8 別れ
8 別れ
「気が重い。」
怖い、行きたくない。
俺は、そんなことばかり考えていた。
昨日、ブロスナーに散々しばかれた俺は、憂鬱な気分で公園に向かっていた。
(それにしても、誰だよ?
アイツに「正座説教」なんて概念ぶち込んだり、「折檻」なんて言葉覚えさせたの……)
だがまぁ、仕方がない。
「明日の朝は、必ず来て下さい。」
なんてことを、昨日の帰り際に言われてしまったのだから。
なんか、逃げたら殺されそうで怖い。
どこに逃げても魂ごと把握されてそうだし、瞬間移動とかで現れそうだ。
(ヤクザと喧嘩する方が、まだマシだ……多分。
にしても、明後日引越しなのにどうしよう。)
「お、おはようございます、ブロスナー師匠。」
「お早くはありません、カミヤさん。」
まだ、9時前ですが?
「時間がありません。
すぐに始めますよ。」
ブロスナーは、そう言うと、俺に木刀を差し出した。
なんだか、「剣術指導」という名の「折檻第二部」が始まりそうで怖い。
とはいえ仕方がない。
俺は深呼吸を一つして、ブロスナーから木刀を受け取った。
「ご指導、よろしくお願いします、師匠!」
俺は、挨拶をして木刀を構えた。
慇懃無礼というか、丁寧な台詞回しを心掛ける。
「お願いします。」
師匠が応えた。
15分後、俺はまた倒れていた。
師匠は、そんな俺に回復魔法を掛けながら言う。
「どうしたのですか?
肩に力が入って、動きが硬いですよ。
もっと、身体の力を抜かないと、ちゃんと動けません。」
「そんなに硬くなってますか?」
俺は問い返す。
そして、それに対する返答は無情だった。
「硬くなっています。」
撃沈。
いや、理由は分かっている。
だが、ちょっと言いたくはない。
「きちんと、理由を言ってください。」
「あの、師匠?
もしかして、ですけど、私の心というか思考というか、読めてるんじゃないですか?」
はぁ、と溜息が聞こえた。
「並の人間の思考程度なら、たしかに読めます。
ですが、私がカミヤさんの思考を読みながら、剣を振るっているとでも思うのですか?」
「いえ、師匠がそのようなことをされているとは、全く考えておりません。
ただ、その、あー、あれです。
師匠の質問というか、尋問というかがあまりにも的確すぎて、私の思考を読みきった上で質問されてるのではないかと思っただけです。
あと、私の動きが硬いのは、昨日厳しい折檻、もとい、適切な御指導をいただいたため、その、師匠のことが怖いと思っております。」
はぐらかしたり隠したりは、やめておく。
「そうですか。」
(え?
何か、声が哀しそうじゃね?)
「たしかに、あまりに危険ですから昨日は怒りましたけど、私、嬉しかったんですよ。
カミヤさんが、私のためにルクサウトとの手合わせに応じてくれたこと、嬉しかったんですよ。」
何というか、哀しさと嬉しさが混ざったような声に驚いて、まじまじと師匠の顔を見る。
何とも言えない、強いて言うなら困ったような泣き出しそうな表情、だろうか。
そんな状況で何を言えばいいのか分からず、とりあえず思ったままを口にする。
「師匠、改めて一言言わせてください。
昨日は、大変申し訳ございませんでした。
その、何に対してのごめんなさいなのか、ちゃんと説明できませんけど、師匠を困らせたり悲しませたりする不出来な弟子で心苦しく思います。」
「いえ、もういいいんですよ。
貴方は、ちゃんと反省してくれたのですから。」
「たしかに、反省はしてます。
ですが、同じことが起きれば、また同じことをすると思います。」
「何を言うのですか?
