第十話
会議を終えたエルノアは、既に食堂を後にしていた晴也のいる部屋へと向かった。
晴也が食事をしている最中に、侍女に客室を掃除させるように命じ、案内を任せていたのだ。
「厄介なことになりましたね」
エルノアの背後で、ジルバがそう口にした。そう、厄介なことになった。
聖剣を引き抜いた晴也は、確かにエルレイクスの選別を乗り越えた選ばれし者だ。そこに誰も疑いは持たないだろう。しかし、エルメリアの指摘ももっともだ。
すなわち、晴也は本当に聖剣の力を御しきることができるのか。
きっとエルメリアに悪気はないのだ。自分の意見で場が動けば、などという意図はあるかもしれないが、それでも、誰かを害するような意図は決してないのだ。それでも、どうしてあの場で、あのようなことを言ったのか。エルノアは妹のことを恨みそうになってしまう。
エルノアとて、晴也を疑う訳ではない。しかし、王女としては、事実確認していないことを信じることはできないのだ。
「とにかく、早急にシオタ様と話し合わないといけません……時間もあまりないですし」
晴也の力を確かめる。これは重要な案件として早急に対処しなくてはならないと全会一致した。それを受けて、エルガンダは明日に、晴也の実力を試す場を設けると言い出した。
些か急が過ぎるとも思う。その判断に自分の父が何を考えているのかエルノアにはわからなかった。
ともかく、王命は絶対。その急すぎる事態に対応することが、エルダフィートの臣民としての責務だ。それが例え、実の娘であっても。異世界から来た稀人であったとしても。
「……あの男は大丈夫でしょうか」
歩みを止めたジルバが、不安げにそう口にした。それは、晴也自身のことを案じているというより、晴也という存在を見出したエルノアを案じての言葉だった。
「不安に思うのならば、今は動きなさい。私達にできるのは、とにかくシオタ様を支える事だけです」
ジルバのほうを振り向きながら、そう叱咤する。そして再び歩き始める。エルノアを追いかけるように、ジルバも歩き始める。
晴也のいる客室にまで辿り着くと、エルノアはその戸を叩いた。
「シオタ様、エルノアです。失礼してもよろしいでしょうか?」
部屋の中にいる晴也にそう訊ねると、中から少し物音が聞こえた。そして、少しの間も開けずに晴也が部屋の扉を開いた。
扉を開けた晴也の顔は、少し戸惑っていたように見えた。しかし、エルノアやジルバの顔を見ると、少しだけ安堵したように表情を緩めた。
「お話したいことがあります。中に入ってもよろしいでしょうか?」
「ど、どうぞ」
部屋に招き入れられ、エルノアとジルバは部屋の中に入る。侍女がしっかりと掃除したのか、客室は綺麗に整えられていた。
「あの、ありがとう。なんか、こんな部屋を用意してくれたみたいで」
部屋の中を見渡しながら、晴也はそう礼を言った。自分の部屋があるのはとてもありがたい。その一方で、晴也はこの部屋に居心地の悪さを覚えていた。無理もない。一般家庭で生まれ育った晴也にとって、その部屋は豪邸の一室だ。ある物全てが高価に見えて、手に付けることも躊躇ってしまう。
「とんでもありません。むしろ申し訳ありません。勇者であるシオタ様に、このような貧相なお部屋しか用意できませんでした」
「こ、これで貧相……なんと言うか、俺とエルノアさんとの間の価値観が随分違ってるみたいだ」
どこか呆れたような晴也の物言いに、エルノアは理解できずに首を傾げた。
何はともあれ、三人は部屋の中の椅子に腰かけた。そして、エルノアはゆっくりと先ほどまでしていた会議のことについて話した。
「会議では、戦争を行うか回避するかが争点となりました。最終的には、回避するという意見のほうが多い結果とはなりました」
それを聞いた晴也は、思わず目を見開いた。
昨晩も聞いたが、戦争が起こらない可能性もある。しかし、エルノアの様子からして、戦争は既定路線だとばかり思っていた。それが、今は反対の方向へ向かっている。
