表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死神に逆軟派されました  作者: 弓木
9/9

 9 再び日常へ

    9  再び日常へ

 

 「では、宜しくお願いします。」

今日はいよいよ引越し。

ブロスナーと別れ日常に戻った俺は、たった今、業者に荷物を運び出してもらったところだ。

あとは、もう1回、掃除機を掛けて箱詰めして、宅配業者に持ち込むだけだ。

その後は退去の立会検査と鍵の返却、飯食ったら会社に今月分の給料の受け取りに行って……

ん?

何か、忙しくね?

 

 くそっ、意外と荷物が多かった。

そう思いながらも、俺は会社にやってきた。

「こんにちは~。」

「こんにちは、神谷さん。

 社長ー、神谷さん来られましたよー。」

「おー、来たか。

 こっち来てくれー。」

「はい。」

今日引越しすることは会社の皆も知っているので、話がさくさく進むのは大助かりだ。

「ちょっと、そこ座って。」

「はい。」

俺は社長に促されるまま、ソファに座った。

「今まで、ご苦労さん。

 それで、これが今月分の給料な。

 今日までの有給消化分も入ってる。

 で、こっちは退職金。」

「え?

 退職金、出ましたっけ?」

「在職期間が5年を超えたら出るぞ。」

「でしたっけ?

 てっきり10年居なきゃダメかと思ってました。」

「そりゃ、表向きだ。

 きっちり就業規定に載せてるから、税金もかかる。

 お前、6年居ただろ?

 3年で寸志、5年で退職金を出すが、金額には期待するな。

 ただ安い分、税務署には内緒、非課税だ。」

「……脱税?」

「人聞きの悪いこと言うな。

 個人的な謝礼として、俺のポケットマネーから出してる。

 問題ないだろ?」

(問題、ある気がするけど……

 税金関係、そこまで詳しくないしな……)

「グレー……っすよね?」

「給与外所得は10万円未満なら、非課税だ。

 それに、グレーはブラックじゃねぇ。」

(10万円は無い、か。

 それなら、ありがたく頂いておくか。

 かなり、黒に近い灰だと思うけど。)

「ありがとうございます。」

俺は、2つの給料袋を受け取った。

「ちなみに、それはアールグレイな。」

社長は、出された紅茶を指して言った。

「ここで、一発ギャグっすか?」

「お前、そういうの好きだろ?」

「ホント……社長って、従業員のこと、よく見てますよね。」

「当然だろうが。

 で、だ。

 もう1つ、これな。」

社長は、さらに封筒を取り出した。

「これは?」

「残りの有給、6掛けで買い取った。」

「は?」

(それ、10年ぐらい前に違法になったんじゃなかったか?)

「何だ?」

「それ、何年か前に違法になってますよね?」

「ああ、気にすんな。

 どうせこっちも、個人的に買い取っただけだ。

 もちろん、経費処理しないから、税務署にも内緒な。」

「…………」

「まさか、上の者が出したものを、突っ返す気じゃないよな?」

「あ、いえ。

 ありがたく頂戴いたします。」

俺は、後ろめたさを感じつつも、心遣いに感謝して封筒を受け取った。

「ありがとうございます。

 ところで社長、下世話な話ですけど、ちゃんと社長の取り分、確保してますよね?」

「ホントに下世話だな、失礼な。

 お前よりは、儲けてるよ。」

「そうっすか。

 基本給はともかく、賞与でかなり従業員に還元してる気がしてたんで。

 ちょっと、気になってたんですよ。」

「まぁ、高額納税者ってわけじゃないがな。

 それでも、これからは自然災害が増えるだろうからな。

 ウチみたいな土木関係は、食いっぱぐれることはねーよ。」

「ま、たしかに。」

いかんいかん。

渡す物、渡しとかなきゃ。

「社長、コレ。」

「ん?」

「ただの手土産ですよ。

 こういう時は、手土産持参が基本ですよね?」

「下らねー気を使うな。

 ま、だからと言って、突っ返したりしねーよ。

 ありがとうな。」

「それと、もう一つコレを。

 貸与されてた制服です。」

「あぁ、こっちは返してもらわんと困るな。

 ありがとう。」

「どういたいしまして。」

「ん?

