1 出会い
1 出会い
「困りましたね。」
そんな声が聞こえたので、一先ずそちらをを見てみた。
公園に、思案顔の女性が1人立っていた。
(あの女は確か……)
俺は、その女性に見覚えがあった。
ここ数日、出勤時にこの公園で見る女性だ。
(今日も居たのか……)
一瞬、無視しようかと思ったのだが、声を掛けることにした。
単に目が合ったからなのだが、まぁ目が合ったからには仕方がない。
俺が相手を覚えているということは、向こうも俺を覚えている可能性があるということだ。
あまり、心象を悪くはしたくない。
(しょーがない。)
俺は、彼女に近付くと声を掛けた。
「何ぞお困りですか?」
正直、丁寧というより、投げ遣りな感じではあったが。
すると彼女は、驚いた感じでまじまじと俺を見てから答えた。
「ええ、旦那さんが見つからなくて。」
(ふーん、結婚してたのか。)
1つ情報を得たが、意味も価値もない情報である。
人妻と不倫する気もなければ、産婦人科の医者でもない俺にとっては、どうでもいい話だ。
「旦那さん?
どんな人ですか?」
まぁ、一応訊いてみた。
「え?」
よく分からん反応が返ってくる。
「いや、旦那さんの服装とか、特徴とか。」
そこまで言うと、ようやく合点がいったのか、旦那さんとやらの説明が聞けた。
「ああ、そういうことですか。
そうですね……
旦那さんなんですけど、まだ旦那さんではないというか。
旦那さんになってくれる人を探しています。」
?
「婚約者?」
「そう、それです。
婚約してくださる人を探しています。」
(まだ結婚してなかったのか。
つか、まだ婚約もしてないんだったら、ただの彼氏か?)
何と言うか、随分と面倒臭い気分になっていた。
「それで、どんな人ですか?」
「そうですね……
いい人、居ませんかね?」
「は?」
思わず俺は聞き返した。
「貴方さえ宜しければ、貴方でも。」
「はあ~?」
思わず、俺は盛大に聞き返していた。
もう、面倒臭いをとおりこした感想を持っていた。
(コイツ、頭大丈夫か?)
さすがに、言葉には出さないが、声には出てるだろう。
面倒臭すぎるので、退場一択である。
「頑張ってください。」
そう言うと俺は、立ち去ろうと背中を向けた。
(逆軟派とか、付き合ってらんねー。)
こんな美人に逆軟派されるなんて、人生において二度とないだろうけど。
(たしかに、「旦那さんを探して」は、いたわけだ……)
俺が歩き始めると、後ろから声が掛かった。
「あ、待ってください。
誰でもいい訳ではないんです。」
そりゃそうだろ。
男だったら誰でもいいとか、どんな痴女だよ……
そう思い、無視して歩いていたら、俺の目の前に突然現れた。
素数を数えるような某マンガなら、こんなモノローグが付けられそうな感じで。
「そう、無視して歩いていたら、俺の目の前に突然現れたんだ。
いいか、大事なことだからもう一度言うぞ。
無視して歩いていたら、俺の目の前に突然現れたんだ。
廻り込むとかではなく、突然目の前に、だ。」
追って来るような足音や物音は一切聞こえなかった。
廻り込めるほどの速さなら、それなりに車の音も聞こえるとはいえ、多少の音はするはずだ。
それに……廻り込むなら、横から正面に来る際に視認するだろう。
特に警戒してたわけではないとはいえ、そういったものが一切なかった。
明らかにおかしい。
だから、俺は言った。
「アンタ、何モンだ?」
驚きと、警戒のこもった声で。
「お話を、聞いてもらえますか?」
笑顔を浮かべて、女は言った。
(何で、こんなことになるんだよ。)
先程、公園で異常なほどの運動性能を見せた女と、俺は喫茶店に居た。
もちろん、内心毒づきながらである。
ぶっちゃけ、運動不足なオッサンの俺がコイツから逃げ切るのは難しいし、かといって殴り合いとかしても、俺のヘナチョコパンチなんて簡単にかわされそうである。
仕方がないので注文したコーヒーを待つ間、目の前の女を改めて見る。
…………。
はっきり言って、美人である。
それも、かなりの。
片腕が義手で片脚が義足の錬金術師が主人公のマンガに出てくる、凄腕美人狙撃主ぐらいの美人である。
あのキャラが髪を下ろしたら、こんな感じになるのかもしれない。
あそこまでの丸顔ではないが。
白人系、それもロシアとかのかなり北の人っぽい気がする。
いや、人種や民族なんて詳しくないから分からないけど、テレビで見たロシア人がこれくらい髪が薄かった気がする。
もちろん、量ではなく色の話である。
ただ、多くの日本人よりは髪の毛が細い気はする。
肌も、えらく……というか、おそろしく綺麗である。
人間の皮膚というより、人工物のように。
そして何より、目が美しい。
オッド・アイって言ったかな、右と左で色が違うヤツ。
右の瞳は、エメラルドのような緑。
左の瞳は、ブルートパーズのような青。
人間の遺伝子で、こんな鮮やかな緑や青になったっけ?