それでは、反省していないのと同じではありませんか。」
「ですがそれでも、自分の大事な人や身近な人が困ったり苦しんだりしているのを、わが身可愛さに傍観することはできません。
そんな事をすれば、ブロスナーさんのことを、二度と師匠とよべませんし、エインフェリアとはほど遠い存在になってしまいます。
それに、師匠だってそんな人間と結ばれたくはないでしょう?」
「それは、たしかにそうですが……
それでも私は、カミヤさんに、そのような無茶はしてほしくありません。」
「師匠、そしてブロスナーさん。
そこまで自分のことを思ってくださり、ありがとうございます。
だからこそ、この件で互いに歩み寄ることができないのならば、私を、いえ自分を破門にしてください。」
「何を言い出すんですか?」
「師匠から習った剣を、師匠の意にそぐわない使い方はしたくありませんから。」
「誰が何と言おうと、貴方は私の弟子です。
それに私は、ヴァルキュリヤです。
人間を守るために剣を振るうことはあっても、人間に守られることなどあってはなりません。
ですから、貴方は私の初めての弟子として、堂々としていればいいのですよ。
貴方のその心構えは、立派にエインヘリャルのものと同じですから。
力と闘争心に溺れて護る心を失った、一部のエインヘリャルよりも、よっぽど立派です……」
「師匠……」
師匠の言葉の最後の方は、なんだか哀しげな声だった。
そして、俺の返答も力ないものになってしまった。
その後、稽古を再開した俺たちは、正午頃に昼食を摂った。
昼食後、ブロスナーから思いもよらない話を聞かされることとなった。
「カミヤさん。
もう、カミヤさんとお会いすることはできません。
これでお別れになります。」
「急になんですか、師匠?」
「もう、カミヤさんを向こうに連れて帰ることができなくなりました。」
「それは一体……」
俺は、何と言って反応すべきか迷う。
「カミヤさんが私と出会った日、初めてコーヒーを飲んだ日ですね、あの時カミヤさんの寿命は……残り3日でした。
だから、声を掛けさせていただいたのですが……
次にお会いした時も、残り3日でした。
何故か減っていませんでしたが、その程度の変化でしたら、許容範囲です。
ですが昨日、余命が3年を越えました。
これが、ルクサウトが言った「結ばれない」の意味です。
そして今、余命が10年に増えています。
こうなるともう、一緒に居ることは許されません。」
「10年……」
「はい、10年に届きました。
これで打ち止まるか、まだ増えるのか、どうなるのかは判別いたしかねます。」
「どういうことですか?
なんで、そんなよく分からないことに?
それは、普通起こりえることなんですか?」
「全くないとは言いませんが、通常は起こりません。
ごくごく稀に、起こる程度です。
断言はできませんが、寿命の減少に歯止めが掛かったのは、私と共に過ごしたからでしょう。
そして、寿命が大きく伸びたのは、スサノオノミコト様にお会いしたことと関係があるかと。
私が剣を教え始めたあの朝から、余命が大きく伸び始めていましたので。」
「…………
俄かには信じ難いのですが、それはスサノオ様の加護、ということですか?」
「加護を得たからなのか、既に持っていた悪いものを取り除かれたからなのかは、私にも分かりかねます。」
そして俺は、1つの疑問に思い当たる。
「昨日、ルクサウトさんに、「持っている物に気付いていない」と言われたんですけど、それって関係ありますかね?
スサノオ様の、神の加護に気付いていない、といった意味だったとか……」
「可能性はありますけど、彼女が何を感じ取ったのかまでは、本人に聞かないと分かりません。」
「そうですか。」
…………
…………
しばらく互いに沈黙した後、思い切って俺はブロスナーに言ってみた。
「それでしたら、師匠。
最後にお願いがあります。」
「何ですか?」
「稽古ではなく、手合わせをお願いします。
死なない程度に、ですけど……本気で、お願いします。」
「危険ですよ?」
「はい、危険なのも痛いのも、承知しております。
今まで稽古を付けていただいただけでも、散々一方的に打ち込まれています。
昨日も、ルクサウトさんにボロ負けしました。
それでも、師匠の本気を見せてください。
お願いします!」
「…………」
沈黙。
却下されるか?
「仕方ありませんね。
師匠としては、弟子に稽古のさらに先を示すことも必要ですしね。
分かりました、手合わせしましょう。」
「ありがとうございます。」
……………………
気が付いたら、俺はベンチに寝かされていた。
師匠の膝枕付きで、回復魔法を掛けられている。
「ぐっ、うっ。」
起き上がろうとした俺は、上半身の痛みに声を漏らす。
「まだ、動かないでください。
折れた骨を繋いでいる最中ですから。」
(折れてるのか……
師匠、本気で相手をしてくれたんだ……)
本気、とはいっても死なない程度となると、師匠にとっては子供の頭を撫でる程度の感覚だったのかもしれないけど。
結局、俺が意識を取り戻してからも5分程かけて、じっくり治療された。
「もう、起き上がっても大丈夫ですよ。」
その声に俺は、上半身を起こし言う。
「ありがとうございます、師匠。
手合わせも、治療も。」
「それで、どうでしたか?