 どうした?」

気付かないうちに、声や表情が変わっていたらしい。

「6年って、長いんだなと思いまして。」

「そうだな。」

 

 俺は6年前、社長に拾われた。

前の職場がリーマンショックのとばっちりで、取引先が不渡り出して連鎖倒産したのだ。

で、次の仕事を探していたところを、社長に声を掛けていただいた、というわけだ。

「あの、社長。」

「何だ?」

「6年前、なんで俺に声を掛けてくださったんですか?」

「面白かったから。」

「は?」

さっぱり分からん。

「求人票出しに職安行った時お前見てさ、「コイツ面白そーだな~」と思ったわけだ。

 で、その場で声掛けた。」

「職安ですよ?

 ごくごく普通の恰好ですよ?

 どこをどう見れば、そうなるんですか?」

「なんとなく。

 しいて例えるなら、オーラとかいうやつじゃねーの?」

「…………」

俺は今更ながら、この会社の先行きが不安になった。

こんな気持ちは初めてだ!

「言っておくが、採用面接での決定打なんて、そんなモンだぞ。

 もちろん、履歴書や立ち居振る舞いはチェックするけど、本人の雰囲気の方が重要だったりする。」

「それ、本当ですか?」

「本当。

 そういう企業、結構多い。」

「…………」

初めて知った採用の内幕だった。

「あと、アレな。

 向こう10年ぐらい、お前の席あると思うぞ。」

「何ですか、それは。」

「留意だ。

 俺個人としては、お前に戻っ来てほしい。

 反対するヤツは、少ないと思うぞ。」

「…………」

(なんでそんなに過大評価なんだ?

 仕方ない。)

俺は立ち上がって言った。

「社長、申し訳ございません。

 その評価は大変ありがたいのですが、残念ながらご期待には、お応え致しかねます。」

俺は、深々と頭を下げた。

「別に構わんから、とりあえず座れ。」

「はい。」

というタイミングで、来客であった。

……俺に。

 

 「やっぱり居やがったな。」

「師匠。」

師匠といっても、もちろんブロスナーではない。

この会社で、俺を指導してくれた先輩である。

俺が人生で誰かを師匠とよんだのは、この人が初めてである。

「お前のことだから、昼休みを外して来ると思ったぞ。

 予想どおりだな。」

「さすが師匠、バレてますか。

 といっても、実際は引っ越し作業の都合ですけどね。」

「そうか。

 それは別にいいんだが、何で送別会を断った?」

「たかが6年、ですからね。

 送別会を開いていただくほど、貢献できたか謎ですし。」

「されど6年、だろうが。

 お前の仕事っぷりは、十分貢献したと言えるだろ。」

「そうっすよ、先輩。

 先輩が言うと、謙遜よりも嫌味に聞こえます。」

「俺には、その一言が嫌味に聞こえる。」

「やり返してます。」

コイツは、斎川。

俺の後輩である。

少なくともこの仕事に限定すれば、俺より優秀だと思う。

(丁度いい。)

俺は立ち上がると、二人に向き合った。

「師匠、6年間ご指導ありがとうございました。」

そう言って俺は、師と仰ぐ、尊敬する先輩に頭を下げた。

頭を上げた俺は、今度は後輩に言う。

「師匠の知識と技術と経験、全部お前が受け継げよ。

 大変だけど、頑張れよ、な。」

「任せてください。

 先輩が辞めた後、長谷川さんの下で仕事したいって社長に直訴したんですから。」

「マジ?」

俺は思わず聞き返した。

「事実だ。

 おかげでこっちは、どう遣り繰りするか悩んだぞ。」

社長が答えてくれた。

 

 あの後も少し話をして、俺は会社を出た。

会社が見えなくなる最後の交差点で、俺は会社を振り返った。

「…………」

(長い間、お世話になりました。)

そう思って俺は、会社に向かって頭を下げた。

まさか最後に、会社やアパートに頭を下げるとは思わなかった。

ブロスナーと出会った影響、なんだろうな。

やっぱりアイツは、俺の2人目の師匠だ。

俺は、再び駅に向かって歩き始めた。


それではこれにて、一巻の終わりとさせて頂きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