帰ったら、ネット検索したくなる。
そんな事を思いながら、神秘的な色合いの瞳を見ていた。
すると、彼女が喋り始めた。
「先程は、驚かせてしまい申し訳ありません。」
そういうと彼女は椅子から立ち上がり、深々と頭を下げた。
「あ、いや、こちらこそ……?
あ、違う。
気にしないでください。」
俺も立ち上がって、彼女にそう言った。
そして、2人で改めて椅子に座る。
(日本語、完璧だよな?)
そう、彼女との会話は全部日本語、それ以前に最初に聞いた呟きも日本語だったのである。
まぁ、生まれた時から日本育ち、とか考えられるけど。
まあいい。
何しろ、俺みたいなオッサンは日本語ぐらいしか碌に喋れないからな。
むしろ好都合だ、とも思ったのだが、こっちの発言が全て理解される分、むしろ危険か?
「それで、どういったご用件ですか?」
気を取り直して、質問してみる。
「旦那さんを探しています。
私と一緒になってください。」
あ、また同じこと言った。
「何故、私?
いえ、その前に、何故あんな場所で結婚相手を探してたんですか?」
「人通りが、多すぎず少なすぎず、丁度良いのです。
まだ、この地方やこの国に慣れてませんので。」
「それにしては、日本語お上手ですよね?
完璧と言って良いほどに。」
「複数の人間の記憶から、言語情報を抽出しました。」
誰か代わってくれ……
「そんなよく分からん話を信じろと?」
「事実です。
まず、私は人間ではありません。
私は、オージン様にお仕えするヴァルキュリヤです。」
真顔でとんでもないことを言いやがる……
(オージンにヴァルキュリヤ?
それって、北欧神話に出てくる、主神と戦乙女だよな?)
古くはオペラから、最近ではゲームやラノベまで、二次創作には事欠かない素材である。
俺は溜息をついて言い放った。
「オーディンだのワルキューレだのといったら、神話に出てくるアレだろ?
そんな冗談を信じるとでも?
それとも、神話から名前を取った組織だの部署だのに所属しているとか?」
外国人っぽいので、できるだけ難しい日本語は避けていたけど、もう、そこに配慮する気はなくなった。
すると彼女は、一瞬不機嫌そうな表情をしたが、すぐに笑顔で答えた。
「では、証拠をお見せしましょう。」
そう言うと彼女は、ブラウスの袖をめくり、左手でお冷の入ったグラスを握った。
すると、数秒で水面が凍ったかのように見える。
「どうぞ。」
彼女は、そのグラスをこちらに差し出した。
「見間違いじゃなかった……
凍ってる……」
俺は、グラスを確認して呟いた。
ヴァルキュリアの証拠になるかどうかはともかく、少なくともとんでもないスペックのアスリートで、一流の手品師で、日本語堪能の超絶美人。
会社の経営者とかだったら、絶対に手放しはいけないタイプである。
しかもあの目、カラーコンタクトではなく自前っぽい。
少なくとも、只者ではない。
「信じてもらえましたか?」
「ワルキュリアの証拠としてはともかく、これは凄いですね。
とはいえ……」
そこで俺は、一旦言葉を切る。
「お待たせしました。
ホットコーヒー、2つです。」
店の兄ちゃんが、注文したコーヒーを持ってきてくれたからだ。
「お熱くなっておりますので、お気をつけください。」
コーヒーを並べると、そう言って店員は去っていった。
俺たちから距離が離れたのを確認して、俺は続けた。
「俺は、エインフェリアじゃないぞ。
それに、アンタの名前すら聞いてない。
違いますかな、死神さん?」
すると、笑いの消えた顔で、答えてきた。
「死神とは、随分と失礼な物言いですね。」
「ああ、失礼だ。
だが、事実だ。」
「なるほど、人間から見た事実は、そうなるのですか。
たしかに貴方は、エインヘリャルではありません。
私たちヴァルキュリヤは、エインヘリャルと結ばれることはありません。
エインヘリャルでないからこそ、貴方に声をかけたのです。」
「何故?」
「今は、多くを話せません。
ただ、貴方は私と子を生すことが出来る数少ない人間の男性の1人、としか。」
悩むなぁ……
この話、どこまで本当なんだろ?
