馬鹿は死んでも直らない
「おめでとうございます!
アナタは、異世界転生の対象者に選ばれました〜」
おれの目の前に、美しい『女神さま』がいる。
周囲はあたたかな光に満ち、おれは羽のような、糸のような、不思議な材質の上に立っている。
下にはみずみずしい小川が流れ、小鳥の鳴き声が、やさしく空間を満たしている。
これが、“天国”というやつだろうか。
おれは、たいしたことない人間だ。
たいしたこともせず、たいしたことのない人生を歩み、たいしたことのない理由で死んだ。
しかし、悪いことだけはしてこなかったつもりだ。
おれは誰も傷つけず、いつだって人に優しくしてきた。
おれは、常に正しく生きてきた。その自信はある。
たとえ、たいしたことなくても、何も成せないまま死んでも。
正しく生きてさえいればいつか報われると、そう信じてきたからだ。
そしていま、そのときはきたようだ。
「アナタにはスキル『ボランティア・プラス』を与えましょう。
人に優しくするほど、人のために尽くすほど、無限にレベルが上がっていくスキルです」
実に、おれらしいスキルだな。
「このスキルを使って、異世界ライフをぞんぶんに楽しんでくださいね!
さあ、こちらです!」
女神さまが手でさし示すと、そこには、白くかがやく、大きな橋があった。
その先には、まるで牛久大仏のようなサイズ感の、信じられないほど大きな門がみえる。
「異世界『アンドリア』は、アナタの活躍を待っています。
さあ、いってらっしゃいませ〜!」
『アンドリア』…
おれが、第二の人生をすごす地か。
その地でおれは、これまでの人生のたいしたことのなさの分まで、“幸福”になるのだろう。
楽しみだ。
おれは、橋へと踏みだした。
ふりむくと、女神さまがやさしい笑顔で見送ってくれている。
意をけっして、前へ。
少しずつ、すすんでいく。
うたう小鳥の声。サラサラとながれる小川の音。
静かだ……そしておだやかで。
すべてがおれの新しい門出を祝福してくれている。
大きな門が、少しずつ近づいくる。
そのとき、横から“人影”があらわれた。
「この先に行ってはいけません…!」
「なんだって?」
警官のような服装をした、二人組の男だ。
この天国のような空間に場違いすぎる。
なんだ、コイツらは?
「我々は『輪廻警察』の者です。
アナタを助けにきたのです。
この先にすすめば、アナタは“喰われる”ことになります」
「喰われるだって?」
バカな…
「すべては、あの『輪廻犯罪者』のしかけた、巧妙な“ワナ”なのです」
警官が指さす。その先には、あの『女神さま』が。
今は、次の転生者の案内をしているようだ。
「“真実”をみせましょう…」
警官が白いゴーグルを取りだした。
「これをかけてみてください。
“あやかし”をみやぶることができます」
半信半疑ながら、おれはかけてみた。
すると、どうだ。
そこにひろがっていたのは───
おれは、頭蓋骨の山の上に立っている。
下に流れているのは、真っ赤な血の川じゃないか。
空は毒々しい紫に染まり、あたりは、ギャアギャアとコウモリのような、不気味な鳴き声で満ちている。
そして、『女神さま』だ。
その肢体は、今までとかわりなく、白くゆるやかな、美しいローブにつつまれているが。
しかし、その首から上は。
“化け物”だった。
口のあたりからは、巨大なツノが2本、前に向かって突きでている。
目は、離れぎみでギョロリと出っぱり、後頭部がぬらりひょんのような大きく盛りあがって、無数のトゲが生えている。
その異形は、まさに──
“アリジゴク人間”じゃないか…!!
次の転生者は、化け物の前で、うれしそうに話をきいている。
化け物の口からはヨダレがしたたっていて、今にも転生者にかぶりつきそうだ。
──わからないのか!?
その化け物は、おまえを喰おうとしてるんだぞ!?
おれは心の中で彼によびかけるが、当然、とどかない。
そしてあの彼の姿は、さっきまでのおれの姿なのだ。
おれは、あの化け物にみとれていた。
あの化け物の言いなりになって、いいように誘いこまれていた。
なんて、おそろしい…!!
「あまり見てはいけません。気づかれます」
「は、はい!!」
おれはあわてて化け物から目をそらした。
そして、行く手を見る。
そこには、あの異世界への、巨大な門があったハズだが。
そこには。
ドス黒い“穴”が広がっていた。
“穴”。そう形容するしかない。
あまりにもデカく、先はまったくみえない。
まるで無限地獄へでも続いているようだ。
おれは、こんなところへ行こうとしていたのか。
おれはまさに、“喰われ”ようとしていた───
戦慄が全身を駆けぬける
なぜ、こんなことに…!?
「理解していただけましたか」
「ヤツはいったいなんなんですか!!?