覚悟ができているかどうかはともかく、戦争は起こるものだと思っていた晴也にとって、その報告は驚きを禁じ得ないものだった。
そんな晴也に対してエルノアは「しかし」と言葉を続けた。
「そのなかで、シオタ様が本当に我々の希望となるのか、と疑問視する声が上がりました」
「それは……」
申し訳なさそうな顔をするエルノアに対して、晴也も申し訳なさを覚えた。
エルダフィート王国にとっての希望足りえるのか。聖剣を担うに相応しいのか。それに対して、晴也に自信はなかった。
「そこで、シオタ様には明日、力試しをしていただきたく思います」
「力試し?」
「はい。シオタ様が聖剣の力を十全と引き出すことができる。その証明をしていただきたいのです」
確かに、大勢の人がいる前で、聖剣を用いて何かをすれば、誰もが晴也の価値を認めるだろう。なるほど、わかりやすいやり方だ。
一方で、晴也には一つ疑問があった。それは、聖剣の力に関することだった。
「ねえ、エルノアさん」
「なんでしょうか?」
「聖剣の力って、具体的にどういうものなの?」
そう訊ねると、エルノアとジルバの二人は顔を見合わせた。
エルレイクスが人治を超えた天災のような力を有しているのは、この世界の住民にとって常識だ。ロジェンカ教が保管しているエルレイクス、聖槍は雷を操る。聖鎚は大地の底から溶岩を噴き出させることができる。これら二つは、それぞれ天を定め、地を定めた神話に由来しているのは瞭然だ。しかし、聖剣はこの世の中心を定めたとあるだけ。その神話から、聖剣が宿す力を推測するには、些か具体性が欠けた。
「聖剣は神の涙から作られたんだ。なら、水を操るのではないか?」
当てずっぽうながら、ジルバがそう言った。神の涙が聖剣になったという由来からすれば、確かに考えられなくはなかった。
「あるいは、刀身の輝きが鍵なのかもしれません。太陽の如き輝きや、選ばれていない者が触れたときに感じる灼熱から、太陽の力を宿しているのかもしれません」
エルノアの意見ももっともだ。聖剣を握っていると仄かに感じる熱や刀身の輝き、そして、晴也以外が聖剣を握ったときの反応を見るに、太陽や熱、光というものが聖剣の力には存在しているのかもしれない。
「実際に試せれば早かったんだけどなぁ……」
聖剣の鞘を作るために、晴也の手元に聖剣はない。しかし、なるべくならどのような力を宿しているのか、本番前に確認しておきたかった。どちらかと言えば晴也は、本番前に練習を欠かさないほうなのだ。
「鞘の作成に聖剣が必要なのは、大きさを測りたいのと、聖剣に見合う意匠を考えるためなので、もう少ししたら返還できると思います。あとで確認しに行きましょう」
晴也の考えと同じで、エルノアも本番前に聖剣の力を確認しておきたかった。それは、晴也のような前向きなものではなく、もし晴也が聖剣の力を引き出すことができなかったら、という後ろ向きな考えのものだった。
「しかし、聖剣が扱えるからと言って、果たしてお前が我々の希望足りえるのかは少々疑問に残るがな」
ジルバの言い草に、例えそれが事実であっても晴也は少し苛立ちを覚えた。その事実をジルバにだけは指摘されたくない。そんな感慨が、晴也の中にはあった。
「どういう意味だよ、それ」
棘のある言い方でそう訊ねる。二人の間にまたも険悪な空気が流れ始めたことに、エルノアは溜息を吐きそうになる。
「ジルバ、いい加減認めなさい。シオタ様は紛れもなく、神に選ばれた方なのですよ」
「しかしエルノア様、こいつの手を見れば、剣を握ったこともないのは明らかです。いくら聖剣と言えど、剣の基礎もなっていない人間に扱い切れるとは思いません」
痛いところを突かれて、思わず晴也は眉を顰めた。
現代日本で、剣に触れたことがある人間など極少数だろう。剣道ならば経験者も多いだろうが、晴也はその手の武道を修めた経験もない。そんな人間が、剣を扱えるのかと問われれば、振り回すくらいしかできないとしか答えられない。
