6 引越し準備
6 引越し準備
ブロスナーの剣術指導が終わり、帰宅するため公園を出た俺は、ちょっと後ろを振り返った。
「!」
ブロスナーの身体が透けていくのが見えた。
そして、すぐに完全に見えなくなってしまった。
(これが神界に潜む、というやつか。)
潜むのか、帰るのかは、俺には分からないけれど。
(あかん……疲れすぎた?
それとも低血糖で、頭が回らん?)
とりあえず腹減った、メシ!
俺は自宅近くのスーパーで、惣菜その他を買い込む。
(トンカツとカラアゲ買って、今から米炊くのはしんどい、ラーメンは家に有る……
具は冷凍室に野菜があるな、あと玉子もある。
牛乳追加で買って、なんか知らんがレモンが欲しい。)
蛋白質と炭水化物、早く食いてぇ。
帰宅後、どうにか食事を終えた俺は、すぐに寝落ちした。
2時間後、目を覚ました俺は、洗い物を片付けて、風呂に湯を張る。
その間に、気になったことをネット検索する。
昼間食った、乳と肉。
「ヴァルハラ」や「エインフェリア」で検索すると、すぐに出てきた。
どうやら、山羊の乳と猪の肉らしい。
アルプスの幼女と牡丹鍋。
……風呂入って寝よ。
(風呂で寝落ちしねーよーに、気ぃつけねーとな。)
「黄泉喰らい」について調べるのを忘れてたことに気付いたのは、風呂に入ってからだった。
翌朝、目を覚ました俺は、声を上げた。
「やっちまった……」
目を開けると、壁も天井もよく見える。
コンタクト入れてないのに、だ。
つまり、昨夜はコンタクトを外さずに寝てしまったということだ……
鏡の前に行き、コンタクトを外そうとして、初めて気付く。
(目、痛くも痒くもないぞ?)
何か変だなと思いつつも、鏡を覗くと、どうやらコンタクトが入っていないっぽい。
(どういうことだ……)
露骨におかしな話だが、考えると一つの心当たりに辿り着く。
(昨日、ブロスナーに、回復の魔法を掛けてもらったっけ。)
常識ではありえないことだが、ヴァルキュリアが使う回復魔法となると、話は別だ。
RKやレーシックのような視力回復効果があっても不思議じゃない。
あとは、これがいつまでもつのか、だ。
一過性のものなのか、それとも中長期的に効果を発揮するのか。
考えても埒が明かない。
とりあえず、予備のコンタクトと眼鏡を持ち歩こう。
今日は、ブロスナーとは会わずに引越し準備をする。
役場で転出届を出したり、国民健康保険と国民年金への切り替え手続きをしたり。
荷造りは……まぁ、あんまりないか。
一人暮らしだから荷物少ないし、普段から使わないものはダンボール保存だし。
ああ……もうすぐ死ぬんだったら、パソコンの趣味のデータを消しとかねーとな……
あとは、ブロスナーに訊きたいことでもまとめるか。
銀行口座や生命保険や携帯電話は、どうしよう?
やっぱり、解約しておいた方がいいのか?
その方が遺族の手続きは楽そうだけど、それだと死んでも保険金が受け取れねーのか。
さて、どうしたものか。
まさか、この年で終活に頭を悩ませるとは……想定の範囲外だ!
まぁ、うっかり事故とかで死ぬ可能性程度は、考えてたけどさ。
結局、会社員退職と引越しに関する役場での手続きは、多少待たされたものの、すんなりと片付いた。
いや、こんなよくある手続きで窓口盥回しにされたら、怒る前にひくけどね。
公共料金関係は、ブロスナーと喫茶店に入った日に、連絡済である。
(ああ、あと郵便局に寄って、郵便物の転送届け出しとかねーとな。
あと、何かあったかな?
ホムセン行って、段ボール2つ買うぐらい?)