私の本気を見た感想は。」
…………
俺は、即答できずにいた。
師匠は、そんな俺を急かすことなく返事を待ってくれている。
(ちゃんと、正座して答えよう。)
俺は、その場に正座し、そのまま土下座で謝罪する。
「申し訳ございません、師匠。
せっかく自分の我儘を聞いて本気で相手をしてくださったのに、何も……覚えていません。」
「そうですか。
残念ですが、それが私と貴方の力の差です。」
「はい。」
…………
しばしの沈黙の後、思い切って俺は師匠に尋ねた。
「あの、師匠。
俺、どのくらい持ち堪えました?」
「初撃は、上段を額に入れました。
それは、思い出せますか?」
言われて、俺は額を触りながら少し考える。
「いえ、言われてみればそんな気もする、といった程度です。
最初に構えて……師匠が物凄い速さで動いた気が……
それも、ちゃんと捉えきれてなかった、かな?」
「やっぱり、あの時点で意識がなかったのですね。
その後、左右の腕に打ち込みました。
この時、腕は折れたと思います。
ですが、カミヤさんは倒れませんでした。
いえ、それどころか、最後まで剣を手放すこともありませんでした。
技術や速さはまだまだでも、その心構えは立派に一流の剣士のものです。
その後は、まぁ、二十数発、頭、肩、腕、胴に打ち込みました。
それ以上の打ち込みは危険だと判断したため、心臓付近に突きを入れました。」
「突き、ですか?」
これまでの稽古で、突きを受けたことはないし、そもそも習ってすらいない。
「突きは、初心者に教えるには、危険な技術なのです。」
「そうですか……」
骨が折れ意識が飛ぶ程の打ち込みを二十数発、さらに心臓に突き。
全てがその威力とは限らないが、生きていることの方が不思議である。
ヴァルキュリアの技術とか、神様のご加護とかがあったとしても。
「さて、治療も終わりましたし、そろそろ頃合いですかね。
カミヤさん。」
そう言うと師匠は、俺に接吻した。
(え?)
キスとか口付けというよりも、接吻という方がしっくりした。
俺は無意識のうちに、反射のように師匠を……ブロスナーを抱きしめた。
「師匠。
いえ、ブロスナーさん。」
「何でしょう。」
ちょっと、困惑したような返事が返ってくる。
「俺と結婚してください。」
「え?」
「少なくとも10年、長かったら100年ぐらいお待たせしますけど、ワルキュリアって人間の100倍ぐらい生きるんですよね?
でしたら、100年待ってもらっても、人間の感覚で言ったら1年ぐらいですよね?
ちょっと無責任は言い方かもしれませんけど、俺が死んだら俺の魂と結婚してください。
俺は、ブロスナーさんのことが好きです。
だから、結婚してください。」
「え……
本気ですか?」
「はい、もちろん本気です。」
「ありがとうございます。
こちらこそ、宜しくお願いします。」
求婚に、成功した。
「あー、念のため一応言っておきますけど、生きている間にも、ちゃんと結婚してくださいね。
肉体の子供も、残さないとダメですからね。」
ブロスナーの台詞に、俺はちょっと困る。
「えーと、それは……」
「何ですか?」
「それって、ブロスナーさんにとって浮気みたいなものじゃないんですか?」
「私たちにとって、肉体の婚姻と魂の婚姻は、全く異なるものです。
むしろ、ちゃんと結婚していただいたほうが好ましいのです。」
「そうですか。」
「はい。」
人間の女相手で、婚約後に別の女に手を出したら、破談だよな?
どうやら、人間とは感覚が大きく異なるらしい。
さすがに、結婚後に別のヴァルキュリアに手ぇ出したら……殺されそうだな。
うん、余計なことは聞かずにおこう。
「あ、ところで100年後って、俺おじいちゃんだけどいいんですか?」
「魂に、肉体の年齢は関係ありませんよ。」
どうやら、問題なさそうだ。