それはエルノアとて理解していた。ジルバの手と晴也の手。それを見比べれば誰だって、晴也が剣を握ったことがないのがわかるだろう。しかし、エルノアはそのことをあまり重視していなかった。技術はあるに限るが、それは後からでも身に着けられる。重要なのは、努力ではどうすることもできない資格を晴也が有していることなのだ。
「ならジルバ、あなたの知る誰ならば、我々の希望足りえますか」
「それは……」
言い詰まってジルバは思わず俯いた。技量や実力だけ見れば、多くの人間の名前を挙げることができる。人徳を見ても、十分に英雄に相応しい者はいる。しかし、その誰もが勇者足りえないことをジルバは理解していた。
聖剣に選ばれなければ、エルダフィート王国の希望にはなれない。
意地の悪い質問だとエルノアは理解しながらも、ジルバにそう訊ねた。一つ咳払いをしてから、今度は晴也に訊ねる。
「戦争は起こらないかもしれません。しかし、それが絶対とも言い切れません。ですから、シオタ様には剣の訓練もしていただくことになります」
「うん。それは全然、むしろお願いします」
何もできないまま戦争が始まって、そのまま聖剣片手に戦場へ行けなどと言われても、足が竦んでしまうのは目に見えている。付け焼刃でも、戦い方というものを学んでおきたい。それだけでも、戦争が始まるまで晴也は冷静でいられるだろう。
「そのときは私が相手になろう。何、これでも剣術の腕には自信があるんだ」
「それは、遠慮しておく」
ジルバが相手では、何をされるかわかったものではない。引き攣った笑みを浮かべながら、晴也はそう口にした。
*
聖剣の鞘を作成している工房は、城の外側にある。城門から城下町に出てその東側、工場区画に軒を連ねている、王命授かる者の看板を掲げた大きな建物だ。
工房の名前は『貴光の洞』で、王族や貴族を専門に仕事を請け負っている。その分、職人の技術力は高く、また扱う素材も上質な物となっている。聖剣に見合う鞘を仕立てるのに足る職人がどこにいるかと問えば、エルダフィートの国民であれば誰もが貴光の洞にいると答えるだろう。そして、客が客だけに機密性の高さを要求されることもある。そう言う点においても、貴光の洞は信頼の足る場所であった。
その場所に、晴也達三人は訪れていた。
工房、というには些か小綺麗な場所だと感じた。晴也の印象では、もっと煩雑に物が積み重なった、芸術家のアトリエのような場所を想像していた分、拍子抜けしていた。
しかし、この部屋にまで届く金属を叩くような物音が、ここが確かに工房というに相応しい場所であることを窺わせる。ジルバ曰く、騎士の剣は全てここで鍛えられているらしい。恐らく、この建物と繋がる形で鍛冶場――貴光の洞の本当の姿があるのだろう。
果たして職人がいるのか。晴也はエルノアから借りた男物のジャケットの襟を正した。
「いらっしゃい、ようこそ貴光の洞へ! 何か欲しいものがあるんですかい? 剣や盾、鎧なら、今なら灼輝鉄の良いのがありますね。装飾品ならデカい金剛石や海洋石なんてのがあります。予算を抑えたいのなら、今ならあっしが仕立てさせていただきますが、如何します?」
工房の中に入った三人を見て、一人の少年が応対した。衣服の胸元に「見習い」その下に彼の名前である「ディタ」と刺繍がされていた。
「すみません、お取次ぎをお願いしたいのですが……」
エルノアのその言葉に、ディタは思わず内心で舌打ちをした。何せディタは、見習いの自分を売り込もうと愛想よくエルノア達の応対をしたのだ。しかし、貴光の洞の職人が、予約もなしに押し入った客を相手取るとも思えない。そう考え、ディタは諦められなかった。
「生憎、今職人達は手が離せなくて……入用でしたら、あっしが引き受けますぜ。見習いではありますが、工房一番の職人の一人、ダルディンの弟子ですから。腕には自信があります」
ディタの執念深さにエルノアは困ったように笑うと、その背後に控えていたジルバが前へ出た。
「そのダルディン殿に仕事を頼んだ者だ。それだけ言えば、弟子ならばわかるだろう」