俺は、これからのことを考える。
生きてこの町を出るのか、死体になって出ていくのか。
引越し荷物の送り先は、一先ず実家である。
生きてても死んでても、あまり関係ない。
……荷物を送り出すまで、生きていれば。
あとは、「いつ」「どこで」「どのような」死に方をするのか。
車を運転中に、心筋梗塞だのクモ膜下出血だので死ぬのは、御免こうむる。
せめて誰にも迷惑をかけず、できるなら納得の行く形で死にたい。
ブロスナーに訊いても、詳しくは教えてくれないだろう。
俺の選択によって、多少は変わるかもしれんし。
「昼から、会いに行ってみるかな……」
結局、ブロスナーに会ったのは、その日の夕方だった。
「あら、カミヤさん。
今日は、来ないものだと思っていましたよ。」
「そのつもりだったんですけどね。
ブロスナーさんに訊きたいことがあるので、来ました。」
「何でしょう?」
まずは、軽めの質問から。
「エインフェリアに、日本人、この国の人間って居ますか?」
ブロスナーが考えるような仕草をする。
「どうでしょうか……
そういえば、イソロク様は、この国の方っぽいですね。
あとは……トシゾウ様や、イサミ様もこの辺りの方でしょうか……」
(「様」?
エインフェリアには、「様」を付けるのか?
いや、それよりも、「いそろく」なんて名前、「山本五十六」ぐらいしか思い浮かばん。
たしか軍人なのに、戦争反対論者だったか?
「としぞう」と「いさみ」がセットで出たということは、新撰組に間違いないだろうな。
ふーむ……)
「なるほど、その三人が、こちらが思っている人物なら、エインフェリアになっていても納得です。
ただ、その時代に、この国にワルキュリアが訪れていたとしたら、それはそれで驚きですが。」
(まさか、源義経や武蔵坊弁慶とかも居るんじゃないよな。)
「では次に、私に残された時間はどのくらいですか?」
「その質問には、お答えいたしかねます。」
「教えるのが好ましくないだけで、ルール違反ではないのでしょう?」
「それでも、お答えいたしかねます。」
まあいい、聞いて凹むよりマシかもしれん。
「では、ちょっと込み入ったことを。
貴女と結婚した後、私はどうなるのですか?」
「カミヤさんの死後、私と伴にヴァルホルが在るアースガルズに住んでいただきます。
その結果、無事に子供が産まれても、産まれなくても、最終的には、カミヤさんの魂が本来行くところに向かうこととなります。
それがどこなのかまでは、私には分かりかねます。」
「やはり、か……
いつまでも、ブロスナーさんの寿命が尽きるあと数千年を伴に過ごせるわけではないのですね。」
「そのとおりです。」
「ちなみに、一般的に人間の魂は、死後どうなるのですか?」
「一言で言うと、次の命へと生まれ変わります。
ただ、すぐに生まれ変わる方、永く死後の世界に留まる方、途中、天国や地獄に立ち寄られる方など、様々です。」
輪廻転生、か。
魂の存在を聞いた時点で、ある程度想定済みの話である。
そして、ここからが本題だ。
「では、死後貴女と結ばれて、別れた後……私がエインフェリアになることはできますか?」
別に、エインフェリアになってまで一緒にいたい、という話ではない。
いや、元・妻やら、自分の子供の成長やら、多分気にはなるだろうし、子供の成長は見たいけだろうど。
「……」
見ると、ブロスナーが驚いた顔をしている。
想定外の質問か、触れてはいけない質問だったか……
「私の口からは、何とも言えません。
ですが、どういうつもりですか?」
「どうって、せっかく死後どうするか選択肢があるのですから、さらに選択肢を増やそうかと。
もしかして、訊いてはいけない質問でしたか?」
「いけない、とまでは言いませんが……」
ブロスナーは、一旦言葉を区切って、言葉を続ける。
「褒められた質問ではありませんね。
はっきり言って、危険な質問です。」
「何が危険なのかは、わかりませんが……
とりあえず、可能性は残っているようですね。」
「過激思想や危険分子と見られるかもしれません。
これは、警告です。」
「警告を受けるほど、踏み込んだことを訊いたつもりはなかったのですけどね。
ま、その辺については、これ以上訊いたりはしませんよ。」
「そうして、ください。」
その時、変な笑い声が公園内に響き渡った。
そう、なぜか公園内だけだと分かった。