なぜ、こんな…!?」
「説明しましょう」
この宇宙には、すべての中心にして根元である『理』がある。
宇宙で死した魂は、『理』のもとに集まり、浄化され、また宇宙のどこかへと旅立っていく。
これが、『輪廻転生』である。
しかしこの宇宙には、魂を捕食する種族も存在する。
それが、『アンドリオ星人』───
彼らは『理』へと向かう魂をみずからの“巣”へと誘いこみ、捕食してしまうのだ。
ただ食べるだけではない。
彼らは、誘いこんだ魂に幻覚を見せる。
そう──たとえば。
異世界でチートスキルを得て大活躍するというような、幸せな、“夢”を。
そうして幸福感で魂を肥え太らせ、それが最高潮に達したタイミングで、“ぱくり”と喰らってしまうのだ。
これは、数少ない資源を有効活用するためでもある。
実際のところ、彼らが捕らえられる魂は少ない。
だから、せっかくの獲物は最大限太らせ、最高の満足度で食そうというワケである。
そう。人間が養豚場で豚を飼い、まるまると肥え太らせているように───
「豚……!!
おれは、豚か──!!」
「残念ながら…」
くそ! 『女神』め、ナメやがって…!!
おれは、ヤツの方を憎々しげににらんだ。
が、その醜悪な姿がおそろしくて、すぐ目をそらす。
考えてみれば。
おれはあやうく、まんまとヤツに美味しくいただかれるところだったのだ。
そう思うと、自分が情けない。
いや──まだ過去形とはいえない。
だってここはまだ、ヤツのテリトリーの中なんだから。
「ど、どうすればヤツから逃げられるんですか!?」
「ご安心ください」
警官たちが示した先には、小さな『扉』があった。
さっき女神が示した扉にはおよびもつかない、普通のドア程度の大きさだ。
しかしその先からは、さっきまでのわざとらしい天国の光とは違う、淡く、おだやかな“光”があふれている。
「この先は、宇宙の根元、『理』のもとへと通じています。
いわば、本物の“天国”といったところでしょうか。
ここをくぐれば、ヤツから逃れ、正しい“輪廻転生”ができるのです」
「本当ですか!」
「ええ。本当はあのアンドリオ星人を逮捕できればいいんですが──
数多の魂を喰らってきたヤツは強く、我々だけで対抗は難しいのです。
なので、アナタだけでも逃がそうと。
こうして、緊急避難ゲートを用意したワケです」
「いえ、十分です!」
本当に、ありがたい。
これでおれは、救われるんだ!
おれは小さな『扉』の前に立った。
その先には、そんな劇的な光景があるワケではない。
ただ、薄い光が満ち、どこか、あたたかな感じがあるだけだ。
でも、そんなモノなんだろうな、と思う。
今おもえば、さっきまでの“天国”は荘厳すぎたよ。
本物の天国が、あんな、人間が想像するそのままなワケないじゃないか。
その点、目の前の“天国”は、あまりにそっけない。
だからこそ、“本物”だとわかる。
…さあ、いこう。
これでおれは、本当に終わり……
──そして、“はじまる”んだ。
「輪廻警察…っていいましたか。
ありがとうございました!」
「いえ、こちらこそ。たすけられてよかった」
警察の二人が、敬礼をした。
「よき来世を!」
おれは、うなずいて。
『扉』を、くぐった。
光が満ち。
おれの視界が、真っ白に染まる。
怖くはない。
ただ、安らぎだけがあった。
おれは、このうえない安寧感に包まれて──
“光”の中へと、溶けていった───
───────
───
バタン。警官たちが『扉』をしめた。
その顔は
──“アリジゴク”
『扉』の奥から、魂を引き裂かれるような悲鳴がきこえてきて。
…やがて、消えた。
「ひと仕事完了だな」
「やれやれ…いつまでこんなことを続けねばならんのか」
『アンドリオ星人』は。“星人”というだけあって。
もちろん、『女神』一人ではない。
たくさんいるのだ。地球人と同じように。
そしてもちろん、彼らにも“格差”がある。
巨大な“巣”をつくり、次々と愚かな魂を誘いこみ、喰らっていける『女神』のような強者もいれば。
“巣”をつくるチカラなど到底ない、彼ら二人のような弱者もいる。
彼らのような“持たざる者”は、強者の“巣”に寄生し、横から獲物をかっさらうしかないのだ。
せこいやり方だが、彼らにはこれしかない。
これも、生き残るための“戦略”なのだ。
「あれだけ苦労して、ようやく獲物一匹とはな…
おれたちも『女神』のように、自分の“巣”を持てるようになりたいもんだ」
「そのためにも、目の前の仕事を確実にこなしていかねばな。
突然、強いチカラが手に入るというような、うまい話はない。
一歩一歩、すすんでいくしかないんだ。
大切なのは、積み重ねだ」
「まあ、わかっちゃいるけどよ。
気が遠くなるよな」
アンドリオ星人は『扉』を見て。
そして、『女神』の方に目を向けた。
次の転生者は意気揚々と、『女神』の“巣”へ誘いこまれようとしている。
「それにしてもあきれるのは、ヤツらの馬鹿さかげんだな。
よくもまあ、あんなうさんくさいハナシを信じるもんだ」
「彼らは、大切なことがわかっていないのだ。
“幸福”とは、よそから与えられるモノではない。
自分のチカラで勝ちとらねばならないモノだ。
たとえ、他人を蹴落としてでもな。
しかし彼らには、そうする意志も、気力もない。
である以上、彼らは何度生まれ変わったとしても、同じことを繰り返すだろう。
何度でも、たいしたことない人生を送る…
“馬鹿は死んでも直らない”
ならばここで、おれたちの糧となるのが、せめてもの“救い”というものだろう」