その少女の言葉に、ディタは一瞬だけ考えが止まった。
今、ディタの師であるダルディンが請け負っている仕事は、聖剣の鞘の作成だ。それ自体をディタは知らないが、王族からの依頼であることだけは聞かされていた。そんなダルディンに仕事を頼んだということは、彼らは王族ということに他ならない。
やってしまった。ディタは思わず頭を下げた。
「も、申し訳ありませんっ。まさか、王族の方とは知らず、失礼なことを……」
不敬を働いたと思われたらどうしようか。南のほうでは、罪人はどのような罪であれ極刑を言い渡されるという。王都でそのような話を聞いたことはないが、城の地下にどのような罪人も自ら命を手放してしまうという地下牢があるという噂を聞いたことがある。
罪に問われてしまうかもしれない。そんな恐怖にディタの体は震え始めた。
そんな彼にエルノアは微笑みかける。
「大丈夫ですよ。それで、ダルディンさんに取り次いでいただけますか?」
「は、はいッ、ただいま!」
エルノアの言葉に、ディタは慌てて工房の奥へと消えていった。その様子を眺めてから、睨むように青い紙の少女、ジルバを見た。
「ジルバ、あまりいじめてあげないでください。もっと言いようはあったでしょうに」
「すみません。しかし、あの見習いはあろうことか、王族に対して商売しようとしました。知らなかったとはいえ、王命授かる者の一門であるのなら、決まりは守らせなくてはいけません」
エルダフィート王国には、ある法が存在する。それは、如何なる理由があろうと、王族に対して商売を持ちかけてはいけないというものだ。これは、王族個人が金銭的な力を行使するのを阻む意味がある他に、王族に選ばれるという特別感を国民に抱かせるためだ。
例え認識していなかったとしても、知らなかったで罪がなくなることはない。ディタの行為は、それほどまでに危険なものだった。エルノアはそれを指摘しないように言いくるめようと考えていたのに、それより先にジルバが答えてしまった。
ジルバの言い分はもっともだが、もっと穏便にすることもできたのだ。
物事を迅速に、効率的に済まそうとするのは、ジルバのいいところでもあり、悪いところでもある。
「シオタ様、どうかなさいました?」
きょろきょろと室内を見渡す晴也に対して、エルノアがそう訊ねた。
「いや、こういう普通の感じの建物に入ったのが初めてだったから、なんかそわそわしちゃって」
この世界に来てから、晴也が入ったことのある建物は、地下牢と王城と神殿だけだった。城下町の様子は、エルンティカに向かう馬車の中で眺めていたが、実際にその街を歩き、木組みの建物の中に入るというのは、妙な緊張感と高揚感を覚えていた。
「こいつは街の中でもずっとこんな様子でしたよ。正直、一緒にいるのが恥ずかしいくらいで……」
呆れたような物言いのジルバに言い返そうとしたが、実際街中を歩いていた晴也の様子は挙動不審だっただろう。何せ、ずっと口を開けて辺りを見渡していたのだから。
この世界はどうしようもなく現実だが、見え方は漫画やアニメにあるようなファンタジーの世界だ。日本語が通じ、日本で培った常識がある程度通用する。ある意味慣れ親しんだ異世界と言える。そんな世界の街を実際に歩き、店の中に入るというのは、物語の中に自己投影しているような感慨を抱かずにはいられなかった。
「お待たせして申し訳ありません殿下」
そんな話をしていると、部屋の奥から痩躯の男性が出てきた。白髪の混じった深緑色の髪はぼさぼさで、かけている大きな丸眼鏡は大きさが合わないのか少しずれている。衣服もしわくちゃで、道具を入れていると思わしき前掛けも汚れが目立っている。そんな彼を見た晴也の第一印象はだらしない人だった。
「お世話になっています、ダルディンさん」
ダルディンと呼ばれた彼の顔を見て、エルノアはそう微笑んだ。
彼が聖剣の鞘の制作を請け負った名うての職人、ダルディン。晴也の想像ではもっとしっかりした人を想像していただけに、彼のその様相に少し驚いてしまった。
