敵は幾万
次の日
日本軍は東学党の乱鎮圧の為に先に朝鮮に渡っていた混成第九旅団(大島旅団)に加え残っていた第五師団の残存兵力を混成第十旅団(立見旅団)とし対清軍への援軍として朝鮮へ派遣されることになっていた
春樹の部隊は朝早くに第五師団司令部を出て広島駅へ向かいそこから鉄道を使い宇品港まで移動した宇品港には大勢の見送りの人達が集まっていたその中には椿樹もいた
兵士には家族などに別れを言うために軽く時間が与えられた
春樹は椿樹の元へ向かった
「来てくれたんだ」
「当たり前でしょ、大事な弟が出征するのに見送りに行かないわけないでしょ」
「ありがと、後あの写真忘れずに持って帰ってくれよそれとお袋の事頼んだぜ」
「任せといて、ハルも体に気をつけてね」
「第二小隊、整列せよ」
と、小隊長の号令が聞こえ
「お、もう行かなきゃ」
春樹が戻ろうとすると
「待って、ハル、絶対に生きて帰ってきてね」
と、椿樹は涙をポロポロと落としながら言った
「ああ、絶対に帰ってくるから」
そう言うと春樹は小隊へ戻って行った
各部隊は見送りの人々のバンザイや軍歌 敵は幾万の合唱に見送られ出発して行った
見送り人たちは港内には立ち入ることは出来なかったため大声での激励や軍歌の熱唱などで送り出した
敵は幾万 戦景大和魂という詩から三章抜粋され明治二十四年に曲が付けられ軍歌になった
当時 宇品港には大型の輸送船が停泊できる桟橋が無く兵士たちは港から小型船に乗り港外に停泊している輸送船に送られた
椿樹は春樹が乗っている船が遠ざかって行くのを見ていた
「なんで今度も遠くへ行っちゃうのよ」
明治二十九年
「なんだかんだお母さんのことが心配だったのね」
「はい、でもそれから音沙汰なしなんです、何回か手紙も送ったんですが」
ボーンボーンと時計の音が聞こえた
「長話になっちゃいましたね、そろそろ晩ご飯の時間なので居間に行きましょう」
二人は居間に移動した
その頃広島では春樹が東京行きの列車に乗ろうとしていた
「久々の里帰りか」
そう言うと春樹は列車に乗りこんだ
「東京に着くのは朝方だしまぁそれまで寝てるかな」
春樹は仮眠をとった




