4 死亡フラグ
4 死亡フラグ
疲れた……
まさか、美術館デートでこんなに疲れるとは。
とりあえずもう、アイツは本物のヴァルキュリア認定でいいや。
しかしそうなると、これからアイツとどう付き合っていけばいい?
というか……え?
というか、いや、待て待て待て待て!
ヴァルキュリアって、エインフェリアをヴァルハラに誘う死神、だよな?
野球っぽくスカウトでも、ビジネスっぽくリクルーターとかヘッドハンターでもいいけど。
そんなのに誘われたり、結婚したりしたら……俺、死ぬんじゃね?
最初にアイツが言ってた、
「詳しくは言えないけど結婚相手は誰でもいいってわけじゃない。」
っての、俺、もしかして寿命つーか余命がねぇ、ってことか?
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!
アラブのお父さん並みにヤバイ!
たしかに、もうすぐここのアパートは引き払うけど、そうじゃない!
どう考えても、死亡フラグだ。
死亡フラグが立ちました、だ。
死ぬってこと自体が、大問題だ。
いくら俺でもこれは、無問題とか言えない。
これはもう、次に会う時か、せめてその次に会う時には訊いてみなくては!
となると、早いトコ、次のデートの段取りを考えねば。
いや、デートでなくても、1回会うか?
くっそ、疲れたから明日はちょっとゆっくりするつもりが、それどころじゃなくなっちまった……
「死にたくねぇ……」
俺の口から、切実な呟きが漏れた。
翌日、結局俺は、自宅で昼までのんびり過ごした。
(そろそろ、会いに行くかな。)
昼食を済ませた俺は、ブロスナーに会いに行くことにした。
うん、いつもどおりだ。
いつもの場所で、いつもの服装で、いつもと同じく立っている。
「あっ、カミヤさん!
こんにちは。」
「はい、こんにちは。」
とりあえず、挨拶ぐらいは返す。
「カミヤさん、何かあったのですか?
いつもと違って、表情が曇ってますよ。」
どうやら、不安が顔に出てるらしい。
「ちょっと、気になってることがあってな。
訊きたいことがある。」
「何でしょう?」
「どうでもいい質問と、失礼な質問と、切実な質問、どれから聞いてほしい?」
「何ですか、それは。
まぁいいでしょう、カミヤさんの表情から、ピンと来ましたから。
2つ目の質問の答えは、私はヴァルキュリヤですから、入浴も洗濯も必要ありません。
3つ目の質問の答えは、基本的な推測は正しい、としか答えることができません。
最初の質問は、実際に質問を聞かないと、答えられません。」
あー、あってるよ……
「2つ目の質問は、ま、たしかにそれだな。
3つ目は、俺がいつ死ぬのか、って質問だな。
ワルキュリアには、死神としての側面がある以上、結婚相手はもうすぐ死ぬ人間から選んでいるんじゃないのかと思って、ね。
1つ目は、普段とか夜とか、俺と一緒じゃない時、どうしてるのかと思って。
ま、2つ目の質問に答えてもらえたから、もうどうでもいいけどね。」
「夜は、こことは異なる空間……えー、日本語で霊界とか神界というのでしょうか、そういった場所に潜んでいます。
昼間は、ここに立って世界を見ています。
ちなみに、1人でここに立っている時には、多くの人間は私を認識していません。
物理的には見えているのですが、意識の上では認識できていない、と考えてください。
そして、最後の質問ですが、カミヤさんの寿命が残り少ないのは、事実です。」
俺は、ついつい口を挿んでしまう。
「それは、ブロスナーさん……いや、ワルキュリアと結婚した場合、肉体が死んで魂だけがバルハラに行くから、ですか?」
「はい、そのとおりです。
……理解が早くて、助かります。」
やはり、死亡フラグは立っていた……
「そして、残りの寿命を教えることは禁じられています。
明文化されたものではなく、暗黙の了解のうちに、ですが。
それと、私との結婚を拒否されても、余命が延びるわけではありません。
なぜなら、私がカミヤさんを殺すわけではないのですから。」
「そうか。」
一番知りたかった、死亡フラグの件については、「お約束」どおりの設定のようだな。
実際に死ぬまで、真偽は確認できないけれど。
けどまぁ、想定の範囲内だったからか、不思議と気持ちは落ち着いている。
(そうかぁ、そうなんだな。)
しかし、そうなるとどうしたものか……
死後の魂のありようを生前に選べるってのは、普通はないアドバンテージだよな、多分。
とりあえず、身辺整理をしとかなきゃ、かな。
とか考えていたら、ブロスナーが声をかけてきた。
「あの……」
「ん?」
「今日はこれから、どうしますか?