「殿下、そちらの方はもしかして……」
「ええ、彼が聖剣を引き抜いた勇者、シオタ・ハルヤ様です」
視線が晴也に向いて、少しだけ緊張が顔に出た。晴也は小さく頭を下げると、それに習ってダルディンも頭を小さく下げる。
「それで殿下、何の御用で? 聖剣の鞘は欠片もできていませんが」
「いえ、今回は聖剣の返還をお願いに来ました」
「返還? まだ受け取って数刻ですが……」
訝しむようなダルディンの態度に、エルノアは事情の説明を始めた。
「実は、聖剣が実際にどのような力を有しているのか、早急に検証しなくてはいけなくなりまして」
嘘ではない。あくまで晴也の力試しという要素を隠し、どのような力が聖剣に宿っているのか確かめたいという部分だけを明かした。
端からそれを考えていたのか、それとも咄嗟に出たものなのか。晴也にはわからなかった。そう言った口の上手さがなければ、姫としてやっていけないのだろう。
エルノアに王女としての面があるのを晴也は知っている。しかし、王女としてのエルノアの姿を、晴也はしかと目にしたことはなかった。
果たして王女としてのエルノアはどのような人なのか。少しだけ気になった。
「そういうことでしたか。大きさは測ったので、手元に聖剣が無くても問題はありません。ただ、細かい装飾はやはり現物があったほうがやりやすいので、機会を見て再び預けていただければありがたいですね」
「わかりました。そうですね、三日四日は返してもらって、それ以降に再びダルディンさんにお預けしますね」
「ありがとうございます。それでは、聖剣のほうを持ってまいります」
そう言うと、ダルディンは再び部屋の奥へと向かう。聖剣を動かすのは自分がいたほうがいいと思った晴也も「手伝います」と一言言ってダルディンについて言った。
扉を超えて部屋を出ると、先ほどまでかすかに聞こえていた物音がよりはっきりと聞こえる。金属を打ち付けるような甲高い音に交じって、男の野太い声。他にも、何かを削るような音や、機械が動くような低い音まで聞こえる。
一体どのようにして、剣や鎧というものを作っているのか気になった晴也は、音のほうへ視線を向ける。
「気になりますか?」
そんな晴也の様子を見たダルディンが、気弱そうな笑みを浮かべながらそう訊ねた。
「えっと、こういう所に来るのは初めてでして……」
「なるほど。まあ、ここは他に比べて小綺麗ですけど、それでも工房の中に入れば、他と大差ありませんからね。自分の作業場は上にあるので鍛冶場ほどうるさくはないですけど、人に見せられるほど整理はされてません」
恥ずかしそうにそう言うダルディンは、職人というにはとても温和な人に見えた。職人はどこか融通の利かない印象があった晴也には、どうしてもダルディンが名うての職人には見えなかった。
「えっと、ダルディンさんはどういう物を手掛けてるんですか?」
試しにそう訊ねてみると、ダルディンは嬉しそうに表情を緩めると、汚れた前掛けから何かを取り出して晴也に見せた。
ダルディンが取り出したのは、深い青色をした宝石だった。真珠のような球形をした石に銀細工がされ、そこからチェーンが伸びている。ネックレスのように見えた。
「自分は普段、こういう宝飾を手掛けています。他にも、今回ご依頼いただいた鞘のような革や木製の品の設計図や想定図を書いたり、実際にそれを作ったりもしますけど、本職はこっちなんです」
そう言いながらダルディンは、晴也の手にそのネックレスを渡した。
「差し上げますよ」
「えっ、いや、そんな悪いですよ」
ネックレスなど貰ってもつけるような洒落っ気は晴也にはまだなかった。そもそも、宝飾品などという高価な物を貰うということに遠慮を覚えた。
「お近づきの印です。それに、それは自分が趣味で仕立てた物なんです。仕立て人の自分が持っていても可哀想ですから、貰ってやってください」
そう言われると、晴也は些かも言い返せなかった。きっと、職人には職人の感覚というものがあるのだろう。そう思いながら「ありがとうございます」と渋々そのネックレスを懐にしまった。