可能性1.最近流行の素人相手にドッキリを仕掛けるテレビ番組の撮影。
可能性2.実は全部本当。
可能性3.逆に大嘘吐き。
可能性4.身元は嘘で目的は本当。
可能性5.身元は本当で目的が嘘。
可能性6.頭が残念なネーチャン……
あとは……
「実は、女神様……とか?」
(しまった!
声に出した!)
失礼な場合の可能性の思考ではなかった分だけ、不幸中の幸いである。
「いいえ、私は女神様ではありません。
女神様でしたら、 オージン様の奥様のフリッグ様に限らず、総じて私共ヴァルキュリアよりも、はるかにお美しい方々です。」
女神に間違われて嬉しかったのか、今度は笑顔で説明が返ってきた。
それにどうやら、女神というのは美人というか、美神らしい。
美神と漢字にすると、美の女神っぽいけど。
「ほぉ~……」
思わず、俺は声を漏らしていた。
(この女以上の美人。)
俺も男なので、という以上に、知的好奇心から、見てみたいとは思う。
「ええ。」
なんか、人間っぽいというか、日本人っぽい相槌が返ってきた。
俺は、ふと我に返り質問する。
「2つ訊きたい。
けどその前に、コーヒー飲んだら?」
せっかくだし、ホットなうちに。
俺は自分のコーヒーに、砂糖を少しとミルクをたっぷり入れてかき混ぜる。
彼女も同じように、慣れた手つきで砂糖とミルクを入れた。
「ワルキュリアも、コーヒー飲むのか。」
俺は、故意に感想を口にしてみる。
「いえ、少なくとも私はコーヒーは初めてです。
なかには、飲んだことがある者も居るのかもしれませんが。」
「ふーん、まっいいや。
それより、さっき訊きたいと言った2つの質問。
1つ目、お名前は?
2つ目、空飛べるの?」
意外な質問だったのか、彼女が目を見開いている。
「私の名前は、ブロスナーと言います。
青い雪、という意味です。
空を飛ぶことに関してですが、本来は自在に飛べます。
ただし今は、能力に大きく制限がかけられておりますので、浮くことができる程度です。」
「そうか。
ついでに訊くけど、他の地域の、例えば、ギリシアのゼウスやアテナ、エジプトのイシスやオシリスといった神様に会ったことはある?」
「あります。
ゼウス様には、オージン様より親書を届ける役目を仰せつかることが多いもので。」
「ああ、そういった地域を越えた神様同士のつながりってあんのね。」
「もちろんあります。
世界を護るためには、欠かせませんから。」
「ふーん。」
(人間の、国連やサミットみたいなモンか?)
「知識以上に、苦味の強い飲み物ですね……」
眉間に皺をよせて呟いているのが聞こえた。
どうやら、本当にコーヒーは初めてらしい。
俺にはその様子が、彼女が人間だとすれば当然、本当にヴァルキュリアだとしても何らかの飲食は普段から行っているように感じられた。
コーヒーを飲み終えた俺たちは、先程の公園に戻ってきた。
「1つ、頼みがある。
実際に、宙に浮いてほしい。
できれば……俺も一緒に。」
俺は、おもむろにきりだした。
彼女は、真剣な眼で、俺を見つめる。
そして、静かに答えた。
「それは、できなくはありません。
ただし、本当に浮かぶだけです。
それと、他言は絶対に禁止です。
それでも、宜しいのですか?」
俺は、目を見開いて答える。
「もちろん、それで十分!
誰にも言わないし、記録にも残さない。」
「それでは、手を出してください。」
そう言うと彼女は、俺が差し出した手を掴んだ。
すると、俺たちの身体が宙に浮き始めた。
「すげ……マジで浮いてる…………!」
10センチちょっと、地上から浮かび上がって静止していた。
何と言うか、こう、柔らかい足場の上に立っているというか、フワフワした感じがする。
トランポリンや、空気で膨らませる子供向けアトラクションとも違う、独特の浮遊感である。
そう思って興奮していると、降下が始まり地面に柔らかく着地する。
「……………………」
「どうしました?」
呆けた俺に、彼女が声をかける。
「あ、いや、すごかったよ。
ありがとう。」
そこまで言って、少し間をあけて話を続ける。
「今度は、俺の番だな。
俺の名前は、神谷、だよ。」
俺は、彼女に名前を教えた。