私と一緒にいるのは、嫌になりましたか?」
「いや、そんなことはないよ。
ただ、身辺整理ぐらいは、しておきたいな、とか考えてた。
……そのくらいの寿命は、残っていてほしいな。」
「そうですね、好ましくはないのですが、今日中にカミヤさんの寿命が尽きることはない、とだけお教えしましょう。
もちろん、ご自身での死……自殺をされると、話が変わってしまいますが。」
「そうか、ありがとう。」
「あの、1つ私からお願いしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「お願いって、何を?」
「はい。
あの、私をこの国の神様に会わせてください。
お願いします。」
そう言って、ブロスナーは俺に頭を下げた。
「え、あの、神様に会わせるって、どうやって?」
「神様が祀られている、神殿や聖域に私を連れて行ってください。」
(神殿や聖域……って、社寺仏閣、ってことか?
うーん、しかもこの国の神様ってことになると、神社か。
てことは、イザナギ・イザナミがセットで祀られている所がいいのか?
となると、伊勢神宮……って、三重県だっけ?
遠い上に、ちゃんと調べて準備して行かないと、無理だな。)
「駄目ですか?」
「ちょっと待って、今考えてる。
今から行ける所で、この国の上位の神様が祀られている所。」
(あとは、皇祖神アマテラスとか、スサノオとかか?
ツクヨミが祀られてる神社なんて、在るのかどうかすら知らんしな。
んー、まてよ……たしかどっかに素戔嗚神社ってのがなかったか?)
「ちょっと、待っててもらっていいか?」
「それはもちろん、かまいません。」
「ちょっと、調べてくるよ。」
そう言うと俺は、都市地図で確認するために、本屋へと向かった。
10分後、本屋に着いた俺は、地図コーナーに居た。
とりあえず、売り場で地図を広げてみる。
(たしか、この辺りに……)
あ、あった。
うろ覚えの記憶どおり、この時間からでも十分向かえそうである。
(地図って、800円もするのか……たっか!)
高いと思いつつも、お買い上げする。
かたんことん、ガタンゴトン、かたんことん、ガタンゴトン……
俺たちは、電車に乗って素戔嗚神社の最寄り駅を目指していた。
ブロスナーは、電車に乗るのは初めてらしく、ちょっと落ち着かない感じがした。
ま、当然だが、子供みたいにはしゃいだりはしていない。
あくまでも、クールビューティーだ。
そして、電車を降りて15分後、素戔嗚神社に到着する。
参拝者は少ないけど、結構大き目の神社だ。
御祭神は当然、素戔嗚尊である。
なお、道中にてスサノオノミコトの説明は済ませてある。
「変遷の多い神様ですね。」
というのが、ブロスナーがもらした感想である。
もっともだ。
俺たちは鳥居をくぐり、御手水で手を洗い口を漱ぎ、拝殿へと向かう。
俺の中で、拝殿は神様の職場や応接間、本殿は自宅やプライベートスペース、という認識である。
俺とブロスナーは、賽銭を入れ、でかい鈴を鳴らし、二礼二拍手で手を合わせる。
すると一瞬、立眩みのような感覚に襲われた。
「これは、珍しい客人だ。」
低めの渋いいい声に、思わず俺は顔を上げ目を開く。
(うをっ!)
