上がるように焦燥感や落胆の感情が晴也を埋め尽くした。
もし、聖剣を扱うのにエルディンの知覚や操作が必要であるのなら、それができなければ話にならない。となると、なんとしてでも晴也はエルディンという物を理解しなくてはならなかった。それができないということに焦らないでいられるほど、晴也の肝は据わっていない。
「……もしかして、シオタ様の世界では、エルディンを知覚することはないんですか……?」
晴也の様子を見ていたエルノアが、もしやとそう訊ねた。
「知覚どころか、そんなものが存在することすら知らなかったよ」
科学が発展した現代の地球において、スピリチュアルな力という物は実在しないとされている。それでも風水やら気やらという概念がちらほらと見受けられるのは、それだけ日本の文化に適合しているということか、あるいは身近で都合がいいからか。その辺りはわからないが、それらを感覚的に認識できる人間など見たことがなかった。
「余程文化的に後退している世界なのだな。エルディンや魔法もなしに文化的生活など考えられん」
馬鹿にしたようなジルバの物言いには癇に障る。しかし、それに反応できる余裕は、いつの間にか晴也から消えていた。
それだけ、エルディンや魔法はこの世界にとって常識的なものだということだ。その常識がどの程度の頃にできたのかはわからないが、あるいは神話の時代から存在する常識なのだとすれば、間違いなくエルディンが聖剣を扱う前提だ。
早くそれを知覚しなくては、聖剣を扱うという土俵にすら立つことができない。
「もっと教えて欲しい。エルディンとか魔法とか、その使い方とか。きっと、それがないと聖剣も扱えないんだと思う……」
晴也が頼れるのはエルノアと、頼りたくはないがジルバだけだった。
もし明日、晴也が聖剣の力を十全に扱えないと知られればどうなるのか。晴也には想像しきれなかった。しかし、頭の中で繰り返されるのは、エルガンダの言葉だった。聖剣を担うに不相応な行い。力を扱えないというのは、不相応な行いに値するのではないか。そう判断されれば、晴也は後ろ盾とも言える聖剣を失うことになる。つまり、この世界での晴也の価値が失われてしまう。
縋るような晴也に応えるようにエルノアは、自分が感じるエルディンの感覚を具体的に説明する。そんなエルノアに応えるように、ジルバも自分なりのエルディンの感じ方というものを説明していく。それを参考にするが、一向に晴也はエルディンを知覚することができなかった。
結局この日、晴也はエルディンの知覚も、聖剣の能力の確認もすることができなかった。
*
「――待ってくださいっ!」
広間から離れ、執務室へと戻ろうとするエルガンダの背中に、エルノアは声をかけた。
エルノアの声を聞き、足を止めたエルガンダは、振り向いて彼女のほうを見る。
「エルノアか、どうした」
低いエルガンダの声。聖剣の担い手が、聖剣の力を引き出せなかったというのに、普段と変わることのない平坦な声音に、まるで万事想定していたと言わんばかりの自信を感じた。
もしそうだとすれば、自分の父親ながらエルノアは腹が立った。そんな憤りを抑えるように深呼吸を一つして口にした。
「お父さまは、シオタ様をどうなさるつもりなのですか?」
「……どう、とは?」
エルノアの問いに、エルガンダが問い返す。その問いに、エルノアは思わず口にすることを躊躇った。エルガンダとて、エルノアの意図は理解している。しかし、エルガンダの問い返しに真面目にそう答えてしまえば、それが真実になってしまうような気がした。
試されている。エルノアはそれを理解していた。晴也という、聖剣を担うに不相応な、聖剣に選ばれし者を、どのように政治的に利用するのか。王としての資質を試していた。
その匙加減一つで、晴也の進退が決まる。勇者か、零落者か。そのようなことを、晴也の相談なしに決めていいものなのか、エルノアは判断できなかった。
「ねえ、お父さま。質問していい?」
答えあぐねているエルノアをよそに、エルガンダの隣にいたエルメリアがこう訊ねた。
「あの勇者様から聖剣を返してもらったとして、次の担い手はどうするの?」
エルノアが言い出せなかった答えを、さも当然のように口にしたエルメリアに、思わず舌打ちをしそうになる。エルメリアはエルノアを陥れようとしている訳ではないのだ。それはわかっている。しかし、自分に都合の悪い方向に物事を進めようとするエルメリアに、恨み言の一つも言いたくなってしまう。
「ふむ。確かに、エルレイクスの選別を乗り越えられる者を探すのは至難であるな」
しかし、エルノアの想像とは裏腹に、エルガンダはそんなことを口にした。確かに、次の聖剣の担い手を探すとなれば、相応の時間と財力、何より人手が必要になる。戦争が起こるかもしれない今、人探しにそれほどの物を費やすことはできない。
では、エルガンダはどのような意図で、晴也にあのような脅しのような文言を口にしたのか。父の考えが読めないのはいつものことだが、今回はいつも以上に読めない。
「それじゃあお父さま。やっぱりあの勇者様にもうしばらく聖剣を持ってもらってたほうがいいんじゃない?」
エルメリアのその意見に、エルノアは思わず目を開いた。
何度もエルメリアには辛酸を嘗めさせられてきた。故にエルノアにとって、こういった場での妹は敵であった。だというのに、今回はエルノアの味方として事を動かしている。その事実がエルノアには驚きであった。
「ふむ、理由を聞こう」
「聖剣に選ばれる人がすぐに見つかるなら、今の勇者様から聖剣を返してもらったほうがいいかもだけど、見つからなかったときのことを考えたら、保険はあったほうがいいでしょ? それに、聖剣の力が使えない理由も気になるでしょ。聖剣のことをより理解するのなら、聖剣に選ばれてなお、聖剣の力が使えない勇者様は貴重だと思うの」
妹の口から、スラスラとそのようなことが出てくるとは思いもしなかった。
そうすればよかったのかと、模範解答のようなそれに、思わず歯噛みする。考えればそれくらいのことは出てきたはずなのだ。それでもそれが言い出せなかったのは、ひとえにエルノアが臆病であったため。エルガンダの反応を見てから、策を講じることができるほどの柔軟性がなかった故だ。
「確かに、一理あるな。では、どのようにして勇者が聖剣を扱えない理由を調べるのだ? 聖剣に選ばれなければ、我々は聖剣に触れることすらできないのだぞ?」
「それは魔法研究所の出番じゃない? 聖剣には『力』が溢れているんだもの。魔法と聖剣では勝手が違うかもだけど、どちらもエルディン由来なんだから、何かわかるかもしれないでしょ?」
「では、そのように手続きしておこう」
それだけ言うと、エルガンダは再び歩き始めた。
流れは完全にエルノアが望む方向だった。晴也から聖剣を手放させず、何より晴也が聖剣を扱えない理由を探る名目すらできた。理想的なことの運びだ。しかし、その流れを作ったのはエルノアではなく、妹のエルメリアだった。
「……」
遠ざかる父と妹の背中を、エルノアはただ眺めていた。
第十一話を読んでいただきありがとうございます。
私が想定している中で、物語の第一章がこの第十一話で終わります。
次からは第二章となりますが、幕間として短めの話が一つ入ります。
次話もよろしくお願いします。