ダルディンについていくと、彼はある部屋の中へと入った。部屋の中に入ると、晴也が想像していた芸術家のアトリエのような、煩雑とした部屋だった。その部屋に立てかけられている抜身の聖剣や、宝石の数々を見るに、ダルディンが利用している工房であることは明白だった。
「ちょっと待っててください」
そう言うとダルディンは、部屋の隅にまとめて置かれていた品々のほうへと行き、その中から何かを取り出した。
ダルディンが何かを探す最中、晴也は工房の中を見渡した。
煩雑としている室内だが、そこを埋め尽くしているのは晴也には理解できないほど価値の高い物であることは想像できた。宝飾品の価値が高いのはわかる。しかし、装丁に革が使われている本や、柄や鍔に細かい装飾が加えられている剣や槍と言った物を一見しても、晴也には価値がわからない。
それら全てが、きっとダルディンの作品なのだろう。部屋を埋め尽くさんとする物の多くは、そう言った作品だ。部屋を埋め尽くすほど作品を作っている。その情熱と物作りへの執念に晴也は舌を巻いていた。
「あったあった、これだ」
何かを見つけたダルディンは、作品の山の中から何かを取り出した。それは青く染色された鞘のように見えた。
「これ、鞘の装飾を練習するための物なんですけど、聖剣の大きさに丁度いいんです」
そう言ってダルディンは青い鞘を晴也に渡す。鞘の感触から木製のようだ。練習用と言うには随分としっかりしていて、出来合いの正式な鞘のように見えた。
「納めてみてください」
ダルディンに言われるがまま、晴也は壁に立てかけていた聖剣を手に取り、その刀身を鞘に、少し手こずりながら納めた。
切っ先から刀身が鞘の中へ入っていき、その中をなめらかに滑りながら、根元まででしっかりと刀身が納まる。刀身の厚さも、長さも、その幅も、全てぴったりと鞘の中に納まったような手応えに、晴也は思わず声が出てしまった。
「どうです?」
「……なんか、しっくりきました」
何度か鞘から聖剣を抜き差ししても、一切の緩みを感じなかった。まるでその鞘が、最初から聖剣のために作られたと言われても晴也は信じるだろう。
「それじゃあ、帯と留め紐も用意しますね。こちらは国から支給されるかもしれませんけど、予備に持っていてください」
そう言ったダルディンから渡されたのは、分厚い布製の帯と細い紐だった。恐らく剣を佩くための物なのだろうが、晴也にはそのやり方を知らないため、それらを渡されてもそれの使い方がわからなかった。
「よろしければ、自分が巻きましょうか?」
帯と留め紐を受け取った晴也の戸惑ったような表情を見たダルディンがそう訊ねた。晴也は少し恥ずかしそうに視線を逸らしながら「お願いします」と受け取った帯と留め紐をダルディンに返した。
「まず帯は、剣を佩く際に利用する留め紐を固定するための物です。これがずれると、吊るす剣も簡単に落ちちゃいますからしっかりと巻きます。それで、帯は衣服の下に巻きます。今回は黒袖を着ているので、その下の白襟の上に巻きます。位置は腰の下辺りですね」
晴也の腰に帯を巻きながら、ダルディンは帯をする意味と巻き方を丁寧に説明する。思えばジルバも、ジャケットの下には黒っぽい帯のようなものを巻いて、そこから剣を佩いていたのを思いだした。
「次に留め紐ですけど、これは一端を締めた帯に括りつけます。それで、もう一端のほうを鞘に括ります。ホントは専用の留め具に括るんですけど、練習用の鞘にはつけてなくて……」
「いえ、ありがとうございます。ここまでしてくれて」
そう礼を言って、晴也は今の自分の姿を見た。
格好はスーツ姿とややファンタジー要素に欠くが、左の腰に下げられたその剣は、紛れもなく自分が異世界にいることを窺わせた。
この異世界の住人に少しだけ近づけた、そんなように晴也には思えた。
第十話を読んでいただきありがとうございます。
次話もよろしくお願いします。