俺は、白くて広い、知らない場所に立っていた。
「御初に御眼に掛かります、スサノオノミコト様。
私、異国にてオージン様にお仕えしておりますヴァルキュリヤのブロスナーと申します。
今回、初めてこの国に参らせて頂きましたので、御挨拶に参りました。」
ブロスナーが丁寧に、あるいは恭しく、口上を述べている。
ということは相手は、そして先ほどの声は、素戔嗚尊……様、ということか。
当たり前だが、神様の声を聞くのは、これが初めてである。
「遠路はるばる、よくぞ参られた。
楽にしてくれ。
そちらの人間もな。」
「ふぁっ、ふぁい!」
俺は緊張で声が裏返り、直立不動になる。
それを見て、「ふふふふふ」と楽しそうに笑う素戔嗚尊様。
大柄でがっしりとしている。
まぁお化け退治の神様だから、そこに何の疑問も無いんだけど、人間と比べて馬鹿デカイわけでもない。
せいぜい、バスケットボール選手ぐらいに見える。
……神様なら、身体の大きさを変えることもできるんだろう、多分。
あと、ヒゲが立派である。
「スサノオノミコト様、本日はひとつ御願いしたいことが御座います。」
「何だ?」
「はい、私は、伴侶となる人間の男を捜しに参りました。
この国で伴侶を得た後、その者を我が故郷へと連れ帰ることを、御許し願いたく存じます。」
「よかろう。」
「ありがとうございます。」
俺は、素戔嗚尊様とブロスナーの会話を黙って聞いていた。
するとどこからか、女性の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「二人とも、夫婦仲良くするのですよ。」
その女性の声が聞こえると同時に、目の前が光に包まれ、俺は元の神社に戻っていた。
(夢、ではないんだろうな。)
ブロスナーと……ヴァルキュリアと一緒に居たからこそ、人間の俺も神域に招かれたのだろう。
となると、先程の声は、櫛名田姫様、だよな。
俺は、拝殿に向かって、いや、拝殿の向こうの神様に向かって一礼して、ブロスナーを見た。
何か、中身がまだ戻ってきてない気がする。
どうやら、人間の俺だけ、先に帰らされたらしい。
しばらく待っていると、ブロスナーも無事に帰還した。
「お帰り。」
「只今戻りました。」
別に変な会話はしていないのに、何だか変な会話をしている気分になる。
ブロスナーの物言いが、常に穏やかで丁寧だから、だろうか。
「俺が先に帰された後も、スサノオ様やクシナダ様と話してたの?」
「はい、そのとおりです。
お待たせしてしまい、すみません。」
「いや、別に謝るようなことじゃないでしょ。
それで、どんな話を?」
「すみません、お話しできません。
ただ、面白いお話を聞かせていただきました。」
「そうか……」
ちょっと残念だが、神様に口止めされてるかもしれないし、しつこくは訊かないでおこう。
「それじゃ、行こうか。」
「はい、そうですね。」
俺たちは、最後に一礼して拝殿を後にし、境内を散策する。
ブロスナーは、物珍しそうにあちらこちらを見ていた。
最後に俺たちは、社務所に立ち寄る。
御朱印をいただくわけではないが、売店が併設されているからだ。
色取り取りの御守りに、ブロスナーが興味津々だ。
つか、ヴァルキュリアが食いつくのかよ!
武勇長久、恋愛成就、夫婦円満、家内安全、この辺なら、今のコイツに似合いそうだな。
俺は、家内安全のお守りを買ってやることにした。
途中経過の恋愛成就や夫婦円満は、すっとばす。
って、おい!
人がお守り買ってる間に、なに木刀で素振りやってんだよ!
つか、なんで神社に木刀が……って、アレか?
スサノオノミコトが武芸の神様だからか!
お化け退治の影響で。
「ブロスナーさん!」
とりあえず、声を掛け、素振りをやめさせる。
思わぬ失敗をしてしまった、といった感じで落ち込んでいる。
「木刀、欲しいの?」
「あ、いえ、別にそういうわけでは。
必要もありませんし。」
ふん。
「俺の寿命、どのくらい残ってる?
1週間程度はある?」
「ぎりぎり、ですかね。」
不意打ちだったせいか、あっさりと教えてくれた。
「分かった。」
俺は、木刀2本を追加購入する。
(木刀なんだし二振りではなく、二本でいいだろ。)
「明日、俺に剣を教えて下さい。」
「本気ですか?」
「はい、お願いします。」
「分かりました。」
「それと、これを。」
先程購入したお守りを手渡す。
「これは、何ですか?」
「家内安全のお守りです。」
「言葉の説明をお願いします。」
家内安全とは家族が無事に暮らせますようにという意味で、お守りとはアミュレットやタリスマンのことだと説明する。
「ありがとうございます。」
とりあえず、素直に受け取ってくれた。
ヴァルキュリアに、人間のお守りなんて価値があるのかどうかは、訊かないけどね。




